Scene23「博士」


 唐突だが、彼【天城ゲンロク】は天才だ。


 それも真に世界へ貢献した大いなる偉人の一人と言える。


 生存しているガーディアン開発・研究・技術者としては最高峰の位置にいるのは確かだろう。


 何と言っても現在あらゆるガーディアンに多用される基幹特許コアパテントの保持者であり、ガーディアンメーカーから毎年振り込まれる特許使用料は指定口座の通帳がただ9で埋め尽くされるくらいの額なのだ。


 実際にどれだけ振り込まれているのかは銀行の窓口かネットで照会しなければ分かりもしない。


 そんな偉い偉い博士であるところの彼を世間はさぞセレブな生活をしているに違いないと思っているらしいが、その想像はまったく持って外れている。


 確かに彼の口座には毎年怖ろしい金額。


 小国の年間予算分くらいは振り込まれる。


 が、その全てはほぼ毎年研究に使い尽くされているので生活はぶっちゃけ普通だ。


 徹夜の夜食はおにぎりにカップラーメンなんて事もザラだし、様々な学会の教授連中やガーディアンメーカーの重役達からの会食の誘いもほぼスルー。


 ついでに私生活=研究所での研究という開発者の鏡のような毎日の内実がどんなものかと言えば、部屋を埋め尽くすアイディアの書き留められた紙と技術書の山が雪崩を打つ場所にまるで其処が布団だと言わんばかりにブランケットが一枚切り。


 技術的な構想が纏まれば、大型端末のある隣室で給湯ポットとお茶の道具一式を横にガリガリとキーボードを使い潰すようにして仕様書を書き、部品を設計する。


 これが彼の日常の全てだ。


 そんな生活を本人は『世界最高のロボットの為に命を燃やしている崇高な日々』と言って憚らない。


 この機甲暦アーマード・センチュリーの時代にガーディアンを“ロボット”なんて言う博士は彼くらいのものだろう。


 莫大な資金を投下して作られた天城ロボット研究所の名は世界最高峰のガーディアン開発機関や研究所、大企業の開発部門と比較されても引けを取らないビッグネームであるが、彼自身はその数年に一度は出す研究論文が世界のガーディアン関連の仕事に携わる人々に大きな影響を与える“迷惑な世迷言ビッグマウス”として有名であり、よく陰謀論者に持ち上げられている。


『宇宙人に地球は狙われている(キリ)』


『宇宙からの侵略に備えなければならない(キリッ!!)』


『このワシの最高傑作スーパーロボットが世界を救う(ギラッ!!!)』


 そのような言動の数々に多くの人々は眉を顰めるが、相手が相手だけに殆どは『あはは、そうですね……』と愛想笑いするくらいしか出来ない。


 それでも玄人になればなる程に彼の志す道に共感する者は増える傾向にあるとされ、近頃はその宇宙人とやらに付いて信憑性のありそうな政府書類が発覚したりと世間ではUFO特番への招待が期待されている。


 イヅモガーディアン産業の立役者。


 ガーディアン関連技術最高の功労者。


 全てのガーディアン技術者が真の天才と仰ぐ存在。


 迷惑なマッドサイエンティスト。


 彼を世間は凡そ、そのように見ている。


「ムハハハハハ。来たぞ!! これはアビスガーディアンの反応!!! くくく、ようやくあのラーフのポンコツを我が傑作ロボットで完膚無きまでに叩き潰す事が出来る!!」


 もう一つ、彼の話で有名なのはアビステクノロジーに対してというか。


 アビスガーディアンに対して対抗心を燃やしている事だろうか。


 何でもラーフ帝国の皇帝と顔馴染みで相手のロボットを叩き潰す事に生き甲斐を感じているとか何とか。


 そう、そんな理由で彼の下へ送金されてくる特許使用料は毎日のように消費されているのだ。


 ガーディアン開発の為のALや奈落汚染されたAL。


 アビテクによって強化されたAL。


 ついでにラーフから流出したアビスガーディアンや戦闘後に回収された残骸。


 彼の研究所にはそういうトレーラー一杯の高価なお届けものが毎日ある。


 部品から螺旋一本に至るまで徹底的に研究し、それが終れば、自作の兵器で破壊実験を送る日々。


 残骸ですら高価なガーディアンが日常的に的となっているのだ。


 それでよく研究所が潰れないものであると識者達は彼の偏執狂ぶりに肩を竦める。


 だが、その甲斐あってというか。


 その為にこそ生み出された最新の対アビテク技術が更に彼の名声と富を押し上げるという好循環?が起きている為、その日常に破綻の兆しは見えていない。


 そんな彼の下に本日届いたアビス反応はALと共に発されている。


 つまり、奈落とALのハイブリットなガーディアンが相手という事である。


 鳳市から依頼されて、対奈落、対ガーディアンの特殊武装や市街地を守るインフラを設計する彼にとって、こっそり作品に自分の下へ情報が届くようバックドアを仕込む事など造作も無い話だった。


