Scene26「それは恋だと君はまだ知らない」


―――鳳市繁華街。


 その奈落獣ともガーディアンとも付かない肉の塊が市街地の中心部に歩を進めた時。


 辛うじてメインストリートからは人が掃けていた。


 一重に全ては鳳市警の働きの賜物と言っていいだろう。


 先発隊として投入された市警ガーディアン部隊の働きが無ければ、ギリギリ間に合わずに百人規模の犠牲者が出ていた事は想像に堅くない。


 薄気味悪い化物の上半身を乗せた無限軌道キャタピラがキュラキュラと緩やかに前進しながら、時折不意に放たれるミサイルで既に十以上のビルが半壊していた。


 本日は晴天。


 僅かに風が吹く通りはまるでゴーストタウンのようだったが、場違いな店の売り出しセール開催中との音声やアーケード街付近から漂う揚げ物の匂いなど、今さっきまで人々がいた名残を残していた。


 薙ぎ倒される街路樹。


 崩れた瓦礫に埋れたカフェテラスの残骸。


 轢き潰されたクマのヌイグルミ。


 全てが混沌と混ざり合う大通りの端で、彼らは……本当にまったくどうしようもない不運に見舞われた少年少女達が、息を潜めて駅の付近から僅かに遠い書店の中で座り込んでいた。


 何故。


 どうして。


 避難していないのか?


 それを説明するならば、まずは一人の少女の事から話す事になるだろう。


 ひまわりの家に住まう努力家にして鳳市高校のポイントゲッター。


 元気がチャームポイントと言われて久しい眉が少し太めの女の子。


 遠峰サナエ。


 彼女は化粧室に入っており、うっかり端末の電源を切らしていて緊急避難放送を聞いておらず。


 また、偶然書店の放送機材が故障していたせいで館内放送も耳にせず。


 手を洗った後にナチュラルメイクが崩れていないか気になって、何度も確認したせいで……逃げ遅れた。


 店員が慌てていて其処だけ確認するのを忘れてしまったのだ。


 全てに気付いた時、書店からは人が殆ど逃げ出しており、外に出ようとした時にはミサイルの爆発音が響き渡って、サナエは思わず涙目で店内に引き返した。


 死ぬかもしれないという恐怖の前にはさすがに常の元気も発揮されず。


 状況も確認出来ないのに逃げ出すという選択肢も無かったのである。


 そうして、彼女は取り残された一人目となった。


「大丈夫だよ。サナエ……絶対、市警や防衛軍が助けに来てくれるから」


 書店の奥でそう彼女に語り掛けたのは常盤ミナト。


 サナエの親友にして二年のクラス委員長と言えば、まず思い浮かべられる少女だった。


 シャープな眼鏡にキビキビとした凛々しい表情。


 公正明大、優等生、これで髪型がオサゲか三つ編みなら完璧と言われる彼女は本日親友の為に休日を消費する予定で書店に来た。


 つまり、サナエの為に逃げ遅れたと言っていいだろう。


 今日の予定は少し前から決めてあったものだ。


 親友の恋を応援し、親友の為に親身となって動き、親友の相談に乗る。


 それが近頃のミナトにとっては最重要の事柄だった。


 フェニックスパークの一件以来、少し不安そうだった友へ明るい話題を提供したのはそもそもが彼女だった。


 それと言うのも、全てあの事件から始まっている。


 クリス・ヴェッセーラに言われて、パークから避難しようとしていた彼女とサナエは途中、サナエだけ人混みを抜ける時に逸れ、実はテロに巻き込まれていた。


 その時、サナエは絶望の中で心細い心情を何とか押さえ込んでいたらしい。


 其処へ現れたのは白馬に乗った王子様よろしく。


 リンケージにしてガーディアンに乗る事もある超絶イケメン男。


 ゲオルグ・シューマッハその人だった。


 サナエを見つけて、すぐに保護した横顔が本人にどう見えたのか定かでは無いが。


 無事にテロから開放された当人は翌日には『ゲオルグ君とお近づきになり隊』のモブ要因としてミーハーな少女達の一番後ろへ混じるようになっていた。


 散々、ミナトは忠告はしたのだ。


 倍率高いとか。


 アレは女を何とも思ってない男だとか。


 近頃は何だか挙動不審だとか。


 クラッシャー部でも何だか微妙に戦績が悪くなったとか。


 ともかく叶わぬ恋で潰れていく親友を見たくなくて、罵詈雑言を遠回しにマシンガントークさながらに耳へ叩き込み続けた。


 しかし、その甲斐も無く。


 日々、悪化する恋煩いにポイントゲッターはゲットしなくなり、努力家はポカミスを連発。


 学業は大丈夫だったが、それでも大いに異常事態となった。


 こうなれば、最後の手段だとクリス・ヴェッセーラとのコネを最大限に使って、ゲオルグにあの時の一件で心の傷が深刻そうだから、サナエを慰めてやって欲しいと頭を下げた彼女はキューピッドどころか。


 悪魔さながらにデートを成立させたのである。


 早めに浅い傷を負ってから、健やかに立ち直って欲しいとの比較的全うな意見故である。


 前日から綿密にリサーチした散歩コースやメイク道具を提供し、段取りを全て整えた手腕はさすがの一言か。


 本日、今日、これから、恋破れるシチュエーションをさりげなく後押しするリアリストとして。


 もし可能性が僅かでもあれば、全力でサポートする気満々で。


 常盤ミナトは書店にデート開始時間の一時間前から女性誌を立ち読みしながら待っていた。


 そして、避難警報が発令されたのだ。


 サナエが書店に来ていた事はメールで知っていたのだが、今日は大事な一戦。


 もとい出会いの場。


 元気娘で通っていても、結構ナーバスな親友をおもんばかって、彼女は合う時間の十分前程に集合しようと連絡して、時間を待っていた。


 そんなわけで親友が何処にいるのか把握していなかった彼女はメールを送って、一時は書店の外で待ったが、待てど暮せど返信が来ない。


 これは何かあったかと再び書店内に戻った彼女はそこで思わぬ偶然に気を失う事となった。


 何やら慌てて逃げる途中の柄の悪そうな男に肩をぶつけられて、よろけてしまい。


 その上、避難途中に散らばっていたのだろう薄い無料冊子を踏ん付け。


 転んだ拍子に後頭部を書棚の角で強打した。


 まるで漫画のような話だが、それが全てだ。


 気を失っていたのは十分かそこら。


 本来ならば、店員に発見されていなければおかしいのだが、大型書店の性か。


 かなり奥で昏倒していた彼女のいた区画は最初に見回りがされていたらしく。


 時間の余裕が無くて再度の確認はされなかったのである。


 こうして、彼女が気付いた時にはもうミサイルの爆音が近くで鳴っており、どうしようもなくなっていた。


 問題なのは彼女の持っていた端末が倒れた拍子に何処かへ行ってしまった事だ。


 焦って探したが何処にも無く。


 逃げ遅れた事を知らせる術が無かった。


 そうして、彼女は書店の出入り口付近で爆発音にへたり込んでいた親友をようやく見つけたのである。


「二人とも静かにしろ」


「な、何よ。こんな時に慰めちゃいけないって言うの? シューマッハ君は!!」


「そういう事じゃない。ガーディアンの音響センサーは少なからず建物内部の音くらいは聞ける。そう言ってるんだ」


「ぅ……分かりました」


 ミナトは反発したものの。


 すぐにゲオルグの言葉の方が正しいのだろうと頷いた。


「シュ、シューマッハ君。ごめんなさい……あたしが呼び出したりしなければ……」


「謝る必要は無い。此処に僕が来たのは自分の意思だ」


「で、でも……」


 サナエが両手をきゅっと握り締めて震わせ、俯きながら嗚咽を堪える。


「これは不幸な偶然だ。気にする必要も無い。原因はこの状態を引起したテロ組織や奈落獣だろう」


「……ぅん」


 ゲオルグ・シューマッハ。


 緩やかにカールした金髪。


 正に白馬の王子様が相応しいと形容されるイケメン、成績優秀、文武両道、とりあえず高校における殆どの分野で最高の数字を取り続ける学生リンケージ。


 彼がどうして書店内部でサナエとミナトの横で視線も鋭く大通りの表側に面した方面を見つめているのか。


 それは純粋にデートに来たから、というわけではない。


 避難警報が出た時点で彼は書店に到着していなかったのだから。


 その時、繁華街の近くで時間を潰していた彼はジャケットにジーパンという少しワイルドな私服姿で喫茶店に入って軽食を取っていた。


 それがいきなりの警報。


 本来なら端末でメールを送ればいいだけだったのだが、偶然にもその時彼は家に端末を忘れてきており、相手の状況を確認する術が無かった。


 そのまま避難するのが現実的には正しい行動だろう。


 しかし、彼が取ったのはその正反対の行為。


 まず、避難所や避難先の名簿をリンケージ特権で確認して、其処に名前がヒットしないと分かった時点で書店へと向かうという無謀なものだった。


 どうして、常に冷静な彼がそんな事をしたのか?


