Scene08「招かれしもの」


 最初にその異変に気付いたのは鳳市の警察組織が有するガーディアン対策室の観測班だった。


 続けて鳳市スペースポート及び駐留していた連邦の軍艦からも同様のデータが観測され、市全域に最大級の避難勧告が発令された。


 奈落獣襲来。


 その報はある意味多くの市民に驚きを与えた、。


 小型や中型のものならば、避難指示と同時に市警のガーディアン隊が出て対処し、もしもの時の為にフォーチュンが後ろに控えるというのが妥当な線なのだ。


 避難勧告という事はそれ以上の“敵”が現われたという事であり、防衛軍の出動も視野に入る。


 無論、そのような強力な奈落獣に対しては防衛協定を結んでいるフォーチュンのみならず。


 連邦にすら救援要請を行なう事になるだろう。


 市警ガーディアン隊の大半は驚く事にほぼガーディアンだけで構成されている。


 どういう事かと言えば、ミーレスが極端に少ないのだ。


 これはイヅモ特有の事と言えるだろう。


 豊富なALTIMAとガーディアン開発の最前線という地域柄故だ。


 通常、多くの警察機構におけるガーディアン対策室はミーレスを主体として運用している。


 しかし、鳳市警はリンケージを正式に雇用し、それよりも高価なガーディアンによってほぼ統一しているのだ。


 軍のガーディアン一個中隊にもなろうかという戦力は常識的に考えれば、大型の奈落獣にも対処出来るものであるはずで、市全域へ避難勧告が発令されるというのは常識的に考えれば、異例以外の何物でも無い。


