Scene28「空舞い上がる前に」


 マグリット・ファリアはフォーチュン入り立てホヤホヤの16歳だ。


 現在はフォーチュン鳳市支部預かりの身だが、一風変わったリンケージとして知られている。


 それは別に彼女がカチューシャに桜色のリボン一つ。


 そんな、愛らしい少女であるから、ではない。


 結構、綺麗どころが揃っているフォーチュンの女性リンケージ達は誰も彼も個性的だし、近頃は拳法娘やらの変り種な子も入って来ているので、彼女のキリッとしつつも何処か子供っぽいギャップも埋れ気味だ。


彼女が変わっていると表現されるのは自分の事を騎士と言って憚らないからだ。


 まぁ、それにしてもフォーチュンとして活動して日が浅い新参者でありながら、腕は確かなので誰もそれを笑ったりはしない。


 鳳市に来て数ヶ月。


 今や奈落とテロのデパートとすら囁かれるイヅモでは危険な事件が増加の一途にある。

 

 スカウトされてからというもの、その技量を見込まれて各地に引っ張りだこだった事を考えれば、彼女が如何に貴重な戦力として重宝されているか分かろうというものだろう。


 その剣捌きはレムリアの騎士であるアーテリアにも劣らないとされ、ガーディアンでも生身でも結構な働きをしてきた。


 そんな彼女の日々の暮し方は至ってシンプルであり、あまり人付き合いが無い。


 と、言うのも毎日毎日朝起きたら生身の剣術訓練をして、学校に行って、フォーチュンに顔を出し、操縦訓練をして、それが終ったら終始支部の大型端末でネットサーフィンして過ごす、というのがデフォだからだ。


 普通に挨拶されれば、普通に返すし、普通に笑いかければ、笑い返してもくれる。


 しかし、何処かに誘うと申し訳なさそうに頭を下げるものだから、誰も彼女を休日連れ出す事に成功した者はいないとされる。


 だから、彼女が今日もネットサーフィンで新聞記事や世界中の情報を丹念に調べている様子に誰も声を掛けたりはしなかった。


 悪い子ではないのだが、何だか張り詰めた空気なので声を掛けられない、というのが本音だろう。


 本日はそろそろ八時。


 いつもならば、寮に帰る頃合であったが、周辺に人の気配が無くなったのを見計らって、彼女は通常の市販されているものとは違う流線型のシルエットをした独特な形の端末を取り出し、その根元から伸びる細いワイヤー状の部分を接続部分に押し込んだ。


 すると、ワイヤの先端が液体金属のようにグニャリと曲がって規格にあった端子を形成。


 数秒で小型端末と大型端末が繋がる。


「……検索開始。キーワードはGOUJINOU」


―――検索結果6件……管理者権限とパスワードが必要です。


 小型端末の画面に浮かんだ文字に彼女が呟く。


 突破しなさい、と。


 それに了解との文字が返り数秒後。


 大型端末に近頃支部へ搬入された機体の詳細が彼女の前に開陳される。


 それは本来ならば、佐官以上がかなり大量の書類を提出しなければ、見られない情報だ。


「……奈落とALの消滅現象……やはり、普通じゃない……こんなのは故郷にも王国にも無かった……これなの? あいつらが目的にしているものは……」


 ブツブツと呟く彼女の瞳には真剣な光が宿っている。


 もしも、見咎められれば査問対象。


 PMCを名乗ってはいるが、基本的に一国の軍隊以上の大規模軍事組織であるところのフォーチュンは裏切り者を出さない為に様々な策と厳しい規律を備えているので、露見しただけでマズイだろう。


