Scene29「出立の夜」


「大丈夫ですか? 七士様」


「ああ……」


 鳳スペースポートへメタガイストが襲撃を掛けて来て数時間後。


 奈落獣の処理が終った広大な敷地は現在清掃作業中のミーレスと廃棄物の山が対峙するまた別の意味での戦場と化していた。


 鳳市は早くも無事に相手を撃退したとの報を全世界に発進し、マスドライバー・レールの無事を喧伝。


 防衛軍はポート周辺の警戒を続けていて、一時止まっていた業務はそろそろ再開という運びとなっていた。


 フォーチュンの部隊が途中から駆け付けて来たとはいえ。


 防衛軍の初動が良かった事は大勢の市民、ポート内にいた数千人の外国人達が見ている。


 さっそく記者会見した第三師団の師団長は鼻高々であった。


 そうして、小型奈落獣を操っていた異次元からの侵略者メタガイストの歩兵達を切って捨てた本当の立役者はひっそりと混乱のどさくさに紛れて輸送艦に帰ってきていた。


 然して時間は掛かっていない。


 しかし、剛刃桜から転移で床に降り立った少年を心配して部屋から出てきたアイラとソフィアが見たのは僅かに顔色も悪く。


 機体の足に背を預けるようにして休む七士の姿だった。


 アイラは少年に個室の寝台で休む事を勧めたが、これを少年はまた何かが襲ってくる可能性もあるとやんわり断って、最初に待機していた部屋のソファーで横になる事を選んだ。


 ファリアとイゾルデがその様子を見て、思わず声を掛けるも熟睡していた少年には届かず。


 休息の為に自室へと戻って。


 数時間が経過した現在。


 ようやく起きた自分の主にアイラは心配そうな声を掛けたわけである。


 七士がテーブル上にあるリモコンを操作して、付けられていなかった壁のディスプレイの電源を入れると、地上波は既に通常の報道や番組だけとなっていたが、その中にも一つ二つ鳳スペースポートの特集と小型端末で撮られたと思しき映像を流すところがあった。


 その大半は防衛軍第三師団所属のミーレスとガーディアンのものばかりだったが、映像に刹那だけ剛刃桜の背中が映り込むものもあり、フォーチュンの働きも伝えられている。


「………」


 それを静かに見始めた少年に何となく話し掛けられぬまま、アイラは沈黙を続けていた。


 が、それも長くは続かず。


 懐の小型端末が鳴り始めて少年がその通信相手の表示に瞳を細める。


 通信が開かれ、耳に当てられたスピーカーから彼にとってはおなじみの声が響いた。


『どうやら襲ってくる連中の中にメタガイストも混じったようだってのをあんたにお知らせしとこうと思ったんだが、あっち側と接触して何か言われたかい?』


「……どういう事だ? 何故、異次元からの侵略者がこの旅に関係してくる。歩兵の奥に一際大きなのがいたが、こちらを見て驚いた様子になっていた……今回の中身だけの事じゃない。剛刃桜にも何か関係があるのか?」


『ちなみに倒したのかい?』


「いいや、途中で歩兵が刈られるのを見て引き上げていった」


『そうかい。なら、あっちも気付いたんだろうねぇ』


「気付く?」


『あんたの疑問に答えるにはまだピースが足りてないんだが、知り合いを回りながら東亜連邦の遺跡の調査を資料面から続けてたんだよ。そしたら、面白い事が分かってね』


「もったいぶらず。さっさと言え」


『あの遺跡。どうやら、当時の最先端軍事技術とガーディアンの試作研究を行なっていたらしい。それだけじゃなく幅広いALと奈落の研究にも手を染めていて、諸々で言えば、現在の最新鋭ガーディアンを産む技術の雛形みたいなのが山盛りだったらしい』


「それで?」


『奈落技術の発展は同時に奈落汚染との戦いだ。その研究が危険じゃないわけないのは分かると思うが、アビスゲートの内側へ直接的な接触を試みる実験も行なわれていたらしい。その資料の一部にはしっかり金属生命っぽい物体とかも載ってたわけだ』


