Scene30「夢の爪痕」


 大きな夢というのは大抵叶わないものだ。


 幼稚園に通う子供達が将来を展望した時。


 そこには華々しい職業の数々が登場するわけだが、現代のイヅモという比較的安全な国の子供となれば、殆どの場合二つの仕事が必ず入る。


 女児ならば、アイドル。


 男児ならば、リンケージ。


 この二つを同時に担うリンケージ・アイドルならば、子供達の憧れる将来なりたい職業ベスト5に入るだろう。


 そう、彼女もまたそうだった。


 アイドルにもリンケージにも憬れた。


 それはとても自然な事で、とても普通の話だ。


 同時にそれが叶う事になるとは年齢が上がるに連れて難しいと思うようになった。


 夢は絶対叶うんです。


 なんて言葉は詐欺紛い。


 その為に支払われる対価は人生を賭けても足りないかもしれないと知れば、大抵の容姿や能力や資質が無い子供は普通の妥協した夢へと流されていく。


 そうだったならば、彼女はきっと普通の学生として過ごせていただろう。


 だが、生憎と容姿はまぁまぁ整っており、歌も踊りも然程下手ではなく、ついでにリンケージ適性がガッツリ有りますとなれば、幾つかの幸運を必要とはしても、リンケージ・アイドルへの道は開かれていた。


