Scene16「その揺らぐ事無きものよ」


 七士が剛刃桜の眠っていた山岳部の遺跡に辿り着いた時。


 其処ではもう数台の大型車両が撤収作業に入っていた。


 周囲の人員達はガーディアンの姿に動揺する事無く。


 一言も発せずに己の周囲のものを片付け、逃走準備を進めている。


 それがどうしてなのか。


 長年、戦場にいた彼には分かった。


 投降を呼び掛けても無駄なのは間違いない。


 何故なら、男達の目には死を覚悟はしていても、無為に死んで行く事は我慢ならない。


 そんな光が篭っていた。


『撃たないのか?』


 遺跡の横。


 カモフラージュされていた迷彩カバーを剥ぎ取って、ザートが剛刃桜の前に立ち塞がる。


 しかし、七士は声を掛けてきた相手に刃をまだ向けなかった。


 その最たる理由は周囲の山岳部に未だ予備兵力が多数潜んでいる事を悟っていたからだ。


 如何に剛刃桜とはいえ。


 散開陣形で遠距離から砲弾の雨を受ければ、戦闘は苦戦必死。


 戦っている内に車両にも逃げられるだろう。


 そして、何より彼が懸念したのは前に出てきた女が乗っているらしきザートから禍々しい気配を感じたからだ。


 それは奈落獣とはまったく違う相手が人間だからこそ感じるもの。


 相当な手慣れ。


 同時に軍を率いるに値するだけの何かを持っている事が彼には分かった。


『共和国の旧式ザートの正式採用タイプ。チューンは高機動型。更にこの物量を維持しつつ、錬度も高い兵……ノイエ・ヴォルフだな?』


 オープンチャンネルで訊ねれば、すぐに答えは返った。


『ご名答。どうやら、頭は切れるようだ。此方側の要求はただ一つ。その機体を渡してもらおう。それでお仲間は助けてもいい』


『どうして、この機体を欲しがる?』


『それは乗っている者が一番良く分かってるんじゃないのか?』


『そこまでの価値があるとは思えないが』


『惚けているのか。それとも本当にそう思っているのか。分からないが、それはこの世界を変える可能性を秘めている』


『可能性……』


『宇宙移民には、本当の独立を掲げる為には、力が必要だ。その力に成り得る可能性を私はようやく見つけた。ノイエ・ヴォルフとしてではない。それは宇宙移民者にとって必要なものなのだ』


『……独立、か』


『何がおかしい……』


 苦笑する七士に女の声が冷たくなる。


『見せ掛けの独立でも、内実は随分と共和国に有利な条件だったはずだが』


『知っているのか?』


『……悪いが、貴様等みたいな時代遅れの英雄にコレは渡せない』


『あくまで拒否すると? 仲間達の命が惜しくは無いと?』


『お前達のような人間がテロリストと呼ばれるようになった事を何故喜ばない。時代が進めば、人の考え方も変わる。時代には時代に在った服を着るものだ。原始人が現代に粗末な服を着ていたら、猥褻物陳列罪だな』


 二人の会話にヤジが入った。


―――貴様ッ!!? 我等を愚弄するか!!


『違う。未だに一過性の戦争にしがみ付く亡霊への忠告だ』


 七士が声を高くする。


『革命も独立も酔った爺の戯言にしておけと言っている!! それを生温い視線で若者に見られているのが貴様等には一番お似合いだ。平和を享受出来ないのなら、戦場で屍を晒しておけばよかっただろう!!』


 一斉に周囲のカモフラージュされた斜面の中から砲が剛刃桜に向けられる。


 しかし、それを目の前のザートが制した。


『……今の共和国が腐っていてもか?』


 静かな声。


 それに七士は即答する。


『未だ嘗て革命と独立の内実が腐っていなかった国があったら、教えて欲しいな。その中で努力するからこそ、今を動かせる。お前等のような輩は外圧団体にでも鞍替えしておけば良かった。そちらの方が余程に健全で安穏とした人生を送れたはずだ。テロリストは腐った役人と過去にしがみ付く老人を道連れに出来ても、政治家や国民の本音というやつを変えられはしない』


