Scene21「早秋への道」


 レムリア王国。


 突如として洋上に現れた大陸にはそう呼ばれる国が存在した。


 人々は未だ封建社会の只中にあり、騎士と女王、貴族と平民、そのような社会契約が成立する。


 それでも最初、彼らの大陸の内実を監視衛星で見た者達は目を疑っただろう。


 其処には大暗黒期よりも前の世界では中世と呼ばれる時代には存在したのだろう街並みと。


 それを遥かに凌駕する規模の大国があったのだから。


 様々な技術や智識が魔術という資源リソースに集約されており、それが古臭い黴の生えた王権という言葉を未だに強固な共同体として機能させていたのだ。


 その大地の豊かさは死の商人として、第二次大戦中からあらゆる国のあらゆる場所に物資を売り付ける事で広く知られ、同時に彼らの無償援助で救われた国も数多い。


 連邦、ラーフ、共和国、時にはハイパーボレアにすら物資を流通させるレムリアは他世界における確固たる地位をたった数年で手にしたわけである。


 そういう意味では戦争中に転移してきた異邦人達は“運が良い”と言える。


 もしも、これが戦争の起っていない平時の事であったなら、ラーフや共和国といった相手がおらず、連邦が未だに世界を統一していたならば、レムリアは絶体絶命の窮地に立っていた事だろう。


 例え、相手が怪しげな技術を使う相手だろうと。


 本当に連邦が総力で挑めば、物量戦において負ける要素は無い。


 どんなに優れた機体があろうとも、どんなに優れた技術があろうとも、多方面から戦力を集中、波状攻撃が可能だったならば、大陸の一つ程度連邦に落せないわけもないのだ。


 連邦最大の長所と短所はその戦線の飽和限界が世界で最も優れている事であり、これは同時に複数の戦線を抱えれば、絶えず出血を強いられるという事でもある。


 戦力の分散は愚策。


 それを物量で補えたのも昔の話。


 今では四面楚歌だった戦線の数が多少は減ったとはいえ、それでもやはり戦場の数は限界に近付き、逼迫しているのが実情だ。


 レムリアがなし崩し的に惑星に存在する国家の一員として認められたのは多分にして情勢と戦争に拠る。


 冷戦の様相を呈し始めた世界においてはこのバランスがいつ崩れるかと気を揉むレムリア知識層が多い。


 中庸。


 誰にも加担しないと宣言して武装中立を掲げたレムリアにとって、平和とは自身を脅かす静かなる脅威でもあるわけだ。


 だからと言って、彼らが戦争という手段を直接間接問わずに自ら仕掛けないのはそれが愚策だと理解するからであり、未だ世界に本当の平穏の兆しが見えないからでもある。


 そういった猶予期間中にラーフ、連邦、共和国、そういった国々の世論をゆっくりと動かす事は生存戦略上、決して疎かに出来ない話であり、レムリアから外へと向かった人間達はこういった戦略に組み込まれている。


 何を知らずとも、自国の評判を上げる事。


 実地での情報収集による生の声は自然と中央集権制であるレムリアの最上位の権威に集まる事となるのだ。


 その日も大陸の中央に位置する巨大な都の中心。


 荘厳な白と蒼を基調に塗られた王城には各種のギルドから上がった情報や大陸外に出ている騎士達からの報告が集約されていた。


 王城に仕える情報分析官達が些細な情報や有益な情報を選り分け、重要度別、分野別に各統治機構の部署に送るわけだが、最も重要な情報は王城の奥に住まう高貴な女性の下へ届けられる。


 其処には大陸内の相場の長期予想やら、外界の国々の政情、要人の情報がズラリと魔術による空間投影で虚空に映し出されている。


 赤い絨毯に金で縁取りされた年代物の飴色の光沢を放つ家具。


 大陸一の陶工が生み出した純白のカップにはやはり大陸一の茶畑で取れた葉を使った最高の琥珀色の液体が注がれている。


 まるで社会人が新聞を読むような気安さでその高貴なる女性。


 大陸の名と同じ苗字を持つ彼女。


 サナート・レムリアは椅子に座って報告を読んでいた。


 サラサラと彼女の指が何事かを虚空に書けば、すぐにそれを読み取った横に傅く文官達が各方面への正式な命令として文書を清書して通達する。


 国一つ動かすとなれば、決裁や方針の転換、会議、諸々の雑事が何度も必要となるが、魔術で通信を可能とし、強いトップダウン型の政治が可能なレムリアは女王の鶴の一声が全てを決める事が多い。


