第1話「神霊に愛されしもの」


―――イヅモ鳳市郊外旧市街地。


 よくある話だ。


 反抗期の年頃な娘が愚痴っている途中に身形の良い同世代に軟派されて、今日は帰りたくないと言いながら不満をぶちまけ、宿を提供すると人の好さそうな相手にコロッと騙される事など。


「いやぁああああ!!?」


 其処は嘗て街並みが広がっていたはずの場所。

 今は廃墟や瓦礫に塗れた街灯一つ無い捨てられた街。


 『ねぇ、ちょっと何処行くの!?』というセリフは32分前の事。


 車両から見える街並みは夕暮れ時を過ぎれば、不気味な程に静かな風音しかしない世界へと変貌する。


 もう紫曇すらも遠く。


 闇に呑まれそうな空から差す僅かな光とも呼べぬものに陰影を刻まれながら、丁度今年で高校2年目を終えようとする彼女は男達に取り囲まれていた。


 そのブラウスの剥き出しの肩がガタガタと怯えている。

 窓が割れた廃墟の中。

 彼女はこんな事なら家に帰れば良かったと恐怖の中で思う。

 そう、少女とて今から自分がどうなるかくらい分かっている。


 いつも父母からよく言われていたのに誰かに安易な気持ちで付いていった結果がコレなのだと分かっている。


 でも、納得など出来るはずもなく。


 況してやこの現場で自分がもしかすると殺されてしまうのかもしれないという事実すら受け入れる事など不可能だった。


「へへへ……今日はいいカモが手に入ったじゃねぇか」


「オイオイ。初日から壊すなよぉ? これからたっぷりとお楽しみの時間が増えるんだからなぁ」


 身形の良い男はいつの間にか消えている。

 周囲には据えた臭いの草臥れたジャージやジーパン姿の荒くればかり。


(お父さんッ、お母さんッ!?)