 テロがあった時でさえ、地域の一部に出されるだけの報なのだ。


 それだけで相手の奈落獣がどのような類なのか推し量れる大人達は多かった。


 と言うのも、四年前の悪夢が彼らの脳裏には未だ残っているからだ。


 超奈落獣ベスティア。


 鳳市と防衛軍が発表した公式なコードネームを持つ敵は当時、謎のスーパー級ガーディアン【スサノオ-Ω】との死闘によって辛うじて倒された。


 テロリスト部隊ディスティニーに所属したDr.ホメロスと呼ばれる科学者が生み出した個体は悪夢の如き強さで当時の市警、防衛軍、連邦軍の戦力を蹂躙したのである。


 その直前の数日前、秘密裏にフォーチュンが組織されていた事は鳳市にとって正に天恵に等しいものだったに違いない。


 PMCとはいえ。


 正義の味方と言って差し支えない設立理念と圧倒的な戦力を保有していた彼らの活躍が無ければ、如何なスサノオーΩと言えど、ベスティアに勝てたかどうかは怪しい。


 イヅモは対外的にはその事件を機に対テロ、対奈落獣、対ガーディアンを同時にこなせる治安維持部隊の倍増に着手し、多額の資金を掛けて戦力を整備してきた。


 結果として大幅に強化された市警ガーディアン部隊は並みの奈落獣にならば、まず負けないだけの力を有する事となったのだ


 それだけに市警が対処出来ない、市全域に避難勧告が出るという時点で再び四年前の惨劇が引き起こされるのでは無いかと考えるのは極自然だろう。


 イヅモ防衛軍の正式採用された機体。


 型番St.234l。


 カバリエ級ミーレス。


 ファルコン。


 型番St.187A7。


 カバリエ級ガーディアン。


 レパルス。


 それらが近隣都市の直衛以外を残して数十機単位で迅速に展開したとなれば、もはやそれは防衛戦というよりは戦争そのものと言って差し支えない。


 その理由が避難勧告から二時間後。


 ジャスト2400時の時点で現場の兵士及び市警達には実感を持って感じられていた。


 大きい。


 大き過ぎる。


 鳳市は海辺の港湾都市だ。


 迅速に船が退避させられ、同時に周辺近海を航行中の船舶にも連絡は行っている。


 それらの船からも情報は逐次対策本部に送られてきていたが、非常識な情報を実感するのは現場の誰にも難しかった。


 成長していると言うのだ。


 極短時間で大きさが恐ろしい事に倍々ゲームの要領で増えていると。


『何てデカさだ……』


 そんな呟きを漏らした兵士は少なくない。


 彼らがその事実を実感する一時間前。


 レーダー上のアビス獣を目視及び映像データで解析する為、フォーチュンの強行偵察機が闇夜に紛れてレーダーにも掛からず最速の観測を開始していた。


『こちらブラザー1。シュライド……目標を観測、データを送ります』


 秘密結社テラネシアによって生み出されたユニオン級ガーディアン。


 型番CS‐2。


 シュライド。


 漆黒の大型戦闘機。


 機体各部にはスラスターの類が存在しない。


 そして、航空機特有の高音も一切響かせていない。


 周囲の空には静寂だけがあった。


 機動性と静穏性能を確保する為にバーニアには高性能の反重力ユニットが組み込まれているのだ。


 必要とあらば、無音で滞空しながら、観測する事も可能な偵察機には殆ど武装らしい武装が詰まれていない。


 機体に求められるのは相手に気付かれないステルス性能と情報収集能力。


 それだけを追求したガーディアンは正しく夜目の効く鷹だ。


 それもフォルムは鳥というより一個の相手へ突撃していく武器のような、滑らかな流線型を持つ槍に見えた。


 鋭い爪の代わりに高度な観測機器をしこたま詰め込まれた漆黒の翼はただ静かに相手を観察する。


『映像来ました。解析開始、ブラザー1はそのまま情報収集を続けてください。偵察衛星による補足観測を行なうまで五分。可能な限り、相手に気付かれぬようお願いします』


『了解。任務続行』


 全方位観測が可能なコックピット内で表情の薄いショートヘアの少女が真下の奈落獣をジッと見つめていた。


 峯風みねかぜアヤ。


 鳳市高校に通う16歳。


 深窓の令嬢。


 それも儚げな文学系。


 整った顔立ちと薄い表情は正しく男心を擽る要素に溢れているが、その実態を知る者は少ない。


 いつも没交渉な彼女は人と積極的に話すような人物ではないからである。


 毎日毎日誰よりも朝早くに登校して図書館や教室で本を読んでいる姿は殆ど妖精の類として高校では語られているが、その近付き難さと反応の薄い彼女に大抵の人間はめげてしまう為、交友関係は絶無。


 唯一、自分らしさというか。


 ハキハキと誰かに語り掛けるのは常に仕事の時だけだ。


 フォーチュン付きの偵察機パイロット。


 それも指折りの腕利きとなれば、その価値は計り知れない。


 彼女のおかげでアビス反応、アビスシード、アビスゲート、ディスティニーの早期発見が未然に大事件を幾つも防いで来た。


 その仕事時の観察眼と嗅覚は本物で彼女が“まずい”だとか“早目に対処を”とか言う場合は大抵、本当にそうしなければ、鳳市が壊滅する可能性が高いとフォーチュンの誰もが知っている。


(……自己増殖能力を有した普通の巨獣科? でも、此処まで大きく育つだけの要素は……物体の構成は海水を材料にしていない。それにこのアビス反応の高まり方……自己でエネルギーを生成しているとは考えられない。増殖型なら逆にエネルギー反応は低くなるはず……何処からかアビスエネルギーを得ているの?)


 普通では考えられない速度で確実に巨大化していく化物はまだ黒い肉塊にしか見えないが、その形が本来どのようなものであるか。


 薄らとサーモグラフの輪郭から見えていた。


(人型……まさか、アビスガーディアン? いいえ、それなら中核となる構造が存在するはず……でも、この均質な熱量分布やアビス反応からして、アビスリアクターや反応炉の類は詰まれてない……完全に今までのものとは違う。新種? その可能性は高いけど、アビス反応も無かった場所からいきなり現われた以上、人為的なものの可能性は高い……)


 見れば、見る程におかしな事ばかりだった。


 今も増殖を繰り返して肥大化していく姿は洋上からは小山の如く見えるだろう。


 最初の反応の数値と船舶からの観測情報を総合するとものの数十分で100m近く大きくなっている事が確実だ。


 だが、その自己増殖を行なう能力に不可欠なエネルギーの出所は未だ定かでは無い。


 野良の奈落獣が数十km単位の島の如きものとして洋上や大陸の荒廃した地域に現われた事例は確認されているが、それはあくまで周囲のアビスエネルギーをゆっくりと吸収出来る環境があったからだ。


