Scene14「前兆」


―――???


 連邦と共和国。


 地球とコロニー。


 争いの常として、彼らは戦争中に幾つもの学問を飛躍させた。


 第一次大戦の暗黒期以来の大技術進展期。


 これに狂喜乱舞しない科学者達はいなかった。


 いや、そういう輩もいるにはいたが、それは“あくまで正しい倫理感”を持つ者だけであり、ガーディアンメーカーを初めとした軍需産業の多くは技術者、科学者達に倫理を無視した開発を暗に許可した。


 それは彼ら軍産複合体にとってはある意味ようやく平時の損失を取り戻す事が出来る数少ない機会だったからでもあった。


 軍事に関わる産業と言えば、薄暗く戦争を影で操ろうとするネガティブなイメージを一般人は持っているだろう。


 だが、彼らは軍事に関わるとはいえ、企業の一つだ。


 税金だって払っていれば、保険にだって入っている。


 そういう面では他の民間企業と何も変わらない。


 と、すれば、最重要目的は利益の追求にあるのは明白だ。


 平時、兵器産業というのは基本的に赤字かギリギリ黒字の部門。


 言ってみれば、ほとんどの企業にとって“儲からない部署”だ。


 高レベルの兵器程に投資額は高く。


 また、それが売れるものになるには恐ろしく手間が掛かる。


 しかも、相手が買ってくれるかどうかは価格と相応の能力が吊り合っている必要であり、生産ラインの維持コスト等は通常の産業と比べ物にならない。


 それでも所属国家や軍事関係者からの要請で仕方なく続けているというのが、兵器産業界の実際のところなのである。


 奈落獣という常時兵器を必要とする敵がいる事で世界各国の軍産複合体は辛うじて保たれてはいたが、それにしても平和な国程、兵器産業の維持は難しい。


 そう、本来ならば、そういう理屈が世界中の国では大勢を占めている。


 しかし、その例外たる場所が極東にある。


 イヅモ特別区。


 島国でありながら、小規模な国土内にALの一大産出地帯を持ち。


 資金と資源が潤沢で同時に防衛の必要性があり。


 更にALの調達コストが安い事から独自のガーディアン技術とそれらの派生技術による大規模な特許パテント群を有する連邦でも屈指の要衝。


 様々なプラス要因を下地として発展した兵器産業。


 主にガーディアン開発の進展はガーディアンメーカーの始めたクラッシャーバトルが普及する以前から一部の軍事関係者には有名であった。


 正直羨ましいという話である。


 第二次大戦時、連邦の一大AL産出地帯として後方を支えたイヅモにおいて、兵器産業は飛躍的な成熟を見せ、その結果として防衛力は増大。


 世界中の企業が販売しているガーディアンの殆どが見れる唯一の場とも言われるようになった。


 さて、では、そんな場所で倫理を超越した技術研究開発は行われていたのか?


 答えはYES。


 大陸より余程に治安と余裕に溢れた倫理感の強い先進国なのに?


 それでもYES。


 第一次大戦で失われた技術に追い付け、追い越せと兵器産業は様々な新型ガーディアンの開発に取り組み、その結果は内実を覆い隠されながらも、まったく新しいガーディアンの登場を持って、暗黙の灰色で示された。