「まさか、メタガイストが当時から?」


『いいや、どちらかと言えば、先行していたあちらの調査用の機器でも回収したんじゃないかい? ま、それでこの世界の座標を知られた可能性は高いっぽいけどねぇ』


「それであちらも剛刃桜に付いて知っていたと?」


『可能性の問題だよ。そして、今回運んでもらう荷物はメタガイストにとってもかなりの重要部品だと考えられる。何で鳳スペースポートを襲ったのかは定かじゃないが、何処かから情報の一部でも漏れていれば、まだ受け取っていない事も知らずにやってきたって事も有り得る。前々からあちらさんが頓珍漢な軍事行動をしてたりするのはフォーチュンじゃ周知の事実らしいしね。金属生命と炭素生命の間では精神や思考に齟齬があって当然だろうって事で納得しときな』


「……いいだろう。それで今回の荷は一体何なんだ?」


『最新のグラビコンシステムだ』


「重力制御システムだと?」


『前々から開発されていたものの試作品をウチで引き取る事になってね。昔、声を掛けられた事のある組織から引き取る事になったんだよ。ま、ハッキリ言うと連邦の軍事技術が漏洩したって事になるのかね』


「メタガイストがそれを必要とする理由は何だ」


『前々から連中は自分達の本体を異次元の内側から引っ張り出す大規模なアビスゲートを必要としていた。今回試作されたシステムは暴走させれば、大規模なブラックホールを生み出せる程の代物だ。それを使ってアビスゲートを強化安定させれば、あっちは好き勝手に戦力を引っ張ってこれるだろうね』


「……そういう事か」


『という事で宇に上がって、荷物を受け取った頃にまた連絡するよ』


「了解した……」


 ブツンと通話が切れるのを確認して端末を懐に仕舞った七士は自分を見つめる何処か不安そうなアイラに気付いて視線を向けた。


「その……」


「心配する必要は無い。今後の方針を確認していただけだ。荷物の中身から言って、様々な襲撃者が予想される。必要以上に張り詰めている必要はないが、気は抜くな」


「はい。了解しました……それで、ええと……」


「?」


 いつもならば、ハッキリとした物言いをする少女が今日は何やら歯切れが悪い。


 傍らでいつの間にか眠っているソフィアに凭れ掛かられながら、アイラは自分の横にある少し大きめのプラスチック製の箱を少年の方へ差し出した。


「これは……」


「眠っている間に時間があったので調理室を使わせてもらいました。出撃前に何も食べられていなかったので」


「弁当か。頂こう」


「はい……どうぞ」


 少年が少女の心遣いを受け取ろうとした時。


 艦内放送が流れる。


『鳳スペースポート側から指示がありました。本艦は20:00時に出港せよと。クルーは各員19:30時までに搭乗し、配置に付いて下さい』


「……食べ終ったら、配置に付こう」


「了解」


 ソフィアが傍らに寝ているのも忘れて、薄らとアイラは笑っていた。


 それに内心で驚いたものの。


 自分のところに来て、既にそれなりの日数が経っているのだと思い直した少年は静かに受け取った箸を手に、頂きますと食事を開始した。


 *


―――叢雲市フォーチュン・イヅモ本社ビル。


 フォーチュンは紛れも無く軍事企業という体をした正義の味方だ。


 だが、だからこそ、その莫大な運営資金は誠実全うだけで稼ぎ出されているわけではない。


 違法とは言えないが、法規制の無いグレーゾーンを使って儲けを出している場合もあるし、様々な金融の智識と膨大な情報からマネーゲームを制して合法的に投資家や悪徳ファンドも真っ青な投機で当座凌ぎの資金を捻出する事もある。