 しかし、そのような反応はまったく移動中の奈落獣の周囲からは検出されていない。


 それどころか。


 アビスの反応が通常よりも少ないくらいだ。


(?……アビスの反応がいつもよりも……これはまさか……)


 アヤが連動している偵察衛星とのデータリンクを使って、鳳市全域から更に広域のマップで知りたい観測結果を表示させる。


「―――やっぱり、このアビス獣の周囲数十kmでアビス反応が急激に減退してる」


 この時点で彼女は目標が人為的に生み出されたものであると確信した。


『こちらブラザー1。対象の観察結果をチトセ支部長に報告したい』


『……許可が出ました。報告をどうぞ。ブラザー1』


『チトセ支部長。こちら峯風アヤ』


『ハロー。アヤちゃん。で、どうかしたのかしら? 貴女から話し掛けられるなんてよっぽどの事じゃない?』


 いつも頬を赤く染めて一升瓶を抱えている上司を思い出しながら、淡々とアヤが推察を口にする。


『現在捕捉している対象は人為的に運用されている可能性が極めて高いと思われます』


『その心は?』


『アビス獣の範囲数十kmで大規模なアビス反応の減退を確認。従来、アビスの目標は常にアビス反応が高い地域や、アビスエネルギーの直接的な出所でしたが、この個体はその必要が無いと思われます』


『ほうほう。つまり、餌に寄って来るのが常道なアビス獣が自前でアビスエネルギーを大規模に収拾する能力を秘めている、と?』


『この現象を見る限り、対象は明らかに通常の発生とは異なる方法で生成された可能性が高い。そう推察します』


『最もな意見ね。確かにアビスを求める必要が無い個体がワザワザ人間の領域に足を踏込む理由なんてあんまり無いわよね』


『アビスエネルギーを広範囲で収拾している能力の正体はまるで分かりません。ですが、この能力を理解した上で対策を立てれば、これ以上の増殖は防げるはずです』


『……移動速度を落として削るって事?』


『はい。海溝や海底が深い洋上で迎撃した場合、海に潜られてしまえば、巨体を削り切る事は難しい。戦うなら逃げられない場所、巨体の動きが制限出来る場所、比較的浅い海域が望ましい。足止め出来る戦力と削り切るだけの火力を其処に集中させれば、撃破する事は可能だと愚考します』


『それ採用。ふむ……ま、何とかなるでしょ。あ~連邦のお偉いさんに繋いで。そうそう、今駐留してる艦の最高責任者よ。それと防衛軍の方にも連絡。戦力貸してって協定チラつかせて』


 何やら物凄い勢いで事態が進み始めた。


『作戦はすぐにこちらで整えるわ。貴女は引き続き、対象の観測を密にね』


『了解』


 通信の先でチトセの声が遠ざかっていく。


 そうして、アヤは化物にも気付かれないまま。


 上空からの観測を続けた。


 結果として。


 戦力を集める事に成功したフォーチュンだったが、同時に相手に時間を与えた事も否めず。


 的はもうキロ単位の大きさとなって鳳市に迫っていた。


 その様子は大きな山が動いているというものと然程変わらない。


 閉鎖されたスペースポートからは既に軍以外の船舶が消え失せ退避している。


 鳳市の比較的大きな海側に視界を確保出来る地域なら、何処からでもその巨大な影を見る事が出来た。


 現場を囲むようにして配置された数十機のガーディアンとミーレス。


 ついでにフォーチュン鳳市支部所属の機体も完全に配置へ付いていた。


 其処にいないのは現在進行形で任務を遂行中の人員くらいのものだろう。


 鶴翼。


 相手を包み込むように湾曲したVの字型の陣を形成して待ち受ける部隊から離れ、化物の真正面にいるのは現在フォーチュンの中で最も装甲が厚いとされるコスモダインだ。


 その右手にはコンビを組まされる事が多いヴォイジャーXが立っている。


『それにしても、この間のデカブツといい。近頃、大きな奴ばかりと戦ってるな。オレ達』


 宗慈が専用の波帯で通信先の璃琉に愚痴る。


『怖くなったのかしら?』


『んなわけないだろ?! ただ、大物が続くとオーバーホールが必要になるし、操縦者のリンケージだって疲弊する。近い内に休みを取らなきゃいけないと思っただけさ。オレもコスモダインも』