 最新鋭と言われるガーディアンの類型も元を質せば、倫理を超えた研究開発の賜物だ。


 だから、こういう事もあるのだと女は、白い白衣にサンダル履きの四十代のオバサンは、その遥か地下に巨大なベリットと鎖で拘束、否……塗り込められた巨人を眺めていた。


 機体の色は見えない。


 鎖が分厚過ぎるのだ。


 何層も何層も折り重ねられた鉄のミルフィーユ。


 僅かに分かるのはそれが人型であり、同時に翼を持っている事か。


 今も煌々と分厚い封印の下から洩れるALの耀きが機体の健在を示していた。


 巨大なサイロの壁面。


 迫り出した強化硝子張りの床の上でコポコポとお茶が注がれた。


「どうぞ」


「ふ……随分と大げさだねぇ」


 女が白いテーブルの上に出された上等なカップから一口、紅茶を啜る。


「これでも随分と昔より大人しめですよ。最盛期にはこのサイロが埋まる程に水銀を満たして動きを拘束していましたから」


 女の対面に座るのは六十代の少し腹の出た軍人だった。


 イヅモのモスグリーンの軍服を着込んでいるが、明らかに連邦の仕官だと分かるのは彼の肩の勲章を見れば分かる。


 よく軍人が互いに将校を派遣して交流を図るのは常套手段だ。


 だが、もうそろそろ引退だろう佐官級将校が派遣されているというのは軍の教導目的でなければ、とても珍しい。


「ほほう? それはまた随分と危ないものを創ったようじゃないのさ。一体、どんな技術を組み込んだんだい?」


「元々、第一次大戦期から研究開発が進められていたもので。一時期は人類の未来を切り開く人種を乗せる為に創られたと喧伝されていましたが、出来たのは悪魔だった。だからこそ、このようにして封印されてきた」


「……イヅモも大陸の連中と変わらず、か」


「いつの世も軍というのは政治が動かすものですよ。都合の悪いものは消し去られる」


「違いない。で、こんなところに呼んだ理由は何だい? こっちは都合の悪いもんを決める与党政治家様に献金する立場なわけだが」


 男が両の拳を握った。


「ドクター。ドクター・フェイカー」


「随分、昔の話を持ち出すじゃないのさ」


「貴女に折り入って頼みたい事があります。貴女を見込んで……いえ、貴女にしか頼めない事だ」


「条件次第じゃ聞いてもいいが、どんな仕事だい?」


「あの悪魔を……処分して欲しい。貴女にならば、可能なはずだ」


「生憎とウチで研究してるのはそういう技術じゃないんだが」


「確かにそうでしょう。ですが、その研究に使われた叡智があの悪魔を生かしているのですよ」


「何だって?」


「第一次大戦期。混迷の暗黒時代をも生き抜いた技術者は稀だ。イヅモの中にも複数、そういった人物はいたが、貴女の祖父はあまり表側へ出てこなかった。しかし、だからと言って、技術が生かされなかったわけではない。食べる為に、生き残る為に、彼らは我等に協力した。精確には最初期のイヅモ軍部に、ですが」


「……アーディティヤの技術将校様はこっちの知らない事まで知ってるのかい? 初耳だが、在り得そうな話ではあるねぇ……」


 肩を竦める女に老人は溜息を一つ。


「これは……イヅモの裏の歴史を終らせる事が出来る最後の機会なのです。現在、イヅモの政府と軍部は正体の分からないこの施設の廃棄を検討している。今期の国会が終る前に結論は出るでしょう。それまでに全てが闇へ葬られなければ、イヅモは大いなる災いに直面する」


