Scene31「散る花の定め」


 死戦。


 嘗て、そう呼ばれた戦いがあった。


 決して勝てない。


 だが、負ける事も無い。


 ただ、死ぬだけの戦い。


 そう大した話でもない。


 大国は決着を望まず。


 戦う者達すら、その争いの終った未来に踏み出す勇気が無く。


 停滞した戦場の中。


 消化試合を延々と引き伸ばしていたから、イベントが必要とされたのだ。


 一進一退。


 戦死者だけを積み増していく戦場には英雄も有能な指揮官も必要とされていなかった。


 砕けていく五体は誰の物か。


 一体、誰の為に支払われた代価だと言うのか。


 誰とも分からない程にバラバラな肩を並べ戦った者達。


 命が失われていく事が許容されるのはまだいい。


 だが、決して許せないのは……積み上げた死を浪費しようとする事だった。


 平和というものを造る為に死んだのならば、意味はあっただろう。


 塵のように戦場の肥料として消えていくとしても、彼らには意味があっただろう。


 けれども、無為な時間を稼ぐ為に死を浪費したとするならば、其処に意味は無い。


 だから、戦場を灰燼としたのだ。


 あらゆる軍事拠点を破壊し、あらゆる補給路を粉砕し、あらゆる後方支援基地を壊滅させ、投入される全てのガーディアンをガラクタにした。


 大国の戦艦を爆破し、原理主義者と武器商人と大国の指導者を暗殺したのだ。


 それは昔々、記録にも残っていない日々の話。


 破滅した世界の只中で人々が懸命に生きていた頃の事。


 千夜一夜の砂漠より、遥か彼方の世を夢見た男の始まり。


 もう誰も知らない潰された戦場の御伽噺。


 人殺しと誰かに罵られ、ありがとうと誰かに涙された……そんな、まだ誰でもなかった誰かの長い長い前日譚。


『七士様』


 振り向いた先。


 誰かがいた。


 それは夢。


 きっと、目覚めは近かった。


 *


―――工業コロニー軍港メインポート内部。


「ありがとうございました。いや、本当に死ぬかと……うぅ、軍人さんが助けてくれなかったら、どうなってたか……考えただけでゾッとしちゃいます」


「いえ、民間人に気付かず戦闘に巻き込んでしまった此方側の落ち度ですから」


 港の一角を貸し切る形で七士達の輸送艦とルミナス所属の輸送機は途中で奇妙なガーディアンと拾物を載せつつ、何とか入港を果たしていた。


 ガーディアンの中からようやく開放された少女。


 龍宮マナは自分を助けてくれた軍人さん。


 ケント・グラーケンに港内の通路でペコペコと頭を下げている。


 その少し後ろでは七士を筆頭にアイラとソフィア、イゾルデとファリアが補給を受ける機体を眺めつつ、港外の様子を硝子越しに見下ろしていた。


「一時はどうなる事かと思いましたが、誰も怪我が無くて良かったです」


 剛刃桜の監視任務に付いているとはいえ。


 素直に安堵の声を零したファリアは七士に話し掛けた。


「……?」


 応答が無い事を怪訝に想って横を向けば、彼女の視線にはアイラに凭れ掛かるようにして目を閉じた少年の姿。


「どうやらお疲れのようですね。そっとしておきましょう」


 アイラもその言葉に同意して、無言で頷く。


 自分の保護者達の様子にソフィアは微笑み。


 それとは真逆の様子でイゾルデは少年がこの状況で寝ている様子に違和感を覚えて瞳を細める。


「それでなのですが、一体あの宙域で何を?」


 ケントがいつもの顔で少し前のめりにして訊くものだから、マナが僅か引き気味に答える。


「えっと、その……わ、私の機体コンチェルト級なんです」


「コンチェルト級? ああ、では奈落浄化の?」


「はい。近頃、近辺の奈落汚染の反応が高くなっているから予防的に浄化してくれないかとこちらのコロニーの保全部門からお話が来たみたいで。それで輸送機に機体を載せて、あの場所まで行ったんですけど、途端に奈落獣が出るような数値が出て……」