 イヅモの片田舎から夢を目指して叢雲に出て、サンシャイン・プロという事務所が拾ってくれたのは彼女の一歩踏み出す勇気の賜物だろう。


 この時点で彼女は幸運を掴んだと言っていい。


 そう、歌って踊れるリンケージ・アイドルの戦場に飛び込む事が出来たのである。


 リングシャード。


 俗にコンチェルト級と呼ばれる歌でALを共鳴させ、奈落を浄化するシステム【DIVA】が組み込まれた機体。


 これを専用機として与えられもした。


 自分もこれからリンケージとして、アイドルとして戦うんだ、謳うんだと決意に胸を膨らませたのは当然だろう。


 そう、彼女は夢見る学生から、一転して夢を掴んだ成功者となったのだから。


 しかし、現実はアイドルになってからは然して甘くなくて。


「はーい。こちらは健康食品の最大手が出している健康飲料試飲会で~す(棒)」


 ドブ板営業と言う名の下積みが彼女には待っていた。


 何か思っていたのとは違うキラキラというよりはモフモフという感じの人参系着包みを着込み。


 大手からの仕事(駆け出しアイドルが着包み出演する無料試飲会)をしているのだ。


 これも知名度アップの為、これも知名度アップの為、これも知名度アップの為、この魔法の言葉が無ければ、二日目で彼女の心は折れていたかもしれない。


 来るのは健康志向な大人ばかり。


 子供達相手の着包みショーにでも出るのかな?と考えていた数日前の自分はもう何処かに消えてしまった。


 クスリと生暖かい笑みを浮かべて見られながら、恥ずかしさに身を捩りつつ、それでも笑顔で精一杯仕事をこなしていたが、それにしても大人達からの視線は心を消耗させる。


 これがアイドル。


 これが芸能。


 イヅモで放映されるアニメの主人公張りに逃げちゃダメだと連呼して現実に立ち向かった彼女は正しくアイドルとしてアイコンとなる使命を全うした。


 そうして三日目の午前中。


 ようやく全ての業務が終わった頃、少女はクタクタとなっていた。


 会場横には看板代わりにリングシャードがデンと置物になっている。


 今回は歌踊り無し。


 大手との仕事の実績を作り、もう一度声を掛けて貰えるようにとの話の為、彼女本来のアイドル業はお休み。


 だが、午後にはこれとはまた別件のリンケージとしての業務が入っていて、休憩は短い。


 会場横に併設された小さなテントの中で一息吐いて汗を拭っていた彼女。


 龍宮マナは幕の隙間から空を見上げた。


「人の力って凄いなー……こんな大きな都市を宇宙に造っちゃうんだから……」


 遥か頭上にはコロニーの街並みがある。


 空の上に都市が見えるというのは変な気分ではあったが、何処か非現実的な景色は少し心躍るものであった。


 だが、それをのんびりとして眺められるわけではない。


 必死に仕事へ打ち込んでいたのでホテルと会場を行き交う以外は諸々のアイドル業の訓練だの智識の習得だので忙しかったのだ。


 そして、それは本日も変わらない。


「大変だけど、自分で決めた事だもん。頑張らなくちゃ……」


 初めての宇宙往きは仕事であり、思い出は人参の着包み。


 そんな己に苦笑しつつも、いつかまた今度はライブをしに来てみたいとマナは薄らと笑む。


「あ、そう言えば、そろそろ確認しないと」


 午後の仕事の資料を横のテーブルの上から拾い上げて彼女が目を通した。


 業務内容は近辺にある奈落汚染宙域での浄化作業だ。


 奈落を歌で僅かに浄化出来るコンチェルト級は奈落災害時に呼ばれる事が多い。


 慰問コンサートと浄化を一手に引き受け、地域の人々に笑顔と活力を取り戻す。


 それが少しずつでも復興の助けになるのならとコンチェルト級に乗るリンケージの大半は未だ危険な地域にも飛び込んでいく勇気が必要だ。


 第二次大戦後も奈落汚染が酷い宇宙の領域は多く。


 地上での業務と違って宇宙での危険度の高いコンチェルト級の仕事は新人にはあまり任せられない。


 と、言うのも周囲は真空。


 奈落獣に機体を壊されたら、パイロットスーツを着ていても危ないのは想像の範疇だろう。


 だから、午後からの仕事は事務所が期待してくれているからこそ自分に回ってきたのだとマナには分かっていた。


「よし!! 休憩終り!! マネージャーさんへ報告しに行こう」


 スポーツドリンクを一口咽喉へ流し込んで。


 パンパンと頬を叩いて立ち上がった少女はアイドルらしい元気と活力に満ちて、まだ大手への挨拶回りと仕事の調整をしてくれているだろう保護者の下へ歩き出した。


 うっかり下は着包み姿のままで……。


 *


―――地球連邦技術再建局ルミナス月面支部格納庫。


「オーライ。オーライ。オーライ。おーし!! そ~~っとだぞ!! ゆっくり、ゆっくり降ろせ!!」


 月面には幾つも都市が存在するが、その中でも表側と裏側には連邦、共和国共に幾つもの重要拠点が存在する。


 真空に浮かぶコロニーと違い。


 常に低重力が働いている関係で身体や心臓が弱い者が訪れる保養施設や医療施設があったり、月特有の低重力下でしか行なえない研究がされていたり、様々な研究機関やその支部が月には多数存在する。


 第二次大戦下の被害を免れた地域は多いが、奈落汚染の影響は月面でも汚染獣という形で深刻な問題の一つとなっており、それらに対する研究も盛んだ。


 そんな、月面都市の一角に地球連邦技術再建局。


 ルミナスと呼ばれる機関の支部もあった。


 本局をイヅモの叢雲市近辺に置く連邦の外殻団体の一つは連邦内での超技術の開発や解析、別世界や別次元からの侵略者や協力者が齎した技術を一元的に管理運用する為の部署である。


