其の三/決着
七/決着
(ない、ない、どこへ行った……?!)
その頃、山本寛十郎は、屋敷中を何かを探すために這い回っていた。
事があった日に着ていた着物や、熱を出してしばらく臥せっていたふとんの周り。
念のため、すでに処分したボロ布を隠していた天井裏も探してみる。
(ない!そんなはずはないのに……あの日には確かに懐にあった!)
寛十郎の顔には焦りがありありと表れており、その額には汗がびっしょりだ。
もちろん、熱のせいではない。あんな熱は薬のおかげでとっくに下がっている。
あの胡散臭い祈祷師が護摩をたいたおかげで、熱が下がるのがかえって遅れたが……。
まだ傷が痛む。あの男、本気で俺を殺そうとしやがった。
到底許せぬ……!しかし、今はそれどころではない。
もし、アレが番所に見つかりでもしたら……!
そこに、なんだかぼんやりとした口調の女の声がした。
「捜し物は、こちらではないですか?」
ハッとして、寛十郎は振り返る。
そこには、いつの間に入り込んだのか、年の頃は二十歳くらいの女性が、うっすらと笑って立っていた。
「貴様、何者だ?……どこから入った」
寛十郎は、あたりを注意深く見回す。
女のほかには、だれもいないようだ。どこから入ったのか、屋敷の門にはしっかりかんぬきがかかっていたはず。
そんなことよりも、寛十郎の意識は、女の手に乗った、小さなお守り袋に集中していた。
(あれは……まさに、おれの探していたもの!)
「それを、どこで見つけた?……女」
寛十郎は、その女――楓を睨みつける。
「ふん……盗人か。なぜのこのこと顔を出したのかは知らぬが、盗人ならば切り捨てても罪にはならぬのだぞ……!」
そう言いながら、腰の刀に手をかける。まだ抜きはしない。
なぜこの女があのお守りを持っているのか、真意を聞く必要がある。切り捨てるのはそのあとで良い。
「物騒ですねぇ。丸腰の女を前にして、刀に手をかけるとは……」
しかし、楓は緊張感のないぼんやりとした様子のまま、お守り袋を差し出すように、一歩前に出る。
この女、丸腰のくせに、なぜ刀を持った侍の前でこんなに無防備でいられるのだ……?
寛十郎は、どこかに仲間がいるのではないかと、気配を探る。
大丈夫だ……少なくとも屋敷の敷地には、俺とこの女しかいないようだ。
「山本寛十郎さん。このお守りが必要なら、お返ししても構いませんが……」
そう言って、また一歩。
「そのかわり、名乗りでてくれませんか?」
「……何をだ」
「困るんですよ……妙な事件を起こして、妖のせいになんかされちゃ。あなたですよね?瓦版を賑わしている「妖さん」は」
楓がそう言うと、寛十郎は一瞬鬼のような形相になり……そして馬鹿にしたように「はっ」と笑った。
「何を馬鹿なことを言っておる……?俺は丸腰のまま、化物に斬られたんだぞ?なぜ俺がそんな騒ぎを起こせる」
余裕を見せたつもりだが、こめかみがピクピクと痙攣する。
この女は何者だ……?なぜそんなことを知っている!
「そんなことよりも、女、貴様はなぜここにいる。おれの持ち物を勝手に持ち出して、自分の身を省みるがいい」
寛十郎は楓を睨み、脅すように言う。刀をゆっくりと引き……鯉口を切る――いつでも一刀両断してくれる!
「ふふっ」
しかし、楓は少しもひるまずにクスクスと笑う。
「何がおかしい、女」
「いえ、そんなに簡単に「俺の持ち物」なんて、口にしちゃあ駄目じゃないですか。こちらはどうやってそれを認めさせようかといろいろ画策していましたのに」
そういって、さらに一歩。
もう寛十郎の間合いに入りそうだ。
「何が言いたい」
「あたしが、全て知っているということを申し上げたいです。山本様を斬ったのは、化物ではありませんよね」
「……!」
信じがたいことだが、どうやらこの女は、本当のことを知っているようだ。
だが、そう簡単に認めるわけにはいかぬ。
証拠はほとんど処分した。言いくるめようとしても、そうはいかぬ!
「お隣りの、毛利様の奥方……志乃さんといいましたっけ」
また一歩。
「……人妻の味はいかがでしたか?」
寛十郎はカッと顔を赤くして、しかし女の言葉を認めなかった。
「なんの話だ」
「さらに二股をかけられて、どんな気分ですか?」
言われて、寛十郎は激高する。一閃。女の首を切り落とす!手応えあり。馬鹿な女め、この俺を愚弄しおって、いい気味だ!