 終に男達が暗がりの中で少女を毒牙に掛けようとした時。

 不意に少女の瞳は男達の背後。

 扉の無い入口に黒い漆黒を見付けた。


「?!」


 本当にそれはただ闇を形にしたかのように見えたが、その蠢く暗黒の内から一振りの刃が飛び出したと同時に靴音が奔った。


 それに振り返ろうとした男達だったが、それよりも先に閃いた漆黒の剣が男達の体を細切れにするかのように乱舞し、駆け抜けた靄の塊が少女の前に到達した時。


 もう男達はただ倒れ伏している。

 だが、血の一つも出ていない。

 それは少女にも見れば分かった。


 ただ、浅い息を零して臥す男達を前にして今乱暴され掛かった彼女は黒い靄に覆い隠された誰かを前に言葉も出なかった。


『此処から外に出なさい。其処に車両が置いてある。アクセルとブレーキくらい分かるなら、後はハンドルを回せば動く』


 靄の中からくぐもった声。

 それに少女は声を掛けようとするも。


『急がないとこの男達の仲間が来る』


 そう、彼女の出掛けた言葉を遮った。


「あ、あなたはどうするの!?」


 それでも何とかそう言った少女を前にして去っていく背中は答えなかった。


 その夜、少女はどうにか交番に駆け込み。

 免許も無く運転した事で補導を受けたものの。


 何とか叱り付ける前に涙を零した両親の下へ帰る事が出来たのだった。


 その後、警察の捜索で見付かったのはどうやら近頃、青少年の拉致監禁に関わっていたと思われるマフィア系列の下っ端組織の人員が数十名。


 付近には車両がライトも点けっぱなしで乗り捨てられており、全員が拳銃を手にしたまま、何の外傷もなく……ただ、全身を動かせず、声すら出ない様子で倒れていた。


 後に彼らの警察病院で下された診断結果はこうだ。

 一生、肉体を動かせず、口も効けず、寝台で暮らせ。

 それは正しく天罰に等しいか。

 己の人生を掛けて償えと言わんばかりのの代償であった。


 *


 鳳市高校では近頃、一つの噂がある。

 それはとある生徒のカップルが駆け落ちしたというものだ。


 何処からそんな噂が流れてきたのか知らないが、冬空の下でヒソヒソと姦しい年頃の少女達が語るのは正しく恋物語であった。


「へぇ~~そうなんだ~」


 今年入学したばかりの1年D組の教室内。


 紅髪をショートのツインテールにした眼鏡姿の少女がその髪には負けるだろう小豆色の制服姿でクラスメイト達から自分がいなかった間の話を聞いていた。


 彼女は数日前までちょっとレムリアにいた為、ノートなども周囲からは差し出されており、書き写すのに忙しい。


 もしも、その姿が普通だったならば、雑踏の中に埋もれてしまいそうな娘というのが第一印象だろうか。


 知的ではありそうなのだが、年頃の童顔な彼女は年齢よりも何処か幼くも感じられるかもしれない。


 だが、彼女は現在クラスメイト達からそれなりに注目を集めていた。


 というのも、常に頭を飾る紅のリボン……は問題ないのだが、その頭部の左右には宝石のような大きい菱形の髪飾り、更に額の上にはどうやって付けているのか同じ形の紅の飾りが鎮座している。


 ついでに左肩には紫を基調とした肩当てのような甲冑が金の縁取りや彫金も華々しく栄え。


 右腕の肩から少し下には金の輪が嵌り、甲冑と背中の間で金鎖に繋がれていた。


 此処まではまぁいいだろう。

 学校の校則には思いっ切り違反するがいいだろう。

 問題は腰だ。


 腰の辺りにも細い装飾用にも見える肩と同じ色の甲冑のスカートのようなものが付いているのだが……それらが虚空に浮いていた。


 何かで止めているわけではない。

 普通に浮遊しているのだ。


 そこから伸びた金鎖はまるで重力を無視しており、フヨフヨと漂っている。


 それらは全て魔法の産物である。


 この科学全盛の時代に何を馬鹿なという者もいるだろうが、この機甲歴も半世紀を過ぎた時代。


 世界にはレムリアという異世界からの来訪者がやってきている。


 同じ人型、同じ人間でありながら、基幹技術に魔法を用いる彼らの事を人々は大いに興味深く見守っている。


 珍しくはあるが、それなりにレムリア系の人々がこの世界にも移住したりしてきているので芸能人よりはチヤホヤされたりはしないのだが、それにしても二週間前まで一般人だった少女がいきなり失踪して、レムリアから戻ってきたというのはご近所でも噂にならざるを得ない事態だろう。