『そう。なら、その時はまた買い物にでも付き合って』


『え……』


 思わず。


 そう、本当に思わず。


 ポロリと自分の口から出た軽口に璃琉自身、驚いていた。


『………』


『な、何か言いたそうね?』


 僅かにコックピット内で頬を赤くして。


 璃琉が自分らしくないと思いつつも、多少上ずった声で宗慈に訊ねた。


『いや、たださ。お前、よく喋るようになったなって思って』


『そ、そう?』


『ああ、お前が着任して来た時の事、覚えてるか?』


『覚えているけれど、何か問題でもあった?』


『お前、よろしくって差し出したオレの手を見て、よろしくお願いしますって慇懃無礼に頭下げて、握手を拒絶したよな』


『な、あ、あの時は別に……ただ、そういう習慣を知らなくて……』


『いや、それならそれで聞けばいいだろ? その手は何ですかって。その時さ。こいつ可愛いのに無愛想だなぁって思ったんだよ。それが今じゃ、食事に誘っても、仕事現場にいても、ちゃんと話してる。進歩したなぁって感心するだろ。普通』


 ヴォイジャーXの中で璃琉が目を白黒させていた。


 怒ればいいのか。


 それとも歓ぶべきなのか。


 判断が付かなかったのだ。


 無愛想と言われたのだから、言い返してもいいはずだが、彼女の内心はそれよりも可愛いという言葉の方に心を奪われていた。


『……可愛いって、貴方……よっぽど見る目が無いのね……』


『どうしてだよ?』


『同じクラスの子達に比べたら、私なんて痩せっぽっちだし、化粧だってした事無いもの……』


『はぁ……お前、それクラスの女子の前で絶対言うなよ? 嫌味だと思われるからな』


『ど、どうして!?』


 思わず食って掛かった自覚の無い少女に宗慈が苦笑した。


『何処の世界にお前くらい容姿が整ってる奴を可愛くないとか言う馬鹿がいるんだっつーの。もう少し自覚を持って過ごした方がいいからな? 本当にさ。下駄箱に今時あんな大量の手紙が入ってる時点でクラスの女子からはやっかみの対象なのに、その本人が痩せっぽっちとか、化粧した事無いとか。あんまり言いたくないが、物凄く喧嘩売ってるように聞こえるからな?』


 思わず口をパクパクさせた璃琉に続けて宗慈が言い含めるように告げる。


『それとこの間も言ったけど、一人で薄暗い場所に行くなよ? 助ける身にもなってくれ。お前、自覚は無いだろうけど、物凄く可愛いんだからさ』


『~~~~~~ッ』


 あまりの言い分にもう何が何やら分からない様子でフシュゥゥッと璃琉・アイネート・ヘルツの頭から湯気が上がった。


『はいはい。ごちそうさまごちそうさま。とりあえず、準備は良い? ご両人』


『?!?!?!?』


『あ、チトセさん。オープンチャンネルになってました?』


『ええ、今度秘密の話する時はしっかりチャンネルを確認しておきなさい』


『はい。分かりました』


 璃琉とは別の意味で鈍い宗慈の声にチトセはやれやれと肩を竦めた。


 司令室内の隊員達は若い少年少女のむず痒い話を聞いてしまった反動で何処か落ち着かない様子だったが、そんな雰囲気もサウンドオンリーの為、宗慈には伝わらない。


『司令!! 目標が港の沖合い4km地点で停止しました!!』


『あら、気付かれたかしら?』


 オペレーターからの報告にチトセが考え込む。


『少し遠いけれど、あの大きさの物体だもの。街にあまり被害を出さずに叩けるだけ良しとしましょう。現場の各員に通達。陣形を維持したまま突撃、相手の包囲が完了した時点で加護と全機の火力を持って押し切るわよ!!』