「……ふむ、呆けてはいないようだ。まぁ……いいだろう。じゃあ、まずはこいつを弾こうじゃないか」


 女が懐から電卓を取り出して、カップの横に置いた。


「言っておくけど、ウチは高いよ?」


「構いません。組織と私が払える限りの金額を提示させて頂きます」


「太っ腹な事で」


「……では、まず事の起こりからお話しましょう。あの機体……“アーキタイプ・オーバーロード”……【アルコーン】に付いて……」


 老人は横目で今も洩れるALの光を下に見ながら、まるで懺悔するように独白し始めた。


 *


―――鳳市高校。


『おお、神よ。何故、貴方は私をお見捨てになるのですか!!?』


 コロッケパン。


 アンパン。


 クリームパン。


 焼きソバパン。


 カツサンド。


 フルーツクリームサンド。


 人気の惣菜&菓子パンを一つもゲット出来なかった地獄の業火で焼かれた罪人さながらな男子生徒達の怨嗟。


 蔓延する絶望を横にイソイソとモデル体型美少女が元来た道を戻っていく。


 その手には全てのパンが一つずつ確保されており、一人で食べるには聊か多いだろう。


 しかし、彼女アイラ・ナヴァグラハにしてみれば、昼はパンを三つは食べないと持たない。


 昔は食がそう太くは無かった彼女だが、イヅモで学生をするようになってからはよく食べるようになった。


 それは彼女の主。


 現在の命令を出す上官に当る人と食事をするようになったからだろう。


 前は気にしていなかった味が今は気に掛かる。


 彼女の主人に不用意なものを食べさせるわけにはいかない。


 ならば、味覚も研究対象の一つ。


 この数ヶ月で作れる食事のレパートリーは三十種類程に増えた。


 料理の基本はさしすせそ。


 そして、計量と的確な調理方法と調理時間。


 それは作戦遂行に掛かる苦労とも大きく重なる。


 C4の量を間違えて、建物ごと爆破したら人質は助からないし、突入方法を間違えれば、即座に死が待っている。


 作戦遂行時間は遅くても早くてもいけない。


 何事もピッタリと時間を合せてこそ、リスクは減るのだ。


 屋上に向かうと数人の人間と擦れ違う。


 何やらジロジロと見られてはいたが、いつもの事。


 彼女は扉を開けて、端のベンチを確保していた主の下まで早足となった。


「状況を完了しました」


「成果は?」


「ご要望のものを一つずつ確保に成功。どれになさいますか? 七士さ……ん」


「カツサンドとコロッケパンとアンパンを」


「どうぞ」


 晴天の下。


 三つずつ分けたパンとミルクを食しながらの昼時。


 二人の間には会話らしい会話も無かった。


 七士はそもそもそういう雑談というのを好む性格では無いし、アイラもまた同様だ。


 戦場では口の軽い者から死神に狩られていくと言ったのは彼女を一番最初に運用した部隊の隊長だったか。


 実直に今も彼女は必要最低限の事しか相手には聞かないよう心掛けている。


『……く、どうして……僕がこんなところで……」


 内心、酷く愚痴りながら無言で屋上の扉の内側から気配を消しつつ、二人を見ている視線が一つ。


 白馬の王子様。


 孤高のボクサー。


 金髪二枚目留学生。


 リンケージ(イケメン)。


 という幾つもの二つ名?を欲しいままにする少年。


 ゲオルグ・シューマッハその人だった。


 いつもより挙動不審な背中が妙に人の好奇の視線を集めているが、本人は屋上にいる二人に気を配っている為、気付いていない。


「お、何やってんだ? ゲオルグ」


「!?」


 声を掛けられてビクッとした彼が後ろを振り向くと其処にはオレンジのバンダナを頭に巻いて、鼻の頭に絆創膏、ついでにヘッドフォンを首に下げた少年がいた。


 その顔は三枚目といったところだが、天性の資質か。


 ニカリと明るい笑顔が妙に風景へ馴染んでいて。


 ゲオルグが驚かすなと鋭い目付きで再び二人の観察……否、覗きへと戻った。


「邪魔するな。神山タカト」


 名前を呼ばれた少年がイソイソとゲオルグの後ろから視線の先を見た。


「ん~~ありゃ、噂のモデル体型ちゃんと伝説の帰宅部じゃねぇか」


 思わずゲオルグが後ろを向く。


 すると、ニッと少年タカトが笑み、聞きたい?という顔をする。


「何か知ってるのか?」


「知ってるっつーか。良く話題になるっつーか。ま、二人とも仲良いよな。一緒に住んでるんだから、当たり前だが」


「―――そうだな」


「お、如何にも何かありげなリアクション。で、どうして、覗いてたんだ?」


「覗いてなどいない!! 僕はただ、あの女とあの男がどういう関係なのかをだな……」


「それを覗いてると言わないなら、オレは覗きの定義を変えるぜ」


 呆れた様子のタカトに何も言えなくなった様子でゲオルグが押し黙る。


「そっれにしても、良い女だよな~~あのモデル体型ちゃん。戦災難民らしいけど」


「何? そうなのか?」


「知らなかったのかよ……知り合いじゃないのか?」


「し、知り合いだが、近頃出会ったばかりで、そんな個人的な事を聞くような間柄じゃ―――」


 更に言い募ろうとしたゲオルグをタカトが遮る。


「あーはいはい。分かった分かった。とにかく。金髪王子様はモデル体型ちゃんが気になるわけね」


「なッ!? 気になってなど、いな―――」


「いいから、いいから、それならこの神山タカトが一肌脱いで進ぜよう。え~どれどれ」


 タカトがゲオルグをいなして懐から何やら手帳を取り出した。


「え~っと。モデル体型ちゃんは現在難民で遠い親類に当る荒那家に居候中。一応、姓が同じだから、戸籍上は家族っぽいな。家は……随分辺鄙なところに住んでるようで、この間事件のあったフェニックスパーク近くの貸し倉庫らしい。一週間に三日は繁華街の雑貨店で目撃情報が在る。主に食料の調達だな。危うげなく食料品や調理器具を買う様子から料理は出来るみたいだ。で、お相手の荒那は―――」