 が、彼女はそんな不安とは無縁そうに情報を小型端末に入れて、そのまま去ろうとコードを引き抜こうとした。


 その時、ピコンと新しい情報がデータベースにアップロードされる。


「これは……」


 最新の情報。


 しかも、数日前に鳳市繁華街の三分の一を破壊されたテロ事件とその事後処理に付いての詳細だった。


 極めて強力なディザスター級のアビス・ガーディアン。


 その集合体との凄絶な戦闘。


 不自然な程に強いほぼ奈落獣と化した相手の不可解さもさることながら。


 それを消滅させた機体である剛刃桜もまた異端であるとのレポート。


 しかも、その情報を製作したのはフォーチュンでも秘密主義を貫くテラネシアという組織の構成員。


 上層部から機体の解析を一部引き受けていた白衣の男達のレポートは酷く混乱しているのが伺える。


 何故なら、彼らが自らフォーチュンに貸し出している特異なガーディアンの機能が一部、剛刃桜にも見られたという事が原因らしい。


 テラネシア側は更なる調査をフォーチュンに申し入れたが、フォーチュンはこれを拒否。


 それに対し、テラネシア側は発掘された機体にこのような機能が載っているのは前例が無く。


 また、これを解析すれば、奈落に対する完全な浄化技術を開発出来るかもしれないと発言。


 しかし、フォーチュン側に機体の所有権が無い為、今後は機体の所有者と交渉を行なうようにとの話が纏められていた。


「やはり、この星でもあの機体は特異なものとして見られている。パイロットか機体に接触してみないと」


 彼女はその情報も端末にダウンロードすると立ち上がった。


 丁度、廊下の奥から今日の夜勤を務める職員がやってくる。


 それに頭を下げて。


 頭の中に浮かび上がる疑問を解消する為に少女は行動を開始した。


 数日後、ファリアは機体と操縦者に出会う機会を得て、宇宙へと上がる事になる。


 *


―――【完全平和パーフェクト・ピース】貸し倉庫台所。


「え、これはソースなのではないのですか?!」


「これは味付け調味料の一種です」


「では、これを入れて野菜を煮るのですね。任せてください」


「出来れば……お座りになってお待ち下さい……」


「いえ!! わたくしも何かさせて下さい!! こう見えて、卵ならば綺麗に割った事があります!! 料理長がわたくしには料理の才能があると言ってくれた事もあるくらいです!!」


「分かりました……では、こちらで卵を六つ割って入れてくれれば……」


 僅かに困った様子のアイラが溜息こそ付かなかったが、纏わり付いて来るお客に適当な調理過程を任せて、疲れた様子になっていた。


 やけに騒がしい倉庫内部。


 騒いでいるのは主にラーフのお姫様ソフィア・ラーフだった。


 どうやら、学校に行く事になったのが余程に嬉しいらしく。


 この二日の間は何やら自分に出来る事を探してテンションが高いのだ。


 学校では落ち着いた地味系委員長属性少女として静かに定着しつつあるのだが、倉庫内では地毛に戻して変装も解いているので、開放感があるのかもしれない。


 そんな事を考えつつ、今日は仕事の話があるといつもの白衣のオバサンからメールを受け取った七士は倉庫内の地下施設へと向かった。


 既に相手は倉庫地下に続く別ルートから到着し、待っているらしい。


 イソイソと階段を下りていけば、自動で点灯する通路の先。


 射撃演習場のベンチにいつものバンダナ姿で女が煙草を燻らせている。


「今日は大仕事前のちょっとしたお使いを持ってきたよ」


 七士が横に座ると傍らから封筒が手渡される。


 封筒の中身を取り出して彼が瞳を細めた。


宇宙コロニーに行けと?」


「ああ、別に構わないだろう? 高校にはこっちから手を回しておくし、何なら上の二人を連れて行ってもいいよ?」


 ニヤリとした女が既にソフィアの素性を掴んでいるのだろうな、と。


 確信しつつ、七士が溜息を吐いた。


「あのお姫様は危険に晒せない」


「あんたの横にいる限り、危険じゃない事なんてのは在り得ないだろう? そして、あんたの横にいるからこそ、あの子は直接的な危害から守られている。要は心持だよ」


「………剛刃桜も持って行くのか?」


「ああ、あの機体を欲しがってる連中がいてねぇ。そっちの催促が五月蝿いからしばらくの間、うえに上げときたいのさ。諸々メンテナンスフリーだって話だし、新しい武装も追加されたらしいじゃないかい。こっちで書類だの何だのは全部揃えとくから、少し遊んでおいで」


