〈向こう〉の景色(プロローグ 16/25)

 初めての〈転送〉その感覚は独特だった。

 チューブの中を満たした真っ白な光に全身を包まれたかと思うと、それはすでに完了されていた。

 光が弱まり、目に見えてきた風景にほとんど変わりはなかったが、遺跡内に監視カメラや照明スタンドがないことが違っていた。

 チューブの外には、先に転送していた隊長と田中の姿だけが見える。二人とも裸だった。

 転送により衣服がボロボロになってしまうことはわかっているため、裸でチューブに入ったからだ。当然私もそうだ。

 私はチューブに手を触れた。そこを中心に波紋が広がるように透明な壁に穴が空き、私はそれをくぐった。


「ようこそ、亮次りょうじくん」


 そう言って私を迎えてくれた隊長の右手には、錬換れんかん武装兵器第一号の端末が握られている。口の中に入れて運搬に成功したのだ。

 田中も加えた私たち三人は互いに目を合わせると、頷いて廊下の奥へと進んだ。隊長、田中、私の順だ。殿しんがりを任されているわけではない。遺跡内部に危険はないと分かっているためだ。


「間違いなく昼間だな」


 突き当たりの扉を薄く開けて外を窺った隊長が言った。扉と壁の隙間から陽光と思しき明かりが差し込んできたのが田中と私にも分かった。

 しかし、この廊下は何だ? 壁の一部がうっすらと光って間接照明のようになっており、歩くのに支障はない。

 さらに、外? ここは地球とは違う惑星らしいという説明は受けたが、まったく実感が湧かない。


「あいつらの姿は見えないな……よし、行こう」


 隊長は体ひとつ通る分だけ扉を押し広げ、素早く外に滑り出た。そのまま外で扉を押さえ、田中と私が出るのを待つ。


「ここが……」


 外に出た私は、その続きの言葉を飲み込んだ。〈ここ〉にまだ名前が付けられていないためだ。

 外は土の地面、その先には林。空は青く雲もある。振り返れば私たちが出て来た扉は岸壁に付けられている。この岸壁の中に、あの遺跡はあるということなのか。岸壁の高さは数メートル。その上には、目の前のものと同じような木々で作られた林がある。

 地球とは別の惑星。いや、そうと確定したわけではないのだが、ここが地球ではないことだけは確かだという話だ。


 私は改めて三百六十度ぐるりを見回した。岩、木、地面、空、雲、何もかも地球と同じに見える。しかし、ここは地球ではないどこか。

 私は興奮に震えた。

 ここが異星だとしたら、地球からは何万、いや、何百万光年離れているのだろう。そんな遙か彼方の星が、地球とほぼ変わらない環境になるとは、いったいどれほどの確率なのだろう。

 もしこの場所が、我々のいる宇宙ではない、異世界だとしたら、どうして地球と同じく人間が呼吸可能な大気があり、同じ重力を備えており、見た目も地球そっくりなのだろう。

 そして何より、地球とこことを繋ぐ、〈遺跡〉と呼ばれるあの装置は? 誰が何の目的で作ったのか、いつから存在したのか。

 子供の頃の記憶が甦った。未知の星、異世界、前人未踏の地を踏破し冒険するフィクションの主人公たちに憧れていたあの頃の気持ちが。


「とりあえず危険はないな」


 隊長のその言葉で、私は目の前の目的に引き戻された。

 そうだった。錬換武装の実験。今はそれに集中しよう。冒険心を甦らせるのはまた次の機会でいい。

 隊長は鋭い視線で辺りの様子を窺う。私も周囲を見回したが、何も動くものは見られない。


「……では、やるぞ」


 そう言うと隊長は、右手に持った端末を近くの岩に向け、ボタンの操作をする。

 端末先端にあるレンズのようなプログラム照射部から、光が放たれ岩を照らす、いや、照らすというより、光は岩に吸い込まれていくかのようだ。午前のデモンストレーションと同じ光景。