「何故、そのまま逃げずに?」


「それが……逃げようとしたら、小型の奈落獣が襲ってきて、戦えるのは私しかいなかったので輸送機を先に逃がして何とか時間を稼いでたんです。そうしたら……」


「こちらと大型奈落獣の戦闘余波で機体が損傷した、と」


「はい……あ、あの!! 逃がした輸送機がちゃんと戻ってるか確認させてくれませんか!!」


「分かりました。では、こちらで確認してくるのでしばらく此処で待機していて下さい」


「よろしくお願いします」


 深く頭を下げたマナにケントが頷いて、通路端まで歩いていくと小型端末を取り出し、何やら何処かと通信を取り始めた。


 そうして、確認する事数分。


 再びマナのところまで戻ってきた彼は輸送機が無事であったと伝える。


「よ、良かった~一時はどうなる事かと……」


「あちらは無事だそうです。こちらの軍港は現在民間人の立ち入りが制限されているので港前に向かって貰えれば、そちらのサンシャインプロの迎えが来ると。機体の返却は明日には可能です」


「何から何までありがとうございました。軍人さん」


「いえ、民間人を守るのは我々の使命ですから」


「あ、そうだっ」


 何やらマナがゴソゴソとパイロットスーツというにはフリルが多様された衣装の裾から一枚のチケットを取り出してケントへと渡す。


「これ、一週間後にある私の初ライブのチケットなんです!! もし、良かったら受け取ってくださいっ!!」


 真っ直ぐな瞳。


 本来、民間人から物を貰うのは軍規に反するのだが、ケントは少し沈黙した後、受け取った。


「……軍規には反しますが、これは感謝の気持ちとして受け取っておきます。もし、その機会があれば」


 半ば、行けない事は分かっている故の言葉。


 しかし、マナはその受け取ってくれた気持ちを嬉しく思い。


 パッと花を咲かせたような笑みを浮かべて頷く。


「はい。あ、そう言えば、まだお名前も伺ってませんでした。私、龍宮マナって言います」


「自分はケント。ケント・グラーケンです」


「ありがとうございました。ケントさん」


「いえ……それではこちらの職員に案内を任せているので、此処から左の通路の先に進んでください。そこからは職員の案内で港の外へ」


「分かりました。もし、機会が在ればまた」


 もう一度頭を下げたマナが言われた通路へと向かい、曲がり角で一度振り返って手を振ってから、その先へと消えて行った。


 そんな時、ケントの端末に通信が入る。


 本局からのコールに即座出た彼は途中であった出来事を報告していく。


「はい。はい。その通りです。途中、km級の奈落獣が出て、已む無く戦闘となりました。民間のリンケージ二名とフォーチュン一名の話からするとどうやらコロニーにガーディアンを運ぶ最中との事らしく。調書を取り終えたら、開放したいと思うのですが? はい……名前を確認、ですか? 分かりました」