「遊ぶ、か。工業コロニーからヴォルフの目を盗んで何を持ってこさせる気だ? この書類上だとコンテナ一つとなってるが、そんなものに運び屋を使う時点で悟られるぞ」


「あはは、心配御無用さね。そっちは囮だ。本命は別ルートから人の手を遣わずに輸送させる手筈だ。それに今回は世直しだよ」


「世直し?」


「ま、そっちのコンテナには連邦のアーディティヤとノイエ・ヴォルフと共和国が群がってくるだろうが、全部蹴散らして構わない。正規軍を投入出来る話でも無いし、事件を公にも出来ないからねぇ。暗闘の最深部だからこそ、誰だろうと何も無かったとしか言えないさ」


「……二人を連れて行くのは頷ける話じゃない」


「お姫様の事もあの子の事もあんたが守り切ればいいだけの話だ。それとも自分の傍以上に安全な場所があるとでも思うかい?」


「一人で出来る事には限りがある」


「それなら心配ないよ? 入っておいで。あんたら」


 少年が今まで感じていて黙っていた幾つかの通路から一人の女を筆頭にして男達がゾロゾロと付いて来るのを確認して女に瞳を細めた。


「私兵か?」


「いいや、協力者だ。元ノイエ・ヴォルフの宇宙移民独立論者様だけれどね」


「まさか?」


 少年がまだ二十代の女。


 今は何処にでも居るOL風のスーツに身を包んだ相手が誰かを悟る。


「久しぶりだな。あの時のパイロット」


 女の眉根は寄せられている。


「戦場なら敵味方が入れ替わるのはよくある事だ。死人が生きている事も然程驚く事じゃない。が、テロリストに逆恨みされて後ろから撃たれるのはな」


 その言葉に男達は表情を変えなかった。


 そして、女だけが唇を僅かに震わせる。


「いつ死ぬか分からない身だ。覚悟は出来ていた。だが、だからと言って忘れられるものでもない。しかし、私達は大義と使命の為に戦った。相手が誰だろうと殺そうとして殺された事に……怒りはあっても、怨みは無い」


 ノイエ・ヴォルフの元大幹部。


 ティラネウスの海竜こと。


 イゾルデ・フォン・グリューニング。


 アーディティヤより特別軍事法廷で死刑が宣告され、既に刑が執行されたと世間の一部では一時期話題になった当人はピンピンした様子で彼に言い返す。


「それが真実だとして、どうしてこの女の下に付いている?」


 その七士の言葉に苦い顔をした彼女に代わり、白衣の女が苦笑気味に告げる。


「取引って奴だ。あの計画の“処置”を受けたって言うから、こっちとしては放っておけなくてね。テロ行為はご法度。裏切りには死。その代わり、命は繋いでおくし、仕事も斡旋する。大仕事前に人手が欲しくて、アーディティヤの連中から買い取ったのさ」