「これ、どうやって浮いてんの? 此花コノハナ


「う~ん。ボクにも分かんない。でも、きっと不思議な力や精霊さんがやってくれてるんじゃないかな」


 此花コノハナ・ミコト。


 16歳。


 出身イヅモ鳳市。


 郊外の極々ありふれた両親と共に団地住まいだった彼女は二週間前に失踪した。


 そう、それはよく晴れた日の事。


 鳳市のポートで奈落獣の迎撃戦が行われ、近隣に避難勧告が出されて、彼女もまた近くのシェルターに逃げ込もうとした時の話だ。


 不意に意識が途絶し、目覚めたら、見知らぬ場所だった。

 石製の巨大な施設。

 今ならば神殿と分かる場所の中央。

 魔法陣の上で身を起こした彼女は美しい妙齢の女性。


 それも上等なドレス姿に様々な美しい装飾品を髪に結わえた相手に見詰められていた。


 話を聞けば、其処はイヅモから南に数千km先の海上に転移してきた


 魔法王国レムリアとの事。

 そして、何と目の前の相手はその女王。

 サナート・レムリアだったのである。


 彼女は何が何やら分からぬままに混乱していたのだが、サナートは召喚されたらしい少女を見て微笑み……彼女が呼ばれた理由を話した。


 その背後にある巨人。

 上位神霊機グランマナリスと呼ばれるガーディアン。

 その契約精霊に選ばれたのだと。


 最初こそ何かの冗談だと思っていた彼女だったが、ガーディアンの傍にいる内に本来見えなかったはずのものが見えてくるわ。


 声まで聞こえてくるわ。


 ついでに魔法使えるよと言われて、言う通りに呪文を唱えたら魔法まで使えちゃうわ。


 呆然としながらも、自分がいつの間にか魔法使いになっていた事を知った。


 これは信じるしかないと彼女が詳しい話を聞けば。


 どうやら契約者を求めた機体の要請に応じて主となるべき者を儀式で呼び出したらしい。


 選ばれたのが何故イヅモで普通の高校生活を送る少女なのかは分からないらしいが、それでも選ばれた事には違いない。


 それからすぐにイヅモと外交官を通して連絡を取り、サナートは彼女に二週間の滞在とその合間に魔法の習得、また同時にその機体と契約するかどうかを考えるよう伝えた。


 その機体に乗るという事は契約をするという事。

 契約するという事は戦う力を得て、戦う理由を掴むという事。

 奈落アビスの脅威に立ち向かうという事。

 普通の女の子には極めて難しい判断だっただろう。


 しかし、サナートは一人の個人として彼女を遇し、その気持ちが固まるまではとあらゆる外交上の負担を背負って立ち、拉致の類ではないかと非難されながらも、期日まで彼女への考える時間を与えたのだ。


 そうして、昨日彼女は初めて機体へと乗った。

 昔から愛機にしていたような安心感。

 全てが合致したかのような、家の寝台に寝転んでいるような温もり。

 その温かさ。


 精霊の祝福を受けて、彼女はサナートからバレフールと呼ばれるガーディアンを譲り受けた。


 女王との契約は二つ。


 レムリアの名に恥じぬ行動を心掛ける事。

 奈落から人々を精霊の力で守り続ける事。


 その限りにおいて、彼女……此花ミコトはレムリアのリンケージとして登録され、イヅモの地においても最大限のサポートを受ける事が出来るとの事だった。


 承諾した彼女をそのままに開放した女王の周囲ではそれを快く思わないらしい貴族達が難しい顔をしていたが、ミコトを送り出したサナートは気にする必要はないと直接機体内部に声を送って後押しした。


 そうして、二週間と1日後の今日。


 彼女は名実共にレムリアの騎士という名ではあったが、殆ど柵の無い状態でガーディアンの所有者、リンケージとしてイヅモ国内での登録が済ませられ、正式に防衛活動へ従事する契約を周辺自治体や防衛隊、フォーチュンと結んだのである。