『了解。全機に通達』


『オペレーション開始。各員の奮起に期待する!!』


 チトセの言葉と共に港前で待っていた機体達が速度を合せて迅速に距離を詰め始めた。


 *


―――同刻フォーチュン支部第一格納庫。


 本日の仕事である地下闘技場での一戦を終えて夕食も済ませ、後は寝るか訓練するかという状況でアイラに常識的範疇のイヅモの日常を講義していた七士は呼び出しを喰らってフォーチュンの基地内部にいた。


 連絡が入ったのは避難勧告の出る直前の事。


 呼び出し理由は勧告と関係あるのだろうとすぐに見抜いた少年に端末先のチトセは今回は後ろで待機していて欲しいとの要望を口にした。


 何でもかなり大物の奈落獣が襲来しているらしい。


 だが、その巨体を倒す為に各組織から横断的に戦力を集めた為、少年の存在はあまり公にしたくないとの事。


 そこまで戦力を集めたなら、自分は必要ないんじゃないかと言った七士にチトセは『念の為よ。ね・ん・の・た・め』と悪い予感がする笑みで答えた。


 アイラは護衛として付いていくと強行に同行を主張したが、フォーチュンに情報を取られるのは拙いと七士が諌め、自分がまずい状況になった時の保険として市街地のシェルター付近で待機するようにと命令した。


 もしもの時はそのまま回収してくれるように。


 また身の危険を感じたら市民と共に非難する事。


 これが彼の彼女へ出した最善の答えだった。


 少し不満げながらも撤退の為のあらゆる状況を考慮に入れなければ、戦場では生き残れないと知る少女は真摯な瞳で従い。


 そうして別行動となった七士は一人フォーチュンに辿り着いていた。


 そんな出撃前の待機中。


 格納庫内で東上あがりえタカオ。


 おやっさんと部下達から慕われる老人に自分の機体【剛刃桜ごうじんおう】に付いて彼は簡易的なレクチャーを受けていた。


 報告は今までも行われていたが、どうやら新たに報告する情報があるらしい。


『で、だ。この機体の材質がALと鉱物科のアビス獣やアビスシードの構造に似てるって話は前回したよな?』


『ええ』


『お前さんがこの間来て、こいつに乗り込む方法を直感的にヘルモード的な空間転移で行なうと言ってたが、それは正しいようだ。こいつには確かにそういう空間を歪曲する能力がある。具体的な事はまだ分かってないが、そいつの表面装甲と剣の周囲には微妙な歪みが検出された。あんたが最初にこの機体に呼ばれたってのはそういう能力によるもんなんだろう』


『……』


『ついでに言うとこいつの出力はたぶんスーパー級のソレだ。加護も使わず空間を歪めるだけの力があるんだ。当たり前だな。AL粒子こそ検出されてねぇが、何らかの波動が武装、七本の剣とそいつの間でやり取りされてる事が確認された。内燃機関が無いのは七剣が放つ波動が動力として運用されてるんだと推測されてる』


『つまり?』


『機体が破損しても、コックピット以外なら、攻撃以外じゃ爆発しない。つまり、普通の機体よりは生存性が高いってな事だ』


『なるほど……』


『それで此処からが本題だが、こいつに……通常の武装を積むのは不可能だ』


『理由は?』


『言っただろ? 空間が歪んでると。どんな武器を持たせても誤作動しやがる。この間、ペイント弾の入った小銃を握らせてみたが、暴発してエライ目にあった。近接武器もやってみたが、途中で何もしてないのに折れやがった。つまり、使えるのは今のところ』


『この七本の剣のみ……だと?』


『そうだ。だが、悪い事ばかりでも無ぇ。表面装甲の頑丈さは硬度43を軽く超える超硬度。その上、空間歪曲が働いているせいか。生半可な武装じゃ、傷一つ付かねぇ』


『実験でも?』


『一発装甲端に汎用武装の銃弾を打ち込んでみたが、機体表層にすら到達せず弾かれた。操縦者が乗っていない時や気を失ってる時でも、余程の攻撃じゃなきゃ、破壊は免れるだろうってな結果だ』


