Scene22「切って落とされる戦端」


―――鳳市繁華街。


 幾つかの事件から数週間。


 落ち着きを取り戻した市街地には再び緩やかな喧騒が戻り始めていた。


 この数ヶ月、立て続けにテロ事件や奈落獣の襲来が起こっていた為、市民の間には不安が未だ燻っている。


 しかし、そのまま暗い顔ばかりもしていられないというのが人間であり、その全ての事件において危険を退けて来た守護者達にはありがたい事に市民からの激励が頻繁に届く事となった。


 いつも自分達の都市を守ってくれる者達に一時の安らぎを。


 そういう名目でガーディアンを保有する組織に送られてくる優待券だの割引券だの福引権だの無料チケットだのは元々福利厚生があまり厚いわけではないパイロット達へ平等に渡されている。


 もしもの時の保険だのガーディアンの補修パーツだの、とにかく人間と機体が金食い虫である為、衣食住に対する最低限以上の資金を掛けられない、というのがフォーチュン鳳支部会計の本音だ。


 世界中で奈落やテロに対する安全保障を行なう目的で設立された組織だからこそ、資産は健全なものが好まれるし、運用もリスクが高い方法は選べない。


 それに一応民間の軍事サービスを名乗る以上、監査だって厳しい。


 このような諸事情により、腐敗の温床や過度な贅沢などに繋がるような予算は認められない、という当然のような結果となるわけだ。


 故にフォーチュンの看板であり、同時に命の危険を一身に背負うリンケージ達には書類仕事やバックアップが仕事の職員達や指揮官達が気を使う事となる。


 福利厚生の予算を取ってくるのは並み大抵の苦労ではないのである。


 涙ぐましい努力を続ける彼らにとって民間からの善意というものは実際、ありがたい事この上ない話だ。


 何よりも現場のリンケージ達が自分達の仕事で誰かが救われている。


 そう感じる事が、精神衛生上とても大きい。


 そんな理由からチトセがさっそく民間からの貰い物を配布したのは三日前。


 映画館からの無料チケット。


 今日は休日という事もあり、人も多かったが、それでも新米リンケージ達は各々映画館に出向き。


 バッタリと出くわしていた。


「お、アヤじゃねぇか」


 一人カバーの掛かった単行本を映画館横に併設されたカフェの端で静かに読んでいた峯風アヤはそのいつも物静かな瞳をチラリと覚えのある声の方に向けて。


「鉄君」


 そう、小さく呟いた。


「うん? いつもみたいに宗慈でいいぜ。どうかしたのか?」


「……何でもない」


 背の低い理数系王子様。


 あるいはワイルドな子犬。


 そんな風に高校では評価される鉄宗慈も休日に一般人へ混じれば、そのリンケージとしての鋭い勘も鈍るのか。


 アヤから気を使われたという事を聊かも理解する事なく。


 隣にいる少女。


 璃琉・アイネート・ヘルツに座るよう勧めた。


 アヤのいる席は四人掛けだ。


 どちらか一方は一人で座る事となる。


「……宗慈。峯風さんと仲良いのね?」


 そう言って、ちゃんと“アヤの対面に”座った璃琉が僅かに半眼で訊ねる。


「そりゃそうだろ。お前が来るまでは一応、コンビを組んでたからな」


 当然のように一番近い席である゛アヤの隣”に座った宗慈が屈託なく答えた。


「へ、へぇ~そうなの……」


 益々、璃琉の顔が引き攣りそうになっていたが、少年は懐かしそうに昔話を始めてしまう。


「最初に会った頃はお前と同じで無愛想で……でも、オレよりもずっとガーディアンの操縦が上手かった。だから、初めてアヤの出撃を見た後に頼んだんだよ。オレにもそんな風に動かせるようコツを教えてくれないかってな」