 支部でもそれらの業務は行なわれていたが、基本的に最重要のものは本部で収集しているので、支部には危険度や重要度の低いものが置かれる事となる。


 月面支部の格納庫はそういう意味で言えば、失われた技術や失われつつある技術を保存・保管する為の場所という意味合いが強く。


 倉庫と局員の間では呼ばれている。


 その格納庫の内部に処狭しと並ぶ、ガーディアン関連のパーツ。


 種類も形も多種多様なそれ等の中から古びれたコンテナが格納庫中央に運び出され、数十人の人員が見守る中で輸送機に搬送されようとしていた。


 そんな作業員達とは違う。


 本局のパイロットスーツを着込んだ青年が一人。


 各種栄養素が満遍なく入ったゼリーパックを片手にその様子を見守っている。


「ああ、こちらにいましたか」


「ええ」


 青み掛かった髪に鋭い相貌。


 何処か不機嫌そうにも見える表情はしかし常のものだ。


 これが少しでも笑っていれば、二枚目で通るのだろうが、生憎と青年はそういう柄でも無い。


 話し掛けて来た支部の作業員達を取り纏める黄色いヘルメット姿の五十代の男。


 彼はコンテナを積み込んでいる部下達を横目に輸送機でやってきた年下の男に柔和な笑みを浮かべる。


「ご覧の通り。積み込み作業に遅延は認められません。今後、厳重にコンテナを固定して内部に衝撃吸収用のジェルを流し込めば、工程は完了です。定刻通り発進出来るでしょう」


「分かりました。では、これより輸送機に戻ります」


 敬礼して、立ち去ろうとした青年だったが、男に止められた。


「少しお待ちを。今回運んで頂く品に付いてですが、何か上から言われていますか?」


「何か、とは?」


 青年が返すと男がポリポリと頬を掻いた。


「本来ならば、アレは厳重な体制の下に運び出すべきものなんです」


「そうなのですか?」


「ええ、今回は異例ですよ。もう随分と昔のパーツですが、アレには代わりがない。そして、グラビトロン級にとってのノウハウが詰まった技術の宝庫でもある。本来ならば、一艦隊で護衛したって良い代物なんですから」


 青年が僅かに瞳を細める。


「俺は重要なガーディアンのパーツとだけしか聞かされていないのですが」


「ああ、それはまぁ、そうでしょうね。現場の人間に知らされない事は多いはずだ。ですが、貴方には知っておいて頂きたい。アレがもしも共和国や他の侵略者に渡れば、また新たな戦争の火種にも成りかねない。くれぐれもどうか慎重に守って貰いたい」