『………』


『ちなみに出力上限は調べてないが、あんたのこの間の戦闘映像とデータを解析した限り、ほぼ限界は無いと考えていい』


『幾らでもエネルギーが湧いてくると?』


『その通りだ。スーパー級を軽く三機分合わせたようなエネルギーを一定時間減衰無しで放出させていたのを考えれば、無限機関とは言わないまでも、それに近いだけのエネルギー放出が可能であると見た方が自然だろう?』


『確かに……』


『ただ、まだ解明の糸口すら無い項目が一つある』


『何ですか?』


『戦いの時に期待や地面から吹き上げさせてた緑色の炎。緑炎のことだ。お前さんは何か直感的に分かる事があるか?』


 少年が首を横に振る。


『映像解析の結果。あれは実際には炎じゃない事が分かった』


『炎じゃ、ない?』


『周辺にいた機体の観測値を見ても、二酸化炭素は増加してなかったし、異常な熱量も検出されてねぇ。だが、実際にはあの炎の中に奈落獣は削り焼べられた。この事から推測して、物体に干渉するが、熱量みたいな単純なエネルギーとは別のものだと推測される。未知の現象と言っていいだろう。観測装置を取り付けたいところだが、内部に入れるのはお前さんだけ。それも付属物によく分からない基準で制限を受けるってな結果な以上、観測系の小型装置の類もたぶん無理だろう。試してみてもいいが、十中八九ダメだろうな』


『どうしてそう言い切れるのか訊いても?』


『同じような機体がウチにもあるのさ。お前さんのとは違ってスーパー級だが、同じように遺跡から発掘されたもんだ。現代水準の科学技術じゃサッパリな代物でな。ALを使ってる事以外は未知な部分が多いんだ。この間、アビスに反応して動き出したもんなんだが、とにかく内部構造の解析が出来なかった。操縦席に観測用の機器を積んだ途端にお釈迦になって、嬢ちゃんも謝ってたっけなぁ』


 溜息を吐いたタカオの口ぶりから、高価なものが逝ってしまったのだろうと少年は我が身の家計を思った。


 そんな時だ。


 ウィーウィーウィー。


 非常灯が点いて、艦内放送が周囲に響き渡る。


『こちらブリッジ。これより本艦は緊急発進する。こちらブリッジ。これより本艦は緊急発進する。各隊員は周囲の壁際にあるウェストロックを使用し、衝撃に備えよ。繰り返す。壁際にあるウェストロックを使用し、衝撃に備えよ。これより一分後、本艦は第一種戦闘態勢に移行する―――』


『……あいつら、しくじったな……』


 タカオが周囲の職員が腰に付いている紐付きの鉤で近くにある手摺へ身体を固定していく間にも辺りに散らばっている工具を拾い集め、ズボンとベルトの間に差し込んでいく。


『いいんですか? 他の人達みたいに固定しなくて?』


『お前さんこそいいのか?』


『こういうのには慣れてます』


『前々から思ってたが、お前さん今幾つなんだ?』


『秘密で』


『ああ、そうかよ。じゃあ、一言だけ忠告だ。ウチの艦はじゃじゃ馬でな。重力制御に関して言えば、かなりドギツイ。浮上する時は寝そべってた方がいいぞ』


 工具を回収し終えたタカオが本当に大の字になるのと少年がそれを真似た瞬間、圧倒的なGが艦内に掛かった。


 まるで急加速した戦闘機に乗せられているような真下に叩き付けられるような慣性にメカマン達の間から悲鳴のような声が上がる。


『クソッ、この歳でこの衝撃は堪えるぞ……』


 タカオが愚痴って慣性が消えた途端に立ち上がる。


『おい!! おまえら!! いつまで手摺に掴まってやがる!! 此処から俺達の仕事だ!! たぶん、今からゴマンとぶっ壊れた機体が押し寄せてくるぞ!! 艦内整備班は総出で予備ハンガーを引っ張り出して来い!! それと補修用パーツは全部出して、壁際へ積まずに並べろ!! 戦闘中の整備は衝撃との勝負だ!! 手元が狂わねぇように脚を固定化出来る簡易のパワードスーツを着込め!! 宇宙環境用の船外作業に使うやつだ!!いいか!! 野郎共!!!』