 自分でも首を傾げたくなったゲオルグだが、一つだけ確かな事がある。


 それは自分がリンケージで相手は一般人だと言う事だ。


 テロ事件でアマチュアと気になる少女から言われて以来、彼は自分の力を高めようと努力を怠らなかった。


 微妙に頓珍漢な行動で周囲を困惑させたりした事はあるが、然して問題にはなっていない。


 問題なのは彼の心。


 彼の今までのリンケージとして積み重ねてきたプライドだ。


 フェニックスパークで自分の無力を思い知らされ、同時にサナエを保護した時に強く意識されたのは自分も戦えると、一般人ではないと、アマチュアとは言わせないと、そんな子供じみた反抗心と人々を救い姉のようになりたいとの昔からの願い。


 自分よりも余程にプロな少女アイナも居れば、自分より余程にか弱い少女サナエもいる。


 その認識が今までのゲオルグを何処か変えていた。


 ずっと、姉を越える為だけに優等生という称号を得て来た彼にとって、それは初めてと言ってもいい無謀さかもしれない。


 だが、いざとなれば、加護がある。


 どうにかなると自分の力を信じられるのだから、危険だろうと相手の安全を確認しに行くというのはその時の彼の思考では妥当だった。


 今もそれは変わらない。


 結果論だが、ゲオルグ・シューマッハが少女達の傍にいなければ、その死亡率は格段に跳ね上がっていたはずだ。


 誰もが避難したとしか思えない爆音響く大通りから書店の内部に走り込んでみれば、其処には尻餅を付いたサナエとそれを抱き起こそうとするミナトがいた。


 そのまま逃げようとすれば、もういつ敵に発見されるかも分からない。


 最善は相手をやり過ごす事。


 そう悟ったゲオルグは切札ガイアの切り時を計りつつ、外側から聞こえてくる爆発音と瓦礫の崩落音を静かな様子で耳にしていた。


『貴方には星を見る資格があるかもしれないわね。ゲオルグ……』


 彼の脳裏に響く姉の声。


 それはいつだったか聞いた言葉。


 人の革新を信じる者達が使い出したと言われる超人の名は今やそれなりに有名だ。


 自分がそうなのか。


 あるいは単なる思い込みか。


 そんなのは彼にとってはどうだっていい話だが、今だけはそんな言葉にも耳を傾けていいような気がしていた。


 ゲオルグに出来る事はもう殆ど無い。


 加護を使うか。


 あるいは逃げる時を測るか。


 それ以外は何も出来ない。


 不用意に大通りに面した方へ近付けば、どうなるか分からず。


 かと言ってミサイルが不規則に放たれている現状では用意も無く下手に外へ出るのはリスクが高過ぎる。


(繁華街まで敵が到達した……防衛軍が出てこない……事態は深刻だな。フォーチュンのガーディアンが相手を押さえ込むか。制圧した時が判断の分かれ目か……)


 外からは未だに散発的なミサイルによる爆発音が響いてくる。


 身を竦めて震える少女達を迅速に避難させる為にも気が抜けないとゲオルグが更に外の様子に集中しようとした時だった。


「あの~~どなたかいらっしゃいませんか~」


 控えめな声が響いて、思わず三人の視線が近付いてくる声の方角へと向いた。


「あ、いらっしゃいますね。こ、こ、こんにちわ!!」


「あ、貴女も逃げ遅れたんですか!?」


 声は潜めながらも自分達以外にそんな者がいたのかとミナトが目を丸くする。


「は、はい。良かった~~誰かいてくれて。その、よろしければ、助けて頂けませんか? ええと、私の他にも後一人いて。その方は動けない状態なのです」


 チラリとゲオルグが二人を見る。


 それに気付いたサナエが頷いた。


「だ、大丈夫だよ。シューマッハ君。その人達を助けてあげて」


「サナエは私が見ていますから、そちらの方をお願いします。シューマッハ君」


 ミナトが親友の肩を抱くようにしてゲオルグに真っ直ぐな視線を向けた。


「……分かった。では、案内してくれ」


「は、はい。す、すみません……迷惑をお掛けしてしまって」


「こういう時はお互い様だ」


 ゲオルグはその地味目な三つ編み委員長属性な野暮ったい少女に頷いて立ち上がる。


「それでもう一人は?」


「は、はい。実は……店を出ようとした時に何やら具合が悪くなってしまったようで……倒れたんです。それで店員さんにお部屋を借りて休ませて頂いていたのですが、その時に何だか外が騒がしくなって……店員さんも来なくて、静かになったと思って外を覗いたら誰もいなくて……そんな時に何か大きな音が……」


 どうしていいのか分からなかったのだろう少女が眉を八の字にして俯いていた。


「その連れの人は今も気を失ったまま?」


「はい。まだ目が醒めません」


「分かりました。僕が背負ってあっちまで運びますから、案内をお願いします」


「は、はい!!」


 少女に連れられてゲオルグが辿り着いたのは一階のフロアの最奥にある給湯室横のスタッフオンリーの文字が掛かった休憩室だった。


 ロッカーの横にある幾つかのテーブルとソファー。


 その上に確かに横となっている人影が確認出来る。


「では、すぐにあちらへ運びます」


「良かった……」


 ホッとした様子となった少女を背にソファーの横まで来たゲオルグが思わず固まった。


「―――ア、アイラ・ナヴァグラハ?!」


「アイラさんとお知り合いなのですか?」


「同級生だ……君はアイラ・ナヴァグラハの知り合いか?」


「あ、はい。お世話になっていて」


「そうか。それにしてもどうして……」


「分かりません。急に倒れてしまって。何処か悪いのかとも思いましたが、顔色はそんなに悪くなくて脈も正常だったので、貧血だろうって店舗の方が……」


「だが、あの爆発音を聞いても目覚めないのは明らかにおかしいだろう」


「え、ええ……」


 ゲオルグが今は秘書風な姿をしているアイラを見つめて、言い知れぬ複雑なものを感じたが、今は考えている場合では無いと余計な思考を頭の片隅に押し込めた。


「じゃあ、こちらで運ぶ。一緒にあそこまで戻ってくれ」


「わ、分かりました。お手伝いした方がいいですか?」


「いや、必要ない」


 アイラのモデル体型と比べれば、ゲオルグも然して背が高くない。


 ゆっくりと両足と背中を持ち上げて、彼はその重さに少し足を振るわせた。


(これは……防弾ベストに拳銃、ナイフ、ついでに筋肉質のせいでかなり……)


 女性に言ってはいけない禁句ワードを堪えたものの。


 それでもアイラの基本的な装備と肉体は軽く60kgはあるだろう。


 しかし、此処で見知らぬ少女に手伝ってもらうという行為はゲオルグの頭には無かった。


「プロもミスをするんだな」


「え?」


「何でもない。行こう」


「は、はい」


 少しふら付きながらもゲオルグがアイラを抱えたまま、サナエとミナトのいる場所まで戻っていく。


 そうして、書店に残された五人は一つ処に集う事となったのだった。


 *


 無限軌道が繁華街の中央に差し掛かっていた時。


 ガーディアンに乗ったフォーチュン一行は付近の大通りの屋上に機体を縮こまらせるようにしてALや赤外線反応を隠す為のカモフラージュシートを被っていた。


 エルドリッヒ。


 王竜ワンロン


 ホワイトソード。


 ルナカイザー。


 そして、隊長たるロドニー・チャンの乗機。


 型式番号MBG‐1012HM。


 ザート高機動型。


「321で行くぞ。オレとエルドリッヒが先に仕掛ける。ホワイトソードに続いてお前達も来い」


「は、はい。行くよ。ルナ!!」


「必ず人質を救出しましょう。ユミナさん!!」


「うん!! 小虎ちゃん!!」


 ロドニーが新人二人のやり取りに将来が楽しみだとニヤリ笑って。


 奇襲の合図を掛ける。


 3、2、1。


「フラッシュ・グレネード射出!! 行くぞ!!!」


 一斉にシートが剥ぎ取られ、ロドニーが片手に持っていた小火器の先に取り付けていた擲弾グレネードを発射し、銃を投げ捨てると腰から抜いたメタルダガーを構えて先陣を切った。