『だが、我々はそれを望んでいる』


『なら、最後の一兵になるまで戦い切ってみせろ。理想は眠って見るのが丁度いい』


 七士の背後にある七つの剣が操縦者の感情に呼応するようにして萌える炎を、緑炎を纏い、吹き上げていく。


『各自、戦闘を許可。これより、機体を破壊し、残骸を回収する!!』


 剛刃桜に目の前のザートがビームライフルを向けた。


―――了解。攻撃開始!!


 *


「行くぞ。剛刃桜。あの亡霊共に見える可能性とやらを示してみろ!!」


 モノアイが赤光しゃっこうに耀く。


 それと同時だった。


 機体周囲に砲弾が降り注ぐ。


 当てるのが目的ではない。


 動きを制限する為の弾幕だ。


 それが続け様に周囲を囲めば、直撃するのではないかと大抵のパイロットは身が竦む。


 そして、その隙を狙い撃つというのが彼らノイエ・ヴォルフに合流したイゾルデ大隊のエース殺しの必勝パターン。


 彼女自身の大戦での戦果は有名なものだが、その裏で彼女を支えた名も無き兵士達もまた、連邦の機体を葬り続けてきたエキスパート。


 自らの女王であるイゾルデの機体が下がる最中も一発とて、マニュアルの砲撃で至近弾を当てはしなかった。


「やる……だが」


 自動照準を切って敵機へ当てるのは大昔ならば、ガーディアンパイロットの必須技能。


 よく故障する機体との付き合い方一つで生死が分かたれた。


 その頃を知っていればこそ、七士は相手の照準の癖というものを脳裏に分類している。


 イゾルデの大隊は類型的に見れば、陣を敷く事に長けた戦況優位を勝ち取る為の戦術に聡い。


 だが、だからこそ、彼らの錬度は高く。


 一定の高水準で推移するが、それ故に出来る事と出来ない事の区分がかなり明確だ。


 つまり、彼ら一人一人の戦法が追い付かない状況となれば、部隊の誰も対応出来ない。


(此処は追う)


 剛刃桜は砲弾を避けず。


 唯一の退路であるイゾルデの高機動ザートへと瞬時に肉薄した。


 無論、それを待っていた彼女のザートは腕に据え付けた短距離で威力を発揮するフルオートの連装マシンキャノンを乱射する。


 通常ならば、これでジ・エンド。


 しかし、七士は背後の七剣の中から“不動(ふゆるぎ)”と呼ぶ片刃の大刀をマシンキャノンの銃口前にピタリと吸い付けた。


 キュ、バガァアアアアアアアアアアッッッ!!!


 一瞬、一発目の弾丸が真っ二つに割れて、射出されたものの。


 続いた弾丸は押し込まれた剣先の前には進めず、銃口内で炸裂した。


 剛刃桜の装甲表面で断ち割れた一発目の弾丸が当ったが、僅かな衝撃を残して弾かれる。


『ッ―――!?』


 驚いたイゾルデが即座に使い物にならなった腕を根元からパージし、盾の付いたもう片方の腕を前に翳した。


 防御ならば悪手。


 だが、背部のブースターが唸り、剣を銃口に押し付ける為に伸び切った腕の内側へと盾が潜り込み、ショルダータックルが掛けられる。


 莫大な制動に中の人間が気絶してもおかしくない逆加速。


 もう一方の腕が刃を掴むよりタックルが決まる方が早いかと思われた。


 が、剣が放棄され、剛刃桜がカクンと後ろへ倒れる。


 まるで後ろから膝に悪戯された時のように。


 ガガガガガガッ!!!