 満を持して登校した彼女は……どうやらサナートが手を回していたらしい学校への説明が功を奏したか。


 こうして、クラスメイト達から魔法使いになった感想や諸々を訊ねられているわけである。


 どうやら事前に各クラスに魔法使いになった生徒が来るという事は伝わっていたようだ。


 なので、彼女の周囲で大きな混乱は起こっていなかった。


 魔法見せてというクラスメイト達に無暗に魔法を見せると怒られちゃうから空中に浮く甲冑だけで勘弁してねと笑いながら受け流した彼女は空を見上げる。


 もう完全に冬の空は二週間前のように澄んだ空気を漂わせていた。


 そうしてクラスメイト達との久方ぶりのやり取りをした後。


 二週間遅れている勉強をカッチリと何とかこなした彼女は疲れた様子ながらも溌剌とした気分で二週間ぶりの放課後を満喫するべく。


 繁華街の先へと電車で向かった。

 レムリアン・ストリート。

 開発中の無人区画にも程近いレムリア系の人々が集まる一角である。

 駅を二つ程通った先で降りて十分程。

 観光地としても十分な空を飛び、鎧が闊歩する場所。


「ん~~気持ちいい」


 辿り着いた場所は今日も平日とは言え、観光客とレムリアの衣装に身を包んだ人々で賑わっていた。


 魔法に触れてからまだ数週間であるが、ミコトには幾つか分かった事がある。


 それはレムリアが大切にする魔法というものは自然との調和が重要だという事だ。


 そういう環境に敏感なものか。


 レムリアの人々が集まる場所は精霊達の活動が活発で気持ちの良い場所である事が多い。


 街中でなら奇異の視線を受ける彼女のラフな軽甲冑姿も此処でならば、人混みに埋もれる程度のものである。


 道端では露店が開かれ、食い物もレムリア風のものが数多く売られている。


 久しぶりに学業で頭が疲れたミコトは甘味を求めて、レムリア風のアイスを買ってから人混みの中で空いたベンチに座ってのんびりと食べる。


「ようやく戻ってきたんだボク……あっちはあっちで面白かったけど、やっぱり地元は落ち着くな~」


 現在、レムリアからの支援を受けている彼女は両親や近隣住民に迷惑が掛からないようにと一人暮らしだ。


 両親は反対したが、彼女の真摯な説得で何とか折れた。


 そして、最低限の荷物をレムリアン・ストリートの一角にある館(どうやらレムリア大使館が使っていた場所らしいのだが)、その一室に移したのである。


 彼女が魔法使いになって良かったと思う事は幾つかある。

 その一つは確実に重労働から解放された事だろう。

 スピリットサーヴァント。


 要はお手伝いしてくれる見えない誰かさんを呼び出す魔法でたった一日の内に館内の私室は彼女の元々の部屋と同じように家具が置かれ、小物が置かれ、衣服も仕舞われた。


 本来なら数日は必要かもしれない荷物の準備も二時間、三時間で終了。


 運び出して配送業者から受け取って、館内に運び入れて、全部梱包を解いてというのも全部終わってみれば、彼女に疲労は無かった。


 上位神霊機を持つ人間というのは特別な地位であると見なされる為、現地で普通のマンションの一室を借りようとした際には大使館方面から止められたのは良かったのか悪かったのか。