 バッと一斉に上を向いた【権御使アルクヘー】達の視線の先で強烈な閃光が発生し、センサーを一部焼き付かせる。


「おりゃぁあああああああああ!!!!」


 落下してきたザートが両手でメタルダガーを中央の敵機に付き立てる。


 猛烈な火花が散るのかと思いきや。


 一瞬で肉が切り裂かれ、その下にある機体の一部。


 コックピットの横を抉った。


「いただきだ!!」


 閃いた刃が侵食されたガーディアンのコックピットを切り離して片手で引き抜く。


「一人目確保!!」


 そう彼が叫んだ次の瞬間。


 聖騎士の異名を取るエルドリッヒの白に金の装飾が施された装甲が猛烈な勢いでザートの横を抜けて、片手剣が【権御使】の一機の胴体を複雑に突いた。


 その途端、バガンッと硬い金属の破断音が鳴り響き、剣が地面に落とされて、その手が切り離した肉の中央へとめり込む。


「二人目を確保した。即座に離脱する」


 よくよく見てみれば、エルドリッヒの片腕にはもう既に一つ目のコックピットが大切に抱えられていた。


 二つ目を取る為に騎士の誇りである剣を落とした彼女の行為は正に聖騎士と言うべきだろう。


「ッッッ!!!」


 続いてロドニーの視線に入ったのは自分達の背後から来たホワイトソードがビームサーベルを器用に使ってエルドリッヒの如く肉の中からコックピットを分離し、片手で引き抜いた光景だった。


「こちらも確保完了!!」


「こっちを持ってけ!!」


 ザートが引き出したばかりのコックピットブロックをホワイトソードの方へと投擲した。


「な?!」


 思わず慌てたエインスだったが、マニュピレータはしっかりとキャッチして、落す事は無かった。


「ロドニーさん!!」


「お小言は後だ!! もう一つはオレがやる。お嬢ちゃん達!!」


「ルナ!! 潰さないように!! でも、素早くだよ!!」


「王竜!! 抜き手!!」


 黒き装甲に金の装飾。


 古の戦士たるルナカイザーがその腕力にモノを言わせてコックピットブロックを両手で包み込むように無理矢理引き剥がす。


 その横で王竜のドラゴンロットが機体を拘束しながら、もう片方の手を素早く肉の合間に突き刺してコックピットブロックの極僅かな部分だけを一切の躊躇無く引き抜いた。


 どちらも相手は無傷。


「やりました!! ロドニーさん!!」


 ユミナが取ったばかりのブロックを抱き締めるようにして背後へと下がる。


「ユミナさん!! これを!!」


 自分の引き抜いたブロックを即座に跳び退って隣まで後退した小虎が彼女に渡した。


「僕はロドニー教官の手伝いをします!! そちらの方が装甲は硬いですから、一時撤退を!!」


「う、うん!! 小虎ちゃんも気を付けて!!」


 ルナカイザーが全力でその場から跳躍し、道路を抉ってその場から退避していく。


「教官!!」


「こっちだ!!」


 まだ奇襲から体勢を立て直していない機体の中にまだ一機無事な相手がいる。


 その敵へとダガー片手に突撃していたザートだったが、それは辛くも他の機体に阻まれていた。


「しくじった。こいつらのセンサーがもう回復してやがる。クソ!! 其処を退けっ!!」


 無事な機体へと突撃を掛けようとするも、次々に復帰した機体がザートを侵食せんと群がり始める。


「教官。今助け―――」


「お前はフォーチュンだ!! 助けるのはオレじゃない!!」


「―――は、はい!!」


 ロドニーの怒声に小虎が応え、ロドニーに群がり始めていた機体を飛び越すように跳躍。


 ビル横の看板をまるで曲芸のように軽やかな足取りで踏んで、更にその奥の無傷の【権御使】へと蹴りを放つ。


 既にもう30秒以上が過ぎていた。


 機体の背後で輝き出すHEA砲の砲塔がゆっくりと倒され、王竜を照準する。


(間に合う!! このまま間合いの奥まで入り込めさえすれば!!)


 王竜の攻撃の方が早いと背後のスラスターを全開にした小虎だったが、その横合いの地上からビュルビュルと紫とも灰色とも付かない肉の触手が吹き伸びて、足に一部激突した。


「あ?!」


 小虎が軌道修正をしようと思った時には既に王竜は最後の【権御使】の横を擦り抜けていた。


 スラスターを全開にしていた為、慌てて制動を掛けて着地した瞬間に振り返っても、十秒近くが立っている。


 その時、既にHEA砲の内部から禍々しい光が溢れ出し、射撃準備が完了する寸前となっていた。


「(間に合え!!!)」


 今度こそ相手を捉えられるとスラスターが再び全開にされ、超高速で王竜が地面スレスレを飛ぶように跳ね、疾走する。


 残り十五秒。


 背後を取った以上、砲撃はロドニーの方に向けられているはずで、もう一刻の猶予もない。


「届けぇえええええええええええええ!!!!」


 ドラゴンロットが突き伸ばされ、その先端が相手の背後を捉える刹那。


 ガゴンッと王竜の足が悲鳴を上げて罅割れを起こし、体勢を崩した彼女がそのまま前のめりになって、機体が速度に振り回されながら左方向にあるビルの玄関口に追突した。


「かはッ?!」


「小虎!!」


 肺の空気を全て吐き出させられて。


 小虎は一体、ロドニーからの声を遠くに聞きながら、一体何が起ったのかを視界の端に映る機体状況を見ながら理解していた。


 一瞬の接触とはいえ。


 それで繊細な足首部分の関節に侵食が発生し、其処に膨大な圧力が掛かって部品が弾け跳んだのだ。


(僕が、見逃していたせいでッッ?!!)


 侵食そのものは極々軽微だった為、機体のチェックをしている暇が無かった彼女に落ち度と言える程のミスはない。


 しかし、それを考慮に入れてさえいれば、幾らでもカバーの仕方はあったはずで。


(また、僕はッ!? 親しい人を守れないのか?! またッ!!?)


 新人を扱くのが仕事だと言って憚らないロドニーは小虎に短期間とはいえ、かなりの実戦的な経験を積ませてくれた。


 死なないようにと。


 敵と戦えるようにと。


 そう、導いてくれた。


 訓練の後には気を使って声を掛けてくれて。


 缶コーヒーを奢ってもらった事もある。


 その陽気さと厳しさが嬉しかった。


 この人の下でなら、戦えると思った。


 その相手に向けて、今破滅の光が降り注ごうとしている。


 それを止められるのは自分だけ。


 そう、自分だけなのだと。


 小虎はまだ満足に働かない思考のままにドラゴンロットをHEA砲の根元へと向けて射出した。


 しかし、その腕がギリギリと千切れそうな程に伸びても、後少し。


 あと少しだけ届かなかった。


 残り5秒。


 間に合わない。


 その絶望が彼女の心を塗り潰すよりも早く。


 何処からか放たれたワイヤーが砲身を絡め取って上向かせ、その中央部分に大型の弾体が炸裂した。


 ドゴォオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!