 そういう技術と智識と経験と何よりも度胸のある男が現在はイヅモのフォーチュンを取り仕切る立場にあるとは聊か初めて会う人々は以外に感じると言う。


 彼の名は鞍馬ジョウ。


 現在、イヅモ全域のフォーチュン支部に対して唯一命令を下せる存在。


 これでピンと来ない場合はこう言うべきだろう。


 正義の味方の親玉。


 または悪にとってのラスボス、と。


「それで剛刃桜の取り扱いに付いては良いとして、今回の一件に付いて情報提供願えますか? ドクター。ドクターフェイカー」


 長い前髪で顔の半分を隠した男はその下から皮肉げな笑みを浮かべて、サンダル履きに白衣姿の女へサラリと告げた。


「どの一件に付いてだい? 心当たりが有り過ぎて困っちまうよ」


 出された珈琲を啜りつつ、先程一旦席を立っていた彼女は目の前の歳若いエリートに苦笑した。


「そうですね。貴女が調べていた一件に付いてでも良いですし、貴女がわざわざルミナスから取り寄せた“一号機”の予備パーツの事に付いてでも構いません」


「やれやれ。フォーチュンの耳には気を付けてるんだが、筒抜けかい」


「そう言わないで下さい。貴女だってウチのメインフレームを時々ハッキングしてるじゃないですか」


「さぁ、何の事か分かりかねるが、取り合えず後者に付いてなら話してもいい。ま、あんたらの出番は無いけどね」


「ほう?」


 三十代も後半。


 まだ若く見られるが、何処か薄暗い界隈を歩いてきたような気配を漂わせるインテリが目を細める。


「あんたがグラビトロン級の事を何処まで知ってるか聞いていいかい?」


「世界最初の重力制御型ガーディアンであるグラビトロンの名を冠したガーディアン・クラス。そして、現在連邦が推し進めるグラビトロン級開発計画は急ピッチで進められている。表向きはこんなところですかね」


「じゃあ、裏向きには?」


「惑星外勢力による侵攻が始まった事に起因した軍拡、大革命。連邦はやがてグラビトロン級で主力機を置き換える気でしょう。またグラビトロン・ミーレスの研究開発も進んでいると聞き及びます」


「じゃあ、こんな話を知ってるかい? 世界初の重力制御特化型ガーディアン。グラビトロンには……第一次大戦期のロストテクノロジーが幾つか使われていた。その中にはウチの技術も入ってたのさ」


「ほほう? それはまた」


 男が僅かに驚いた様子になる。


「近頃、複製された方のグラビトロンの模造品。【ラージャ・ノワール】だったかい? アレには本家が積んでいなかったレムリアの技術が使われて、そういう本家のブラックボックスがいらなくなったらしいが、あたしに言わせれば、魔法なんてまだこの惑星の人類にとって普遍的ではない技術を使ってる時点で作品としちゃ三流だと思ってる」


「研究者の方はよくそういう自分の技術を使った代物を作品と称し、評しますが、アレも中々良いものだと聞きますよ?」


「レムリアの技術が入った事に不満があるわけじゃないさ。連邦との友好にも寄与したってのも、それだけじゃないにしても嘘ではないだろうね。技術協力ってのはどの時代でも普通の話だと頷けはする。ただ、グラビトロン級には通常のガーディアンには無い問題が存在する」