 途端に男達から怒涛のような反応が帰った。


 すぐさま固定化を解除した男達が四方へ散り散りになっていく。


 立ち上がった少年が身体の埃を払うのと放送での出撃要請はほぼ同時。


『……まだ、状況は分からねぇが、苦戦してるのは間違いないねぇだろう。頼むぜ。助っ人』


『契約ですから』


 少年が機体へ乗り込みたいと集中した途端。


 緑炎がその身体を包み込み。


 一瞬にしてその場から姿が消えた。


 同時にハンガーで固定されていた剛刃桜の瞳に光が灯る。


 機体の起動を確認したタカオがハンガーを手元の端末で操作して発進口へと誘導。


 ロックを解除して自由にした後、電磁カタパルトの上に乗るよう指示した。


『こっちはいつでも発進可能だ!! 艦長!!』


 端末先。


 繋げたブリッジの艦長席に収まっていたチトセが久しぶりに呼ばれる呼称に苦笑しつつ、発艦許可を出す。


『剛刃桜。発進して下さい』


 オペレータの指示に少年は耳内の埋め込み式小型インカムの周波数を調整しつつ応えた。


『剛刃桜、出る!!』


 ハッチが開き、カタパルトが僅かに稲妻を散らすとレールに沿って機体が射出された。


 七士が空へと吐き出され。


 そうして、その光景を見た。


 3km先程だろうか。


 爆炎に呑まれながらも、巨大な体躯が山より高き豪腕を振り回し、鋼の巨人、ガーディアン達を薙ぎ払い、押し潰していた。


 それに抗うよう無数の弾丸が、エネルギー照射が、高周波ブレードが、ブラズマの砲撃が、周辺から無限の如く降り注いでいるにも関わらず。


 その攻撃は表層を吹き飛ばしはしても致命傷を負わせる事が出来ずにいる。


 ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!


 嵐の唸るような音と共に腕が真下に突き込まれ、海水が津波となって周囲の海上にいた機体を飲み込んだ。


 しかし、本命は海水を衝撃で吹き飛ばすところには無い。


 超高層ビルの如き腕が海底から堆積物。


 海底の泥や岩を掴み上げた。


 意図に気付いたのだろう空に退避していた機体達が腕を集中砲火するも、間に合わず。


 それが振り被られ、投げられた。


 鳳市の方角へ。


 意図を理解したのだろうフォーチュン鳳支部。


 万能高機動戦艦ユリシーズの主砲が火を噴いた。


 長大な射程を誇るビーム砲撃が投げ放たれた音速以上の堆積物を対空砲火と共に迎え撃つ。


 ドゴァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!


 爆裂した海水を含む投擲物が蒸発し、爆裂し、密度と下げながら鳳市上空で散弾の雨の如く降り注ぐ。


『艦を鳳港前に!! 副砲正射!! 相手の体積を少しでも減らすのよ!! それから各機に通達。今から狙うポイントを集中的に攻撃して!! それとコスモダインとヴォイジャーXに繋いで頂戴!!』


 艦長席で唇を噛み締めたチトセが指示を次々に飛ばす。


 鳳市を壊滅させるはずだった“単なる投擲”を退けたとはいえ。


 未だ敵は健在。


 加護による膨大な火力を受けてもまるで退く様子も無く炎に包まれた全身を動かしているのだ。


 物量。


 本来、多数の機体を投入した彼女達にこそ相応しいはずだった言葉は傷付く度、次々内部から膨れ上がってダメージを再生させていく巨大人型奈落獣タイタニアスの前に為す術も無かった。


(あれだけの機体があっても、火力が足りていない?)


 自分達が圧倒的な不利である事を少年は着地した海岸線で理解していた。


 剛刃桜の背後にはいつの間にか転移してきたらしい七本の剣が浮かんでいる。


「………」


 堆積物の爆発で弾け飛んできた散弾は鳳市全員の家屋の屋根を穴だらけにしているのが見て取れた。


 その攻撃を二度三度迎撃しても、被害は甚大だろう。


 インフラにも被害が出ているのか。


 周囲の道路は罅割れ、至るところから水が溢れ出している。


「行くぞ。剛刃桜……仕事だ」


 海上へ爪先すら付ける事無く。


 機体が白波を引き裂いて加速し、戦場のど真ん中へ海面スレスレを飛翔していった。

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