 軋むような音を立てながら、その岩からせり出てくるように、次々に落ちてくるものがある。錬換武装兵士がまとう強化服のパーツだ。

 全身タイツのようなショックアブソーバースーツ、ヘルメット、小手、肩当て、胸アーマー、脛当て、等々、すべてのパーツを精製し終えるのに一分ほどを要した。その間私と田中は周囲を警戒し続けた。


 隊長は精製された強化服を手早く着込んでいき、完成した。

 初めて異世界、もしくは、異星に降り立った〈錬換武装兵士第一号〉その勇姿。

 錬換武装兵士となった隊長は、端末を左小手部分にある窪みにセットした。そして右手で端末を操作し、再び岩に照射部を向ける。小手にセットした状態だと、照射部は手の先端を向くので、左拳を岩にかざしているような格好になった。

 今度は岩から、剣の柄がせり出て来た。それは徐々に鍔、刀身部を露わにしていき、一本の剣となって地面に落ちた。両刃の西洋剣のような形をしている。

 隊長はそれを持ち、構える。これをデモンストレーションで披露した時の見学者たちの湧きようが思い出される。


「成功ですね」


 田中が興奮した声で言った。隊長もそれに頷く。錬換はこちらでも問題なく機能した。

 今回端末にインストールした武装は、長剣、リボルバー型拳銃、サブマシンガンの三つのみだ。

 錬換プログラムは非常に容量を食うので、現在最大の容量を持つ端末にも、これしか入らないのだ。他にスーツのプログラム、それらを統括するパソコンで言えばOSのような錬換基本プログラムももちろん入っている。この容量の問題は今後検討改善の必要がある。

 隊長はそれから、二着の作業着を錬換で作り出した。私と田中はそれを着込む。錬換により作り出される服は決して着心地がいいとはいえないが、贅沢は言っていられない。幾分か肌寒さが和らぐだけましだ。

 隊長は剣を腰にマウントして、


「私はもう少し辺りを探ってみる。お前たちは一旦扉の中に――」


 そこまで言ったとき、林の方角から、風を裂くような音が聞こえた。思わず目をやる。そして、私は見た。その音の正体を。

『トゲを生やした二足歩行をする爬虫類』こちらで目撃遭遇した怪物を調査隊はそう形容した。

 では、今、私たちに向かって低空を飛行してくるあれをどう形容すればいい?

 甲虫だろうか。トンボとカブトムシの合いの子のような。しかし、頭部や背中に列を成して突起したトゲは、そのどちらの特徴でもない。脚の数も、この距離では正確に確認できないが、六本では収まらないように見える。

 距離があるので正確ではないが、恐らくその体長は三メートルは下らないだろう。


「下がれ!」


 隊長の声に、私と田中は身を低くして数歩後ずさった。

 隊長はその間に、左腕の端末を操作して岩に向かって拳を向けていた。プログラム照射部から光が岩に注ぎ込まれ、先ほどの剣を錬換したときと同じように、岩肌から何かがせり出して来る。

 その間にも怪甲虫は、羽音を立てながらどんどんと我々に迫ってきている。

 間に合った。

 隊長は新たに錬換した武器を手に取ると両手に構えて、すぐさま引き金を引いた。隊長が作り出したのはサブマシンガンだった。

 銃口からフルオートで放たれた銃弾が迫る怪甲虫に着弾した。

 銃撃音。銃弾が甲虫の甲羅を砕く破壊音。甲虫が発する悲鳴のような不快な声。それらが混じり合った音が周囲にこだました。


 甲虫は四枚の羽の羽ばたきを止め、墜落して地面を滑った。隊長が身をかわし、滑ってきた甲虫の体を避ける。甲虫は十メートルほど地面を滑走し、止まった。

 隊長はさらに甲虫に銃撃を浴びせた。銃撃音と破壊音が再びこだましたが、今度はそこに甲虫の悲鳴は混じらなかった。

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