「分かった……いいだろう。ただ、一つ言っておく」


 少年が腰から取り出した拳銃を数十m先の的も見ずに撃ち放った。


 その数、二十五発。


 一瞬硬直して身構えた男達だったが、薬莢が全て落ちた後。


 機械が自動的に持ってきた的を片手で目の前に放られて、顔を少しだけ強張らせる。


 見てもいなかったのにその的は綺麗なハート型に刳り貫かれていた。


「オレを裏切ろうと殺しに来ようと構わない。だが、周囲の人間に危害を加えた場合、お前らはこうなる」


 淡々とした瞳。


 別に脅そうという声音でもない。


 事実を告げる言葉にこそ男達は息を呑んだ。


「……まるで、スターゲイザーのような芸をするな。剛刃桜のパイロット」


 少年に怯まず。


 唇の端を曲げて獰猛に笑むイゾルデに少年はアッサリと背を向けて地上へと戻っていく。


「七士。今は荒那七士だ。覚えておけ。イゾルデ・フォン・グリューニング」


 少年が扉を開けて階段を昇っていく。


 白衣の女はその背中に苦笑一つ。


 膝の埃を払って立ち上がった。


「さて、後はフォーチュンか。あんたらはねぐらに戻って大人しく寝ておきな。明日から色々と関係機関との調整で回る事になるからね」


「……一つ訊ねたい」


 イゾルデが放られた的を手に持って女に真面目な瞳を向ける。


「あの男は何なんだ?」


「運び屋さ。事前に説明しただろう?」


「はぐらかすのなら、それでいい。だが、距離が70m離れた的を拳銃でこうまで撃ち抜くのは普通の人間とは言えない」


 最もな言葉に女が僅かに視線を落として呟く。


「本当にそうかい?」


「何が言いたい?」


「人間に才能や資質があるのは確かだ。だが、最低水準の資質や才能さえあれば、時間を掛ければ、天才だって超えるかもしれないじゃないか」


「……普通の人間でも時間さえあれば、こういう芸当が出来ると?」


「あたしはあの雇われさん以上に長い時間を訓練に当てた奴を知らない」


 後は何も言わず。


 女は静かに別の通路へと歩き出し、イゾルデはその後ろへと付いていく。


(時間……あの少年に見える姿はフェイクなのか……)


 小さな的は再び放られ。


 一度だけ、彼女は自らが命を掛けて倒せなかった男の出て行った扉を見て、姿を闇に融かした。


 *


―――数日後。


 鳳スペース・ポート。


 北半球でも最大規模の宇宙港はイヅモの地にとって稀少な宇宙資源の貿易と宇宙への玄関口として機能する要衝の一つと言われている。


 その言葉に嘘はない。


 何故ならば、其処には第二次大戦中ですら戦時下の国々が重要施設として攻撃を控えたマスドライバー・レールが存在するからだ。


 安価に宇宙へ機体を打上げられる施設があればこそ、大戦中もイヅモは宇宙にALを届け続ける事が出来た。


 巨大なレールが空に向かって延びている姿は市民にとっては市の象徴とも見られる光景だ。


 そんな今日も賑わう港の一角に大型の軍事用艦船が屯しているのは日常的な景色と言える。


 イヅモ防衛軍の第三師団所属となる軍艦がもしもの時の備えとして常駐しているのだ。


 そんな一部軍港のように使われているスペースの端に今日は見慣れぬ安っぽい艦がいると軍人達や空港職員は少し意識した程度だっただろう。


 単体では大気圏突入も出来ないオンボロ艦。


 それも第二次大戦直後に数だけ必要とされた連邦の粗製乱造品がポツンと其処にいた。


 噂では市のお偉方が強引に捻じ込んだ予定で空港の運営に多少の遅延が出たと言うが、現場で働く者は誰も真相を知らない。


 そんな艦の後部ハッチ内部には複数のコンテナが搬入されており、殆ど足の踏み場も無い程、敷き詰められていて、狭い事この上ない事態となっていた。


 搬入こそ空港側が行なったが、フォーチュンや研究機関からやってきたトレーラーから荷物を中に運び入れただけで何が入っているかは知らされていない。


 工事現場などで重宝されるシビリアン・ミーレス。


 要は民生用の機体であるゴエモンの熟練操縦者が機体に掛かる負荷などから中身は十中八九ガーディアンであろうとは推測したが、要らぬ疑いは我が身を滅ぼすと知る故に何も上司に報告する事は無かった。


 戦場ではよく兵士達の間で棺桶と綽名されていた船は装甲らしい装甲も積んでいない輸送艦。


 突如の大戦に連邦内の経済が一時混乱、安価な旅客用規格が一時採用されていた時に生まれた代物である。


 聊か広い艦内は軍にあるまじき“個室しか完備しない部屋割り”で数十人が居住可能。


 ついでにシャワー・トイレ付きとなれば、安穏と乗っていられる間は下士官達にとって天国だっただろう。


 後方でしか使われなかった輸送艦が相手の兵站への襲撃で地獄と化すまでは中々活躍していたとも言われる。


 もしかしたら、軍事用の機能の大半は殆ど艦橋というにはお粗末なコックピットくらいかもしれない。


 その後ろで一同に会した宇宙の旅人達は大半がムッツリとしていた。


 それと言うのも七士やアイラは言うに及ばず。


 イゾルデも然して語る事が無く。


 仕事上の付き合いである以上、その仕事が終れば、何一つ話題が無かったからだ。


 積み込んだガーディアンのチェックは既に終わっている。


 ついでに艦内の確認は前日の内に済ませた。


 となれば、後は万が一の為に待機する以外、やる事も無い。


 十五畳程あるだろう一室にはソファーが据えられており、艦内に続く扉は二つ。


 片方はコックピットに向かう通路へ続き、もう一つは格納庫へ直結している。


 中にいるのはイゾルデ、七士、アイラ、ソフィア。


 そして、もう一人。


 フォーチュンから一時的に離れる剛刃桜を監視する任務を与る帯同者。


 マグリット・ファリアだけだった。

 