 ケントが少年ご一行様のところに往くと現在最も話が通じるだろうファリアが応対した。


「何でしょうか?」


「こちらの中に荒那七士という方はいますか?」


「荒那さんなら、彼です……もしかして……」


 個人的用事で剛刃桜を使う為に運び出した旨とそれがコロニーでの取引時の護衛用である、という事は事前に聞いていたファリアがおずおずと切り出す。


「彼が? どう見てもまだ、子供じゃないか……」


 思わず呟いたケントの言葉をした少女がとりあえず反論した。


「荒那さんはかなり操縦の方は上手いですが……」


「……それにフォーチュンが今回の一件に関わっているとの連絡は受けていない。一体、どういう事なのか説明して貰えますか?」


 ケントはそもそも今回の一件が胡散臭い事この上ないと思っていた。


 ルミナスが今まで秘密裏に開発していたグラビトロン級。


 それに関わる重要パーツの解析を外部の研究機関に委託する為、受け渡しの護衛を行なう。


 それが任務だったのだ。


 其処に聞いていない正義の味方PMCの人員が同行している時点で怪しいという印象を受けるのは至極当然だろう。


 彼の所属するルミナスとフォーチュンは仲が良い組織というわけではない。


 いつも険しい眉間が更に歪めば、さすがのファリアもうろたえた。


「私はフォーチュンの任務で彼に付いていますが、内容は機密に抵触しますので」


「では、本人に直接聞きます」


 そこでケントが未だ目覚めずに少女の肩に頭を預けている少年の方へと向かったが、それを遮るようにイゾルデが立ちはだかった。


「どうやら先程の戦闘で酷く消耗しているようだ。話せる範囲であれば、こちらで説明しよう」


「貴女は……ザートに乗っていた方ですか?」


「どうして分かる?」


「それは……」


 思わず口を噤んだケントが自分の秘密はともかくと気を取り直す。


「とにかく。説明を」


「我々はルミナスからコンテナを受け取りに来た運び屋だ。そして、そこで寝ている男は研究所に雇われている。だが、そいつの乗っている機体は発掘された特殊なものでな。フォーチュンはそれが失われないよう、そちらの彼女を寄越した。我々の仕事は連邦からコンテナを受領し、地球に送り届ける事。これは現在も変わっていない話だ」


「……フォーチュンが発掘されたガーディアン一機に人員を付けてまで監視していると?」


「そうだ。もし、話に嘘があると思うなら、上司に問い合わせるなり、機体を見に行くなりするといい。スターゲイザー……いや、PKか?」


「―――」


 ケントの表情が一気に気を張り詰めたものになる。


「そう睨むな。連邦内でグラビトロン級開発を推し進める部署だ。一部の軍事関係者なら知っていて当然の話だろう?」


「公にこちらの情報が公開されている事は無いはずだ。そして、こちらをそう断定する理由は?」


「大学で昔はテクノオフィサーとして学問を修めていた事があってな。あのコロニーの崩壊事件以来、重力制御型ガーディアンの技術開発はストップしていた。しかし、その複雑な制御は第一次大戦期のロステクでも使わない限り、現代の技術ではスパコンを機体に積んでも難しい。宇宙に住んでいれば、人の革新とやらを見る機会にも恵まれる。機体制御に機械ではなく“特殊な人間”を使おうというのは共和国でもアプローチされていた事だ」


「………」


「あれ程の重力制御をカバリエ級に近い機体サイズで行なうとすれば、今の純粋な人類の技術力では不可能なはずだ。それを補うとしたら何を想定するべきか? 考えれば、おのずと分かる」