「……中身に付いての情報は教えて頂けますか?」


「立場上、問題はあるでしょうが……一号機のパーツとだけお教えしておきます」


「一号機……まさか?」


 青年がその常に眉間に皺が寄り気味な顔を驚きに染まらせる。


「では、私はこれで」


 男が去り。


 残された青年はポツリと。


「……グラビトロン」


 そう呟く。


 その間にも格納庫内のクレーンが退けられ、輸送機のハッチが閉められ、繋げられたパイプからゴウンゴウンと音を立てて、ジェルが充填されていった。


『ジェル抽入完了しましたー!! 輸送機のカタパルトへの誘導開始します。パイロットの方は速やかに搭乗をお願いしますー!!』


 青年がその声に歩き出し、輸送機の奥に仕舞われている自分の愛機を思い浮かべる。


 すると、まるで感じ取ったかのように内部で僅かな重力波が発生し、彼にはそれが感じ取れた。


「行くぞ。GRBOジーアールビーオー……」


 それから数分後。


 格納庫内で輸送機に乗り込んだ青年が管制に従って輸送機を進めるとついに発進指示が出る。


『こちらタワー管制室。輸送機S33発進して下さい』


「こちら輸送機S33。搭乗者ケント・グラーケン。発進します」


 ヘッドセットに返しつつ、彼が開き始めた真空への扉の先に機体を加速させた。


 月面の岩肌に開いた穴から飛び出した輸送機は月面都市を迂回する航路を取りながら、月面の重力を振り切るように近くのコロニー群がある宙域へと向かっていった。


―――こちらベアー1……魚は河を昇った。


 虚空の果てに機体が見えなくなった頃。


 それを見つめていた何者か。


 戦闘機が岩肌に擬態するカバーの下から飛び立つ。


 推進剤を使わない反重力ユニット。


 そして、ステルス性能に特化した黒い鳥は真空へ融けるように消えていった。


 *


 輸送艦がマスドライバー・レールによって打ち上げられて、ほぼ二日が経っていた。


 本日は宇宙線量も低く。


 航行日和。


 しかし、イヅモで一時メタガイストによる足止めを喰らった影響で航路が変更となり、数時間とはいえ目的地まで誤差が生じていた。


 真空の海は近年幾分か整備されつつあったが、第二次大戦での大海戦によるデブリや奈落汚染が酷い宙域が未だに多く。


 本来ならば、真っ直ぐに進めるところも迂回しなければならないという事が多い。


 戦後、例外的に残った核によるデブリの掃討作戦が共和国、連邦の間で行なわれ、核軍縮と共に航路の安全が図られたが、何分多過ぎる宇宙の塵は人類の叡智によってすら処理が追いつかない惨状となっている。


 月が真横に見えるようになった艦内では航路の変更で時間を短縮出来ないかと議論になっていたが、指定されたコロニーは月面の裏側の方にあり、奈落汚染の範囲を勘案するとどうやっても現在の輸送艦の速度では数時間遅れたままとなる事が判明。


 隠密での輸送が任務である以上、相手側へ通信を入れるわけにもいかず。


 推力をギリギリまで上げて向かう事で艦内の代表者。


 この場合はイゾルデと七士によって合意が得られていた。


 この二日の間。


 宇宙を眺め続けていたイゾルデの部下達はようやく帰ってきた故郷に僅か穏やかな顔を見せ。


 ソフィア・ラーフは初めての無重力下で筋力が落ちないようにとの筋トレ訓練に参加してヘトヘト。


 アイラは暇な時間を見つけては少年に無重力戦闘のノウハウを学び。


 フォーチュンからの監視者であるマグリット・ファリアはそこそこ七士達とコミュニケーションを取りつつ、自らの機体テスタメントの整備と調整を行なった。


 周囲が喧騒とは無縁の真空は宇宙に住まう者達以外からすれば、何処か音に乏しい。


 そのせいか。


 艦内にはBGMとして常に何かしらのナンバーが流されていた。


 最新の流行歌から旧い第一次大戦期を生き延びた渋いチョイスまで何でも揃っている。


 どうやらイゾルデの部下達の私物が流されているらしく。


 シットリとした女性歌手や渋い男性歌手。


 ついでに近頃売り出し中なアイドル歌手のものまであったので、結構ミーハーな者も多いのだろう。


 その幅広い多種多様な楽曲は年頃であるソフィアやファリアには興味の対象だったようで。


 コクピットに音楽データを貰いに行く様子が数時間毎に見受けられた。


 そうして、月面の裏側へ差し掛かろうと言う場所まで来た時。


 ようやくと言っていいのだろう。


 異常を知らせるアラートと通信が操縦席に入って来ていた。


『こ――え―――メーデ―――メーデー。こちら――メーデー』


 所々が抜けた国際救難信号。


 そして、ついでのように奈落の反応と重力異常の反応が感知されている。


『隊長。どうしましょうか?』


「……奈落と重力異常の領域を迂回して航路を変更する必要はありそうか?」


『異常を検知した前方の宙域を通らない場合、更に数時間の遅延となります』


 待機部屋の中。


 イゾルデが難しい顔をした。


「助けに行きましょう。この救難信号を受け取っている船が他にいるかどうか分かりません」


 ファリアが人助けこそフォーチュンの領分だと言わんばかりに主張する。


「その……七士さん」


 ソフィアが申し訳なさそうな顔になりながらも、少年を見つめた。


 アイラは全て自分の主に任せる気で無言。


 イゾルデと七士が視線を合わせるが、この状況下でフォーチュンの人間と余計な揉め事を起こすのは得策では無いし、元々は囮という性質上、時間に遅れても然して構わないのは明白でもある。