「あらあら、本当のことを言われて頭に来ちゃいましたか?」
しかし、女の首は肩から落ちなかった。刀を抜かれたことなど気づかないかのように、さらに一歩。
「っ……女、貴様、なに者だ?!」
「嫉妬に狂い、もう一人の間男を殺しましたね。ほら、このお守り……こちらが気の毒に、辻斬りにあって斬り殺された間男さんの持っていたほうのお守りです」
懐から、もうひとつのお守りを取り出す。
「そして、こちらが志乃さんの部屋にあったお守り。ふふふ、あと、これなんだと思います?そう、お守りなんですけど、これ作りかけなんですよね」
……?!
「ええ、要するに、まだ陰毛を入れる前のお守り。志乃さんたら、お武家の女なのに賭け事がお好きだったんですねぇ……」
楓は少し悲しそうに目を伏せて、頭を左右に振る。
「つまり、そういう事です。貴方は間男さんを斬り殺して、志乃さんを自分の物にできたつもりなのかもしれませんが、他にも数人と、デキてたみたいですよ」
それを聞いた瞬間、つくろっていた表面は脆く崩れ、寛十郎は耐え切れずに叫ぶ。
「う、う、嘘だ!」
「嘘じゃありませんよー。だいたい、貴方も元々は賭け事に負けた志乃さんを金でいうことをきかせたんでしょうに、なぜ他の男が同じことをするかもしれないとは思わなかったんですか?」
「志乃殿は……其れがしを好きだと言っておった……!」
「馬鹿ですねぇ……。不貞を働く女の言う事を頭から信じるなんて、男って本当に馬鹿です。ほら、あなたのお守りはこれ。で、こちらの二つのお守りにも、志乃さんの毛が忍ばせてありましたよ。貴方だけを愛する証拠に、賭け事に縁起の良い、女の陰毛を忍ばせたお守りをもらったんですよね。でもそれ、他の男にも同じことを言ってますから」
同情するような口調で放たれたその言葉に、激昂していた寛十郎の表情が、すーっと冷たくなる。
「だから何だ。それで、俺がその間男とやらを殺したという証拠はあるのか」
「ありますよぅ、そりゃあもうはっきりとした証拠が。まず、そのあなたの傷、間男さんに付けられた傷ですよね」
「なんの話やら」
「あの日、志乃さんに釘を指しに行きましたね。んー、ここからは想像ですが、二度と他の男と寝るな、寝ればおまえの不貞を主人に教える、そんなところですか?だから、あえて宗十郎さんに姿を見せつけたんですよね。浅かったとはいえ、間男さんに付けられた傷は血が止まったばかりだったでしょうに、嫉妬に狂って、ずいぶん無茶をしましたねぇ。そりゃあ、熱だって出ます」
「ははは、それはただの想像だろう!そんな事実はないな!」
言いながら、もう一度鞘走り。一閃!こんどこそ間違いなく手応え有り!先ほど女の首が落ちなかったのは、たまたま上手く当たらなかったのだろう。そうに違いない。馬鹿な女よ、くたばるがいい!
刀を鞘に納める。しかし、ないはずの首の辺りから、何ごともなかったように言葉が続く!
「まぁ、そのあたりはどうでもいいです」
「ひいいい!!!!」
確かに殺したはずの女が、どうでもよさそうにこちらを眺めていた。
「ば、化物!ひいい!」
寛十郎は腰を抜かす。楓はさらに一歩足を踏み出す。寛十郎は恐怖で顔をひきつらせ、腰を抜かし、ずりずりと後ずさる。
「しょ、しょ、証拠はあるのか?!」
「だから、ありますよぅ。ああ、妖の姿になるのに使った布やら襤褸やらは天井裏に隠してたんですね。あの時、屋敷を突っ切りながら襤褸を脱いで、刀の鞘で天井板を押しあげて、丸めた証拠品を投げ込んだといったところですか?襤褸はもう処分されたようですが、天井裏はそこだけ埃が無くなってました」
「そ、そんなものが証拠になるか!お、お、俺は知らん!」
「ねぇ、認めてくださいよ。あたしを斬ろうとしたことは大目に見てあげますから」
「知らんといったら知らん!証拠もないだろう!この傷だって、化物につけられたんだ、そう、おまえだ、おまえが犯人の化物なんだろう!」
化物、と言われて、楓の目がすぅっと細くなる。
「証拠ならあると言っているでしょう。ほら、あなたの刀……切っ先が欠けてますよ?間男さんとの鍔迫りで欠けたんですよね」
「違う!」
「ちがいませんよぅ……ほら、これ、わかりますか?」
楓は、懐から懐紙を取り出して、寛十郎に見せる。
「これ、間男さんの血の付いた切っ先なんです。失礼ながら、このお守りを持ち出したとき、ついでにあなたの刀を見せてもらったんですけど、欠けた切っ先部分と、ぴったりなんですよね。そんな偶然ってあります?」
「嘘だ、嘘だ嘘だ!嘘を申すな、この化物が!!!」
寛十郎は、今度こそ錯乱した。
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