Scene13「幕間の一時」


 フォーチュン鳳支部がフェニックスパークの一件からゴタゴタして数日が経っていた。


 社屋には今もテロ事件での重要証拠である複数のガーディアンが持ち込まれ解析に回されている。


 そんなメカマン達が行き交う通路の奥。


 本格的な重整備を行なわれたクラッシャー級が闘技場での無残な姿が嘘のように甦り、改修用ハンガーで鎮座していた。


「【王竜ワン・ロン】……良かった……」


 目の端に涙を浮かべて。


 少しの間とはいえ、共に戦った愛機が直された姿を少女が見つめていた。


 ハンガーを見下ろす硝子張りの一室。


 眺めていた王小虎ワン・シャオフゥは背後の扉が開くのと同時に涙を拭う。


「連れて来たぞ。諸々の身体検査も終わったからな。これから本契約を結んでもらう」


「は、はい!! ベルツマンさん!!」


 支部長チトセ・ウィル・ナスカを伴って現れた隻眼の猟犬。


 嘗て、傭兵団を率いた男。


 アーリ・ベルツマンがその眩い笑顔にウッと微妙に引き気味でソファーに座る。


 それに気付いていないのか。


 ニコニコしながら、まるで其処が自分の居場所だとでも言うようにシャオフゥは隣へ腰掛けた。


 そんな二人を見てニヤニヤし始めた酔いどれ支部長はいつもならば片手に離さない一升瓶も無く。


 ほんのり頬が赤いだけで対面へ座る。


「王小虎さん。フォーチュン鳳支部は貴女の周辺調査を終えました。結果から教えるわね……合格よ。これから仲間として上司として部下として沢山の人達が貴女を教え導いてくれるわ。リンケージとしてこれから頑張ってね」


「は、はい!! ありがとうございます。チトセ支部長さん」


「チトセ、あるいはチトセさんでいいわよ。大体、そう呼ばれてるから」


「わ、分かりました!! チトセさん!!」


「元気でよろしい。じゃあ、契約内容の最終確認よ。これを……」


 チトセが二枚の同じ契約書を差し出した。


 両者が相互に保有し、確認する為だ。


 その内容には以下の事が幾つかの事項と共に書き込まれている。


 1.当人の要望が無い限り、契約者の母親はフォーチュン付きの病院にて入院治療を行う。


 2.契約者の給与は出来高払いとし、業務内容の履行毎に支払われる。


 3.契約者の保証人としてアーリ・ベルツマンを指定し、後見人としてこれをフォーチュンは認める。


 サラサラと綺麗な字で二枚の契約書にサインが入れられるとチトセもまた署名した。


「はい。これで契約完了。あ、ちなみに当分の支度金はもう口座に振り込んでおいたから、後で確認してね」


「あ、あの……こ、こんなに貰ってしまっていいんですか?」


 オズオズと恐縮した様子でシャオフゥが訊ねる。


 契約書内の支度金の額は普通に考えれば、新車が丸々一台買えてしまえる程のものだ。


「いいのよ。貴女の家庭事情を考慮した結果だから。それとお家の事だけれど、調べた限り、もう他の人の手に渡っていて回収出来そうになかったわ。今後はウチの近くにある寮に入ってもらう事になると思う。ごめんなさいね」


「いえ、そうですか。構いません。だって、お母さんも僕も生きてますから」


 快活に笑う小さな少女に瞳をウルッとさせて、チトセは『健気!!? 健気過ぎじゃないッ?!! この子ッ!!』と内心で涙をチョチョ切れさせた。


「大丈夫。仲間になった以上。フォーチュンは貴女を見捨てないわ。共に戦いましょう!!」


「はい。これからどうぞよろしくお願いします。チトセさん」


 しっかりと握手した二人を見て、もういいかとアーリが立ち上がる。


「じゃあ、オレは待機任務に戻る。後は好きにやれ。それと支部長」


「何?」


 アーリがお猪口を傾ける仕草をした。


「待機任務中なら良いんだろ?」


「はぁ……本来なら厳罰ものだけど、そうね……量は300mlまでよ?」


「おう。分かってるじゃねぇか。さすがフォーチュン1の酒豪」


「あ」


 背中に声を掛けようとしたシャオフゥにアーリがそのまま告げる。


「これからは自分次第だ。お膳立ては終わったからな。それと毎月の支払いはよろしく頼むぜ。デカく儲けたら、分割払いよろしくな。その分、利子も減るから頑張ってくれ。じゃあな」