 答えはわざわざ確認するまでもないだろう。


「分かった。救難信号の発信地点に向かう」


 少年にファリアが頷き、ソフィアが頭を下げた。


「救命ポットを回収する。剛刃桜、ザート、テスタメントで出る。残りは艦の直衛に回って警護だ」


 イゾルデが無言で自分の機体に向かうべく扉を開けて出て行く。


「七士様。こちらは?」


「もしもの事がある。緊急時の手筈通り、パイロットスーツを着込んでカバリエ・ミーレスに乗り込んでおけ。戦闘は厳禁だ。いいな?」


「了解しました」


 リンケージ達が各々格納庫で機体に乗り込み。


 発進準備を進めていく。


 直衛のザートは四機。


 艦内に残るのはアイラとソフィアが乗る複座型のミーレスのみだ。


 数分で救難信号の出ている宙域に到着すると艦内格納庫の左右が開かれ、ガーディアン達が発艦していく。


 剛刃桜とテスタメントとイゾルデのザートが輸送艦のコクピットからのナビを受けてデブリが密集する領域へと進んだ。


 真空の海。


 そうは言っても地球の海と同様に鉄屑や岩屑、様々なデブリで汚れている。


 輸送艦が突入したのは大きな隕石まで混じるデブリベルトの一角らしかった。


『事前の調査では航路にこんな大きなデブリ群は無かったはずだが……』


 困惑するイゾルデが奈落や重力異常のせいかとザートの内部で瞳を細める。


『奈落反応は微弱ですが、重力異常は強くなっているようです。皆さん気を付けて下さい』


 ファリアが計器を確認しながら、苦労しつつ機体を繰っていた。


 大小無数のデブリがある一帯はテスタメントにとって中々にして動き難い場所だ。


 機体がカバリエ級よりも大きく。


 更に張り出した肩部が時折デブリへ接触しそうになっているのである。


 これでは奈落獣などと本格的な戦闘になった場合、機動力が落ちるだろうと少年は最悪の事態を想定して、テスタメントの援護パターンを脳裏でシミュレートする。


『そろそろだ。周辺警戒。奈落の反応がある以上、不測の事態も有り得る。気を引き締めろ』


 三機が互いの位置を確認しながら少しずつ進み続けた先。


 デブリ群の密度がかなり上がった一帯を抜けると不意に今までの障害物が嘘のように空間が開けた。


『これは……』


 その時、後方との遠距離通信の回線が途絶え、三機相互の通信にもノイズが入り始める。


『何も、無い?』


 ファリアの怪訝そうな声の言う通り。


 三機のメインカメラの映像には何も無い虚空が映るばかりだった。


『いや、重力波計測値を映像に投影してみろ』


 イゾルデの声に二人が重力異常の値を映像に合成すると、周囲の空間が歪なまでに捻じ曲がっている事が彼らにも理解出来た。


『救難信号の出所は?』


 少年の問いにイゾルデが解析したデータを元に位置を割り出す。


『凡そだが、この宙域の中心点だ。ただ、ノイズが酷くて聞き取れない』


『こちらで先行する。後衛に回れ』


『……了解した』


 イゾルデのザートが剛刃桜の後ろへと付いた。


『だ、大丈夫ですか?』


 ファリアが聊か不安そうな声音で尋ねる。


 それ程に重力波による空間の捻れは酷く。


 このまま進んでも安全は保障出来ない事は言うまでも無い。


 自分が助けようと主張した手前。


 テスタメントが先行するべきではないかと考えたファリアだったが、少年は既に進みながら答える。