 無料で大使館所有の物件を譲渡されるくらいなのだから、相当な遇しようだろう。


 今や彼女は一国一城の主であるが、家族に引っ越しさせるわけにもいかない館は一人身には大きすぎて広過ぎる。


 家具家電は室内に置けばいいし、料理は調理場があるそちらで。


 となれば、正しく他の部屋はまったく使う予定が無い事になってしまう。


 友達を呼ぼうにもレムリアン・ストリートは学校からそれなりに遠いので親しいクラスメイト達を呼ぶにしても休日くらいだろう。


 となれば、平日は館に戻っても寂しいのでこうして放課後は少し遅くまで側のストリートでウロウロしているのが妥当。


 そこまで考えたミコトがそうして暮れていく夕日をのんびりと見詰めている姿は……実は数人の影の従者達から見守られていた。


 本来、レムリアにおいてミスティックを所有し、祀る家は爵位を持つのが普通だ。


 ついでに家来だの家名だの諸々の柵がありまくりなバリバリの上級貴族だ。


 だが、ミコトは家族を自分の決めた生き方に巻き込まないと決めた。

 なので、彼女自身を守る者は何もない。

 それがレムリアにとっての異国。

 イヅモならば尚更だろう。


 なので、国外に出て諜報活動を行う騎士団が彼女の陰ながらの護衛に就くのは常識的な範疇の出来事なのである。


『(………アレが上位神霊機……それも契約精霊が変わったとされるバレフールの担い手か)』


 そんな影に在る者達が見つめる彼女コノハナ・ミコトは……不思議ではあるが、まったく以て……貴族的な階級的侮蔑を思い起こさせない相手だった。


 貴族は平民とは口も聞かないというのはレムリアならば当然の事である。


 彼らにとって、それは不文律のようなものだ。

 だが、貴族の地位を金ではなく。


 その身に宿るもの一つで得たミコトは騎士団の中でも日陰者ばかりで構成される諜報員達にとっては眩く映った。


 何ら威張り散らす事なく。

 自分が得た力を誇るでもなく。

 静かに甘味を嗜む子女。

 しかし、彼らには見えている。

 眩く輝く光玉。

 光の契約精霊の眷属か。

 周囲には小さな声が満ちていた。


 それらは全て彼女と共に在り、彼女を慕い、彼女の傍で憩い、和んでいる。


 驕り高ぶるのが当然と言わんばかりの貴族社会において、そのように従えるでもなく、支配するでもなく、精霊達と調和し、自然と触れ合っている者は希少だ。


 精霊だって、感じの悪い人間にはあまり力を貸したくはないというのが当然なのである。


 精霊に好かれる人間とそうではない人間では同じ精霊を使役して魔法を使っても歴然の差がある。


 ミコトが技術も知識も未だ殆ど素人でありながら、それでも精霊達と知らず戯れる姿は黒影騎士団……彼女を守る影の護衛騎士達にとって、何か神聖なものを見たような気分を与えていた。


「あ、そうだ。お客さんそろそろ来るんだった。帰らなきゃ」


 ミコトは自分が何故か若い日陰者の騎士達から細やかながらも敬意の念を持たれている事も知らず。


 アイスクリームを食べ終えた後、ゴミ箱に空を捨て、そのまま新しい住居へと歩いていく。


「♪」


 レムリアン・ストリートの奥まった場所には人気が無いのに清廉な空気を漂わせる場所が幾つかあるのだが、その一つこそ、その館だった。


 今は門の横に此花ミコトと表札が入れられている。


 戻った彼女がスピリットサーヴァントの出迎えを受けて門を潜り、それなりに広い庭を抜けて玄関に辿り着くと。


 其処にはもう既に人影があった。


「あ、ユーリアさん」

「ミコトちゃん。今お帰りかしら?」

「すいません。ボクがもうちょっと早く帰って来てれば……」

「いいのよ。それに今は館の周囲を観察してたところだから」


 レムリア風の肩が剥き出しの蒼いドレスに身を包み。

 薄ら青いウェーブの掛かった長髪の左右へ黄色いリボンを二つ。


 ミコトと同じように額の上に菱形の宝石飾りを付けた二十代後半だろう女性がニコリと微笑む。


 器量の良さがありながらも、何処か人を落ち付かせるような嫋やかなその女性がフフッと少女の頭を撫でた。


「ユ、ユーリアさん。は、恥ずかしいです」

「いいのいいの。お若い伯爵閣下」

「うぅ、ボクはハクシャクとかじゃなくて、ミコトです」


 ようやく撫でるのを止めたユーリアをいつまでも立たせているのもアレなのでミコトが鍵を外して内部へと迎い入れる。


 大きなエントランスから入って二階にある私室横の応接室へと案内したユーリアの対面に座って、スピリットサーヴァントにお茶を頼んだ彼女はようやく一息吐いた様子でポチリとディスプレイのスイッチをリモコンで入れて、BGM代わりにテレビ番組を流し始める。


「その、昨日は色々とありがとうございました。両親の説得にも力を貸してくれて」


 ミコトが頭を下げる。


「いいのよ。ふふ、それよりも生活の方はどうかしら? 困ってる事はない?」


「はい!! みんな前と同じように接してくれて。それに魔法に付いても一杯聞かれましたけど、ちゃんと分かってくれたみたいです」


「そう……良かったわ。サナート陛下から直接連絡を受けた時は心臓が止まるかと思ったけれど、こうしてあなたがちゃんと自分の生活を取り戻せたなら、頑張った甲斐があったってものよ」


「ユーリアさんのおかげです。たった一日で色んな手続きや準備が終わったのも済む場所が整ったのも……」


「いいのよ。お仕事だもの。それにこれからあなたのバレフールを診るのは私だから、その所有者であるあなたをサポートするのは当然の役目でしょう」


「ありがとうございます」


 ユーリアの笑みにミコトもまた笑んで返す。


「それでなんだけれど、さっそくバレフールを見せてくれるかしら?」


「あ、はい。地下格納庫には私室からいけるって大使館の人が確か……ご案内しますね」


 少女が立ち上がり、私室に続くドアから入ると少し他者へ見られるのを恥ずかしげにしながらも、私室横の鉄扉に胸元のレムリアメダリオン……レムリアの魔法使いの証である六芒星の紋章を掲げる。