 ノイエ・ヴォルフがその研究成果の一部を狙っていたから知っていた、なんて裏話は心を固く閉ざしたイゾルデから容易には読み取れず。


 非常に勘が良い、または知っているわけのない情報を知っている、等々。


 逸話に事欠かないスターゲイザーにしてPKという超能力の資質にも恵まれたはずのケントはイゾルデの全体的な様子からその内心を推し量るしかなかった。


「……今はそれで納得しよう」


 通信が未だに繋がっていた端末が切られる。


 相手の背後関係や状況を本局に調べてもらう気なのだ。


 しかし、それを待っていられる程、彼らに時間が無いのは明らかだった。


 言うまでも無い事だが、イゾルデは元テロリストで今は死んだはずの罪人だ。


 部下も同じ。


 少年に限って言えば、裏社会の人間すら正体を知らない得たいの知れない運び屋。


 身元が確かなのはファリアと少年の横で本を読んでいるラーフのお姫様くらいだろう。


 今、イゾルデが剛刃桜とラーフの姫とルミナスからの受領物を片手にノイエ・ヴォルフへ帰還すれば、歓待を受けるどころか。


 組織を掌握出来る程の実権が手に入るかもしれない。


 こう考えてみれば、彼らの正体が相手に知られた時点でややこしい以上に恐ろしく面倒な状況になるのは分かり切っていた。


「それで荷物はあの輸送機の中か?」


 イゾルデの言葉にケントが頷く。


「ああ、そうだ。だが、責任者の受領しか受け付けていない」


「……なら、受け付けてもらおう」


「?!」


 今まで眠っていた少年が瞳を開けて、ゆっくりと立ち上がる。


「何か?」


「いや……」


 ケントが驚いたのも無理はない。


 その覚醒は彼には異様に感じられたからだ。


 少なからずスターゲイザーとPKの資質を持つ彼は勘が良いという以上に知覚能力が高い。


 その感覚が少年を数時間は起きないと判断していたのだ。


 それが覆った。


 しかも、目覚め方がまるでスイッチを入れたような変わり様となれば、違和感を覚えるのは当たり前だ。


 普通、人間には睡眠からの覚醒に段階が存在する。


 オンオフで切り替わるわけではないのだ。


 深い眠りとなれば、起きようとするだけで幾つかの経過が必要となる。


 その過程をすっ飛ばすとすれば、それは少なくとも常人とは言えない。


 調整された人間ですらも難しい。


「では、受領を端末の指紋と音声で行なってもらいたい。その後、輸送機毎引き渡す」


 ケントが明らかにおかしい運び屋ご一行様に不審な眼差しをしつつも、仕事は仕事だと本部からの待ったが掛かるのを待ちながら、正規の引渡し手順を済ませていく。


 そうして何事も無く。


 全ての事務手続きが終って。


 ケントは自分の手から輸送機の荷物が離れた事を書類上で確認しつつ、機体に載せている自機の搬出へと港内部へと降りていく。


 それを見送って、何とか無事に事が済みそうだと少年が内心で安堵した。


「七士様……何処か身体を痛めたのでは?」


 ケントやイゾルデとの遣り取りを見ていたアイラが訊ねるも、少年を首を横に振る。


「久しぶりの無重力戦闘で消耗しただけだ。荷物は受け取った。軍港の管理者に出港予定を提出し終えたら、しばらく暇になる。ソフィーを連れてコロニー観光でもしてくるといい」


「……分かりました」


「済みません。何だか大変なのにわたくしの我侭で……」


 ソフィア・ラーフの申し訳無さそうな顔に少年を首を横に振った。


「これも仕事の内です」


「……はい。では、輸送艦の方で準備を整えてからコロニーの方へ行ってきたいと思います」


「後は頼む」


「了解しました。七士様」


 少女二人が輸送艦の方へと戻っていくのを見送って、少年は後ろに残る二人。


 イゾルデとファリアを振り返った。


「それでこれからどうする?」


 宇宙生まれのテロリストが尋ねれば、少年はサラリと返す。


「各自其々に行動して構わないだろう。別に命令する権限があるわけじゃない。出港一時間前には戻ってくるように、なんて大人に言う必要があるか?」


「……分かった。こちらはこちらでやらせてもらおう」


 イゾルデが輸送艦の方へと戻っていく。


「荒那さんはこれからどうするんです?」


 ファリアに少年は受け取った輸送機や荷物の状況の確認、他諸々戦闘後の機体のメンテもしなければとズラリ仕事を言い並べていく。


「そうですか。手伝います」


「これはこちらの仕事だ。手伝う必要は無いが……」


「いえ、剛刃桜に関しては常に把握出来る場所にいる必要があるので。どちらにしても、輸送艦内でないと任務は果たせません。一つの艦に乗っている以上、そういった雑務は艦内の人間が分担するべきだと思いますから……」


「宇宙に出た経験が?」


「あ、その……実はコロニー生まれで」


「そうか……とりあえず艦に帰ったら、出撃した機体のメンテとチェック。艦内機能のチェック。他には燃料の補給と食料の買出しもする。業者へ事前に手配していたから連絡を入れて確認するだけだが、頼めるか?」


「はい」


 凛々しく頷いて。


 ファリアはさっそく少年と共に自分の任務とは直接的には関係ない雑務を片付けるべく行動を開始した。


 その一緒に歩く姿を何処か不機嫌そうに軍港内から見つめる瞳の主は……隣のラーフのお姫様に不思議そうな顔をされたが、一向に気付かず。


 コロニーでの時間は緩やかに過ぎていった。


 *


―――工業コロニーメインシャフト付設無重力エレベーター内。


「うぁ~~キレ~~♪」


 龍宮マナは軍港から出てすぐマネージャーと合流―――していなかった。


 それどころか。


 流される内に何故かコロニーの中心を貫く軸に付随する観光用エレベーターで内部の街並みを見下ろす事となっている。


 どうしてか?