 そのままドアの先に消えていく背中にチトセは鼻を鳴らした。


「まったく。守銭奴なんだから……それにしても良かったの? 本当に」


「良いんです。だって、ベルツマンさんは当然の事を言ってるだけですから」


「でも、貴女はまだ未成年よ。フォーチュンとしてはこういうの少し困るんだけど」


「ごめんなさい。でも、僕が払いたいんです。いえ、払わなきゃいけないんです。此処に居られるのも、お母さんを助けてくれたのも全部、ベルツマンさんのおかげですから」


 すっきりとした笑みで何の柵も無く。


 消えていった背中を視線で追う少女に『本当に良い子!? どうして、こんなに良い子があの飲んだくれ親父を慕うっての?! 世の中って不可解過ぎるわ!?』とチトセはハンカチ片手に世の不思議を思った。


「僕、夢が出来たんです」


「夢?」


「いつか、ベルツマンさんみたいなカッコイイ大人になって、あの人みたいに誰かを救える人間に成りたい……それが今日から僕の目標です」


(本人が聞いたら、思わず止めろと渋い顔しそうね)


 少女にはあの男が美化400%増しで見えているのだろうかとチトセはアーリの身辺調査結果を思い出した。


 過去、多数の国の戦線で目撃例のある傭兵団団長。


 関わった内戦と紛争は数知れず。


 共和国と連邦の争いにも参加していた。


 虐殺ジェノサイドらしき形跡は無いが、敵兵に対しては微塵の容赦もなく殲滅。


 捕虜を取るような戦いは殆どしていない。


 例外は彼が率いていた傭兵団に対して即座に参加するか。


 または降伏が間に合った時のみ。


 ある種、合理的な男の戦歴は特定の主義思想を持たないが、同時に金で敵にも味方にもなる守銭奴として名高かった。


 それなりの錬度を持つ兵隊を高く売り込む才覚だけはあったらしく。


 傭兵達の羽振りは恐ろしく良かったとの報告だけが彼の褒められた点かもしれない。


「さて、と。じゃ、仲間達を紹介しましょうか」


「仲間……同僚の方ですか? はい!! 是非、ご挨拶させて下さい!!」


「よろしい。じゃあ、行きましょう」


 *


 葦定弓拿あしさだ・ゆみなは今年で十七歳になる高校二年生だ。


 発育良好な肉体と人懐っこい笑み。


 年頃の乙女らしい悩みと言えば、ちょっと背が高い事くらい。


 そんな少女である。


 少し遠い都市へ任務の為に赴任していたが、ようやくフォーチュンに帰ってきた彼女は遼となっているアパートの廊下で丁度同僚、璃琉・アイネート・ヘルツ……同年代のパイロット少女にばったり出くわしていた。


「あ、璃琉ちゃん!! 久しぶり~~会いたかった~~」


 駆け寄って、親愛のハグをしてくる隣室の相手に僅か引き気味で璃琉が挨拶を返す。


「戻ってきてたんですね。ユミナ」


「うん! この間、帰ってくるなり、また短期の遠征に出されて、戻ってきた途端にテロリストのところへ一飛(ひとっと)び。その上、提出書類の山に埋もれてたの!! ようやく今日帰ってきたんだ!? フォーチュンて思ってたよりブラックだと思う!!」


 過労死・重労働・断固反対と鉢巻を締めそうな勢いでユミナが力説する。


 とりあえず、抱き締めていた腕を解かせて璃琉がふぅと溜息を一つ。


「それは大変でした。ですが、こちらも色々とありました。書類仕事は単に今までほったらかしにしていた分をさせられていただけなのではありませんか?」


「う……鋭い……さすが璃琉ちゃん」


 ジーパンに薄手のTシャツというラフな恰好のユミナが自分の筆不精を見抜くジト目を前にガックリと頷く。


「それで今日も学校は休んでいたようですが、明日からは?」


「うん! 支部長さんに『貴女の単位の方が奈落獣警報より心配だから、しょうがないわね』って言われちゃって。うぅ……璃琉ちゃんは友達だよね!?」


 ヒシッと固い友情?を結ぼうとした両手がひょいと銀髪少女に避けられる。


「課題なら見せませんよ」


「はぅ!? どうして璃琉ちゃんは心が分かるの!? ルナみたいに読心能力が!?」


「貴女の相棒の事は知りませんが、貴女へ出される事になった課題の量なら知ってますから」


「どうして?!」


「私が毎回持たされているからです」


「……えへへ。一緒にやろ?」


 可愛くおねだりする年上に璃琉は深く溜息を吐いた後、分かりましたと頷いた。


「ありがとう!!! 感謝感激で私、前が見えないよ!!?」


 再び抱き付こうとするユミナを璃琉は佳麗なステップで回避しつつ、鞄を置きに自室へと歩き出す。


「では、本日の夕食後しばらくしてから伺います。課題は持って行きますから」


「うん!! ありがとね~~」


 こけそうになったものの、体勢を立て直してブンブンと手を振るユミナは少女が室内に見えなくなるまでそうしていた。


(うぅ、良い子だなぁ。璃琉ちゃん。こんな隣室ってだけの私にあんなに良くしてくれて)