 その意外な事実に不機嫌となるのも忘れて、璃琉が僅かに驚く。


「操縦……じゃあ、宗慈の技術は……」


「勿論、ロドニーさんの扱きは受けたけどな。ただ、どんなに激っしても操縦は冷静にってのは今もオレの基本なんだ。心は熱く、頭は冷たく、だろ?」


「………」


 話を降られても沈黙で通し、ツイッと眼鏡少女の視線が単行本と少年から逸らされた。


 その頬は僅かに染まっているような気もして。


「そ、そう……」


 何とも言えない心地で璃琉がどうしていいのかも分からずに瞳を揺らがせる。


 それから数瞬の沈黙の後。


 最初に声を上げたのは既に元の寡黙な顔を取り戻したアヤだった。


「宗慈君は……何を見に来たの?」


「オレ達か? いや、チトセさんから貰ったチケットがあれば、何でも一本見放題だって話だったから、適当にって思ってたんだけど」


「そう、それなら―――」


 スッとテーブルの横にあったパンフレットを取って、二人で見るには最適な映画。


 数日前に公開されたアクションあり、陰謀あり、ロマンス強めのスパイ映画を指差そうとしたアヤだったが、それよりも前に宗慈がパンフレットの表紙を見て、声を上げた。


「お、今日はコレが目当てか?」


「え……?」


 指差された映画は、家族向けの動物もの。


 それも子犬が主役で幼児に母親が見せに来るような類のハートフルな代物だった。


「可愛い動物とか好きだもんな。お前も」


「―――どうして?」


 呆然としながら、それでも何とか訊ねたアヤの顔はたぶん学校どころかフォーチュンの人間さえ見た事が無いだろう。


 それ程に動揺した彼女はすぐ対面に璃琉がいるというのも忘れて、宗慈を見つめる。


「どうして? だって、好きだろ? 子犬とか子猫とか」


「そういうのを教えた覚えは……」


「いや、だって、丸分かりだったぞ。前々からさ」


「?!」


「前、一緒に帰ってた時とか。夕暮れ時の公園で散歩してる犬とか目で追ってたし、いつも本に挟む栞は子猫の形してるんだから」


 今更だなぁと何の躊躇も無く断言する宗慈の笑顔に何やら胸が熱くなったような錯覚を覚え、思わずよろけそうになったアヤだったが、その腕が取られて、顔が覗き込まれる。


「大丈夫か?」


「……えぇ」


 その応える声は少し上ずっていた。


「ちゃんと朝飯食べて来たのか? また、片手間に取れるゼリーとか軍用のレーションとかばっかり食べてるんじゃないだろうな? ああいうのは控えろって前に言ったろ。此処で何か注文するか。お、これなんか良さそ―――」


 ガタンと音がして思わずメニューから顔を上げた宗慈が見たのは顔を俯けた璃琉だった。


「璃琉?」


「……お手洗い」


「どうせ次の映画まで三十分以上あるし、何か頼んどくか?」


「いい……」


 イソイソと璃琉は顔を俯けたまま席を立ち。


 そのまま、カフェから出て行った。


「どうしたんだ。あいつ?」


 怪訝そうな顔になった宗慈に彼よりは鈍くないアヤが複雑な表情を浮かべて、ボソリと聞こえないように呟いた。


「今、何か?」


「何も……」


 これではまるで今呼んでいる本の中身のようだと。


 深窓の読書家は席を立てない自分に言いようの無い感情を覚えた。


(………馬鹿)