 剛刃桜の胸部表面がザートの脚部とバーニアに接触して強い衝撃を伝える。


 しかし、それに構わず完全に倒れ込んだ機体が逆ジャックナイフ機動を掛けて、瞬時に立ち上がり、背中合わせとなったザートに“後ろ向きのまま”突撃した


『な、何だと!?』


 これにはすぐさま旋回しようとしていたイゾルデも驚く。


 しかし、高機動用のバーニアの出力は強く。


 小回りが利かない。


 ガゴンッとバーニア部分が剛刃桜の背部と接触して潰されると、腕が絡み付くように残った片手を捉え、其処に持たれていたビームライフルのトリガーを無理矢理引かせた。


 チューンッ!!!


 繊細な指使い。


 彼女が思わず離れようとするも、胴体が後ろ手に二つ目の腕で固定化されている。


 機体を左右に揺らして何とか逃れようとしたイゾルデだったが、まるで背中合わせに踊っているような、そんな不思議な回転が加わって、彼女のビームライフルが砲撃の途絶えた斜面のところどころを打ち抜いていく。


―――た、大佐ぁああああああ!!?


 司令官であるイゾルデを撃てずに躊躇したザートの一機が光線に貫かれ、大爆発を起こした。


 同時に山肌に偽装していた周囲の機体の表面が露わとなる。


 GBG‐1012H。


 ザート・タンク。


 地上戦用のディザスター級モデル。


 下半身を無限軌道と化した動く砲塔の幾つかが狙いを定められずスモークディスチャージャーで撹乱しようとしたが、時既に遅く。


不動ふゆるぎ、何人も我を圧す事、能わず!! 【矜羯羅コンガラ】ッ!!! 【制咜迦セイタカ】ッ!!!」


 捨てられた大刀の周囲がブレる。


 未だ不恰好に踊る二機の合間から二つの光球を中心に持つ正八角形の盾が躍り出て、煙が広がり切る前にザート・タンク二機のドテッ腹をドリル状となった光球によってブチ抜いた。


 チュゴォオオオオオオオオオオオオオオン!!!!


『セルゲイ!? ジーリャン!!? いい加減に離れろぉおおおおおおおお!!?』


 爆風にスモークが消し飛ばされる中。


 自分の部下達がやられた様子と自らの無様に激高したイゾルデの機体からAL粒子が吹き上がる。


 それを見て、咄嗟に離れた七士の行動は正しく。


 一部巻き込まれた剛刃桜の椀部装甲が分子レベルで分解され、まるで砂のように崩れ去った。


(【ニョルド】か!?)


 飛び退った剛刃桜の周囲に再び機を見ていたザート・タンク達からの援護砲撃が炸裂する。


(仲間の死にもブレない。これは……厄介だな)


 戦場で最も恐ろしいのは新兵器で間違いないが、同時に最も恐ろしい相手は死を受け入れた上で冷静に捨駒役を演じられる兵士だ。


 周辺の機体がすぐに動揺から立ち直ったのを感じ取り、二枚の盾と落ちていた剣を浮遊、自分の周囲に呼び戻した剛刃桜が今も隙を伺うイゾルデに向き合う。


 幾つかの直撃弾を盾が自動で防いで、事態が再び膠着したのを感じた七士はこのまま逃げられるか勘案する。


「……貴様には死んでもらおう。往くぞ!!!」


 瞬間、肌にチリチリとしたものを感じて。


 本格的に不味いと七士が剛刃桜を急加速させた。


「遅い!!! 【アカラナータ】ッッッッ!!!!」


 イゾルデのザートからAL粒子が立ち上り、天へと上った。


 そして、瞬間的に落雷の如きスピードで剛刃桜の周囲にバースト放射が襲い掛かる。


 エルジアの古代神の名を冠した加護。


 広範囲を極端なAL粒子の放射で埋め尽くし、空間歪曲エネルギーを持って内部の物体を覆滅する範囲攻撃。


 だが、それだけではない。


 威力が炸裂する寸前に開きっぱなしのチャンネルから10以上の【トール】の響きを七士は聞いていた。


「お終いだッッ!!! ライトニング級!!!」


 直撃。


 直上からのAL粒子放射と周囲から巻き起こる加護の嵐があまりの威力に全てを白く塗り込め、瞬間的に空間の破砕が起き、周囲にまるでアビス・ゲートのような亀裂が入って、キノコ雲が上がる。


 剛刃桜の中も激しい衝撃に見舞われ、七士の意識は焼け付く画面の耀きに白く融けていった。


 *


―――???