 詳細を詰めるのは役人や貴族、文官達の役目であるものの、その道筋は大方がサナートの掌上だ。


 信頼出来る者がいれば、そちらに任せるが、そうでない場合は彼女の原案を下にして現場が素案を作り、確認を受けてから実行に移される。


 合議制、議会制民主主義の国々からすれば、その速さは恐ろしいものだろう。どんなに重要な法案だろうと案件だろうと三日もあれば、全て動き出すのだ。


 余計な政治的駆け引きや国内の右派左派反国家主義的な思想を持つ者達からの横槍も入らない。


 治世の良さが王権授受者の一心に掛かっているともなれば、国民からの支持は選挙制度がある国よりも余程にシビアであり、国内を現在のところ完璧に取りまとめているサナートは“賢王”の部類、それも完璧な、と形容が付く人物だろう。


 魔術による不老不死を実現したと言われるまだ十代にしか見えない彼女は宝冠を額に嵌め、薄らと何処か浮世離れした笑みで指先を動かしていた。


 女王に相応しいドレスは現代の中世にあったようなものとはまるで違い。


 やはりファンタジー世界の住人らしくビキニ・アーマーを元にしている。


 胸元の首飾りにしても、幾本にも編まれた髪の束にしても、周辺の国々ならば、奇抜な王女様っぽいコスプレと言われてしまうかもしれない。


「………」


 しばし、静かな決裁の時間が過ぎていたが、不意に虚空の情報に小さな印がポップアップした。


 家紋だ。


 指名された者達から直接女王へ情報を送る際のホットラインの通知である。


 その紋を見れば、何処から誰が話しを持ち込んで来たのか丸分かり。


 重要な情報ならば、女王が直接的な判断を下す材料になる。


「下がれ」


 サナートは自らの前に現れた白い竜の紋章を見て、後ろの文官達に退出を促した。


 音も立てずに消える彼らの事を確認もせず。


 そっと、通信を始められる。


 映像が切り替わると其処にはレムリアでも平均的な魔術師の室内が映し出され、その中央には頭を下げた女の姿があった。


 アーテリア・エルン・クラインテ。


 フォーチュンに今は出向している騎士の姿にサナートは薄く瞳を細める。


「面を上げよ」


「……お久しぶりにございます。女王陛下」


「そうですね。そちらの方は上手くいっていますか? アーテリア」


 静かな弦楽を思わせる落ち着いた声。


 それでいて響く王者の威厳に満ちた音が僅か柔らかくなる。


「はい。鳳支部では戦力の一角として働く事が出来るようになりました」


「そうですか。それは良かった……一度もこの方法で連絡を取ってこなかった貴女が顔を見せたのです。余程の事なのですね?」


 アーテリアが頷いた。


「我が剣と誇り、天地神明に誓って」


「分かりました。では、話を聞きましょう」


「ありがとうございます。今、情報をお送りします」


 すぐにサナートの前に彼女の持ち込んだ案件。


 たった一機のガーディアンの情報が次々に開示されていく。


「これは………」


 僅かに瞳を見開いて、十秒以上その緑炎に見入っていたサナートはアーテリアに向き合う。


「貴女の懸念はよく分かりました。確かにコレは私が判断するに値する案件でしょう」


「では、コレに付いて知り得る限りの事をご報告致します」


 アーテリアが自分の見た話、聞いた話をし始める。


 しばらく、聞いていたサナートは報告が終るとしばし考え込んで視線を緑炎を吹き上げる機体。


 剛刃桜へと向けた。


「ゴウ、ジンオー。それがこの神霊機マナリスの?」


「はい。ナナシと呼ばれている同僚が乗っています」


「コレはこの世界の遺跡から発掘されたのですね?」


「どうやら、我々が来る前よりもずっと昔、第一次大戦と呼ばれる奈落が産まれた頃に生み出された機体のようです。遺跡の発掘調査時に封印らしきものが解け出てきた巨大な奈落獣を打倒したのが、コレだそうで」


「今の搭乗者に何か問題が出てはいませんか?」


「いえ、そういった兆候は今のところ確認しておりません」


「……そうですか。では、まだ本格的な目覚めは迎えていないのでしょうね」


「目覚め、ですか?」


「この送られてきた映像と情報から見る限り、これは貴方が懸念した通り、奈落すらも滅ぼす禁忌……しかし、それは同時に大いなる禍と隣り合わせのものであると私は考えます」


「禍……やはり、この機体は……!!」


「ええ、少なくとも人柱が使われているのは確実でしょう。これ程の力を秘めた荒神を封じるとなれば、それ相応の神霊の助けと代償がいる……この宝剣一つ一つに力が宿っているならば、同じ数だけ人柱が必要だったはずです。この機体を産んだ者達は……言い方は悪いですが、本当に……“善良”だったのでしょうね」


