八/もうひとつの決着

「本当にこんなことで真相がわかるのか」

楓が寛十郎の目の前に姿を表した頃、隣の毛利家では、主人である惣右衛門がその様子を塀に開けた穴から覗き込んでいた。

「ええ、そりゃもう間違いありません。妻がすべての真相を明らかにしてくれます」

惣右衛門の横にいるのは、人の姿に化けた犬神だ。

優男風で、もちろん耳も、尾も隠している。

「但し、何があっても声を出したりしないでくださいよ。あと、なんでも「惣右衛門さんにはかなり辛い事実」を見せつけられるそうです。どうか、飛び出したりせず、最後まで見届けてください」

「う、うむ……」

惣右衛門は「辛い事実」に心当たりがあった。

ただ、気づかないふりをしていただけなのだ。しかし、まさか隣の寛十郎殿が……?いやいや、あの時寛十郎殿は化物に斬られたはずじゃないか。きっと無関係な被害者にちがいない。

惣右衛門は、この段になっても自分自身に嘘を付くことをやめられずにいた。

なぜなら、惣右衛門は妻を愛していたからだ。


――二股をかけられて、どんな気分ですか?

塀の向こうで、女は、寛十郎にも、そして惣右衛門にとっても残酷すぎる言葉を、淡々としゃべり続けた。

そして、一閃。寛十郎が女の首を落とす!

しかし女の首は落ちない。

「ああ、大丈夫ですよ惣右衛門殿。妻はとんでもない達人なんで、居合いを避けることなんて息をするよりも簡単なんです」

犬神が惣右衛門に当たり前のように言う。

しかし、惣右衛門にはそれどころではなかった。女の首が落ちようが落ちまいが、そんなことは些細な問題に思えるくらい、女の言葉が胸に突き刺さる。

「志乃……!」

惣右衛門は泣いていた。肩を震わせ、それでも塀の向こうの茶番劇から目を離さなかった。

――馬鹿ですねぇ……不貞を働く女の言う事を頭から信じるなんて、男って本当に馬鹿です

容赦ない現実を浴びせかける女。そして追い詰められていく寛十郎。

「志乃……志乃……!!」

惣右衛門は泣いて後悔した。

そうだ、俺は馬鹿だった。賭け事をやめられぬ妻を諌めることもできず、借金を返す当てもないはずの妻が何をしていたかも気づいていた!

愛しているから気づかぬふりをしていた、その結末がこれだ。

俺は、本当に馬鹿だった……!

――嘘だ、嘘だ嘘だ!嘘を申すな、この化物が!!!

寛十郎が錯乱する。それを見つめる惣右衛門は、隣にいるはずの優男が居なくなっていることに、気づきもしなかった。

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