「そ、その手帳は何だ!?」


「何って? そらぁ、学内の可愛い女の子の情報が網羅されたオレお手製のカワイコちゃん手帳だが?」


 ゲオルグがまるで犯罪者を見るような視線となる。


「おいおい。気になるって言うから、こうして情報をただでやってるってのに、その視線はないぜ」


「別に聞きたい等とは一言も言ってない。それと何回も言ってるが、僕の方が年上だ。せめて、先輩かさん付けするべきじゃないのか? タカト」


 その言葉に今まで好意的だったタカトの人相が一気に悪びれた。


「あ~~そんな事言っていいのかなァ? ゲオルグ君はもう中身なんて知りたくないのかなァ? じゃあ、仕方ない。この手帳の中身はこれっき―――」


 ガシッとゲオルグの手が手帳を掴んだ。


「どうした? ん? ゲオルグ“先輩”はあのモデル体型ちゃんには興味なんて無いんだろ? なら、この手帳の情報は要らないよなァ?」


 ニヤニヤするタカトにグッと詰まりながらも、ポツリと呟きが漏れる。


「聞かないとは言ってない」


「……はぁ、まったく素直じゃないぜ。先輩」


「聞かせるのか。聞かせないのか? どちらだ」


「分かった分かった。じゃあ、続きを―――あ、やべ。オレはこのへんで~~~」


 ササッと手帳を懐に仕舞うとタカトがイソイソ階段を下りていった。


 どうしたんだと思わず声を掛けようとして、ゲオルグは後ろからの視線に気付く。


「ゲオルグ・シューマッハ。一体、此処で何をしているのですか?」


 ジットリと彼の背中に汗が浮いた。


「ぐ―――」


 クルリと振り返った彼の言葉に小首が傾げられる。


 アイラを前にしてゲオルグが何とか言葉をひり出した。


「偶然だな。アイラ・ナヴァグラハ」


 何とか精神的に立て直した少年が多少顔を引き攣らせながらも挨拶する。


「こんにちわ。それで先程から、どうしてこの扉の位置から動かずにこちらへ視線を送っていたのか説明を」


 何処か冷たい視線にゲオルグが、その頭脳明晰な思考をフル回転させた。


「……お、美味しそうだと思って……」


 美味しそうって何がだ!!?


 そもそも主語が無いと一層怪しく聞こえるだろう!!?


 という、自分への罵倒がゲオルグの内心で嵐の如く巻き起こったが、アイラは自分が学食横の購買で見た阿鼻叫喚の様子を思い浮かべて、さもありなんと納得した。


「お腹が空いているのですか?」


「え、あ、そ、そう……なんだ……ッ」


 苦しい。


 非常に苦しい。


 だが、言い訳をしてしまった以上はそれで押し通すしかないと渋い顔でゲオルグが頷く。


「分かりました。貴方には先日、服を受け取った貸しがあります。これを」


 イソイソとアイラが持っていたクリームパンを半分にするとゲオルグに差し出す。


「―――い、いいのか? それはお前の昼食だろう。アイラ・ナヴァグラハ」


「同じ学校のクラスメイト。同時に知り合いとなれば、このようなシェアは学生として自然だと思われますが、違いますか?」


「……分かった。ありがたく受け取ろう」


「はい。では、これで」


「あ、ああ……」


 アイラは素気なく再び七士のいるベンチへと戻っていく。


「………一体、僕は何をしてるんだ……」


 ペタリと扉の裏に座り込んでゲオルグが溜息を吐いた。


 そのもの憂げな様子に屋上から去っていく生徒達は一体何があったのだろうかと学園の王子が沈む様子に疑問符を浮かべ、その話を聞いた彼のファンクラブの少女達は「ゲオルグ君を落すなら今がチャンス!!」とばかりに大丈夫攻勢(心配そうにして近付きつつ、お近づきになる作戦)を掛けるのだが、それはまた別の話。