扉の外には歩哨としてイゾルデの部下が拳銃を懐に忍ばせて護衛しているが、入ってくる様子も無い。


 重苦しい空気の中。


 最初に口を開いたのは何故か空気のくの字も呼んでいない様子で小型端末で学校からの課題を片付けていたソフィアだった。


「終わりました。七士さん」


「そうですか。済みません……こちらの都合で帯同してもらい」


「いえ、構いません。実はその……不謹慎だとは思うのですが、わたくし宇宙に行った事が無くて……少しだけ心が躍っているんです」


 現在、ソフィーと名乗る少女は常の地味目委員長属性少女の変装姿だった。


 本来ならば、そのまま鳳市高校に通い続ける事になるはずだった彼女が七士の契約変更。


 しばらく、イヅモを離れるので付いてきて欲しいとの話に乗ったのはそれ以外に選択肢が無かったから、というよりは自分に出来る事を探す為、行動範囲を広げたいとの個人的な思いも絡んでいるから、らしい。


 それを象徴するかのように彼女の荷物はギッシリと旅行鞄に三つ分。


 【宇宙での過ごし方読本】やら【共和国名所案内】やら【月面都市の歴史】やら、衣服の他には高校で出された旅中の課題と勉強道具と宇宙に関する書籍で埋め尽くされている。


「宇宙……端末や教科書では見て知っていますが、どんなところなんでしょうか……」


 まだ見ぬ領域を空想していそうな茫洋としたソフィアに七士は淡々と答える。


「無重力と低重力地帯が体験出来る以外は然して地上と変わらないとだけ」


「七士さんは行った事があるのですか?」


「一応、コロニーと月面都市。どちらにも行った事があります」


「そうなのですか?」


 思わず訊いたのはソフィアではなくアイラだった。


「上でも色々と仕事はしていた」


「……さすがです。宇に上がったら、無重力戦闘に付いてご教授願えれば」


「考えておく」


「はい……」


 再び沈黙が落ち、笑みを零して端末で宇宙に行く時の予習をし始めたソフィアの横でイゾルデは静かに少年を見やる。


 その胸中は複雑なものが渦巻いていたが、声にするのならば、単純だった。


『一体、お前は其処で何をしていた?』


 こう彼女は少年に訊ねたいのだ。


 殆ど謎に包まれた相手の正体。


 それに興味を持ったのは純粋に自分を上回る力量を持つ男がどんな人生を歩んできたのか。


 微量の感心を抱いたからでもあったし、相手を知る事でもしも“次”があるならば、絶対に勝ちたいとのリンケージとしてのプライドが刺激されたからでもあった。


 だが、それをペラペラと話す男でもないのは僅か話しただけでも理解出来る。


 故に彼女はただ聞く立場のまま。


 何も言わずにいる。


 そうして、室内に取り付けられた時計の秒針が午後3時を指した時。


 今まで少年の方を時折見ては視線を逸らすという不審な行動をしていた少女。


 ファリアがその場で立ち上がった。


「皆さん。時間です。所定の配置に付きましょう。荒那さん。打上げ時の警戒任務に付いて少しお話したい事があるので、格納庫の方にちょっとお出で頂けますか?」


「構わない。後は任せる。アイラ」


「お気を付けて。ソフィーさんはこちらで」


 アイラが立ち上がってマグリットの方に歩き出す主の背中に頷いた。


「行くか……」


 一言呟いて。


 イゾルデも立ち上がり、格納庫に直結する扉へと向かう。


 彼女は壁を左に奔る通路を。


 七士とファリアは右に続く通路を。


 其々が壁際のハンガーに立て掛けられている自分の機体の近くまで行って、備え付けられた昇降デッキで下へと降りた。


 辺りにはコンテナが幾つも積まれているが、最低限出撃には支障が無い用に整頓されている。


 今はイゾルデの部下達が慌しく打ち上げ前のチェックに追われているが、それもすぐさまに終るだろう。


 フォトンリアクターの高まりと共に艦内が微細な振動に見舞われ、小さな砂塵が床の上で震え始めた。


「それで話とは?」


 既にフォーチュンから剛刃桜を運び込む時に最低限の自己紹介は済ませている。


 その機体は未だ個人の所有物であり、自分の仕事に使いたいから運び出す、というのは許可されて当然ではあったが、それにしても未知の技術が使われたガーディアンである。