 彼女も璃琉と同じく。


 この一年でフォーチュンの女性遼に入った新人だ。


 イヅモの別の都市でそれまで生活していたのだが、テロ活動に自分の住んでいた地域が巻き込まれたのを機にフォーチュンへ入る事となったド新米である。


 長期遠征というのも彼女の元々の居住地での防衛任務に借り出されての事。


 イヅモ特区は他の大陸とは違って狭いものの、数百kmも離れた場所で一時防衛部隊の主戦力を張っていた彼女は本来ならば、幾分か静養が必要だ。


 しかし、それでは学業にも差し障ると最初休養を進めたチトセに自分から学校に行くと言い出した。


 先程のチトセの言葉にしても『身体には気を使って欲しいのだけど』と前置きがある。


「さ、とりあえず。ルナのところに行かなきゃ」


 何事もポジティブに行動する彼女はフォーチュン内でも珍しいムードメーカー。


 チトセとは違った意味でマスコット的な人気を獲得しつつあるニューカマーなのである。


 それから数分後。


 さっそく制服に着替えたユミナはいそいそフォーチュン支部へと向かった。


 *


 放課後。


 鳳市高校の裏門では再会が果たされていた。


「……何処へ行くんだ?」


「貴方は……どうやら無事に帰れたようで何よりです。ゲオルグ・シューマッハ」


「ナヴァグラハ……」


 金髪の王子様。


 否、今はただの学生としてゲオルグは一瞬で学校のセキュリティーを突破してきたモデル体型少女に目を細めた。


「何でしょうか? 何か用事でも?」


「この間は……上手く逃げられたのか?」


「はい。問題無く」


 嘘だと思いながらも、たぶん何処かで戦っていたのではないかと推測しつつも、ゲオルグは路地の電柱に背を預けて「そうか」と頷いた。


「では、私はこれで―――」


 スッとゲオルグがアイラの往く手を手で制した。


「どういうつもりでしょうか? ゲオルグ・シューマッハ」


「……用事があると言ったはずだ」


「どのような?」


「付いて来い」


「……それは命令ですか?」


「いや、単なる学友としてのお願いだ」


 アイラが真剣なゲオルグの顔にチラリと腕時計を見て、まだ家に帰るには時間があるかと確認して頷いた。


「分かりました。ですが、夕飯の支度がありますので、一時間だけ付き合いましょう」


「十分さ。それで」


「?」


 何やら呟いたゲオルグが歩き出す。


 本来ならば、不用意に学生と関わる事はしないと決めていたアイラであるが、七士からは都市迷彩上、普通の学生に見えるよう行動するべきと教え込まれていた為、一応知り合いである少年に付き合う事としたのだ。