 巨大な爆発が起きる。


 しかし、それは本来ならHEA砲が齎す自機への致命的な破壊とは違っていた。


 チュィイイイイイイイイイイイイイイイイ。


 ターボローラーの駆動音。


 それにハッと小虎が見上げたビルの壁面を外付けのワイヤー射出装置をパージしつつ降りてくる機体は、そのカラーリングは……蒼。


 型式番号St.409。


 グレイハウンド。


 少女の顔がまるで花が咲いたように薄らと涙を湛えて綻んだ。


「ベルツマンさんッッ!!!」


「お嬢ちゃん。とっとと起きろ。今ならやれる。こっちは生憎と近接には不向きなんでな。そっちは任せるぜ」


「は、はい!!!」


 失意に飲み込まれようとしていた小虎が機体を起こす。


 片足は足首から先が使い物にならなくなっているが、片足だろうとやってみせなければ嘘だ。


 自分よりも余程に脆いガーディアンに乗っていながら、クラッシャー級を片手片足で倒してしまう人がいる。


 そう、彼女は知っていた。


「おいおい。まさか、お前に助けられる事になるとはな」


 ロドニーが四方八方から伸びてくる触手の雨を絶えず移動回避しながら、やってくる傭兵に愚痴った。


「金がもらえるなら、何とだって戦うさ。そういう商売だからな」


 アーリ・ベルツマン。


 元傭兵団の団長はいつものバイザーの下で目を細めながら、両肩のポットからミサイルを吐き出しつつ、六機の敵機に向けて両手のマシンガンとランチャーを連射する。


 背後からの奇襲に振り向くより前にグレイハウンドは敵集団の横を通り抜け、ダガー一本で立ち回っていたザートの横に付けた。


「取りました!! 最後のコックピットを確保しました!! ベルツマンさん!!」


「よくやった。お嬢ちゃん。そのまま退避しろ。こっちはオレ達で受け持つ」


「は、はい!!」


 既に小虎は苦も無く爆発の余波で動きが鈍かった最後の一機から人質を取り返す事に成功していた。


 そのまま片足ながらも何とか離脱していく機体の背中を追おうとした何機かにミサイルの雨が降る。


「オレの給料になってくれないと困るんだよ。こっちはあの支部長殿からボーナスの話を貰ってるんだからな」


「チトセの皺を増やすなよ……」


 ロドニーが呆れた様子になりながらもマシンガンを受け取る。


「黙って弱らせてくれるとこっちとしてはまったくありがたいんだが」


「撃破しといてやる。守銭奴傭兵」


 男達は互いに声だけで分かり合った様子でまったく同時に口元を歪めた。


「「早い者勝ちだ!!」」


 ザートとグレイハウンドが同時に動いた。


 侵食の為の触手が雨霰と伸びて降らされ、二人を攻め立てるも、グレイハウンドはワイヤーを使った立体機動でビルの壁面から壁面へ、無重力戦闘さながらを思わせる手並みで全ての攻撃を避けつつ、的確な反撃を加えていく。


 ザートにしてもその俊敏な動きは未だ健在か。


 規格外兵装マーヴェッリック・ウェポンを使う素振りを見せた機体から先に攻撃し、相手に一撃必殺の切札を切らせない。


「こいつら再生するのか? 先に弾薬が尽きそうだな」


「早くも降参か?」


 アーリの言葉をロドニーがからかう。


「馬鹿言え」


 二人がまるで踊るように機体を機動させ、二正面から攻撃を掛ける。


 しかし、とにかく規格外兵装を撃たせないよう攻撃している為、どうしても火力が分散されて撃破までには至っていなかった。


 そんな知らず戦場の場が駅へと近付いていた最中。


 グレイハウンドのミサイルで吹き飛ばされた【権御使】の一体が大型書店に後ろ向きのままに突っ込む。


『きゃぁああああああああああ?!!!』


「何?! まだ、避難が終ってなかったのか!?」


「マズイな。この状況が崩れるぞ」


 ロドニーが驚き、アーリが隻眼を細めて、書店に突っ込んだ敵機にワイヤーを打ち込んで全力で後退した。


 ゆっくりとだが前に倒れた敵の背後。


 かなり深くまで破壊された建物の奥に少年少女を五人も見つけて、ロドニーは目を剥いた。


 さすがに五人同時に助けるとなれば、人手が足りないのは明白。


 しかも、相手は規格外兵装をいつ撃つか知れたものではないのだ。


 どうにかこの場から敵を引き離さなければと思案する彼の耳に声が響く。


「情けないわね。ロドニー」


「その声は!?」


「行くわよ。避けなさい!!」


 ロドニーが射線から退いた次の刹那。


 巨大な衝撃を伴って書店前の敵が大きく吹き飛び、水っぽい音を立てて上半身と下半身を別れさせ、爆発した。


「クラリカ……間違って吹き飛ばすなよ」


「火力で大抵の事はカタが付くのよ。それは人質救出も例外じゃない」


「その脳筋。いや、火力信仰どうにかならんのか?」


「それで済むなら、リンケージなんてやってないわ!!」


 次々に放たれるレールガンが遠方の路上から敵機に到達し、様々な部位を抉られて【権御使】が呻きのような雑音を響かせる。


 それを見逃さず。


 一体ずつロドニーとアーリの攻撃が集中し始め、一機また一機と機能を停止した様子で残骸と成り果てていく。


 そうして、最後の機体が爆発して相手の全滅を確認した三機が書店前へと集合した。


 ザートとグレイハウンドの前に現れたのはディザスター。


 その名の通り。


 ディザスター級の元祖と言われた機体だ。


 そのガーディアンというよりは人型戦車と言うべきだろう姿はローレンシアの正規軍で今も使われている正式採用品。


「クラリカ・アイトネールか……仕事が終ったなら、オレは帰らせてもらうぜ」


「待ちなさいよ。まだ、その子達の保護があるわ。ディザスターじゃ持てないし。ロドニーだけに押し付ける気?」


「……後で支部長殿に追加報酬の交渉をしておこうか」


「やれやれ」


 クラリカもアーリとは顔見知りらしく。


 肩を竦めた。


「とにかく今は保護が最優先だ。みんな、大丈夫か!! こちらはフォーチュンの部隊だ!! 敵はもうやっつけた!! 出てきても構わんぞ!! 怪我人はいるか!!」


 外部スピーカーで書店の奥。


 かなりギリギリまで崩落しながらも埃だけを被った様子の五人にロドニーが話し掛ける。


「い、今一人倒れていて!! お願いです!! この人を先に病院へ!!」


 ハキハキと応えたのは埃に塗れながらも何とか立ち上がったミナトだった。


 サナエは今も運ばれてきてからずっと目を覚まさないアイラを庇うように震えていたが、ようやく自分が助かったと理解したらしく。


 呆然としながらも首を横に振って何とか立つ。


 その横ではゲオルグとソフィアが安堵した様子で胸を撫で下ろしていた。


「こちら、ゲオルグ・シューマッハ。フォーチュンのリンケージの人達ですね?」


「こちら部隊長のロドニーだ。ゲオルグって言ったか? ええと、学生で防衛軍によく協力してる?」


「はい。それで合ってます。こちらに倒れている女性は怪我こそしていませんが、この事件が起きる前に倒れていたらしく。今のところ、何が原因なのか分かっていません。顔色は悪くありませんが、脳に何らかの異常が起きている事も考えられるので出来れば、安定して運搬出来る車両が来るまで寝かせていた方がいいと思われます」