 ただで正義の味方であるところのフォーチュンが許容するわけもない。


 剛刃桜をイヅモの外に持ち出す条件は組織の人間を一人監視に付ける事だったわけだ。


 そのエージェント、というよりはもしも何かあった時の連絡要員として寄越されたファリアから話があるとすれば、それは殆ど機体絡みだろう事は七士にも想像の範疇である。


 身構える様子も無く。


 いつもの淡々とした様子で訊ねた彼に少女は少しだけ躊躇した様子となりながらも、そっと訊ねる。


「この機体がどうなれば、危険なのか。具体的なところをパイロットである貴方から聞きたいと思ったもので」


「資料では?」


「はい。拝見しました。緑色の炎を出した時がこの機体の本領を発揮する時だと」


「それで合ってます」


 素気ない言葉に思わずファリアが慌てる。


「い、いえ、それは分かっています。それよりも詳しいところを知れれば、こちらとしても任務に安心して望めると思い訊ねたので……その、何か事前に兆候が出るとか。そういうパイロットにしか分からない話が有れば、お聞きしたく」


 七士は如何にも素人というか。


 明らかにリンケージになって日が浅そうな少女の食い下がり方に微妙な沈黙の後。


 剛刃桜を見上げて呟く。


「普通ならばどうしようもない状況や強敵が現れた時、この機体の真価は発揮される……」


「それはどういう……?」


「絶体絶命の時。決して勝てない相手が現れた時。そういう時にはいつも機体が応えた。そういう事です」


「その言い方ではまるで機体に意思があると聞こえますが?」


「明確ではないにしても、そういうものがこれには宿っている。そう考えます」


 彼女もその言葉に剛刃桜を見上げた。


「……分かりました。参考にさせて貰います」


 僅か納得した様子となったファリアが次に横へ並んだ自分の機体を見上げる。


 其処には通常のカバリエ級よりも一回り太い機体が鎮座していた。


 特徴的なのはその両肩と全体的な形だろう。


 丸みを帯びた巨大な羽の如き盾。


 そして、それを装着された肩部けいぶは特に重厚な造りで戦闘中ならば、かなりの攻撃にも耐えるだろう事が一目で見て取れる。


 そして、全体的なシルエットは鎧を着た騎士のようである事から、戦場で従来から使われているカバリエ級とは異なる代物だと分かるだろう。


 全体の色の基調は乳白色に近いメタリックカラー。


 所々を紅や金で縁取られる姿は正しく異色。


 辛うじて少年が類似するガーディアンを脳裏から探せば、それはラーフ帝国に滅ぼされた小国が嘗て運用していた機体。


 独特な美観を備えた騎士のようなライトニング級、プロティノスくらいだった。


 カバリエ級にしては脚部や稼動部が見ない造りなのでワンオフの機体か。


 あるいは発掘されたものに違いない。


「この子は私の愛機。テスタメントと言います」


「この子?」


「少し高性能なAIが積まれているので。私にとっては相棒のようなものです」


「………」


 少年がマジマジとその姿を見る様子に僅か親近感を覚えて。


 マルグリットが少年に数歩近付く。


「その……歳も近いようですし、もし良ければタメ口でどうぞ」


「……いいのか?」


「はい」


「分かった」


「良かった……実はあまりこういう場で緊張したまま話すのは好きではなくて」


「そうなのか?」


「私は一応、この子に乗る騎士を自称していて。まだまだ未熟者ですが、よろしくお願いします。荒那さん」


「ああ」


 少年が手を差し出し、マルグリットがその手を握り返そうとした、その刹那の事だった。


 艦内部に轟音が響いた。


「な?!」


 その衝撃によろけた彼女が倒れそうになるのを七士が支えて鋭い視線をハッチの方へ向ける。


 それと同時に艦内にアラートが鳴り響き始めた。


『ほ、報告します!! 現在、スペースポート近辺に奈落獣の反応を多数検知!! 現在、第三師団所属の艦船二隻が応戦中!! 敵は海中から姿を現している模様です!! ただちに緊急発進して下さい!! 繰り返します―――』