 そもそも学内においてリンケージと友好関係を築いておく事は彼女にとってもメリットがある。


 情報収集はいつの世も人の口からと相場が決まっている。


 些細な世間話でも時に大きな収穫になるのだと教練で教わっていた彼女は自分の情報源第一号としてゲオルグを使う気満々であった。


「何処へ?」


「付いてくれば分かる」


 二人がそれから無言で繁華街へと歩いて十数分後。


 彼の前にある店舗を後ろから眺めて、彼女は合理的思考に基き、忠告した。


「もしも、女装癖があるのなら、学友などの人間にはバレない方が良いのでは?」


「誰が女装癖だ!!? こんな店使った事なんて無い!!!?」


 思わず叫んだ彼に道端の人々の視線が集まり、ウッと少し肩身が狭くなったゲオルグが人気のブティックの前でボソボソとアイラへ告げる。


「……この間は世話になった……お前が教えてくれなかったら、会長達と合流出来たかも怪しい。感謝の印として……服を……その、贈りたい」


「私の服をという事ですか?」


「あ、ああ!! そうだ!! 何か文句があるのか!!」


 僅かに赤くなったゲオルグが言わされた言葉に何処か気恥ずかしさを感じつつも、こほんと咳払いする。


「お、女はこういうものが嬉しい、と……いつも取り巻きの連中が話してたんだが、お前は違うのか?」


「………」


 しばらく。


 本当にしばらくアイラはブティックを前にして沈黙していたが、ポツリと呟く。


「では、どのようなものでも?」


「ああ、このブティックにある服ならどれだって買ってやる。それくらいの金額は持ち合わせがあるから、心配するな」


 彼も学生だ。


 本来は資金力に乏しいはずであったが、交換留学生として鳳市に来てからというもの、時折市警にリンケージとして協力していた為にそれなりの謝礼金を貰っている。


 その額は学生には分不相応。


 将来的には自分の機体の改修や新機体の調整などに当てる予定の金だったが、命の恩人と言えなくも無い相手の服一着買う程度ならば、何ら問題は無かった。


「分かりました。その厚意、受け取りましょう」


「こ、好意!? ち、違うぞ!! これはあくまで謝礼的な意味合いだ!? 分かってるのか!?」


 いつも二枚目を気取る彼らしからぬ慌てふためきように首を傾げたアイラだったが、とりあえずブティックに入店する事とした。


 ゲオルグも支払うと言った以上は入らなければと続く。


 すると、内部にいた若い女性客やら店員やらが好奇の視線を二人に寄せた。


 美男美女。


 それも学生同士。


 初々しいわ~~とのオバサン臭い目線は男性客がデパートなどの女性下着売り場で味わう気まずさを倍増させるスパイスだ。


 彼とて、このような状況になれば、どう見られるのか。


 多少は理解している。


 だが、今まで女性とのお付合いというものをした事が無い初々しいチェリーボーイなゲオルグが思い付く恩返しとやらはこういう事しかなかったのだ。


 仮にも命に関わる忠告を受けたのにそこらのジャンクフードを売る店に連れて行くわけにも行かない。


 かと言って、アクセサリなんてチャラチャラしたものでは……明らかに学生カップルみたいに見えてしまう。


 こう、威厳というか、格式というか、なるだけ、大人しく、同時に感謝の気持ちを伝えつつ、慶んでもらえるものをと考え抜いた末のチョイスがブティックでの買い物であったのだ。


(く……何で僕がこんな目に……)