「分かった。留意しよう。おい。クラリカ。そっちで―――」


「もう救急車の手配は済ませたわよ」


「気が利くな。って事だから、とりあえず傍に付いてやる人間だけ誰か残ってくれるか? それ以外はこちらで運ぼう」


「分かりました。では、知り合いの僕が―――」


 ゲオルグが手を上げるとそれに多い被せるようにして傍らのソフィアも声を上げた。


「わ、わたくしもお願いします!!」


「友達か……心配だろうが、心配するな。もう安心だ」


 これにて一件落着。


 これで後はレスキューか救急車が来れば、彼らの任務も終りだろうと誰もが身体の力を抜いた。


 そんな瞬間だった。


 三機の計器が一斉にアビス反応の高まりを感知し、レッドアラートを鳴らす。


 尋常ならざる奈落。


 それが繁華街一帯に渦巻き、周囲をまるで夕闇の如く影で覆っていく。


「何が起ってる!? 本部!!」


 通信を繋げようとしたものの繋がらず。


 高濃度汚染の値を示していく周辺環境にロドニーは咄嗟の判断で機体のAL粒子の力場で書店内部を覆った。


「こいつは?! 避けろ!!」


「え?」


 ディザスターがグレイハウンドのタックルで横倒しにされて、その上を何かがビュルビュルと通り過ぎていく。


「あいたたた?! 今のは!!?」


「まだまだ相手は元気そうだな。奈落に憑かれてるフォーチュンらしいと言えば、そうだが」


「言ってる場合!? 退いてよ!!」


「ああ」


 すぐに退いたアーリが自らのモニターの先。


 駅前の広場の中央で渦を巻き。


 周囲から破片毎自らを触手で回収し始めた敵機の残骸の集合体へ残った武装を構えた。


 其処に今まで離脱していたエルドリッヒを筆頭にホワイトソード、ルナカイザー、王竜が戻ってくる。


「な、何が起ってるんですかコレ?!!」


 渦巻くソレに彼らの背後からやってきたユミナが目を丸くしながら驚く。


「大丈夫ですか?」


 ホワイトソードがロドニーの横に付いた。


「ああ、こっちはいいが、この子達をどうにか逃がさないとな。ただ、一人が動かすとマズイ状態かもしれん。この状況下だと下手に動かせない」


 応えたロドニーの前に出るように王竜が片足ながらも姿勢を保って相手にドラゴンロットを向ける。


「大丈夫です!! 今度こそ、僕が守ってみせますから!!」


「ああ、任せたぞ」


「はい!! ベルツマンさん!! 大丈夫ですか?」


 ロドニーに頷いた小虎がアーリに訊ねる。


「ん? ああ、別に機体には支障ない。それよりも前を見ろ。このアビス反応から言って、ロクなもんじゃない。気を抜くなよ。お嬢ちゃん」


「は、はい!!」


 装甲が最も厚いルナカイザーが前に出た。


「皆さん!! ルナの後ろへ!! 何か来た時はこちらで防ぎます。攻撃の準備を後ろでよろしくお願いします!!」


「あら、新人の癖にやるわね。仕切っちゃうなんて」


 クラリカの声が大人の癖に情けない自分達に対する自嘲で染まった。


「あ、いえ、ご、ごめんなさい」


「いいわよ。今はそれが最善でしょう。で、そっち側で残弾が多くて余力が残ってるのは?」


 それにエインスが答える。


「ホワイトソードとルナカイザーはまだやれます。クラリカさん」


「そう……じゃあ、ルナカイザーを盾にして私が砲台。エインス、貴方とアーリで遊撃ね。ロドニーはその子達を守って」


「ああ、生憎とこっちはもう武装が無いからな。加護だけでやらせてもらう」


 ロドニーが頷き。


 その場でのフォーメーションが決まった時。


 いきなり、街の中心で渦巻いていたアビス反応の濃度が急激に低下し、それに比例してか灰色と紫色の肉の塊が巨大な口を中心部に形成して雄叫びを上げた。


 その姿は巨大な塔とも見紛うものだ。


「見ろ!? アレを!!」


 アーテリアが思わず叫んでいた。


 一つだけ彼らにとって誤算だった事があるとすれば、それは……。


「あいつ?!! 規格外兵装を密集させてるのか!!?」


 塔の最上階から伸びる長大な触手の先には複数の武装が歪な束となって全て結合されていた。


 重合物質反応を励起して、その爆発的なエネルギーを一転集中する塔の如き武装。


爆射塔ばくしゃとう


 重粒子を圧縮、縮退、加速する超高出力ビーム兵器。


【HEA《ハイエナジーアクセラレ-ター》砲】


 高出力パルスレーザーを多数束ねる事で威力を生む全包囲攻撃武装。


【多連装パルスレーザー砲】


 そして、たった一機のガーディアンに戦略級弾道ミサイルを積むという暴挙そのもの。


【ディザスターミサイル】


 HEA砲3門。


 多連装パルスレーザー砲2門。


 爆射塔1器。


 ディザスターミサイル一発。


 これらを束ねたソレを何と呼べばいいのか。


 その馬鹿馬鹿しい程に単なる火力を集めたソレがジャキリと彼らへ向けられる。


「こ、これ、ヤバイですかね」


 さすがにそれを全て向けられて汗を流したユミナが呟いた。


「コレはさすがに逃げたいけれど、逃げても無駄そうよね。あのアビス反応を見る限り、射程が何処まで伸びてるか分かったもんじゃないわ」


 ルナカイザーの後ろからクラリカがさすがにマズイ事を肌で感じ取ったのか。


 僅かに声を硬くして答える。


「下手をしたら、街自体が消し飛ぶぞ。クラリカ・アイトネール。ティールはまだ残ってるな?」


 こんな状況下でもまるで動じていない様子のアーリが訊ねる。


「残ってるわよ。でも、アレを一斉にじゃなくて小分けにして撃たれたら、さすがに防ぎ切れないわ」


「他にティールを持ってる奴はいるか?」


 全ての攻撃を防ぎ切る神の加護。


 しかし、クラリカ以外の全員が持っていないと明言した。


「ぼ、僕は……済みません。まだ、分からなくて……」


 一人だけ未だ自分の加護を理解していない小虎が謝る。


『僕がガイアを持っています』


 今までロドニーに庇われていたゲオルグが声を上げる。


「それは最後の最後に取っておけ。もしもの場合はそれで五人全員をヘルモードで逃がせ。可能な限り遠くへな。この街が灰になる可能性がある以上、限界まで距離を稼げよ」


『何を?! 自分達だけ逃げ出せと言うんですか!?』


 アーリの言葉に思わず反駁しようとしたゲオルグだったが、すぐにロドニーがそうだな、男の言葉を肯定した。


「救えるものを救わないのは罪だ。ガイアが如何に万能でも出来る事と出来ない事がある。少なからず、そこの傭兵が言ってる事は正しい。もしもの時はそうしろ。後はこの場でどうにかする可能性があるオレ達の仕事だ」


 ロドニーがそう言って書店を庇うようにしてザートを移動させた。


「ルナが言ってます!! あの武装のどれか二発までなら庇えるって!!」


「なら、書店の方にいてくれ。各員聞こえているな。いつ奴が撃ってくるか分からないが、まずは武装を無力化しなければ、鳳市が灰となる。未だ本部との連絡も付かない。此処は書店を守りつつ、的を絞らせず。相手と武装を繋ぐ触手を狙え。ディザスターミサイル以外は全てエネルギー補給が必要だ。いいな?」


「「「「「「了解」」」」」」


 エルドリッヒが、ホワイトソードが、ディザスターが、グレイハウンドが、ルナカイザーが、王竜が、その内部のリンケージ達の闘志を現すかの如くAL粒子の輝きを高めていく。


「行くぞ。先手必勝!! 各自、散開!! 攻撃開始!!!!」


 ロドニーの声と共にルナカイザー以外の機体が全速力で散らばり、塔状となった【権御使】へと突撃していく。


 だが、その自分を狙う相手には目もくれず。


 巨大な武装の塊がルナカイザーの背後にある書店を狙った。


「こいつ!!?」


 ユミナが思わず拳を握った。


 敵は弱い者が分かるのだ。


 そう、相手の弱点を突くという基本的な事が出来る以上。


 その悪意は本物だった。


 武装の一部。


 2門の多連装パルスレーザー砲が光り輝き。


 その全てを照射した。


「やらせない!!! 守るよ!!! ルナカイザアアアアアアアアッッッ!!!!」


 巨大な黒き鉄が書店を前にして両手をクロスさせ、少年少女を守るべく全てのAL力場を正面に集中させる。


「やらせるかよ!!」


「やらせないわよ!!」


 膨大な火力の集中を少しでも遮ろうとグレイハウンドとディザスターの全武装が火を噴いた。


 時にレイディングインパクトと呼ばれる全力での広範囲攻撃への迎撃は確かに間に合った。


 複数のレーザーをその身に浴びながらもルナカイザーは力場でそれを弾き切り、街の各地に弾かれたレーザーが灼熱の溶鉱炉を産み出す。


 何とか装甲が僅かに歪むだけに留まった機体の背後。


 少したりとも熱量は書店に届いていなかった。


 ミサイルと弾丸の大半を消費しつつも、何とか守った事に安堵したクラリカと冷静ながらも武装の大半を注ぎ込んで次の攻勢をどう掛けるか思考するアーリが互いを左右にチラリと見やり、結局何も思いつかずに突撃する。


「取った!!!」


 化物の塔が出来た当初から冷静に分析し、動きを脳裏で解析していたアーテリアは上空からの一撃で先程の戦闘跡地から拾ってきた剣を稲妻の如く振り下ろした。


「何だと?!」


 しかし、その直後、刃が空を切る。


 巨大な触手が伸縮し、まるでゴムの如く自在に曲がって剣を回避したのだ。


 通り過ぎた背後に武装の一つ。


 ディザスターミサイルが発射された。


 元々が大陸間弾道弾。


 それもガーディアン用に初速をとにかく高めたソレは一瞬で加速を完了し、音速を突破しつつ上空で振り切ろうとランダムな機動を描くアーテリアへと向かい。


 其処に爆射塔の一撃が炸裂した。


 それはエルドリッヒに対してではない。


 アーテリアの超高速機動で避けられそうになっていたディザスターミサイルへだ。


 チュゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!