『所長!! もうこれ以上の開発は無理です!! 所員達も皆、あのコアの制御に付いて匙を投げています!!』


(………こ、こは?)


 意識が明滅する中。


 彼は体が動かない事を悟る。


 しかし、異常はそれだけではない。


 彼の前には見知らぬ老人班の浮いた七十代程だろう男の顔があった。


『××君。だが、もう賽は投げられてしまったのだよ』


 名前はザリザリとノイズ混じりに聞こえない。


 それでもハッキリと会話だけは彼の脳裏に響く。


 落ち着いた色合いの執務室。


 黒檀の机の上には数枚の報告書が散乱していた。


 どうやら、“自分”が投げ付けたものだと悟って、七士が事の成り行きを見守る。


『君だって、最初はあのコアに夢中だったじゃないか』


『それは……ALでもなく、奈落の力でもない、アレがガーディアンを動かす程のパワーを秘めていたからであって、まさか……あんな代物だとは知らなかったからだ!!』


 老人が苦笑した。


『出来ぬ事など何もない。世界は驚きと未知で出来ている。これが私の持論だ』


『そんな精神論でどうにかなるようなものじゃないでしょう!!? アレは!!』


『だが、どうする? 極秘機密とはいえ、この世を終らせる“審判の日”はもうすぐだ。アレが無ければ、人類は滅ぶのだよ……』


『―――今、研究開発しているテスト機。アレを量産出来れば!!』


『あはははははっ、ロマンチスト過ぎやしないか? もしも、量産出来たとして、何機だ? 十機か? 百機か? 千機あろうと足りんよ』


『ッッ、ならば、貴方はアレをどうやって制御するおつもりですか!? 既存の科学技術大系ではどうしようもない!! 量子物理学分野の権威すら、アレの活動を予見出来なかった!!!』


『そうだな。東亜連邦が抱えるスパコンの全てを使って計算し切れない事象。最新のAI技術を試しても制御出来なかったものな……』


『なら!!』


『だが、それはもう解決したのだよ。××君』


『何ですって!?』


 驚きに“自分”が後ろへ下がるのを七士は褪めた様子で見つめる。


『娘が他界して、もう三年だ……娘は人類の存続とお菓子屋さんになる夢の為に戦った。だが、どうだ? 世界は変わったかね?』


 グッと両者の拳が握り締められる。


『人類は自らが生み出した奈落に打克てたかね? あの子が願った、子供達が無邪気にお菓子を食べて笑顔になる世界は創れたかね? なぁ? ××君……分かるだろう? もう後は無いのだよ。退路など無い。脱出艇に何人乗れる? 文化は? 言語は? 逃げ出した先まで追ってこられたら? 人は人らしい生活を取り戻し、維持出来るだろうか? 戦争に次ぐ戦争。この一年で奈落の脅威にも関わらず停戦した地帯は幾つある? 奈落に蹂躙されて全てが失われた地域はどれだけだ?』


『――――――』


 老人の顔には諦観とナニをしても全てを遣り遂げるという仄暗い決意だけがあった。


『ふふ、そう怖がらないでくれたまえよ。これでもただの老いぼれだ。少し、“叡智”を齧ってはみたがね』


『……貴方は、狂ってる!?』


『ああ、そうだ。だが、この世界において狂わないで居られた人間は今、人類の過半数いるだろうか? いや、いないと私は断言するよ。何故なら、あのコアが顕れた。いや、私が創った。創れて、しまった……この絶望に変わる希望を産み出すまで、私は止まらん』