 視線に耐えながら、壁に背を預けて待っているとどうやらお目当てのものを探し終えたらしく。


 アイラが彼の前にやってきた。


「では、これの精算をお願いします」


 まともに顔も見られず。


 しかし、女性用の衣料を買うなんてとても出来ないゲオルグはサッとカードだけを前に突き出した。


「では、しばし、待機していて下さい」


 イソイソ会計に選んだ服を持っていったアイラは店員のにんまりした様子に何がそんなに面白いのだろうかと思いつつ、紙袋を受け取る。


「お買い上げありがとうございました~~いや~~カレシさんも結構スキモノですね~~あんな王子様みたいな顔して。ふふ、夜はこれで盛り上がっちゃう事間違いなしですよ」


 店員はまだ都市若い十代か二十代前半の軽めな乗りの女性。


 軽口で太鼓判を押した声に店内の好奇の視線が全く持って頬が赤い苛々したゲオルグに向いた。


「か、買ったなら行くぞ!!」


「はい」


 そんな視線を背中に貼り付けられつつ、二人は十分もいないブティックから早々に引き上げたのだった。


 繁華街を住宅地へ進む最中。


「それで、どういう服を選んだんだ?」


 ようやく人混みが無くなって来た道すがら、ゲオルグが訊ねる。


 何故、そんな事を聞いてしまったのか。


 本来なら、別にすぐ分かれても良かったのに、こんな場所まで着いてきてしまったのか。


 諸々、内心を呑み込んだ彼の疑問にアイラが服を少し取り出して答える。


「これを……」


「これは……大陸の……?!」


 ゲオルグの顔が真っ赤になった。


 ブティックで店員が言っていた意味がようやく分かったからだ。


 今は奈落災害で消えてしまった比較的イヅモに近い国の民族衣装。


 その最大の特徴は一繋がりのワンピースタイプでありながら、スラリとした簡素な形と紅を基調とした色合い。


 そして、女性の太腿が大きく露出するスリットがあるという事だ。


 一部の社会的な暗黙の了解から言えば、コスプレの類。


 もしも、それを年頃の男女が買うとすれば、何の為に買うのか明らかであろうという女性達の視線だったわけで、今更に彼はワナワナ震えた。


「今日はありがとうございました」


「ぅ、そ、そうか……喜んでくれたなら、それでいい……」


 視線が服から反らされる。


「でも、どうして、そんな服を買ったんだ……その、もっと普通のがあっただろう」


「……前、こういった衣装に目を奪われていたので」


「?」


「七士さ……んが……」


「?!」


 思わずドキリとした彼の内心を現すなら、こうだ。


 こんな顔も出来るのか。


 そして―――どうして、こんなにも自分が動揺しているのか。


「そう、か……」


「では、これで。もしも、会う事があれば、また学校で」


 少しだけ足取りも軽く。


 弾んでいるようにさえ見える黄昏に染まった背中へ。


 何も言えず。


 何も答えられず。


 ゲオルグはただ見つめるのみでいた。


「……また、学校で……アイラ……ナヴァグラハ……」


 僅かな抵抗。


 何に対するものかも分からない反抗心に突き動かされて。


 少年は呟いた。


 耳の良い少女に聞こえていればいいと心の何処かで望みながら。


 *


―――???


「情報は確かなのだな?」


「はい!! 間違いありません!! ランヌ・ルフェーブル総指揮の艦隊無線の傍受から、目的のモノが鳳市のフォーチュン支部にある可能性が高くなりました。確証を得る為、予備調査を行なった結果をご覧下さい」


 薄暗い室内。


 宇宙用のパイロットスーツに身を包んだ男女が数人。


 白衣の研究者らしき男が壁に映し出した機体に目を向けた。


「これが例の……」


 瞳を細めて声を発した女がジッと映像の中で動き回る機体を観察する。


 その横顔は僅か投影機器から洩れる光に照らし出され、見る者に感嘆を覚えさせた。


 美貌。


 いや、それだけではない。


 女の謹厳な表情と女王の如き風格。


 そして、何よりも瞳に宿る力が見る者を惹き付けるのである。


「やはり東亜連邦の開発実験施設は遺跡化していたらしく。発掘調査が行なわれた形跡を衛星網の画像から確認しました。これは数週間前にフォーチュンが出動した案件だと思われます」


 カシャリと今度は高高度からの写真が映し出された。


 イヅモの大地の一角。


 山岳部の中腹にある一帯で森林が被害を受けている様子は酷い有様だった。


 崩れた山肌。


 薙ぎ倒された広大な樹木の残骸。


 奈落獣の力によるものだとすれば、恐ろしい程の化物が出てきたのは想像に難くない。


「此処に研究成果が埋まっていたわけか?」


「ええ。例の機体がそうであるというのはほぼ確定的だと思われます。見て下さい。先日起きた鳳市襲撃時の情報です」


 今度は映像。


 それも荒れた海の中で緑色の炎が僅かに確認出来た。


 望遠レンズに映し出されたのは炎を纏う刀剣が焼き付く一瞬。


 巨大な獣が切り裂かれた刹那だ。


「計測結果、解析結果、共に判定は黒。あの機体はAL粒子を発していません。画像を分析した結果、炎らしき現象も熱量そのものではない事が判明しました」


「ALを使わずにガーディアンが動く……では、あの機体の構成する素材はALではないのか?」


「まだ詳しくは分かっていませんが、ALに似た何か別のもの。研究成果の一部技術によって生み出された金属だと思われます」


「この事をラーフは?」


「まだ知らないのではないかと。ですが、鳳市を狙い続けているディスティニーがいる以上、露見する可能性は時間と共に高くなるでしょう」


「………分かった。では、今期の活動方針に修整を加える。フォーチュン内部の内通者にパスポートを用意させろ。精鋭十人を選抜して、事に当る。主目的は研究成果のある遺跡及び機体の奪取、または一部の回収。機体が本当に研究成果の一部ならば、既存のガーディアンが役に立たない事態も想定される。諜報戦に備えて、各地から装備をイヅモに搬入させろ。受け取りは現地で行なう」


 ザッと周囲の男女が女に敬礼した。


「行動開始。ノイエ・ヴォルフ内には他言無用だ。我々は我々の理想の為、独自に行動を開始する」


 まだ若い。


 今年で二十七歳になる女は静かに命令を下した。


 この数年、身を置いていた組織にも隠しての作戦。


 事が露見すれば、内部粛清の名の下に今まで身内だった相手とも戦う事になるかもしれない。


 それでも、そうするだけの価値があると、彼女は……イゾルデ・フォン・グリューニングは感じていた。


 小石が水面へ投げ掛けられた事を今は誰も知らず。


 新たな戦いの幕が上がっていく。

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