「ぅぁああああああああああああああああああああ!?!!!」


 エルドリッヒがその爆風に飲み込まれ、勢いのまま書店の方へと落ちてくる。


 辛うじて地表で炸裂しなかったディザスターミサイルの爆風が刹那で街を飲み込むかと思われたが、地表から塔に向けてレールガンを連射していたクラリカの口から加護が叫ばれる。


「ティールッッッ!!!!」


 彼女は迷わず仲間を信じ、街を守る事を決断していた。


 そして、それを誰も責めたりはしない。


 巨大なAL粒子の盾。


 いや、壁が上空で爆発した弾道弾の威力を何処までも薄く薄く街の上で引き延ばして防いでいく。


 しかし、それでも高層建築に被害が出て、複数のビルから硝子がキラキラと零れ落ちた。


「「アーテリアさん!!?」」


 小虎とユミナが同時に叫ぶ。


 しかし、意識を失っているのか。


 書店近くの店舗に突っ込んだエルドリッヒからの応答は無かった。


「よくもアーテリアさんを!!?」


 小虎が最も早く塔の下に辿り着き、そのドラゴンロットと手に持ったハルバードを振るおうとした時。


 グヂュッと肉の内部から硬質なものが浮かび上がり、衝撃と共に銃弾の雨が王竜を襲った。


「きゃぁああああああああああ!!!?」


 ほぼゼロ距離からの複数射撃。


「まさか?! 取り込んでいた市警隊の武装か!!?」


 勘だったが、エインスの読みは正しかった。


 ニュッと飛び出した銃口がまるで塔の肉壁を泳ぐように七つ。


 周囲を警戒し始める。


「大丈夫か!! お嬢ちゃん!!」


「う、ぐ、こ、こんな、ところで、負け、て―――」


 不意打ち。


 それも攻撃寸前の隙にコックピット付近を狙い撃たれたせいで内壁に頭を撃ち付けた小虎は出血し、極度の脳震盪で起き上がれなくなっていた。


「こっちだ!! 化物!!」


 王竜に狙いを絞らせない為に残ったミサイルを全て。


 更にランチャーとソリッドシューターで塔を時計回りに攻撃しながら、アーリは塔自体への攻撃がまるで有効打にならないと気付く。


 何故なら、相手は全ての傷を意に介していなかったからだ。


 傷付いた先から全てのダメージが回復され続けている。


 これでは焼け石に水だろう。


「(チッ、今の状況じゃイドゥンもヘイムダルもバルドルも……どうする……)」


 明らかに火力不足。


 そして、相手に有効な一撃を与えられるのはこの中では近距離戦が極めて強いエルドリッヒか王竜、直接的な火力ではライトニングを上回るディザスターだけだ。


「ロドニー!! あの触手部分を何とかオレが固定化する。クラリカのサポートに回れ!! 加護を全て注ぎ込んであの部分を破壊する!!」


 答えも聞かず。


 塔に突撃したグレイハウンドがその勢いのまま、ワイヤー先端の鉤を塔の表層に食い込ませ、ローラーダッシュで壁昇りを披露した。


「ぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 無論、それをゼロ距離から撃ち貫こうと肉の壁を泳ぐ銃口が追随するが、鮮やかにワイヤーを切り替えながらほぼ頂点まで昇り切ったグレイハウンドは跳んだ。


 その巻き戻されたワイヤーが再び射出され、巨大武装と塔を繋ぐ触手と絡み合って身動きを封じ。


 そのまま思い切り地表へと落下しながら相手を押さえ付け、アーリが叫ぶ。


「今だ!!!」


「行くぞッ!! 喰らえッ!!」


 正確無比なディザスターの最後の一発が狙い違わず突き進み。


 再び触手がゴムような動きを見せたが、それを何とか押さえ込みながらアーリが加護を放つ。


「バルドルッ!!!」


 直後、撓った触手が撓み過ぎて元の位置に反動で戻った。


 其処を直撃する一発の弾丸に更なる加護が乗る。


『ネルガルッ!!』


 書店の奥。


 この一撃だけは成功させなければならないと見たゲオルグの叫びが轟き。


 弾丸が在り得ない事に分裂し、複数発となった。


「ヘイムダルッッ!!!」


 書店を守っていたルナカイザーの中からユミナの声が響けば。


 全ての弾丸が触手の真芯を捉える。


「ヘルッ!!!」


 ディザスターの中から叫ばれた加護は攻撃力を引き上げ、弾丸を相手を地獄へ送る必殺と成して、AL粒子で強化した。


「トール!!!」


 ロドニーがダメ押しに叫ぶ。


 AL粒子が更に弾丸へ集積され。


 触手を蔽う奈落の力と一瞬拮抗するかと思われた一撃を爆発的に発光させていく。


 ブチブチブチブチブチッッッ。


 撓る触手が光芒によって引き裂かれ、束ねられた規格外兵装がバラバラになって弾け飛んで駅周辺に落着、残っていたエネルギーの残滓を開放して爆発した。


 仲間達のサポートに回っていたエインスが王竜をその腕に回収して全速力で書店の方へと退避していく。


「ぅ、くッ」


 爆発音でようやく意識を揺り起こされたのか。


 エルドリッヒが立ち上がった。


「どうなっている!! ロドニー!!」


「今、あの厄介な武装をぶっ壊した!! 後は倒すだけだ!! このまま一気に行くぞ!! アーテリア!!」


 その彼の言葉に頷いて。


 アーテリアの瞳に炎の如き揺らめきが宿る。


「女王陛下から下賜されし、このエルドリッヒに傷を付けた事。後悔させるぞ!! 奈落の使徒!!」


 魔導コンバーターの出力が上がらない事は彼女にも分かっていたが。


 それを補って余りある闘志が竜の甲冑を纏いしガーディアンに火を付けた。


 猛然と傷だらけのエルドリッヒが飛翔した。


 その場の全員がアーテリアの一撃に対し、残る加護を集めようとしたその時。


 塔の肉の表層が波打ち、内部から何かを複数露出させた。


 それは―――多連装パルスレーザー砲の束。


「?!!!!」


 キュゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア。


 最も近くにいたエルドリッヒが一瞬で蒸発するだろう熱量を受けるより先にバルドルとグレイハウンドの中から叫びが上がる。


 本来ならば、絶対に回避不可能だろう一撃をアーテリアは自分でも思わぬ程の超高速で避け切り、上空へと逃げ延びていた。


 しかし、ディザスターとグレイハウンドとザートが攻撃に巻き込まれ、四肢の一部を融解させられ欠損、書店の前で防御姿勢を取っていたルナカイザーも被弾に僅か押され、その全ての装甲を赤熱化させていた。


 辛うじて内部のユミナが蒸し焼きになっていないのは古代の遺産であるルナカイザーに付属する特殊なパイロットスーツが生命維持を全力で行なっているからだ。


 摂氏二百度近いコックピット内部でユミナは肌がジリジリと焦げ付いていくのを感じながら、それでも決して動じずに前を見据えていた。


 被害を免れたのは退避しようとしていたホワイトソードと、その腕に抱えられた王竜のみ。


 まだ挽回出来ると。


 エインスが現状の戦力で出来る事を探す。


 しかし、それよりも早く塔の表層には絶望が浮かび始めた。


 規格外兵装。


 一度使えば、二度使えないだろうと言われる悪魔の兵器が肉の海から複数浮上してきたのだ。


「これは……そうか。あの再生機能は規格外兵装製造の為に!!」


 ようやく。


 敵の本当の力を理解したエインスだったが、出来る事は満身創痍のルナカイザーの横に王竜を横たえ、その前にシールドを構えて立ちはだかる事だけだった。


 だが、それすらも許さないとばかりに塔のあちこちから無数の触手が湧き出し、被弾したディザスター、グレイハウンド、ザートを拘束し、ビームサーベルで切り払うホワイトソードを、剣で斬り抜けようとするエルドリッヒを圧倒的な物量で呑み込み、王竜ともがくルナカイザーを雁字搦めにしていく。