 すると、カシュンと横に開いた扉の先には直通のエレベーターが設置されており、二人が入るとすぐに閉まって移動。


 数秒で地下3階へと辿り着いた。


 その先のハンガーに出れば、機体が数機は入りそうな大型作業機材や運搬機材、精密検査用らしき機材が壁際へ並べられており、横には工作室や複数の魔法使いの工房のようなものまで見える。


「此処がこれから私の第二の職場になるのね。ふふ、腕がなるわ」


 ユーリアがあちこちに視線をやりながら、楽しげに眺め……そして、最後にハンガーの中央に仰向けに寝かせられている機体を見た。


 白を基調とした色合いに金の縁取り。


 そして、紅の宝玉を肩や胸元、腰、頭部に持つ甲冑のようなガーディアン。


上位神霊機グランマナリス・バレフール=ルクス】


「初めまして。グランマナリス。私はユーリア。ユーリア・メルティン。これからあなたの事を見るお医者様よ。仲良くしてね」


 本来、ミスティックはレムリア人にとってそれだけで神の化身と呼ばれるような存在だ。


 その存在に対して何とも着易いと本国ならば重罰に処されそうな気軽さでユーリアが語り掛ける。


 無論、それに応える声は響かないが、ミコトが横から何処か嬉しそうな顔でバレフールの方向を見つめた。


「よろしくって、バレフールが言ってます」


「そう? 契約者にしか聞こえない声……いつか聞いてみたいわね。さて、ミコトちゃん。バレフールについてだけど、どれくらい知ってるかしら?」


「バレフールについて?」

「ええ」


 傍に近付いた二人が機体横の昇降機でコックピット近くの高さまで上がる。


「えっと、元々は風の神霊機だったって、サナートさんが」


「サナートさん……うふふ、女王陛下もあなたに掛かっては形無しね」


「あ、ご、ごご、ごめんなさい。陛下にも自分といる時だけにした方がいいって言われてたのに」


「そうね。そうした方がいいわ。快く思わない貴族は幾らでもいるでしょうし。でも、私といる時はさんでもいいわ。誰にも言ったりしないから、ね?」


「は、はぃ……」


 恥ずかしそうに俯く少女の愛らしさにニコニコしつつ、再びユーリアが視線をバレフールに向ける。


「この子、バレフールはあなたが言っていた通り、元々は風の契約精霊と結んだ機体だったらしいわ。でも、あなたが召喚されてから何故か契約精霊が変わったの」


「それって変な事なんですか?」


「ええ、そうよ。元々、グランマナリスには色々と不可解な点が多いんだけど、契約精霊が変わったって話は聞いた事が無いわね。でも、一つだけ納得出来た事もあるの」


「納得出来た事?」


「ええ、精霊契約における光の属性はね。純白の色が表す通り、清廉とか輝きとか無垢なものって意味合いがあって、人々を癒す力があるの」


「人々を癒す?」


 ミコトが首を傾げる。


「そうよ。同時にあらゆる出来事に対して良い事が起こり易くなるとも言われているわ」


「し、知りませんでした」


「ああ、魔法の基礎とかは別に関係ない話だから、しょうがないわ。で、ミコトちゃん。悪いけど、ミコトちゃんの過去の事は一通り調べさせてもらったの」


「それって……」


「気を悪くしたなら謝るわ。でも、必要な事だったから」


「いえ、いいんです。本当の事ですし、別に隠しているわけじゃありませんから」


「ミコトちゃんが小さい時に大病を患っていて、治ったのがつい先日。そして、今も体が弱かったって言うのを聞いた時ね。ああ、だから、この子は光の属性を持ったんだって思ったのよ」


