第19話 レイの正体


 ◇

 ボクは慣れた手さばきで、ハンディビデオカメラを机上のパソコンにつなげた。

 応接間の隣の仕切られたこの部屋には、窓に遮光性のブラインドカーテン。六人はゆったり座れるテーブルと肘掛椅子が並べられている。


 テーブルに設置されたパソコンには、LANケーブルが接続されていてボクの作業を手間取らせない。

 

 社長が壁に取り付けられたスイッチを操作すると、最新型のプロジェクタースクリーンが天井からゆっくりと下りてきた。

 

 ありゃ、しまったよーん。

 

 ボクが作業している間に、いつのまにかオカマグリズリー(我ながら言いえて妙)がボクの定位置である、みやびちゃんの横にちゃっかり座っちゃっているよ。

 みやびちゃんに、オカマ菌が感染したらどうするんだよぉ。

 

 だけど、なぜかこのオッチャンかオバチャンか判らない謎の怪人に睨まれると、本来のボクの卓越した頭脳と身体能力が、強制的にログオフされちゃうんだよなあ。

 オカマの魔術師かも。

 

 さて、準備完了だ。

 社長が室内の照明を落とし、椅子に腰かけた。


「ではでは、みなさん、ボクとみやびちゃんの、華麗なる戦闘シーンを上映いたしますよーん」


 スイッチオン。パソコンのハードディスクが、静かな音を立てる。

 スクリーンに映像が投影された。


「こ、これは!」


 スクリーンいっぱいに、みやびちゃんが自宅道場で、槍術の稽古をしているシーンが映っているじゃーん。グフフフッ。


 ピンクのスウェットウエアがよく似合っているし。額に浮かんだ汗や気合いを入れる鋭い眼差しは、本当に素敵だなあ。

 ファンにはお宝映像だよ、うん。ネットで配信しちゃおっか。


「タマサブ、これって、もしかして今朝の」


 感情を押し殺したようなみやびちゃんの声。かわいい顔にピッタリのトーンだね。


「正解でーす。道場の窓って小さいんだね。でも抜群のアングルでしょ」


 ボクは親指を立てながら、ウインクした。


「でしょ、じゃなくて! いつのまに撮っていたのさっ」


 あれ、みやびちゃんのかわいいおでこに、どうして青筋が浮かんでいるのかな? そっかあ、もう少し下から撮影したほうが良かったのかも。

 一流モデルは、ちょっとした角度が気になるんだな。覚えておかなきゃね。これからもっと沢山撮影しなきゃいけないんだから。


「ちょっとぉ」


 ゲッ、オカマ魔法使いがボクを睨んでいるぞ。


「みやびちゃんよね、この映像の女子」


「え、ええ、アタシです。恥ずかしいなあ、あんなに汗かいて。しかもスウェットのままですよ」


 みやびちゃんが頬をふくらませて、ピンクのラブリーな口をとがらせている。

 か、かわいいー。


「この型は、ワタクシの記憶に間違いなければ、宝蔵院流ね」


 オカマ風情が知ったかぶりしている。なーにがワタクシの記憶だか。


「まあ、よく御存じですねえ」


 あら、当たっていたの。


「おほほっ、まあね。遠い昔さ、ワタクシもちょっとをね」


 言うなり手に持っている日傘をふり始めたよ、このおっさん。奇術でもやっていたのかしらん。


「か、傘、ですか?」


 と、みやびちゃん。


「みやびちゃん、ノンノン」


 ボクは人さし指を立てて、横に振った。

 こういうさりげない仕草も、女の子のハートをくすぐるんだって。

 あまり知識をひけらかすタイプじゃないけどさ、ボクは。でもみやびちゃんには、このボクが教えてあげないとね。


「このオッサ、いやもとい。ナーティ嬢が手にしているのは、傘に仕込んだ日本刀さ」


 ボクは西洋人のように、オーバーに両腕を広げてみせた。こういうポーズをそつなくできて、似合うのが、ボク。


「に、日本刀?」


 みやびちゃんと社長が、驚いてボクを見る。


 チャッ!


 いきなり日傘の先端がボクの喉もとに当てられた。


「あんた、なんで知っているのさ」


 ゲーッ、刺さるっ、怖い! 冷静沈着頭脳明晰なボクは、先端恐怖症なのだぞ。


「な、なんでって、この日傘から日本刀独特の匂いがするんだもーん。出雲地方で産出された砂鉄を使用して、たたら炉による低温還元精錬で純度の高い鉄から作ったんでしょ」


「たしかに、その通りよ」


「ボクは金属に強いんだ。みやびちゃんの持っている槍の刃先も、独特の神秘的な香りがするんだよね」


 みやびちゃんにそれとなくアピールする、ボク。

 口に手を当て、みやびちゃんは驚きながら言う。


「匂いで金属の種類当てるなんて」


 スゴーイって、みやびちゃんの口から尊敬の感嘆符を聞かせておくれ。


「キッモチワルーイッ」


 グヘヘヘッ、そうでもないけどなあ。ボクは照れてしまった。


「あのー」


 社長が申し訳なさそうな顔をしているぞ。


「金属のご高説はのちほどゆっくりと、ということで。映像をば、そろそろ」


 なんだよ、社長。もう少しみやびちゃんの汗が浮かんだキュートなシーン見ようぜ、と思ったけどみんなこっち見て先を促しているよ。

 ちっ、仕方ないなあ。


「じゃあ、テイクツー、スタート」


 ボクはパソコンのキーボードを、白魚と呼ばれている指先でチョチョッと操作した。

 ◇


 時間にして約二十分強。

 珠三郎が草むらに三脚を立ててセットしたビデオカメラの映像上映が、終わった。全体を枠に収めるために引き映像になっていることと、やはり光源があまりに乏しいため画像は不鮮明ではあったが、確実にカメラは捉えていた。