『この機体も同じようなものだ。問題ない』


『では、何かあったらフォローに回ります。よろしいですか?』


『ああ』


 そうして剛刃桜の背後にザートとテスタメントが付いたまま。


 三機が数十秒程進んだ時だった。


 急激な奈落反応の高まりに機体内部でアラートが鳴る。


『周囲警戒!! 背中合わせになれ!!』


 少年が叫んだ。


 確実に奈落獣が出ている数値。


 ザートとテスタメントと剛刃桜が互いの死角をカバーするように背中を合わせて数秒後。


 猛烈な重力波が周囲に吹き荒れ、逸早くソレの方角に機体を向けた剛刃桜が七つの剣を自らの前に花弁のように展開して衝撃を散らしていく。


『大丈夫か!!』


『は、はい!! この子は防御力は高い方なので、あれくらいの重力波なら』


『スラスターの出力が不安定な以外で機体に問題は無い。戦闘は可能だ』


 ファリアとイゾルデが答えたところで、剛刃桜が重力波の出所。


 空間の歪みが解けた先にある影を見つけて、片刃の大刀“不動”を掴み構えた。


『何だ……ガーディアン、なのか?』


 彼らの機体から数百m先には20m程の人型が浮かんでいた。


 メインカメラがズームで映し出した機体を見て、ファリアとイゾルデが息を呑む。


『ボロボロ……ですね』


『これは第二次大戦前のスーパー級か? 見た事が無い……』


 ほぼ機体の装甲は剥がれており、残っているのは上半身の骨組みフレームと操縦席のある胸部のみ。


『何か両腕に抱えてる?』


『どうやら、重力波の源はあのスーパー級の残骸が抱えている何かだ。それからあの残骸周辺からは奈落反応が検知出来ない』


 重力源は鈍い鋼色の鉄屑の固まりのようにも見えた。


『救難信号は?』


 少年の問いに二人から反応無しとの回答が返る。


『……厄介事はごめんなんだがな』


 剛刃桜の中で溜息一つ。


『だが、このままにしておけるものでもない。あの重力波……明らかに異常だ。調査の必要がある』


 イゾルデの最もな言葉に仕方ないと少年が機体をスーパー級に向けようとする。


 途端、周囲のデブリ群の中からまるで魚の如く何かが泳ぎ出て真っ直ぐにスーパー級へと突撃していく。


『奈落獣?!』


 ファリアが思わず装備されていたビームライフルを照準する。


『どうする?』


 とりあえず現場指揮官と言っていい少年にイゾルデが訊ねた。


『……アレが何かは知らないが、奈落獣をそのままにもしておけない。奈落獣の相手は任せろ。その間にあのスーパー級の持っている何かを回収して後方に退避だ』


 言った時にはもう剛刃桜が加速していた。


『あ、荒那さん!? あの数では?!』


 思わず連携するべきだと止めようとしたテスタメントの肩がザートに止められる。


『問題ない。あの男があの程度の数でどうにかなるわけもないからな』


『そ、そんな!? 見える限り20m級が10匹はいますよ?!』


『なら、二十秒持つかどうかも怪しい。とにかく、言われた仕事をやれ。フォーチュンとしても、原因不明の重力波なんてものを放置は出来ないだろう?』


『ぅ、それは……分かりました』


 イゾルデに諌められて、渋々とファリアが機体をスーパー級へと向けた。


 その間にも大刀の一薙ぎが奈落獣の一匹を真っ二つにし、その背後から襲い掛かってくる敵が二つの光球の盾、矜羯羅コンガラ制咜迦セイタカのドリルに貫かれて爆散。