「……それってバレフールが私を治そうとしたって事ですか?」


「うん。たぶん、間違いないわ。相性の問題もあったのかもしれないけれど、私はそう感じた。それにあなたの今の健康状態を見てみたけれど、病院の方で手に入れたカルテと本国から送られてきた情報を比較してみても、とても丈夫……いえ、元々病気にならなかったら、これくらいの健康体だったんじゃないかってくらいに悪いところが一つも無かったの」


「そうだったんですか? ボクも何だか調子がいいなって思ってはいたんですけど、これって魔法のせいかなって……」


 サラッと個人情報が抜かれている事には言及せず。

 ミコトが呟きながらバレフールを見つめる。


「でも、本来その精霊用に創られたと思われる機体に別の精霊が憑依しているというのは不自然な事なのよ」


「それって……バレフールがどこかおかしくなっちゃったりするんですか?」


「いえ、前例が無いから何とも言えないんだけれど……ミコトちゃん。帰ってくる時、バレフールで飛んできたわよね?」


「は、はい。イヅモの管制官の人に丁寧に着陸場所を教えて貰って、その後は誘導に従って何とか着地出来ました」


 初めてバレフールで空を飛び、此処までやってきた時の事。

 つい昨日の早朝の出来事。


 その海の上を飛ぶ心地良さと水平線から昇る太陽の美しさに感動した事を思い出して、少女は胸が高ぶるのを感じた。


「本来、光の精霊に空を飛ぶ能力を機体に与える事は出来ないはずなのよ」


「え?」


「機体に風の精霊の力が宿っているのかとも思ったんだけど……今機体を見て確信したわ……」


「何を、ですか?」

「恐らく。バレフールは普通のミスティックの常識を逸脱してる」

「常識……」


 ユーリアがその手を機体装甲表面に触れさせる。


「やっぱり、風の魔力を感じる……この機体には今2種類の精霊が宿ってる」


「え……それって、特別に変な事なんですか?」


 逆に問い返されて、ユーリアが思わず目を丸くし、『ああ、目の前の子は魔法使いになってまだ2週間だった』と思い出しながら、苦笑した。


「そうね。普通は在り得ないわね」


「その……精霊さんは色々いるって教わりましたけど、バレフールはボクが見た時から一緒だったから、これが普通なのかなぁって……」


「二人……二人、か……ミコトちゃんがそういう子だから、特別なのかもしれないわ……どうか、これからもバレフールと共に今の気持ちを忘れずにね」


「ぁ、はい!!」


「さて、じゃあ、私はこれからバレフールの点検作業をするから。終わったら、そのまま帰るから、部屋に戻っててもいいわよ」


「あ、その事でお話しがあるんですけど」

「?」


 少しだけ言い出し難そうにしながらも、真っ直ぐに眼鏡がユーリアを捕らえた。


「ボク、実は元々看護師さんか技術者になりたいなって考えてて……それでバレフールの事をもっとよく知りたいなって……看護師さんにはなれませんけど、自分の機体を自分で整備する技術者には成れたらとその……ダメでしょうか?」


 そのまたもや目を丸くするべき話……ミスティックの所有者は例外なく貴族という存在である事をまるで理解していないような事を言い出す少女にユーリアが笑みを深めた。


 この子ならば、きっと……レムリアでも類を見ない英雄。

 真のミスティック乗りになるだろうと。


「いいわ。じゃあ、色々教えてあげる。でも、そうね。私一人ならまだしも、伯爵閣下に食事させなかったら、問題だし……少し事前の勉強をして、夕飯を食べてから本格的にやりましょうか」


「あ、は、はい!!」


 パッと顔を輝かせたミコトは嬉しそうに頷いた。


「ボク、頑張ります!! これからもよろしくね。バレフール!!」


 機体に語り掛ける姿を見ながら、心底にユーリア・メルティンは思う。


 この子の前途に女王陛下と神と精霊の加護が在るようにと。


 その夜、夜更けまで少女の実地によるミスティックやガーディアンへの造形を深める学習は続いた。


 まだ、実戦の一つにも出ていない少女が活躍するのは遠い日の事ではない。


 少なくとも思いがけず彼女の師となった良き魔女はそう思うのだった。

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