 加護を使おうにもその状況ではどうしようもなかった。


 リンケージの力は万能ではない。


 そして、ガーディアンもまた万能の兵器ではないのだ。


 それでも最後まで抗おうとするリンケージ達が其々の機体の中で侵食してくるアビスエネルギーに対し、鋼の意思を持って相対する。


 終り。


 全てが消滅する。


 そうなるならば、言われていた通り、自らのガイアで逃げ出すのが最善だと。


 歯噛みしながらゲオルグが加護を唱えようとした時。


 背後から靴音が響いた。


 振り返った彼が見たのは今まで倒れていた少女が未だフラフラとしながらも、しっかりと前を見据えて、恐ろしい奈落の触手で溢れ返る通りへと歩き出す場面。


「な、何をしている!! アイラ・ナヴァグラハ!!? 逃げるぞ!!」


「いいえ、貴方達だけでどうぞ。こちらで時間を稼ぎます」


「何を言ってるんだ!? 生身で何とかなるわけが―――」


 途中でゲオルグが言葉を紡げなくなった。


 それは……モデル体型な少女が澄んだ瞳で、本当に何一つ恐怖など感じていない瞳で、彼を見たからだ。


「死ぬのは怖くない。本当に怖いのは死んで何も成せぬ事」


「な、にを?!」


「私の任務はソフィアさんを守り切る事。その為に一秒だろうと二秒だろうと身体を張るのがプロの仕事です」


「―――」


 それ以上の問答も無く。


 無数の格外兵装を見上げながら、触手の海が迫ってくるのも構わず。


 アイラが懐から引き抜いた拳銃を塔に向けた。


「早く行って下さい。私に出来る事はそう多くありません」


「アイラ!! アイラ・ナヴァグラハ!! お前は!!?」


 ゲオルグが震える拳を握った。


 迷ったのは逃げるかどうかではない。


 目の前の少女を助けるべきかどうかだ。


 助けようとすれば、今傍にいる人間を危険に晒す。


 それでも助けるべきかどうかだ。


「こちらです!! 奈落の化物!!」


 気を引こうとする発砲。


 それに気付いた様子で全ての規格外兵装が瞳のようにギョロリと少女へ向けられた。


 ゲオルグが、その唇が、血が滴る程に噛み締められる。


 逃げないという選択肢は無かった。


 もう全ては絶望的なのだから。


 しかし、助けるかどうかは決められる。


 だが、決めれば、犠牲を払う事になる。


 それは自分が、ゲオルグ・シューマッハと言う男が、力も無い、情けない男だからだと、彼は知っている。


 ああ、まったくと言っていい程に少年は自分の心に鈍感で、素直だった。


 後悔すると知っていながら、それでも罪無き学友達の命を掛けてまで、自分の意思を、助けたいとの意思を、貫く事が出来ない。


 そんな優しくも苦い選択肢しか選べない素直さで、発光し始める塔の表層に気付いて、彼は襲い掛かってくる触手に頬を僅か抉られながらも、最後までアイラを見て、呟いた。


 ガイア、と。


「それでいい。貴方のような素人は戦うよりも平和を享受する方が……」


 アイラを触手の群れが取り囲む。


 その表層には乱杭歯がビッシリと生え、その五体を引き裂こうとしていた。


 どうせ一緒に焼かれるというのにそこまで人間を喰らおうとする奈落の獰猛さに至極冷静な顔で。


 彼女は襲い掛かってくる化物と向けられた死の輝きを前に一歩も退かず。


 拳銃の引き金を引く。


「七士様。今までありがとうございました」


 銃声。


 そして、巨大な光芒が鳳市を埋め尽くし。


 世界は白く染まった。


――――――?


『礼を言われるより、働いて返してくれた方がこちらとしては嬉しい』


 アイラが閉じていた瞳を薄らと開けた時。


 彼女は其処が既に尋常ならざる場所と化した事を理解する。


 だが、それでも、その胸に押し寄せてくるのは、確かに、そう、一つの感情。


「ぁ……」


『防衛軍を撒くのに時間が掛かった。遅れた分はこれから取り返そう』


「なな、し、さま……」


『今日は疲れた。さっさと返って食事にしたい。献立は任せる』


 世は緑炎に染まっていた。


 全てを包み込むように鳳市全てが呑み込まれ、世界は天すら無く。


 だが、邪悪なるものは蝕まれ。


 その力はことごとく。


 喰らい尽くされていく。


 苦悶する塔。


 細い触手は既に消し炭すら残らず消え去り。


 動くガーディアンも無い。


『行くぞ。剛刃桜……お前の獲物だ』


 モノアイが緑炎に染まり、孔雀の羽の如く七つの刃が花開いて。


「―――任務、了解しました」


 泣きそうに歪んだ、戦いのゴングが響いた。


 ギィィィィッ。


 本能的に理解出来る敵と対峙した【権御使】の集合体は自らの中に取り込もうとしていたガーディアン達すら、もう構わなくなっていた。


 それよりも優先されるのは敵の排除。


 細い触手の全てを焼き払い。


 今も巨大な触手を幾つも蓋い。


 奈落の力を消し去り続けている炎の出所。


 まるで力とは無縁そうなライトニング級が今や最大の脅威として認識されたのだ。


 増大していた奈落の力は現在塔内部のみに残っており、それもゆっくりと減衰し始めている。


 そのままならば、何れ活動を停止する事となるだろうが、それよりも早く事を片付ける事は可能だろうと全てのエネルギーが表層の規格外兵装へと注ぎ込まれていく。


「御阿毘羅吽欠蘇婆訶」


 七本の剣が今や身動きも取れなくなった七機のガーディアン達を守るように高速で移動し、その剣身を塔に対して盾のように晒す。


「あの塔を倒すぞ」


 少年が操縦桿を全て前方に倒した。


 瞬間に猛烈な勢いで地面スレスレを加速した機体に向けて多連装パルスレーザー砲を一点照射した。


 猛烈なエネルギーの集中。


 通常のライトニング級ならば、一切の抵抗を許されず蒸発していただろう。


 だが、その一撃が来る寸前。


 フェイス部分がスライドし、猛然とあぎとが開かれていた。


 強烈な閃光。


 塔から吹き伸びる光の柱が僅かに動きが鈍くなった剛刃桜の真正面で更なる収束が行なわれているかの如く細く細く絞られ、口内の緑炎の塊へと吸い込まれていく。


『?!?』


 攻撃しているはずの【権御使】は急激に自らの内部からエネルギーが吸い出されていく事を察して、パルスレーザー砲を急いでパージした。


 弾け跳んだ複数の砲身が落着と同時に爆発していく。


 しかし、その爆風は倒れ臥しているガーディアン達の前で剣が張る緑炎の障壁に阻まれ四散した。


「手で千切るには骨が折れそうだ、なッ!!」


 至近まで距離を詰めた剛刃桜がその腕を肉の壁へと付き込む。


 ギジュァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!?!


 めり込んだ腕から発生する緑炎を振り払おうとしたのか。


 塔が根元から弾け飛び、悲鳴のような金属の摩擦音と共に倒れた。


 跳躍し、数十m程後退した剛刃桜の前で千切れた塔が歪み、まるで蛇の如くとぐろを巻いて首を擡げる。


 表層に浮いていた殆どの規格外兵装が先端に集まり、巨大な頭部を形成していく。


 エネルギー兵装は不利と悟ったか。


 その武装の大半はディザスターミサイルで構成され、爆発させれば、その時点で周囲の全てが更地になるのは明白だった。


「……自爆特攻か」


 最後の攻撃は圧倒的な物量による突撃。


 その塔の全ての質量とディザスターミサイルの頭部が繰り出す一撃は確かに鳳市を吹き飛ばすに足りる威力に違いない。


 目を細めた七士が機体に構えを取らせようとした時


「?」


 彼は自分の手がまともに動かないと気付いて両腕を見やる。


 すると、服の下からまるで刺青のように緑色の光がぼんやりと肌の上に浮かんでいる事が確認出来た。


 それと同時に目の前が白く滲んでいく。


 そうして、何をする間も無く。


 意識が落ちた。


 *


―――???


『所長!! 実験ですが、成功しました事を此処にご報告させて頂きます。前所長が残した設計図が役に立ちました!! 先日はアドバイスと資料提供ありがとうございました』


『ああ、そうだな』


(……また、か。一体、何を見せたい……)


 いつの間にか。


 少年の前には若手の研究員達が顔を連ねていた。


 会議室らしき一室。


 そこで所長と呼ばれているのは誰なのか。


 次々に報告が入る中。


 少年が入り込んだ男は現在開発中の機体の建造状況を確認していく。


『とりあえず。脳波による遠隔操作システムの設計は既に出来ました。スターゲイザーの本格的な研究が進めば、戦場での空間認知能力に優れた彼らによる遠隔武装が主兵装になっていく可能性もあります。付きましてはこの予算の承認を……』


『承認する』


 彼が頷くとドッとその若手研究員達のグループが沸いた。


『所長!! で、では、こちらの開発にもどうかお力を!! あの『コア』の出力があれば、超高出力の遠距離兵装も撃てるはずなんです!!』


『おい!! ライトニング級にそんなもの積める積載量ないだろ!! 寝言は寝て言え!! 所長!! それよりもこちらをご覧下さい!! 現在の戦場では奈落に汚染されたガーディアンが多数出ています!! これらをどうにかするには対ガーディアン用ガーディアンが必要だと我々は思っています。ですが、様々なガーディアンを相手にする為には能力の容量キャパシティが足りません。これを踏まえて、我々は対ガーディアン用の武装を全て超近接戦闘に限定し、密着状態での圧倒的な性能を引き出すシステムを―――』