 結局、その日の間中ずっとモヤモヤとしたものを抱えながら、少年は過ごす事となった。


 *


―――フォーチュン鳳支部ラウンジ内。


 今日も上半身ピッチリ衣装に下半身ビキニアーマー全開のファンタジー住人アーテリア・エルン・クラインテはキリッとした相貌で珈琲を嗜んでいた。


 基本的にフォーチュン内部でも独自の裁量権を持つレムリアの騎士様は神出鬼没。


 待機任務中は剣の稽古をするか。


 魔術の叡智を磨くか。


 機体の調整を手伝うか。


 戦術教本(非レムリア製)を嗜むか。


 というのがお定まりだ。


 本日は剣の稽古を二時間。


 汗をシャワーで流してからお茶の時間となった。


 その様子を遠巻きに見つめるのはフォーチュンの職員達。


 彼らにしてみれば、彼女はかなり近寄り難い存在だ。


 別にレムリア人だからとか、ファンタジー世界の住人だからとか。


 そういうわけではない。


 単にアーテリアのキツイ性格と際どい衣装を見つめていたら、何処からセクハラなのではという発言が飛んでくるか分からないから、近寄ろうにも近寄れないというだけの話だ。


 モラルや規律という点で別世界の人間である事を忘れて接すると諸々摩擦が起きるのは確実。


 これは世の常と言ってもいい。


 それは世界が情報機器の発達で小さくなったと言われる昨今も変わらない。


 異なる文化の対立を恐れるのは例えフォーチュン内であろうと早々変わらない問題なのだ。


「アーテリアちゃ~~ん」


『!?』


 ビクッとアーテリアを遠巻きにしていた職員達が震えた。


 さすがに巨大な奈落獣を一太刀で真っ二つにする女傑をちゃん付けする勇気は支部の人間には無い。


 いや、一人を置いて他に無い。


「う~~っいく。ご機嫌麗しう~~?」


 いつもよりも酔いどれ加減が増した支部のトップ。


 チトセ・ウィル・ナスカが一升瓶片手にラウンジ内へと千鳥足で入ってくる。


 彼らの中で不思議なのは明らかに司令官として失格そうな彼女をアーテリアは慕っているという事か。


 嫌な顔一つせず。


 その酔っ払いが対面に座るのも構わず。


 アーテリアは頭を下げた。


「チトセ支部長。今日はまた一層呑んでおられるようで」


「そうなのよぅ~~聞いてくれる~~アーテリアちゃん!!」


「ええ、私で良ければ、お相手しましょう」


「それがねぇ~~上の連中がねぇ~~~」


 上司の愚痴。


 しかも、酒臭いにも関わらず。


 真剣な表情でアーテリアは内容を聞いていた。


「そうですか。予算の増額は認められないと」


「そう!! そうなのよ~~現場の勘と前兆っぽい情報だけじゃ、却下!! 却下だって言ったのよ~~!? 信じられる!!? 現場あっての上層部でしょうに!! もぉ~~やってらんないわ~~~皆の福利厚生を真剣に考えて貰いたいもんよ~~ごーじんおーの調査費用は請求額の四倍も寄越す癖にさ~~~」


「ゴウジンオー? あのライトニング級の話ですか?」


「あ、今の無し!! 無しで~~~ふひぇあぁっくしょい!!?」


 思わずクシャミをしてポケットティッシュで鼻を噛んだチトセが愛想笑いを浮かべると仕事しなきゃ~と立ち上がり、愚痴を聞いてくれてありがとね~とアーテリアに礼を言って、またフラフラと千鳥足で執務室へと戻っていく。


 その後ろ姿も見ず。


 彼女は静かな顔で最後に口を滑らせていた会話の内容を思考していた。


(やはり、フォーチュン上層部もあの機体の特異性に気付いている。これは……一度、本国に問い合わせてみる必要があるようだ……)