(このスペース・ポートに仕掛けてくる? ラーフか? 前回の一件で出てきたアビス・ガーディアンの線もあるが、だとすれば、相手の狙いはどちらだ……ソフィア・ラーフか。マスドライバー・レールか……)


「あ、ありがとうございました!! もう一人で大丈夫です!!」


「ああ」


 少し頬を赤くして慌てたマルグリットが思わず離れて、自機の前で叫ぶ。


「テスタメント!!」


 それに反応したのか。


 騎士甲冑の内部のメインカメラが輝きを帯び、ハンガー内から腕を伸ばして、彼女を掌に乗せた。


『敵機の詳細情報確認!! これはッ?! 相手はメタガイストッ!! メタガイストです!! アビスゲート反応検出!! 複数のメタルデーモン・ヘルスレイヤーが海中より接近中!! 小型奈落獣多数!! 防衛軍のミーレス・ガーディアン部隊が応戦していますが、戦力が足りていません!!?』


「剛刃桜!!」


 求めに応じて緑炎がその周囲に渦巻き。


 一瞬で機内に転移を果たした少年が操縦桿を握り、艦船の腹に当る部分のハッチを開放するよう艦のコクピットに指示を出した。


 それと同時に早くも出撃準備を終えたファリアと高機動ザートに乗ったイゾルデに通信が繋がる。


『貴様は海中の方へ向かえ。こちらは小型の一掃に専念する』


 イゾルデに呼び捨てとされたのも気にせず。


 少年が開き始めたハンガー横のハッチに機体を動かしつつ、テスタメントの方を見やる。


『七士さん。こちらに任せておいて下さい。艦はテスタメントで防護します。相手がメタガイストなら、統率を取るメタルデーモンを片付ければ、後はどうにかなります』


「了解した。こちら剛刃桜。これより敵統率機体の排除に向かう」


 完全に開き切ったハッチから全機が出撃し、艦の左右にテスタメントとザートが展開、剛刃桜が暮れ始めた空の下、既に爆発と煙が上がりつつあるスペースポートの広大な敷地を浮遊しながら駆け抜けていく。


 防衛軍のカバリエ級ミーレス。


 ST.234lファルコン。


 そして、防衛軍の主力であるカバリエ級ガーディアン。


 ST.187A7レパルス。


 そのどちらもが、既にあちこちを損傷させながら、小型奈落獣ゴレープの軍団を前にして一歩も退かない防衛戦を展開していた。


 前衛の屍の山を踏み越えるようにして行軍を続ける様子は通常の殺戮衝動に支配された残忍で無軌道な姿とは一線を画する。


 明らかな軍隊行動。


 その合間を抜けようとした剛刃桜に当然のような流麗さで溶解液の雨が降り掛かる。


「剛刃桜。加速だ」


 操縦桿が最大まで押し倒され、それと同時に恐ろしいレスポンスを返した機体が一気に軍団の中心へと突入していく。


 それを追って降る雨に金切り声を上げながら、群の一部が融けた。


 しかし、それを意に介する事無く。


 執拗に奈落獣達の吐き出す強酸性の液体は機体を追い。


 ついには剛刃桜が猛烈な速度で擦り抜けた一直線上の敵が完全に崩れる。


 その機に数で圧倒されていた防衛軍が戦線を押し上げようとハンドランチャーやミサイルで敵軍の穴を広げ始めた。


『行けぇえええええ!! 今だ!! やれ!! そこだ!! 我々防衛軍の力を見せてやれ!! 一匹たりともこのスペース・ポートの施設に向かわせるな!! フォーチュンがいなくとも、我々がやれるというところを市民に知らしめろ!!』