 真空を泳ぐ魚の如き奈落獣達は距離を取って、その口からビームのような光の束を吐き出して中距離戦闘に切り替えた。


 複雑な曲線軌道で回避しながら、剛刃桜が盾を操り、敵をスーパー級から遠ざけていく。


 周辺の岩塊や鉄屑が高熱の光線に晒されて爆発。


 辺りは輝きに包まれていった。


『今だ!!』


『は、はい!!』


 ザートとテスタメントがバーニアを吹かして一直線にスーパー級に肉薄。


 その手の中にある重力波を発する鉄屑を抱えて、そのまま元来た道へとUターンした。


『これでお終いだ!!』


 着実に相手を切り伏せ、盾で貫き、数を減らしていた剛刃桜が最後にやぶれかぶれで突撃してきた敵を刺し貫いて仕留めた後。


 戻っていく二機に合流する。


『とりあえず合流前に一度落ち着ける場所で解析し―――』


 少年が言い掛けた途端。


 彼らの往く手にあった巨大なデブリが下方から伸びた巨大な黒い何かに破砕されて、その破片を飛び散らせた。


『『『?!!』』』


 三人が緊急回避も間に合わずに一箇所に集まり、剛刃桜が剣を盾にして、その大質量を弾き返す。


『何だ?』


『高奈落反応を検出!? 下です!! 荒那さん!!』


『何だと?! この反応は―――マズイ?! km級か!!?』


 イゾルデが機体から齎される恐ろしい情報に顔を強張らせた。


『さっきの奈落反応はこいつだったようだな……』


 少年が瞳を細めて下方のデブリ群の中から触手を伸ばした敵を見やる。


 其処には真空の海に融けるような漆黒の色合いの何かが居た。


 先程の魚のような形の奈落獣と同じ。


 いや、それよりも大きい鯨の如き巨躯。


 まったくもって今まで気付かなかったのが不思議な程の体躯は今やしっかりとセンサーに感知されている。


『ステルス能力を持っていたのか?! さすがにこの数でコレを狩るのは一苦労だぞ!?』


 イゾルデの慌てぶりも分かろうというものだ。


 現在の航路は人が行き交うものの中でもかなり外れに位置する。


 持ち込んだ戦力は乏しく。


 しかも、戦闘をしようにも輸送艦には武装らしい武装が詰まれていない。


 此処で倒すにしても、逃げるにしても、足止め用の戦力すら満足ではないのだ。


 到底、戦える状態ではない。


『剛刃桜なら―――ッ』


 やれると言おうとした少年だったが、途中で言葉を途切れさせる。


(こんな時に……)


 少年の肉体に緑色の炎による刻印が浮かび上がってた。


 それはまるで少年の服の下で生きているかのように明滅し、拍動している。


 肉体の自由が奪われ、口すら満足に動かせない。


 どうするか対応を早急に決めなければと他の二人が口を開こうとした時。


『其処の三機。ポイントD‐134まで後退しろ。その巨大奈落獣はこちらで対処する』


『『『!?』』』


 三人が再び驚く。


 下方にいた鯨型奈落獣の周囲に複数の爆光が煌き。


 苦悶するように巨躯が悶え始めた。


『行くぞ。ファンスラッシャー!! Gシュート!!』


 通信先で叫ぶ男の声。


 それと同時に漆黒の身体へ張り付くように複数の光輪が現れ、表皮を削りながら奈落獣の注意を惹いた。


 そんな中、フッと緑炎の刻印が肉体から消えるのを確認して、少年が二人に何事も無かったかのように通信を入れ、今奈落獣と戦っている相手に言われた通り、後方のポイントへと退避していく。