『引っ込め!! お前らのあの設計じゃ、遠距離から狙い撃たれて終りだ!!』


『黙れ!! だからこそ回復能力を持たせ、近距離武装をバインダー内に収納し、連続した攻撃を可能としたんだ!!』


 喧々諤々と議論が続く。


 その中で僅かに所長が咳払いをする。


 それに殆どの人員が押し黙った。


『順番にしたまえ。此処は研究報告とプレゼンの場で議論を戦わせる場ではない』


 研究者達の誰もがスゴスゴと引き下がり、また静かに開発中の技術報告が為されていく。


『奈落そのものを克服する事は出来ませんでしたが、奈落の浄化を行なう為の基礎研究に関してはある程度の成果が出ています。ですが、システムを積んだ場合、相転移反応による複数の重大な人体への障害が出る可能性があり、また出力面でもかなりの不安が残っています』


『引き続き研究を続行。人体に被害で出ない範囲での試作を優先。場合によっては屋内環境の維持技術に転用出来る可能性もある。そちらの方面も可能性を探ってくれ』


『了解しました!!』


 男達の目から不意に光が消えた。


『む? そうか……今日は第二回目の起動試験か……』


 所長はその周囲の研究員達の動かなくなった様子にも構わず。


 大型のモニターを付けた。


 その中では現在開発中の試作機が装甲も殆ど付けずに研究所屋外の野外演習場で稼動を開始している。


『我々は何処まで行けるのだろう……残る結界は後六つ。間に合うのか……間に合わせたとして、人は本当に生き残れるのか……所長、怨みますよ……コレを残した貴方を……』


 男がそっと横に置いていた鞄から輝ける―――××××××××を取り出して。


「神霊結界第二陣……全ての魔を降伏ごうぶくせしモノ。その大いなる権能を持って、汝災厄を封ずるべし。忿いかりの化身【ヴァジュラヤークシャ】よ」


 ブツリと映像が途切れる。


 彼もまた自己へと回帰する。


 遠く遠く。


 青年の声が嗤っていた。


 いつか、所長に食って掛かった男の声が、哀しそうに、愉快そうに、まるで韜晦とうかいするかの如く。


 *


 目を開ければ、既に少年は自分が動けると理解していた。


 今までの事が嘘のように、両腕には何の模様も浮かんでいない。


 しかし、現実は何一つ変わっておらず。


 彼の前には敵がいる。


 そんな時だ。


 剛刃桜のレーダーに何かが映った。


「遠方から、こちらに? 何だ……ミサイルでもない?」


 大きな何かがまるで緑炎に覆われた空を流星の如く輝きを宿して落ちてくる。


 その着弾点は正に剛刃桜の目の前。


 ドガァアアアアアアアアアアッッ!!!!


 どうやら電磁カタパルトで加速されたらしき巨大な白銀の大剣が地面に突き刺さり、その周囲に帯びた雷をパチパチと周囲に放っていた。


 ALの反応。


 それも超高密度の物体が発する力が僅かに蛇の如き形態を取る【権御使】を怯ませている。


「剛刃桜への補給か? だが、如何に高密度のALでも……」


 ALも奈落も緑炎を出力出来る剛刃桜にとっては意味が無い。


 それでも届けられたとすれば、もうそれくらいしか送れるモノが無かったという事なのか。


 使えるならまだしも、どうなるか分かったものではない為、その剣を引き抜いて横に退かそうとした時。


 画面に文字が浮かんだ。


『不明な武装ユニットが接続可能になりました。武装相転移しますか? Y/N』


「……使えるのか?」


 少年の問いに機体は何も応えない。


 しかし、それを待ってくれるはずも無く。


 痺れを切らした巨大な蛇の頭が突撃を開始した。


「ふ、やれ……契約は最後まで果たす!!」


 剛刃桜が迫ってくる死そのものを前にしても優雅にそっと地面に突き立った大剣を引き抜く。


 もしかしたら、剛刃桜そのものと同じくらいの長さがあるかもしれない。


 しかし、地面を砕くように現れた剣先はその重さの欠片も機体に載せる事はなく。


 両手から噴出した緑炎に全体を呑まれた。


 グルゥウウウウウウウウウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオヲヲヲヲヲヲヲッ!!!!!


 最後の一撃。


 それが当った瞬間に全ては灰燼と帰す。


 しかし、両者が接触した時。


 剣先が触れたディザスターミサイルの周囲から巨大な図体を薄緑色の結晶が蓋い始め。


 真っ二つに切り裂き続けながら接触部分を全て別の何か、まったく違う物質へと変質させて、煌く宝石の如く砕き散らしていく。


 尾の部分まで全てを切り裂き終えた時。


 大通りの左右には結晶の山が出来ていた。


 それと同時にフェイスが閉じ、緑炎が何事も無かったかのように消え去って、世界が晴れていく。


 全てを終えた剛刃桜の手に持たれていた剣が自重を取り戻したのか。


 地面へ再びめり込み。


 その刀身の波紋に浮かんだ溝、緑炎を模ったと思しき炎の象形から深い緑の輝きを消した。


 いつの間にかガーディアンを守っていた七剣も機体の背後の地面に並んで突き刺さっている。


 ようやく終ったと肩の力を抜いた少年が、一応袖を捲ってみるが、腕には何の異変もなかった。


 疲れたと言わんばかりに息を吐いて意識すれば、剛刃桜の後方で立ち続けていた少女の傍に彼が転移する。


「七士様!!」


「後はフォーチュンに任せよう。防衛軍や市警が来る前にソフィア・ラーフを見つけて回収する」


「はい。了解しました」


 二人が去っていく様子をようやく機能回復したガーディアンの中からリンケージ達が確認し、一体何が起ったのかと呆然としていた。


 屹立する剛刃桜に誰もが疑問と言い様の無い感情を抱く中。


 最後の応酬を目撃していた三人の少年少女。


 宗慈とアヤと璃琉が繁華街から少し離れた地下避難所の外部モニターのあるコントロールルームでへたり込むようにして息を吐いた。


「凄かったな……本当に何でもありなのか。あの機体……」


 宗慈がまだ全てを言葉に出来ず。


 胡乱な瞳になる。


 アヤもまたいつものポーカーフェイスを僅かに崩して驚きに目を瞬かせていた。


 彼ら全員が映画中は端末を切っていた為、連絡が届かず。


 映画を見終わった後も少し、その場所で談笑していた為、外の警報に気付くのが遅れた。


 そうして外に出てみれば、既に奈落は市街地へ向けて侵攻しており、その道が繁華街から直接フォーチュン支部へと向かう道だった為、一旦向かった道を引き返す事になってしまったのである。


 さっさと端末の電源を入れれば良かったのだが、いつものようにフォーチュン支部に向かえば何とかなると走る事を優先した為に起ったミスだ。


 結局、ミサイルを放ち始めたアビスガーディアンの攻撃が近くに着弾し、アヤが腕を負傷した為、大事を取って彼らは近くの避難施設に向かう事になったのである。


「まさか、あの奈落獣を爆破せずに倒すなんて……案外、おやっさんの言ってた事、本当なのかもな……」


「?」


「いや、なんでもない。それよりも早く現場に向かおう。みんながどうなってるか心配だ」


 アヤが首を傾げるも宗時は曖昧に誤魔化して、立ち上がった。


 外に出て状況を確認しようと周囲にいた施設管理者の男達に頭を下げて、施設の扉がある通路へと向かう。


 その間も一言すら璃琉が発していない事を二人は不思議に思わなかった。


 ショックな出来事が立て続けに起ったのだ。


 無口にもなるだろうと。


 だが、璃琉の内心はそれよりも酷く混乱していた。


 何故か?


 自分が嘗ていた場所にしかないモノ。


 無かったはずのモノと事象が同時にその戦闘で発生したからだ。


「(そんな、在り得ない……あの現象は……相転移? でも、あれは……あんな事をしたら、中の人間がただで済むはずがない……それに浄化率だって……)」


 璃琉の脳裏に昔に記憶がフラッシュバックする。


 消える仲間達。


 砕け散る結晶。


 そして、立ち竦み、恐怖のまま、全てを置いて逃げ出す自分。


「(……剛刃桜……アインヘリアルと関係があるの? あの、悪魔の機体と……)」


「どうした? 璃琉。行くぞ?」


 優しい手が彼女に伸ばされて。


 少女はそれを躊躇して、そっと取る。


「まずは現場の収拾。それから後片付けも手伝わなきゃな。頼りにしてるぜ? 相棒」


「―――うん。ありがとう……宗慈……」


 璃琉・アイネート・ヘルツに転機が訪れたのはそれから数日後。


 ヴォイジャーXから新しい機体に乗り換えるようにとテラネシアから通達があってからの事だった。


 旧い機体は峯風アヤが引き継ぎ。


 彼女が乗る事となったのは現在フォーチュンでも一部使われている特殊なガーディアン。


 アインヘリアル。


 そうして、運命は回り始める。


 ゆっくり、ゆっくりと………。

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