「あ、マナ。アレ、何!!」


 それは全て少女の横にいる同年代の同性。


 白と青のニーソックスに赤と緑のチェック柄のスカート。


 更にその上からブレザーという姿の彼女と出会ったからだ。


 何処かの学生なのか。


 妙に人懐っこい笑みと妹属性な容姿が歳を三つか四つ低く見せている少女の名はアハトといった。


 二十五分前。


 二人の出会いを記すなら、こうだ。


 軍港前で彼女がマネージャーを探してキョロキョロ辺りを見回しているといきなり大声がした。


『ぁあぁああああ!!? マナだ!! 龍宮マナ!! すごいすごい!! うぁ~~アイドルさんだ~~すごいな~~いいな~~デビュー曲の“誰が為に鐘は鳴る”買ったばっかり!! 今日のおとめ座の占い大当たり!!』


 何やら騒ぎ出した少女が大声ですごいとかカワイイとか憧れちゃうとか褒めちぎって殺す勢いで自分を持ち上げるものだから、人集りが出来始めた時点で彼女は一杯一杯になり、少女を連れて思わずその場から逃げ出したのだ。


 どうして、本人と一緒に逃げ出す必要があったのか?


 それは道行く人達が興味本位で少女に彼女は誰なのかと訊ね、少女がまだアイドル歴の短い彼女の詳しい公式プロフィールとSNSの内容と歌手としての素晴らしさを解き始めたからである。


 自分以外の人間から自分を此処まで詳しく好意的に表された事の無かった彼女には周知プレイ、もとい羞恥プレイに等しかった。


 いつまででもマナの事を喋っていそうな勢いは止まらず。


 こんな風に宣伝されたら、やらせやサクラを疑われてしまうと嬉しさと恥しさ一杯。


 怒る事も出来ずに逃避行したわけである。


 それから彼女達は少し狭い路地まで退避して自己紹介し合った。


『あたしはアハト!! アハトって呼んでね。マナ」


 初対面でタメ口。


 いや、それは良いとしても少女の毒気を抜かれるような無垢過ぎる笑みが諸々マナの言葉を飲み込ませた。


 話を聞いてみると。


 アハトはコロニーに来た学生の旅行者らしく。


 マナと出合ったのは完全に偶然との事。


 自分の好きなアイドルが目の前に来たので興奮してしまったのだと言う。


 そうして、彼女は自分よりもカワイイ系妹属性アイドルとして売れ筋になりそうな感じの少女にせがまれるまま記念撮影をして、その腰にある白いポシェットの内側に練習中のサインを入れ、分かれるはずだった。


 のだが、アハトは目をキラキラとさせて、お話を聞かせてとせがみ。


 自分の熱狂的なファンという初めて見る存在にまんざらでもない心地だったマナはマネージャーに少し用事が出来たので夕方には帰るとメールして共に少し短い散策へ繰り出す事となった。


 アハトのバイタリティーは凄まじく。


 興味のある事には何でも食い付き。


 そのまま進む内にあれよあれよと移動距離は伸びて、何故かシャフトのエレベーターまで来てしまった。


 観光シーズンというものでもなく。


 また、平日の午後という事で定期運行されていたエレベーターはガランとしていたが、『貸切だ♪』と喜ぶアハトに押されてマナはその何処に続くとも知れぬエレベーター内でフワフワと漂いながら、アハトの横で地表の街並みを眺める事となったのである。


「ねぇ。聞いていいかな? アハトちゃん」


「うん。なになに? マナは何が知りたいの?」


 天真爛漫な少女の笑みに『ぅ……私よりカワイイかも……』との思いを抱きつつ、マナが訊ねる。


「何で駆け出しの私のファンになってくれたの?」


「どうしてファンになったかって事?」


「うん」


 う~んと難しい顔で虚空でクルリ回転した少女が思い出した様子でポンと手を打つ。


「えっと、最初は掲示板にカワイイ・アイドル特集って記事があったの」


「掲示板?」


「えっとね。ウチの学校って全寮制で娯楽が少ないの。だから、みんな外の人の事を知りたくて、アイドルの子はカワイイって評判で、それで見てたらマナがいて。カワイイな~~って」