「問題? 暴走するとブラックホール化してしまう事ですか?」


「いいや、そういう話じゃない。グラビトロン級には世界を変える可能性がある」


「可能性……?」


「一つ。面白いデータを見せようかい。害惑星探査機構でイーリス・リンドロイドが付けた日誌だ」


 端末が近くにあったプロジェクターに向けられて、送られたデータが白壁に文字を浮かび上がらせる。


 極々短い数日分の日誌。


 しかし、それを目で追ったジョウは途中から妙な記述に気付いた。


―――機構歴××年×月×日。


 宇宙線量低。


 木星軌道上。


 今日も彼らは来なかった。


 いや、彼らが来なかったのは明日の事だ。


 だが、私は今日も彼らを待ち続ける。


 毎日のように彼らは来ない。


 いつまで経っても来ない。


 だが、明日は必ず来る。


 それがいつの明日になるかは分からないとしても、私には待つ事しか出来ない。


 グラビトロンは教えてくれる。


 彼らが来た時こそ、人類の本当の戦いが始まるのだと。


 この子を造った時から運命は動き出した。


 そう、この機体こそが、存在の階梯を上がる鍵であり、明日の選択を成す為の鍵だ。


 だから、私は彼らが来るのを待つ。


 それまで私が居られないとしても待つ。


 私が、グラビトロンがしなければならない事は明白なのだから。


 例え、その時もう私が世界に存在しないとしても、此処で待つ事は決して無駄にはならないはずだ。


 新しい出会いは次の未来を紡ぐはずだ。


 そして、新たな道へと向かう世界に一つだけ奇蹟を与えられるかもしれない。


 それが分かる。


 いや、覚えている。


 そう、私はもう現在の私ではない。


 だが、昨日の私でもない。


 明日の私であり、同時に影であるのかもしれない。


 この確定した事実を変えられるとすれば、それは私と同質か。


 または根源の光に連なる者だけだろう。


 これが開示されるという事はそれを見ている相手がいると言う事だ。


 その明日まで届かない私が残せる言葉は然程多くない。


 だが、そうしないのも無責任というものだろう。


 だから、彼方達には一つずつ伝えておこう。


 偉い人。


 貴方に頼みたい。


 私に答えに続く人がきっと何処かにいる。


 もしも見つけたなら、どうか見守って欲しい。


 これは辿り着いた者としての切なる気持ちだ。


 そして、産み出す人。


 貴女には教えておこう。


 无たる混沌を砕く鋼の魂だけが貴女の望みを叶えるだろう。


 それはきっと希望を紡ぎ出すはずだ。


 機構歴××年×月××日の子供達にも笑顔が在らん事を願って。


―――これで今日の日誌は終りとしたい。


「これは今日の日付?」


 ジョウが半ば呆然としながら呟く。


「ああ、そうさ。まぁ、何と言うか。面白いだろう?」


「面白いというよりも、これは……俄かには信じられませんが……」


「あたしもだよ。だが、この情報を取得出来たのは二日前だ。そして、その時にはもうあんたと会う約束はされてたわけで……まぁ、嘘だと思うなら、そっちから取得してみればいいさ」


「……彼女は未来予知の超能力者か、スターゲイザーだったのか?」


「さぁて。どうだろうね。今じゃ知りようも無い。天才はコロニー共々ブラックホールの中に消えちまった。だが、それよりも問題なのは奇蹟が起こせるとかグラビトロンが教えてくれるってところの方さね」


「……グラビトロン級の技術に何かがあると?」


「少なからず、天才が重力波のせいで狂気に陥っていたと考えるより、奇蹟や特別な力に目覚めていたと思う方が心には優しいね。そして、此処にいる我々に何かを伝えようとした、という事の方が重要だ。グラビトロン級とそのパイロットには気を付けておくんだね」


「………」


「ちなみにどうして予備パーツを引っ張り出して来たかって言えば、世界を救う為さ。どうしてもグラビトロンのパーツが必要になったんだが、生憎とロステクの塊で再現不可能だった。だから、今保管してるルミナスの伝手を頼って貸し出してもらったのさ」


「世界を救うなら、我々フォーチュンの出番では?」


「あんたらが無駄に干渉したら、確実に破滅まっしぐらな案件だよ」


 フゥとジョウが溜息を吐く。


 その顔には厄介事が増えたと言わんばかりの表情が浮かんでいた。


「いいでしょう。その一件に付いてはこちらはこちらで対処させて貰います。ただ、予備パーツの中身が一体何なのかは開示して頂きたい」


「単なる【時空干渉器(じくうかんしょうき)】……横文字にすると“タイムドライバー”ってやつだ」


「―――」


 再び、ジョウが顔を固まらせた。


「仮にもグラビトロンは天才が作ったスーパー級。連邦では詳しく解析出来ず、ルミナスでも最後まで再現出来なかった。そういう技術の固まりは禁断のブラックボックスなんて呼ばれててね。重力制御の極致にある力は本当の意味で“事象の支配”にまで届くとされる。表向きの情報では単なる重力制御システムに過ぎないとされているが、中身は奈落も真っ青なヤバイ代物なのさ」


 白衣の女が椅子から立ち上がって伸びをした。


「ああ、そう怖い顔する必要は無いよ。分解されてから元に戻せなかったガラクタだから。ただ、一応は組み立て直して超高性能なグラビコンシステムとして機能はするんだ。外の連中からしたら、グラビトロン級の技術を盗むチャンスであり、大きな力であるのも間違いない」