『レギオンプレーグス!! 奴の動きを止めろ!!』


 三機のメインカメラが奈落獣の更に下から上ってくる機体を捉えた。


 紺碧のカラーリングに金で縁取られたカバリエ級とも見える機体。


 その腰部から空間を重力で歪めた複数の小さな球体が射出され、奈落獣の各部を押し砕くように密着して抉り込んでいく。


 それを振り払おうとkm単位の肉体が周囲のデブリ群を薙ぎ払うようして暴れ、その衝撃で散弾の如く岩塊が四方八方に猛烈な速度で飛び散る。


 傍にいたカバリエ級は一溜まりも無いかと思われたが、それはまったくの杞憂だった。


 機体の周囲が強力な重力場で覆われ、岩塊をものともせずに弾いたからだ。


『慣性集中!! ブラックホールキャノン励起開始!!』


 バリアの中から現われた機体が背部から引き抜いた巨大な砲身を奈落獣に向ける。


『トドメだ!! 発射!!!』


 機構内部で生成されたマイクロブラックホールが更に周辺の重力場制御によって収束され、まるで矢の如き形態となって解き放たれた。


 一瞬で巨躯の中心にぶち当たった一撃が拡大。


 重力場崩壊によってkm単位の物体がグニャリと命中地点から捻じ曲がり、構造を圧壊させられながら重力の井戸の中心へと引き込まれ消えていく。


 そうして、遠方に退避していた三機すら引き込みそうな重力崩壊は対象と周辺のデブリ群を全て内部へと引き込み巨大な重粒子線をその中心から虚空に吐き出してすぐ途絶えた。


 あまりの事にさすがの少年もイゾルデも驚きに固まっている。


 ファリアなどは目を丸くして、奈落獣が消えてしまった宙域を凝視していた。


『大丈夫ですか?』


 機体のあちこちの装甲が放熱の為かスライドし。


 今さっきまでの動きが嘘のように遅々とした動きで謎のカバリエ級が彼らの下へとやってくる。


 少年がとりあえず最も公的身分として信用出来るだろうフォーチュン所属のファリアに文字だけで相手に応対するように伝える。


『あ、はい。危ないところを助けて頂き、本当にありがとうございました。私はフォーチュンのマグリット・ファリアと申します』


『フォーチュンの? こちらは地球連邦技術再建局ルミナス所属。ケント・グラーケン特務少尉です』


「ルミナス?」


 少年が思わず呟く。


 それは資料にあった今回の取引相手。


 高性能の重力制御ユニットを持って来るはずの組織の名前だった。


『とりあえず。お話を聞かせて頂けますか? こちらも機体を使った手前、状況確認の必要があるので』


 ケントからの要請に思わずファリアが剛刃桜の方へ機体を振り向かせた。


『こちらは近辺のコロニーにガーディアンを運搬中に襲われた。そちらも救難信号を辿って此処に?』


『救難信号? いえ、この周辺から高濃度の奈落反応を検出したので、一時的な偵察に出て襲われている貴方達を見つけたのですが』


 現場責任者らしき少年の思っていたよりも若い声にケントが若干怪訝そうにしながらもそう返す。


『こちらは信号を辿り、この宙域に辿り着いた途端、奈落獣に襲われた。その時、高重力波を検知し、その源であると思われるものを回収している。尚、救難信号はもう途絶えていて捜索は困難だが、問題ないと考える』


『どういう事ですか?』


『救難信号の出所でスーパー級の残骸を見つけた。そして、その手に握られていたものが重力源だった。どうやら先程の一撃で消えたようだが、重力波の影響で生き残っていたシステムが一部誤作動したものと考えられる』


『……状況が不明瞭ですね……すいませんが、近くのコロニーまで同行願えますか?』


『了解した。これより―――』


 ようやく話が纏まり掛けた時。


 今までノイズが混ざっていた通信がクリアーになり、更には全周波帯で音声が流れ始めた。


―――誰か~~助けて~~助けて下さい~~~うぅ、今の何だったの? ギュバーっと来てズギューンて来て最後はグヴァアアアッとなって、誰か~~こちらサンシャイン・プロ所属リングシャード……遭難してます困ってます宇宙で木乃伊は嫌だよ~~(泣)


『『『『……』』』』


 何やら場違いな通信に全員が押し黙り。


『どうやら、まだ巻き込まれた方がいるようですね』


 ケントは自分の攻撃に民間人が巻き込まれそうになっていた事に僅か唇を引き攣らせ、とりあえずその新しい救難信号と音声通信の相手の下へ冷却が終った機体で加速し始めたのだった。

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