「善良?」


 アーテリアが首を傾げた。


「奈落を滅ぼす為ならば、世界すら犠牲にしても構わない……」


「―――?!」


 驚いた様子になる騎士に女王は視線を僅かに下げて続ける。


「我が国もこのような思想に取り憑かれていた時期があります。その結果は決して芳しいものではなかった」


「……如何、しますか?」


 アーテリアの瞳が真剣である事を理解して。


 サナートは静かに答える。


「今はまだ、何もする必要はありません。ですが、逐一この機体に関する報告を上げてください。これがフォーチュンによって管理されている内は良いでしょうが、もしも……心無い者の手に渡れば、どのような災厄となるか」


「分かりました」


 二人が主要な情報をやり取りした後。


 静かに頭を下げてアーテリアが通信を閉じた。


 サナートはすぐに決裁へ戻るかと思われたが、チリンと横に置かれていたベルが鳴らされ、文官達が再び室内へと戻ってくるなり、声が上がる。


「現在待機中の上位騎士達に招集を掛けなさい。午後までに臨時の軍事戦略会議を開きます」


 静かに一礼した文官達がサナートの声音に現在決裁待ちの案件を全て待たせる事を考慮して、自分達の下へと決裁情報を通信で取り込み、画面から面倒事を空けた。


「外務大臣と枢密院の議長、それから魔導研究院の院長にも連絡し、速やかに出頭するようにと」


 ザッと立ち上がった彼女が室内から出て次々に命令を飛ばしながら、廊下を歩いていく。


「黒影騎士団の団長に王宮の宝物庫へ今から顔を出すよう指示を」


 いつもは通らない通路を一握りの臣下を連れて歩き続けたサナートは薄暗い回廊の先にある巨大な門。


 古より王家が蓄え続けてきた宝物を守る倉の扉の前へと辿り着く。


「我が王命によりて、疾く開け。レムリアに永劫の繁栄を」


 ガバンッッッ。


 恐ろしい速度で内部へと扉が開き、彼女が内部へと進むと周辺の柱に魔術の明かりが次々に付いて金銀財宝と呼べるだけの宝物が露わとなる。


 その最奥。


 近年、最も新しく倉に納められた巨影が鎮座する一角に到達すると、臣下の一部がざわめく。


「陛下。畏れ多いとは思いますが、まさか……コレを使うおつもりで?」


 最も年嵩な法衣を着込んだ老人が尋ねる。


「私はあの時、ラーフを止めるべきだった……もう同じ轍を踏んではならない。そう思うのです」


 サナートが僅かに瞳を細める。


 すると、彼女の周囲から立ち上った光の帯。


 魔力の燐光が前方へと吹き伸びて、停止していた装甲の内部に浸透し、幾何学模様を浮かび上がらせ、明滅させていく。


「お、おぉお、火が……っ」


 臣下達がどよめく。


 その前でフェイス部分の観測機器……瞳に薄ら蒼い光が灯る。


『黒影騎士団、団長様がお越しになりました!!!』


 衛視の声が倉の外から響き。


 倉の内部に入ってきた黒い外套姿の何者かがサナートの背後まで来ると片膝を付いてフードもそのままに頭を垂れた。


「これより黒影騎士団の全任務を解きます」


『何と?!』


 臣下達がさすがに声を出して驚いた。


「引継ぎはそちらに任せます。それが終わり次第。この【神皇しんこう】を持って速やかにイヅモへ向かいなさい。そして、別命あるまで秘密裏の待機を命じます」


 見上げてくる視線を感じながらもサナートは振り返らず。


「尚、任務は無期限。必要な分だけ此処から資金を持っていきなさい。足りなくなれば、連絡次第でこちらから送金しましょう。ちなみにこの件に関しては特一級の機密保持義務を課します。よいですね?」


『承知』


 短い声と共に外套が飛び上がり、サナートの横を抜けて十数mある巨影の胸に飛び込む。


 すると、胸の中央にある玉石の如き巨大な宝珠の中にスゥッと肉体が取り込まれていった。


 グォォン。


 倉の内部に暴力的な光、魔力の放射が起り、膝を付いていた機体が立ち上がる。


 臣下達が目を閉じて、その圧倒的な力に身体を持っていかれぬよう堪えている最中。


 まるで微風を受けているような顔でサナートが呟く。


「行きなさい」


 巨大な腕が周囲に積まれていた金貨や宝物の山を片腕で掬い取り、そのまま魔法陣を上空に展開すると、その内部へ吸い込まれるように消えていった。


 後に残ったのは散らばった宝物と何か巨大なものがあった跡。


 サナートは踵を返すとようやく目を開いた臣下達を置いてスタスタと倉を後にしていく。


 その日、レムリアの防衛網において大規模な改変が行なわれたが、然して国外に注目される事なく。


 一つの騎士団が大陸より消えたが、それが明るみに出るのはまだまだ先の事であった。

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