「そ、そうなんだ。カワイイ……」


 自分よりも明らかにカワイイ属性を極めていそうな少女からの言葉に嬉しさ半分、複雑な思い半分でマナが理解したように頷く。


「こういう風に会えるなんて夢みたいだな~~ふふ、皆がいたら自慢するのにな~」


「あ、あんまり褒められると恥しくて死んじゃいそう……///」


 そう恥じらい、少女のキラキラした眼差しに顔を俯けるマナだったが、すぐにアハトが今までの笑みを消している事に気付いた。


「だめ……」


「え?」


「死んじゃだめ」


「アハト、ちゃん?」


「マナは死んじゃだめだよ。ね?」


「あ、う、ぅん。ごめんね。ちょっと、言葉が軽率だったかも……」


「けいそつ?」


「な、何でもない。そうだよね。生きてこそ、だもんね。アイドルはみんなに笑顔を与えるお仕事なんだから」


「うん。マナの曲、あったかくて、そんな感じがする。だから、これからも一杯ああいう曲を出して欲しいな。あ、もう終点みたい」


 いつの間にか。


 エレベーターは最後の目的地の目前だった。


「今日はありがとうね。マナ……今日の事は一生の思い出にするから……死んでも忘れたりしないから」


「アハトちゃん……ううん」


「?」


 マナが首を横に振ったのを見て、少女が首を傾げる。


「死んでも、じゃなくて。これからも生きて忘れないでくれた方が私は嬉しいよ。それに今日だけじゃない。私、一杯頑張るから、私のライブとか曲とかで良ければ、思い出これからも沢山作って欲しいな」


「マナ……ありがとう。マナって優しいね。やっぱり、思ってた通りの人だ……」


 エレベーターの扉が開く。


 無重力地帯から地表へと降りていく小さなモノレールの駅が併設された構内に出て、マナから離れたアハトが振り返って手を振った。


「バイバイ。元気でね」


「お別れ、なんだ……」


「うん。やる事があるんだ。大切なお仕事が……あ、一つだけいい?」


「何かな?」


「出来れば、帰ったら……いつでもガーディアンに乗れる場所で待機しておいた方がいいよ」


「?」


「ふふ、じゃあね。マナ」


 そう言って、出会った時のように風の如く少女は走って構内の奥へと消えていった。


「ぁ……」


 お別れを言う暇も無い。


 そうして、残された少女はポツリ。


「うん。じゃあね。また、会おう。アハトちゃん」


 夜が来る。


 その前に帰らなければと少し沁み染みとしたマナはその場に背を向けて大分遠くなってしまったホテルへ帰るルートを構内時刻表横の案内で確認し始めた。


 *


 フォーチュン。


 世の悪党に知られた正義の味方にも世の中と同じような縦割り行政やトップダウンによる強引な決断、秘密を保持する為の様々な汚れ仕事、とやらが存在する。


 そういう意味で言うとフォーチュンの殆どの支部に知られずに行動する彼とその部下達は俗に言う暗部という事になるのかもしれない。


 まぁ、連邦のような真っ黒に近い“穢い仕事”とやらをやらされているわけではないので、どちらかと言えば、フォーチュン上層部の動かせる極秘部隊、直衛戦力と言い換えてもいい。


 それが宇に上がって、何やら不穏な動きがある、らしいとの情報がある場所の付近で数日駐留しているとなれば、それは間違いなく何かが起きる前兆と踏んで間違いないだろう。


「付近の宙域に異変は?」


「現在、あらゆる観測機器において毎秒60エクサバイトの探査情報を取得していますが、これと言った異変は見付かっていません」


「引き続き、警戒を密に。観測機の配置を一歩進めて、R‐939地点まで伸ばしてくれ」


「了解しました」


 フォーチュン所属。


 ギャラクシー級高機動戦艦。


 Code002で呼ばれる船は現在、共和国側の工業スペースコロニー“アーバスノット”の浮かぶ宙域で静かに上層部からの任務を果たし続けていた。


 総クルー数は120人。


 その頂点に位置する艦長。


 佐官級は艦内に一人しか居ない。


 それが現在、艦長席に納まっている今年で26の“若過ぎる鬼才”。


 神野信一郎かみの・しんいちろうだ。


 イヅモ出身の黒髪と二枚目で通るだろう端正な相貌。


 醒めた瞳と冷徹と称される事もある戦術眼。


 これらを併せ持つフォーチュン直衛部隊の総指揮者。


 それが彼だ。


 まるで古の貴族を彷彿とさせる黒に紅と金で修飾した外套とブーツ。


 的確な指示を飛ばす様子から艦長というよりは女性達に“神野様”と呼ばれる彼は本日午後6時。


 三回目の休憩を挟んで無人偵察機の配置を変え、上層部から下された任を果たすべく。


 周辺の警戒ラインを広げる命令を出していた。


(上層部は一体、此処に何が出ると予測している? 新手の奈落獣か。それとも異次元からの侵略者か。どちらにしても我々は最初の一撃を受け止める盾か……)