 ポート外に向かって管制塔の外部スピーカーから怒声が飛んだ。


『ちょ、矢車司令官!!? マ、マイクを渡して下さい!!?』


『ええい!? 何をやっとる!! 敵は瓦解しつつあるぞ!! 左翼!! 左前方に正射!! 右翼は敵陣に突っ込んで近接戦闘だ!! 相手の陣形を崩しつつ、中央は戦線を押し上げろ!!』


 防衛軍のお偉いさんが何故管制塔にいるのかはともかく。


 その的確な指揮によって、一時は劣勢に立たされていた機体達が少しずつではあったが、奈落獣の群れを押し返し始めた。


『いいぞ!! 敵は総崩れだ!! 分断、包囲殲滅による各個撃破を心掛けろ!! いいか!! 敵を倒す時は必ず味方を横に付けろ!! 突出せず!! 相手の突出部分を逆に刈りながら、着実に進むのだ!!』


 エキサイトする五十代の濁声。


 しかし、その言葉の力強さが戦線で戦う防衛軍の誰もに不思議と安心感を与えていた。


『フォーチュンが来れば、勝敗は決まったも同然だ!! それまで無理はするな!! いいか!! 四肢の一つでも破損して動かなくなったら、必ず下がれ!! 戦線を縮めつつ、攻撃の密度を上げるんだ!!』


 未だ民間人が多数避難中のスペース・ポートの中では外から聞こえてくる声に戦線の兵士達と同じように安心感を抱いた人々がパニックにならず、ざわつきながらも地下シェルターへと向かっていく。


 そうして、ようやく指示が小型の無線機に切り替えられた。


 管制塔内部では呆気に取られた様子の職員達が髭面の司令官。


 鳳市でそう呼ばれるたった一人の男を見やる。


「悪かったな君。マイクは返す」


 今までの怒声を飛ばしていた相手とは思えない程に静かな様子で矢車コウゾウ。


 第三師団を与る師団長が管制官にヘッドセットを返した。


「は、はい」


「今から戦線に出る!! 此処の倉庫にあるT‐110を出せ!! 今、すぐにだ!! 何ぃ? 危険? ばかもん!! 戦力がまるで足らんのだ!! フォーチュンが駆けつけるまで支援砲撃くらい出来る!! 二人寄越せ!! 市民に一人たりとも犠牲者を出してはならん!!」


 今度は持参した無線機に怒鳴りつけながら、颯爽と管制塔から退出していく背中に誰もが一瞬ポカンとしたのは当然の話だっただろう。


 何故、どうして、管制塔から指示を出したのか。


 まるで分からない者の方が多かった。


「師団長には頭が下がる思いですな……」


 今まで管制室内を静観していた現場の責任者の男が呟く。


「どういう事ですか?」


 いきなりマイクを貸せと怒鳴り込んできた防衛軍の重鎮にマイクを任せたのは本当に良かったのかと再び関係各所に連絡を入れ始める者達の中から声が上がる。


「彼は市民が不安にならぬよう、防衛軍が前線でしっかりと戦っているから安心だと言いに来たんだ。彼の言葉以降、ポート各所で混乱が収まったと連絡が来ているよ」


 その場の誰もが、様々な場所に連絡を入れながらも、去っていった男の無骨さとは無縁の強かさに思わず奮い立たされた心地となった。


 それは本来ならば、彼らが本当はしなければならなかった仕事だ。


 それをたった一人で行い。


 前線を見事に立て直して見せた手際は脱帽する以外に無い。


「さぁ、我々も我々の仕事をしようじゃないか。司令官が言っていたように誰一人として犠牲にさせるな!! 連絡を終えた者から地下シェルターに退避しろ。殿は私が務める!!」


 管制官達は誰もが頷き。


 そして、再び自らの仕事へと没頭していった。


 鳳スペースポート襲撃。


 事件は瞬く間に虚空を駆け。


 地球圏全土に情報が配信される事となる。


 その最中、少年は海中で襲撃者達を前にして、新たな問題を抱え始めていた。


 誰に知られる事もなく。


―――機体は動くが体は動かず。


 その身体には緑炎の刻印が深く刻まれつつあった。

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