「そう、あれが化け物、雍和なのね」


 ナーティはため息ともとれるような、か細い声で続けた。


「あんな化け物が本当にこの世に現れるなんて、信じらんないわ。いえ、藤吉さんを疑っていたわけじゃなくてよ」


「ナーティさま。わたくしの病んだ精神が勝手に予知夢なんてものをデッチあげて、ホラを吹いてまわってると思われたほうが、どんなに良かったか」


 伊佐神は苦しそうな表情で言った。


「ところで、しゃちょー」


 みやびが手を上げた。


「は、はい、どうぞ」


「アタシ、これで四体の雍和を葬ってきたんだけど」


「あっ、今回のアルバイト代のお支払いが、まだでござんしたね」


「ちがう、ちがう。アルバイト代は後でいただきますけど。

 じゃなくて、あの巫女さんって何者なのかなあ」


 伊佐神はポカンと口を開けた。


「雍和のことを子供みたいに呼んでいたし、マソーシューとかベニシャケとかヤミバットとか言ってなかったっけ」


 たしかにと、ナーティもうなずいた。


「ベニシャケじゃなくて、べにしゃち、だよ多分。赤い紅に、しゃちほこの鯱ではないかと、ボクは推測するな。それともうひとりのヤミバトとは文字通り、闇に鳩なのだろううけど」


 珠三郎が腕を組んでみやびに答える。

 伊佐神はポンと手を打った。


「そうでした。わたくしも雍和の奴は、自然にわいてでるものかと思っておりましたが、どうやら違っておったようでさあね。

 珠三郎さまの機転でこうやって映像を残していただいたおかげで、新事実がつかめました。そやつらが雍和の誕生に、なんらかの関わりがあるとみてよろしいでしょう」


「まそうしゅう、か」


 珠三郎は目を閉じた。


「ただワタクシたち、化け物だけを退治するってわけには、いかないみたいね」


 ナーティは持っていた日傘を握りしめる。

 室内を沈黙が包んだ。


「そうだっ」


 珠三郎が大きく目を見開いた。


「な、なによ、びっくりするじゃない」


 みやびは胸を押さえる真似をする。


「みやびちゃん、セーラー服を脱ごう」


「はあっ?」


 みやびが怪訝な表情を浮かべると同時に、ナーティがその巨体からは信じられないスピードで立ち上がり、珠三郎の胸倉をつかんだ。


「ちょっと、アンタ、いい加減にしなさいよ。みやびちゃんにヌードになれ、だなんて。そんなに女の素肌がみたいのなら、ワタクシの裸体を思う存分見せてあげるわ。

 オゲレツな、オタクがっ」


 ナーティにつかまれて力のでない珠三郎は、つま先立ちのまま首をふった。


「ち、違うんだよお、いや、みやびちゃんのなら見たいけど。いや、そうじゃなくて、ヌードになれなんて言ってないしぃ」


 みやびも立ち上がった。


「じゃあ、なにさ!」


「こ、今回の戦いで思ったのだけど、みやびちゃんもボクも、オッサ、いやナーティ嬢も装備をちゃんとしとかないと、まずいと推測するんだ。

 みやびちゃんは槍、ナーティ嬢は日本刀、ぼくにはスリングショットがある。だけど攻撃する武器だけでは戦えないじゃーん!

 防御するのにセーラー服やTシャツじゃ危険だよ。だからさ」


 すとん、ぐにゃり。ナーティが手を放し、珠三郎は崩れ落ちた。


「なるほどね、たしかにそうだわ」


 みやびは紅鯱の投げた刃物を、危うく自分の喉もとで受け止めてしまいそうだったことを思い返していた。


 ぶるりっ、と身震いする。

 化け物退治なんて軽く考えていたけど、あの少女は平気でアタシを殺そうとしたのだ。


 伊佐神が珠三郎をふり返った。


「おっしゃる通りです。

 みやびさま、ナーティさま、珠三郎さまとそれぞれお家芸の攻撃力はそろっております。しかし雍和だけならなんとかなっても、謎の女たちが出張ってきている以上、こちらもそれなりの準備が必要でしょうね」


「社長ー」


 床の上に崩れたまま、珠三郎が伊佐神を見上げた。


「はい」


「ボクに考えがあるんだよね。で、とりあえず現金で五千万円ほど都合つくかな」


 みやびは仰天して、目を丸くする。


「ご、五千万円って」


 伊佐神は、いたって真面目に答えた。


「珠三郎さまのお頼みとあらば、しかと承ります」


「追加枠もあけといてね」


「承知いたしました」


 伊佐神は胸の前で右腕を捧げ、頭を下げた。


 社長室の前で、洞嶋はトレイを持ったままじっと立っていた。

 左の耳にイヤホンが差し込まれている。コードが上着の内側に伸びていた。洞嶋は油断なく廊下に視線を向け、左手でまとめ上げた髪をさわるような仕草でイヤホンを隠している。

 いったい何を聴いているのであろうか。


 社長室は完全防音ではあるため、内部のやりとりは一切漏れ聴くことはできない。うっすらと笑みを浮かべ、洞嶋は社長室の前から颯爽と立ち去っていった。


つづく

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