 結局、璃琉が戻ってきたのは複数の映画の上映時間が重なる寸前。


 今度は三人並んで中央に座った宗慈を左右に少女達は見る事となった。


 しかし、肝心の映画の内容は一欠けらも二人の女性陣の頭には残らず。


 ただ一人。


 映画の内容を堪能した様子で『可愛かったな♪』と、ナイスガイな笑みを浮かべた少年の背中に恨みがましい視線が突き刺さったのは当然の帰結に違いなかった。


 この話が後に拡散し、女の敵と歳若い女性リンケージ達から厳しくも生暖かい視線を彼は受ける事となるが、それはまた別の話である。


 *


 フォーチュンの新米リンケージ達が映画館で良くも悪くも青春を堪能している頃。


 繁華街の片隅にある大型書店の一角で【イヅモの常識非常識】なる本を片手に一人の少女が読書に勤しんでいた。


「そうだったのですか。イヅモではオハシなるものが……それに座る時は上座と下座……」」


 思わず顔を上げたのは垢抜けない雀斑の浮いた黒髪おさげの地味目な委員長属性少女だった。


 よくよく見れば、その顔は愛らしいのだが、眼鏡と雀斑とおさげとやぼったいジャージが全てを台無しにしている。


「これが都市迷彩……七士様、今後の都市活動の為にも是非、この特殊メイク方法の教授を」


「いや、単なる変装だ」


「―――これが変装?!」


 衝撃を受けた様子で落ち着いた色合いの秘書風のスーツ姿に身を窶した眼鏡姿の女が呆然とした。


 大人っぽいナチュラルメイクは二十代程に見える。


 が、勿論まったく彼女は会社とか企業なんて言葉とは程遠い世界で生きてきた女。


 着せ替え人形よろしく変装したアイラ・ナヴァグラハだった。


 その横では七士がいつもの学生服をラフに着崩して少しチャラい安物のブレスレットやネックレスを付けている。


「しばらくはとりあえず本を見て学んで貰います。三日後には、それ専用の施設を用意しますので」


 座って流行りのライトノベルを流し読みしながら少年が相手を見もせずに呟く。


「そうですか。何から何までお世話になってしまいますね。本当ならお礼も私自身がしなければならないのに……」


「気を使う必要はありません。依頼者から十分な額面をもう貰っています。貴女には奈落獣との戦闘が始まるまでは一般社会に溶け込んで近衛をやり過ごしつつ、奈落に一通り付いて学んでもらうという事で」


「はい。それはわたくしも望むところです。その為に家出を……不良になったのですから」


「「……」」


 何処かズレた地味目な委員長少女。


 ソフィア・ラーフが真面目に頷いた。


 世の中というのは不思議なもので人間は見たいものを見て、感じたいものを感じる。


 それは対象が複雑であったり、曖昧であったり、よくよく内実を知らないものである場合、そうなる割合が高い。


 つまり、私生活の全てが謎のベールに包まれたラーフの皇族が地味目な委員長属性おさげ少女になっているとしたら、それを見破るのは至難だ。


 無論、それには前提として近衛の中に彼女の事に詳しい人間がいないという事が重要であり、前日からもう確認は取れている。


 近衛と言っても、ソフィアは皇帝の孫であり、傍で見守るような者はおらず。


 専従の侍従達が生活を支えていたと言う。


 勿論、単に変装しているだけでは機械を誤魔化せない為、身長に僅か下駄を履かせるスニーカーだの、顔認証を誤魔化す眼鏡だの、声を変成させる微量のガスだの、色々と細工はしてある。


 だが、少年はまず間違いなくソフィアを探している者達が彼女を見分けられないという事を確信していた。


 機械が高度になれば、人の仕事は減る。


 だが、機械を誤魔化す方法も同時に発達する以上、最後は人間が確かめねばならない事もある。


 しかし、前日から動き回っていた近衛部隊はあまり大っぴらに活動出来ない。


 既に彼の伝手で周囲の裏社会にはラーフの軍人らしき人間を多数市街地で見掛けたという情報を流してある。


 となれば、彼らが出来る事は人海戦術で片っ端から周囲の監視カメラにハッキングを仕掛け、集音マイクやレーザーの類で窓から音を拾い、映像音声から特定するくらいだ。


 それすら地の利が在り、市街地の物件情報から狙撃盗聴ハッキングに適した場所を最初から選定済みの彼の前には無為である。


 何処が安全で何処が危険か。


 地雷原を地図も無しに歩くような身軽さで彼はラーフのエリート達が敷いた監視網を尽く迂回して書店まで辿り着いていた。


「では、そろそろ―――」


 懐で端末が震えるのを確認して画面を見た七士が目を細めた。


「状況F。後は頼む」


「畏まりました。七士様」


「どうかなさったのですか?」


 ソフィアに急用が入りましたと言い置いて、少年はそのまま本棚に手に持っていたライトノベルを戻すと書店を出た。


 さっそく彼の後ろではお姫様を連れ立って、アイラが行動を開始する。


 任せておけば大丈夫だろうと切り替えた彼が端末に送られてきた状況に瞳を細める。


 海側からALと奈落の反応を検知。


 しかも、複数。


 相手は恐らく奈落に侵蝕されたガーディアン。


 もしくはアビスガーディアンであると推測。


 リンケージ各員は速やかに第一種戦闘待機に移行。


(この状況下でアビスガーディアンの襲来。だとするならば、狙いは十中八九ソフィア・ラーフ。本国からの線は薄いか。逆にラーフやディスティニーの仕業に見せ掛ける事を良しとする組織または個人の可能性もある。陽動の可能性は薄い。そうであるならば、そもそもその戦力で急襲させればいいだけだからな。となれば、相手は炙り出そうとしている可能性もある。無駄に暴れられる前に食い止めるのが最善か)


 七士は即座に状況を看破して。


 襲来する敵を打ち砕くべく。


 外でタクシーを捕まえるとその足でフォーチュン鳳支部へと向かった。

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