『貴方は娘さんの仇を討ちたいだけだ!!? 世界の事など考えてもいない!! 違いますか?!』


『ああ、それも半分あるな。だが、狂気に飲み込まれても、娘の願いは叶える。どんな地獄、無限の苦しみを負う事になろうとも、それが私の決めた道なのだ』


『今すぐ、取締役会に連―――』


 動きが止まっている事にどうやら“自分”が心底、驚いている。


 その為かどうか。


 足がガクガクと震えていた。


『無駄だよ。もうこの研究所は私の影響下だ。私の命と死を持って、全ては動き出した』


 黒檀の机の引き出しから男が輝ける―――××××××××を取り出して。


 彼にも見えないソレの中から何らかの文言が引用される。


『なぁに、これは呪いだ。世界が救われるまで、決して歩みを止めない呪い』


『あ、な、たは……ッッ!?』


『知り合いの店がね。分けてくれたんだよ。あのコアの生成方法と同じく。現在の科学技術大系では解明し切れない未知と神秘。昔からよく言うだろう?』


『ッッッ』


『よく発達した科学と魔法は区別が付かない、とね?』


 ブツリと映像が途切れる。


 彼もまた自己へと回帰する。


 遠く遠く。


 老人の声が嗤っていた。


『さぁ、狂った科学者もたまには世界を救わなければな。そろそろ一人目の時間だ。神霊結界第一陣……全ての土台たるモノ。不動の法を持って、汝厄災を封ずるべし。憤怒たる化身【アカラナータ】よ』


 光が、全てを遮って、何もかもが回り始める。


 *


「ただちに残骸を捜索!! 足止めを行なっている者達にも撤退命―――」


 イゾルデの表情が茸雲の下、驚きに歪む。


『―――ッ!!? 大佐!! 爆心地より反応有り!!?』


『馬鹿な!!? トールを十発以上、上乗せしたんだぞ?!! 無事なわけがな―――』


 ザクンと山肌に現れていた複数のザート・タンクの一体が、自分の胴体と下半身がオサラバしている事に気付かず……上半身を捻って、ズレ、転がり落ちていく。


「周囲警戒!!? まだ、奴は生きているぞ!!? センサーを最大にして捉えろ!!」


 未だ爆風の余波が収まっていない。


 その中でガシュンッと空間歪曲の中心から音がした。


 ブアァアアアアア。


 風が吹く。


 雲を晴らすように立ち上る緑炎が渦を巻き、周囲の歪曲すら喰らうように燃え広がっていく。


「化物め……やはり、その機体は!!」


 イゾルデが必殺の手札を防ぎ切られた事にも動揺せず。


 静かにザート・タンク達へ自らの後ろへ下がるよう指示を出した。


 ズシン、ズシンと一歩ずつ前に出た緑炎を機体の各部位から噴出させる剛刃桜が片腕を失ったイゾルデのザートから20m程手前で止まった。


 ガシャリとフェイス部分の顎から下のパーツがスライドし、その頭部の内側にある緑炎の塊を僅か覗かせる。


「投降しろ。もう、この機体は手加減出来ない」


 七士の声にイゾルデが激高した。


「今まで、本気では無かったというのか!?」


「いいや、機体の都合だ。何をしようが、無駄だ。今のこいつのスペックは……」


「全機体に通達!! もうそちらの敵に構うな。こちらへ後退しつつ、直接指揮に加われ!!」


 その声と同時に山岳部からも見える三つのポイントから信号弾が上がる。


「……残念だ」


「何を言う!! もう勝ったつもりか!?」


「ああ、もう終った……」


「な、に?」


 イゾルデが気付いた時には彼らの周囲を緑炎が囲い込むように包んでいた。


「お終いだ。テロリスト」


「舐めるなぁあああああああああああああああ!!!!! 【トール】」


『大佐に続け!! 【ヘル】!!!』


『【バルドル】!!!』


『【イドゥン】!!!』


『【ヘイムダル】!!!』


 一瞬にしてイゾルデのザートの腕が、まるで枝の伸びるように復活し、攻撃に複数の効果が乗る。


 更に追い討ちとばかりにザート・タンク達が砲弾を棒立ちの剛刃桜へと集中させた。


 しかし。


 ボファアアアアアアアアアアアアアアア!!!!