 信一郎は元連邦の仕官だった。


 それが艦隊の腐敗の一掃に力を貸したらお払い箱となり、現在はPMCに拾われている。


 そのフォーチュンの理念に共感してこそ、彼は艦を率いて戦う事を決意したが、フォーチュンとて完全に真っ白という事は勿論無い。


 ただ、現場の裁量に任されている部分は多く。


 様々な悲劇や事件を未然に防ぐ事を主目的として活動している事も間違いないので、彼は今もその籍を離れるつもりはない。


 問題はいつでも無茶な注文が来る事だ。


 その上、現場の状況がよく分からない、情報の少ない中で事件の火中に飛び込んでいかなければならないので苦労する。


 だが、それは連邦でもよくあった事だ。


 別に本当に忌避するような事でもない。


 正義の味方なのだから、多少はそういう無茶もあるだろう。


 ラーフの秘密工作員のいる基地を強襲したり、恐ろしい奈落獣が出る場所へ事前に駆け付けて、近隣の市街地を守り抜いたり。


 そのような事件は彼にとって苦労はするが本当にやりたかった事に近い理想の仕事だ。


 フォーチュンとて戦力も人手も最低限以上にはあるが、万全ではない。


 その中で常に最善手を指し続け、敵と戦い、勝利を積み重ねてきた。


 これは彼にとって唯一自慢出来る事だろう。


 だが、そんな彼にとっても今回の任務は胡散臭く感じられた。


 コロニー周辺を警備し、其処に顕れるかもしれない脅威を排除せよという話にはどうも裏があるように思えるのだ。


 連邦宇宙軍士官学校を主席で卒業した天才。


 フォーチュンの機動部隊の懐刀。


 そんな風に称されるようになった彼の胸にはこれから何かとんでもないことが起るのではないか、との危惧が数日の間に膨れ上がっていた。


「ん? 艦長!! 重力場に微小な反応があります」


「何? メインモニターに回せ」


「はい」


 艦橋のブリッジクルー達の前に重力の数値がグラグラと変動するグラフが映し出される。


「……座標は?」


「この周辺宙域一体全てです」


「何だと? この宙域全てが……」


 瞳を細めて、彼が思考を研ぎ澄まそうとした時だった。


 グラフの変動が急激に乱高下し始める。


「これは?! ALと奈落の反応?! 空間に対して極めて強い圧迫が加えられています?! これはヘルモード?! いえ、違う?!! な、何か大質量がこの宙域に空間跳躍してきます!!!」