「……そちらの望みを聞いていいですか?」


 此処まで情報を開示してくる相手の意図を読み取ってジョウが訊ねる。


「共和国とノイエ・ヴォルフ、アーディティヤ、それからメタガイストも含める全ての勢力と戦闘になった後。おっとり刀で駆け付けて、事態の処理を頼みたい」


「フォーチュンは何でも屋では無いのですが。ドクター」


「自覚がある辺り、あんたも苦労人だねぇ。ま、世界の未来を守る為に協力をお願いしようってな話だ。あんたらにとってもグラビトロン級の情報は有用だろう?」


「ええ、まぁ、否定は出来ないでしょうが、恩を売られるのは好きではありません」


「とりあえず、そういうつもりは無いよ。あんたらが危険技術の監視と統制、開発をガンガン推し進めるルミナスからの外圧を撥ね退けてくれたおかげでテラネシアのお嬢ちゃんも手出し出来ないだろうし、剛刃桜はまだこっちの手にある。今後も出来れば、共有出来る利害で協力関係として接していきたいじゃないか。ねぇ?」


 相手に僅か翻弄されているとは思いつつも、ジョウは未だしばらくはこの距離感で相手と付き合っていくのが良いと判断して僅かに瞳を細めた。


「では、これで今日はお引取りを」


 女が立ち上がり、ヒラヒラと後ろ手に手をヒラヒラさせて、その最上階のゲストルームから出て行った。


 その後、疲れた様子でしばらく眉間を揉んでいたジョウだったが、佇まいを正して大型端末で虚空に通信先の映像を繋げる。


『……どう? 話し合いは終ったかしら?』


 その映像の先にはトレードマークの一升瓶を片手にスルメを咥えて一杯呑んでいるチトセ・ウィル・ナスカの姿があった。


「中々、個性的な人物だ。ただ、やはり我々の味方とは言えない」


『そう。でも、結構有用な情報が手に入ったんじゃないかしら?」


「……見透かされていたよ。その上で恩を売る気はなく。協力して欲しいとの話だ。これなら、ラーフの方がまだ駆け引き出来る」


『で、剛刃桜に付いてはどうなったの?』


「今後も調査は続けてもいいと。そして、私用で使う以外ではフォーチュンに引き続き所属する事で片が付いた。ただ、やはり引渡しには応じられないそうだよ」


『当然ね。もし、私が彼女でもそうするわ。あんなのを大きな組織に置いておいたら、それだけで火種よ』


「……管理者の立場に立って話してもらいたいんだがな」


『とりあえずは安心していいでしょう。こっちも今ああいう手合いと暗闘してる暇は無いんだから』


「言う通りではあるが……まぁ、いいよ。今後の課題としておこう。それよりも最優先で調べさせている件だが、どうなった?」


『まだ、何が起こってるのか分からないわ。突如としてリンケージ達が意識を失って昏睡するって以外で分かってるのは彼らが高い確率でスターゲイザーの素質がありそうだったってところだけ』


「引き続き捜査は任せるよ。ただ、出来る限りリンケージではない者を使うように」


『分かってるわよ。彼……新型のフォトンリアクターの研究が終ったって喜んでたのに……あんな事になって……絶対、助けてみせるわ。それが私達大人の責任。いえ、未来に託していく人としての義務でしょう』


 顔を俯けたチトセの顔は翳っている。


 それは常の鳳市部で呑んだくれの指揮官と言われる彼女しか知らない者達からすれば、意外な顔かもしれない。


 通信が切れて。


 ジョウが白壁に映し出されるプロジェクターの映像を切り替える。


 それは赤い印が書き込まれたイヅモ全域の詳細な地図だった。


 その点は既に十を越えている。


「………儘成らないな」


 どんなに権力を握っていても、彼に出来る事は金儲けと政治的な調整のみ。


 それを知るからこそ、肌で感じられる破滅の足音を前に彼は歯痒く思う。


 ただ見ている事しか出来ない自分に僅かばかり感傷的な気分になる。


 鞍馬ジョウ。


 彼もまたフォーチュンの現場の者達と同じ。


 確かにその心の奥、正義と呼べるものを持つ男だった。

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