 スライドしたフェイス内部から吐き出された緑炎の壁に当った瞬間、次々に攻撃が飲み込まれ消えていく。


 ALの耀きが、加護の光が、高まったはずの意思の力が、まるで蝕まれたかのように喰らわれ、ビームすら跡形も無く消失した。


「まだだ!!! 全機!!! 【ブラギ】を使用せよ!!」


―――【ブラギ】!!!!


 加護を増やす加護によって、ザート・タンク達のALの耀きが再び高まっていく。


「行くぞ!!! 貴様の如き化物に我等が志を折らせはしない!!!」


『合流予定ポイントに到達!!! 大佐!! 大丈夫ですか!!! 大佐!!!』


「【ガイア】だ!!! 持っている者は緑炎を消せ!!! この炎さえ消えれば、倒せる!!!」


―――了解!!!


 複数の機体から唱えられた奇蹟を起こす【ガイア】の叫びが、緑炎の壁を一部吹き払い。


 背後から大量のザート達が合流をする。


「形勢逆転だ!!!」


「これで半数……まさに一網打尽」


 ポツリと呟かれた七士の言葉にイゾルデが言い知れぬ感情を背筋に抱き。


 反射的に直った方の腕の連装マシンキャノンで攻撃していた。


「―――【トール】」


 それに続いてザート達の加護が次々に上乗せされていく。


 その数、凡そ29発。


【トール】16発。


【ヘル】11発。


【ヘイムダル】1発。


【エーギル】1発。


 自らの攻撃は最大限の威力を発揮し、相手に防御も回避も許さない。


 正しく本来ならば絶体絶命。


 攻撃を無効にする加護への対処として、全ての加護を打ち消す【オーディン】までもが用意されていた。


 だが。


「やれ。剛刃桜」


 紅のモノアイが緑炎を纏い、染まる。


 突撃していくイゾルデが自分達の加護を纏った必殺の弾丸が相手の装甲表面にブチ当り、そのまま掻き消えるように消滅したのを驚きもせずに見届け、瞬間―――腰から引き抜いていたダガーを投擲する。


「【ガイア】!!!」


 相手の能力が加護を消し去るものだとしても、奇蹟を起こすガイアならば、突破出来る。


 そして、相手が多量の加護を消し去った直後ならば、相手の能力がシステム的に過負荷で限界を超えるのではないか。


 そんな推測による起死回生の一撃。


 剛刃桜の胸部へまるで意思を持ったように刃が迫った。


 自らの指揮官の意図を察した部下達の再びの【トール】と【ヘイムダル】の加護がダガーに乗る。


 更に【エーギル】による剛刃桜の行動阻害が重ねられ。


 ガギョンッッッ!!!


 しかし、胸部に当るよりも早く。


 そのアギトが開き、ALの加護が乗った輝かしい刃をガッチリと噛み止めていた。


 それでもイゾルデは諦めず。


 一瞬にして詰めた距離の中。


 連装マシンキャノンを胸部に密着させて撃ち放つ。


「チェックメイトだ!!! 消えろぉおおおおおおおおおお!!!!」


「遠慮する」


 爆発が剛刃桜を中心にして巻き起こり、イゾルデのザートが両手両足をバラバラにされながら、吹き飛び、落下する。


―――大佐ぁあああああああああ!!!?