 一斉にオペレーター達が情報を解析し始める。


「総員!! 第一種戦闘配置だ!!」


 信一郎の声に館内へ戦闘態勢への移行が通達されていく。


 ブリッジのメインモニター内部。


 何も無いはずの虚空が歪み。


 まるでアビスゲートが開くように空間が一瞬で大規模に破砕され、内部から巨大な鏃とも見える先端が無数迫り出してくる。


「まさか?! パルテアか?!」


 地球圏で唯一眉唾と言われながらも、存在するのではないかと。


 そう認知されている地球圏外勢力がある。


 それがパルテア星間連合王国だ。


 連邦内部では一部の高官にしか、その情報は開示されていないと言われているが、信一郎は卒業後にその情報の一部に触れる機会があった。


 当時から将来、艦隊総司令を務めることになるだろうと言われていた彼にだからこそ、その情報は渡されたのである。


 だからこそ、彼には信じられなかった。


 現在、パルテアは大規模な艦隊を此方側に派遣してくる事が出来ない状況にある。


 というのが、連邦の一部高官の共有認識であったからだ。


 何度か攻め込まれていたらしいが、そのどれもが小規模な戦いだったと情報には記載されていた。


 それなのに空間を割り砕いてやってくる鏃。


 戦艦の艦首の数は少なからず数十隻を超えている。


『そこのフォーチュンの人。全速力でこーたいして。死にたくなかったら』


「?!」


 信一郎が艦長席の一部を握り締めていた時、唐突に音声が艦橋へ響いた。


「な、何者かからオープンチャンネルで通信が入っています!!」


『退かないと死んじゃうよ?』


 ゾワッと彼の背筋に悪寒が奔った。


 それは相手の幼い声に篭る響き。


 命を語るには軽過ぎる狂気にも似たものを感じ取ったからだ。


 何よりもたった一隻では艦隊戦なんて出来ようはずもない。


「艦を全速後退させろ!! ただちにアーバスノットの政庁に解析情報を送って、状況を説明し、ガーディアン部隊の出撃と民間人の避難を勧告!! あの数の艦隊相手ではどちらにしろ持たない!! 民間船にも避難民の収容と月面都市への離脱を勧告しろ!!」


「りょ、了解!!」


 船体が静止状態から後方へとバーニアの逆噴射で遠ざかっていく。


 その間にも艦隊が次々に跳躍を完了させ、姿を現していった。


 そうして、最後の艦が完全に姿を現すと同時に艦隊の宙域で幾つも光の星。


 収束されていくエネルギー光が強まり。


「何の事前通告も無しでコロニーを撃つ気か?!!? 艦をコロニーの正面へ向けろ!! フィールドを前方に全力展開!! 衝撃に備えろ!!」


 信一郎が咄嗟にギャラクシー級でコロニーの真芯を守ろうと位置取ろうとしたが、全てはもう既に遅く。


 艦隊のビーム砲が発射され―――。


『アビスもウチュージンもきらいだ!! 消えちゃえぇええええええええッッッッ!!!!!』


 巨大な、只管に巨大な光芒がワープアウトしてきた宇宙艦隊を飲み込んだ。


 信一郎がハッと気付く。


 彼らのいた宙域より少し離れた場所に巨大なピラミッド型の何かが鎮座していた。


 その巨躯は通常の数百m級の戦艦。


 いや、それよりも大きい。


『変形。リフレクター発射!! マナを殺すものなんて!! みんないなくなればいいッッッ!!!』


「エンタープライズ級か?! いや、あの形は―――」


 ようやく映像解析が終了した画面にリアルタイムでCGが修整され、今まで漆黒の宇に解けて見えなかったものが複数視認できるようになる。


 通常のガーディアンを遥かに凌駕するkm単位の構造物が人型へと変形していく。


 そうして、その腰部から放たれた巨大な砲塔が複数宙域を駆け抜けていた。


 彼らはブースターの炎から、それがオーバーロード級ガーディアンが擁する無線誘導攻撃兵器イグニスの超巨大化版だと理解する。


 通常のガーディアンが20m程。


 40mもすればスーパー級とも言われる大型機だ。


 そんな単位の構造物がとなっているとなれば、相手の巨大さが想像出来るだろう。


 そうして、その機体が操っているのだろう複数のイグニスが再び超広範囲の宙域を極太のビームで薙ぎ払う。


 諸撃で撃破されなかった船体を何とか建て直し、逃げようとした艦が複数あった。


 が、そのビームの本流を避けた途端に外れたビームが虚空で無数に乱反射して宙域を染め上げる。


 その一撃で残存していた艦の全てを孔だらけにされた。


 キュゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――。


 爆発が全てを飲み込んでいく。


 呆然とする艦橋のメインモニターが花火のように連鎖して消えていく艦隊の最後の灯を映し出す。


(リフレクターイグニス……フォートレス級。それも大きさがエンタープライズ並みの……こんなものを造れる組織は……)


 信一郎がとある組織の事を思考するより先にフォーチュン上層部からの特別回線が彼の座席横の赤い通信機、ホットラインへと繋がった。


 鳴った受話器を取って耳に当てると彼に話し掛ける相手は一言。


 ご苦労だった、と彼を労う。


 恐ろしい事件が動き出している。


 それを身を持って感じ始めた彼に伝えられたのは今、数十隻の異星の艦隊を完膚無きまでに消滅させたフォートレス級の回収とコロニー側との折衝。


 要は……隠蔽工作に付いてのお達しだった。

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