 アーテリアが近頃気になる案件である剛刃桜の姿を思い浮かべていると。


 再び、彼女のテーブルの前に人影が歩いてくる。


「お、アーテリア。こんなところで一服か?」


「……ロドニー。今日の新兵訓練は終ったのか?」


「おうともよ。ルーキー共をガシガシ扱いてきたところだ。男より女の方が体力有るってんだから、やれやれだな」


 褐色の肌に薄ら白い金髪。


 今年で三十二になると言う男の名はロドニー・チャンと言った。


 ジーパンにTシャツ。


 その上にフォーチュンから支給されるジャケットを羽織、煙草を咥えた姿は所属リンケージ達にとっては憧れの的だ。


 元々共和国側の人間であり、大戦時には数多くの戦功を上げた叩き上げの豪傑。


 そればかりか。


 共和国側のコロニー落しを阻止した事で非道な作戦を止めた英雄にして人格者としても知られる。


 その内実は気の良いオッサン。


 もとい、後ろに目が付いていると称されるエースパイロット。


 リンケージとしての戦績は極めて高く。


 “宇宙の雷霆”なんて二つ名まで持っている。


 そんな彼の現在の仕事は鳳市フォーチュン支部でのリンケージの教導。


 言わば、教育者と言うやつだ。


 基礎体力を付けさせる走り込みから、機体やシミュレーターを使った模擬訓練まで。


 彼のお世話にならない新米リンケージは鳳支部にいない。


 鉄宗慈。


 璃琉・アイネート・ヘルツ。


 王小虎。


 葦定弓拿。


 他数人のリンケージ達は彼の事を隊長とか、ロドニーさんと呼んで親しんでいて、非戦闘員達からも非常に信頼を受けている人物だ。


 アーテリアにしても、その実力は一目置いていて、いつか真剣に手合わせ願いたいとの話を時折持ち掛けている。


 まぁ、その度にロドニーは『カワイコちゃんとドンパチするのは戦争だけでいい』と苦笑気味にやんわり断って、彼女の残念そうな顔を見るのが恒例行事だ。


 二人の様子から、職員達は実しやかにアーテリアとチトセとロドニーの関係をヒソヒソし合うのが定番でもある。


 しかし、余計な勘ぐりをしようものなら、ロドニーの基礎体力向上訓練という名のマラソンが待っているので歳若いリンケージ達は本人の前で絶対ひやかしでもその内実を聞いたりはしない。


「近頃、入ってきた子がいると聞いたが」


「ああ、小虎シャオフゥの事だな。あの子は良い子だぞ。あんまり良い子過ぎて、ちょっとオレが地獄のルーキー虐めを躊躇うくらいにはな」


「結果は?」


「ありゃ、育てれば、特級品になるぜ。クラッシャー級の使いこなし方は問題無いどころか。機体の方が問題になるくらいだからな」


「クラッシャー級が?」


「あの子の動きに付いてこれない部分があるのさ。こればっかりはおやっさんに頼るしかない。ま、当分は別に構わないだろう」


 ロドニーの嬉しそうな顔に根っから、人好きのする男だなという感想を抱いて、唇の端を僅か緩めた彼女だったが、すぐに気を取り直して質問する。


「……そう言えば、あの機体とパイロットに付いて、何か知らないか?」


「あの機体?」


「ゴウジンオーと呼ばれているライトニング級の機体を操る者の事と言えば、分かるだろう」


「ああ、あれか。おやっさんが毎日愚痴ってるやつな。あの機体のパイロットはチトセが言うには特殊で派遣されてるだけだそうだ。基本的には機体関連以外は顔を出さないとか言ってたぞ」


「この間の戦闘から考えて、相当な手慣れなのは間違いない。正式に入隊させれば、かなりの戦力になるはず」


「チトセ次第だな。ま、この間の一件を見れば、そうしたくなるのが普通なんだろうが」


 ロドニーは鳳市を崩壊させ掛けた巨人防衛線の最前線で戦っていた。


 アーテリアの駆るエルドリッヒと剛刃桜がいなければ、彼も海の藻屑になっていた可能性が高い。


「何だ? 今度はあいつ相手にやってみたくなったのか?」


「……いや、違う。ただ……あの機体には気を付けた方がいい」


「何だと? どういう意味だ?」


「例え、冗談でも戦うような事になるな。あるいは戦いは避けろという事だ」


「ふむ。お前が言うからには本気なんだろうな。分かった。気を付けとく」


 アーテリアが頷くと珈琲を一気に飲み干して、立ち上がる。


「そろそろ交代の時間だ。これで失礼する」


「ああ、もしも、新人に会ったら、優しく挨拶してやれよ」


「心得ている」


 アーテリアがラウンジから出て行くと残されたロドニーはポケットで少し温くなった缶コーヒーを取り出して、ベンチで一息入れ始めた。


 しかし、それと同時に彼の胸元の小型端末が鳴る。


 見れば、出撃要請。


「やれやれだぜ」


 急ぎ、飲み干して。


 男はゴミ箱に片手で空き缶を投擲すると。


 結果を見もせず格納庫へと向かった。

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