「………ガイアで炎が消えたように見えただろうが、アレは嘘だ。途中で逃げられても面倒だからな。単に誘き寄せただけに過ぎない。しばらく、イヅモの塀の中でゆっくりしていけ。共和国に引き渡されるかどうかは政治次第だが、それまで死刑には為らないだろう」


 ザートのパイロット達が恐怖に抗い。


 自らの将を守らんと動き出そうとしたが、コックピット内の画面に次々と不具合のリストが表示されて、一歩も前に出る事は叶わなくなった。


『何なんだ!!? アレは何なんだよぉおおおおお!!?』


 ようやく。


 悲鳴が、怨嗟が、男達の間から噴出していく。


 それでようやく鋼の意思も瓦解したか。


 AL粒子の耀きが急激にザートから失せていった。


 その中でゴボリと込み上げてきた血を吐く者が多数。


 急速に力を失った機体の中で男達がのたうつ。


『くッ、そッ、こんな、時にッ……副作用だと……』


 ゼエゼエと息をするのもやっとな男達の息遣いをオープンにしっぱなしの無線から拾って。


 ようやく七士は変だと思っていた加護の量と質と組み合わせに納得がいった。


「お前等、何処で“処置”を受けた? そんな無茶苦茶な事をすれば、寿命も危ういだろうに……」


 パイロットの一人が血を吐きながら、吼える。


『命を掛けて、守ろうとした国が、我等をこんな身体にした!! 大佐殿は!! 大佐殿はそんな我等を救ってくれたのだ!!!』


『ああ、そうだ!! こんなところで死なせはしないッ!!!』


 ザートが動かないと知るや否や。


 そのハッチが一斉に開いていく。


 飛び降り、血反吐を吐き、まるでゾンビ映画さながらに男達がイゾルデのザートの前に集まって両手を広げた。


 無様だとその様子を誰が笑うだろう。


 今にも死にそうな顔の男達にとって、死ぬより辛いのだろう事は、女の死なのだ。


「………」


 少年の意思に呼応して、周囲を封鎖していた緑炎の結界が消え失せていく。


 それと同時に限界に達した男達がバタバタと倒れ始めた。


『こちらエルドリッヒ。終ったか』


「ああ、こちら剛刃桜。計三十六機の機体を停止させた。テロリスト達が負傷している。速やかに治療が必要な状態だ。医療ユニットの出動をフォーチュンに要請する」


『いや、その必要は無いようだ。東の空を見ろ』


「?」


 通信先のエーテリアの言葉に剛刃桜のモノアイが言われた方角へと向けられる。


 其処には連邦のものと思われる航空戦艦が一隻。


 近付いてくるところだった。


『こちらホワイト・ソード。相手側が投降を申し出ています。その代わりに指揮官の身柄の安全を保障するようにとの提案がありました』


『こちらヴォイジャーX。機体損傷率3割……動けそうにありません』


―――こちらは連邦軍所属特務艦バースデー。


―――これよりフォーチュン所属機体を収容する。


―――そちらの指揮官は誰か?


『こちらフォーチュン所属。エインス・リドバーグ。この隊の指揮官は私です』


―――お疲れ様です。テロリストは―――。


 何やら通信でイゾルデ達の処遇が話し合われていたが、少年は我関せずでいつの間にか夕暮れ時となった空を見上げた。


 すると、七士に新しい無線通信が入る。


「こちら、剛刃桜」


「七士様。ご無事ですか?」


 その日常を思い出させる声に七士は僅かに口元を緩める。


「ああ、問題ない」


「でしたら、夕食は如何しますか?」


 その戦闘が終わった直後に聞くとは思えない単語に少年は苦笑した。


「二時間で帰る。それまでに用意しておいてくれ」


「了解しました。お早いご帰還をお待ちしています」


 砕けたイゾルデのザートの装甲の隙間から僅か呻く声が響いて。


 七士はポツリと女へ告げる。


「そろそろ休め。戦争は終わった……お前達が何と言おうと、な」


―――く、そ……わ、たし……はッ!!!


 集音マイクが拾った声音がようやく年齢らしいものを含んだ事を少年は聞かなかった事にした。


 何故なら、それはきっと女が男達の前で見せられない類の感情に違いなかったからだ。


 その嗚咽は小さく。


 ゆっくりと戦艦が近付いてくる風切り音に掻き消されていった。

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