 今や彼の行動を止める者は無い。


 研究所の地下に作られた司令室。


 その片隅で『博士ぇ~止めた方がいいですよ~~』とか『さすがにバレたら、牢屋行きですって~』とか『うぅう、博士がどうして僕等より腕っぷしが強いんだ』とか『博士!! そのバイタリティー素敵です!!』とか眼鏡に白衣姿の男女達が上司を怒らせないように呟いているが、本人はまったく聞いている様子も無い。


「往くぞ!! 奈落に堕したロボットよ!! 三機の戦闘機が合体する事で超絶パワーを発揮する我が傑作で叩きのめしてくれる!! ゲート開放!! 全てを得るマシンよ。飛び立つのだ!!」


 ウィーウィーウィー。


 警報が研究所内に響き渡り、研究所内の敷地にある花壇が真っ二つに割れると機体の発射用サイロが出現した。


『ゲートオープン。ゲートオープン。所員は速やかに中庭から退避して下さい』


 合成音声が響く中。


 指揮用のパネルの中央。


 赤い発射用ボタンが叩き込まれた。


「発進!!」


 ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ、バシュゥウウウウウウウウウウウウウウウウッッッ。


 三体の赤、青、黄色のカラーリングを施された先鋭的な形をしたマシンが同時にバーナーを吹かして飛び立ち、研究所の上空へ高く高く飛び上がる。


「さぁ、今こそ合体の時!! あの馬鹿教授共の戯言を粉砕せよ!! 『合体ロボにする必要性が感じられない……』とか!! 『そもそも戦闘機で合体とか明らかに相対速度合わなくて事故るよね?』とか!!? 『戦闘機の動力炉じゃサイズが小さ過ぎて連結しても……』とか!! 夢も浪漫も解さぬ愚か者達を圧倒するのだ!! ムハハハハハハハハハハハッ!!!!!」


 高笑いの最中。


 合体シーケンスに入った機体が同時に一列となる。


 そして、まるで背後から相手を突き刺すように連結しようとして、列の中央の黄色い機体が背後と前方の機体に押し潰されるようにして爆散。


 巻き込まれた他の機体もまるで打上げ花火のように四散した。


「………」


『博士ぇ……だから、相対速度の調整問題に人を使った方がいいって結論出てたじゃないですかぁ』


『博士が今時のパイロットは度胸も根性も無い玉無しとか言いながら鍛えようとするから、皆逃げちゃったんですよ』


『やっぱり最初から合体させたまま使った方が効率的ですって』


 所員達からの小さな反論というか反省点というか呟きに今までの昂揚している姿が嘘のように静かな面持ちで彼はイソイソ司令室に背を向ける。


「後片付けは任せたぞ。ワシはこれから新たなるマシンの開発に入る。適当にS倉庫の武装をフォーチュンに貸してやれ」


 そう言い置いて天城博士と呼ばれて久しい彼は司令室から出て行った。


 上司の失敗に部下達は失望しているのかと思いきや。


 彼らの内部からは明るい声が上がっている。


『やっぱり、博士って超クールだよな!! な!!?』


『うぅうぅ、あのどんなに失敗してもめげない熱さ!! 僕もいつかあんな風に……!!』


『とりあえずS倉庫から適当に引っ張り出してフォーチュンに連絡入れましょう。そう言えば、あの倉庫の中身って何だったっけ?』


『確か……コロニーデストロイヤーの超極小版みたいな奴とか、高純度精錬済みALの大剣とか。そんなのじゃなかったかな』


『いや、あの大剣の材質、ALとは違うらしいぞ。アレは確か博士が貧乏な頃に作ったやつとか言ってたし。貧乏な頃に高純度のAL作品なんて作れるわけないだろ』


『え? でも、この間整理してた時に図ってみたら、凄いAL反応が出てて、感心したんだが』


『あ、それ博士から聞いた事ある!! 確か、若い頃に付き合ってた女の人から原料をプレゼントされたんだって。でも、博士はその頃からあんな感じだったから、すぐに別れたとか。でも、それを売らずに大剣にしちゃってるんだから、本当は……』


『ま、まぁ、とりあえずアビスガーディアン相手に強力な武装は幾ら有っても困らないだろ。中のもので市街地に被害が出なさそうなやつをフォーチュンに送るって事で』


 所員達がガヤガヤと喋りながら、司令室を後にする。


 その十分後、フォーチュンには“市街地に被害を出さない健全な武装”が一点だけ貸し出される事となった。


 結局、S倉庫の略は戦略兵器ストラテジック・ウェポン倉庫の略だったらしく。


 何故か、紛れ込んでいた超高価な大剣は訝しがられながらも、フォーチュンへ送られる運命を辿る事となる。


 それから一時間後。


 市街地の沿岸部には避難勧告が出され、海から来る敵は姿を現した途端、防衛隊と警察のガーディアン部隊の射撃を受け、交戦状態へと入った。


 七分後に壊滅した部隊から届いた最後の声は助けてでも弱点の類を知らせるメッセージでもなく。


 狂気に彩られた声に成らない叫び。


 絶声であった。

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