271区 1区スタート

私の乗ったバスが中継所へと着く。


もちろん、えいりんも同じバスに乗っていたが、私とは話そうともしないし、目を合せようともしなかった。


こう言うところは中学生の時から何一つ変わってない。

レース直前になると、えいりんは私との関わりを一切断つのだ。


きっと、中継所でも会話をすることはないだろう。


でも今はその方がありがたいと思う。

今日だけは、私も集中力を切らすわけにはいかないのだ。


選手の待機場所へと向かい、シートを広げて場所を確保する。


時計を見ると、レース開始まで後1時間となっていた。

きっと、紘子はアップに出かけているはずだ。


私も今日はゆっくりと体をほぐそうと、少しだけ早めにアップを開始することにした。


1人で軽めのウォーキング、ジョグ、体操、ストレッチと行ったところで、紗耶が私のところへやった来た。


「ひろちゃん、無事にスタートしたよぉ。もうすぐ1キロなんだよぉ~」

紗耶は嬉しそうに携帯でテレビ中継を見せてくれる。


ふと、昨年は晴美が見せてくれたことを思い出す。


「さぁ、間もなく先頭は1キロ通過。1キロ通過は3分6秒。これは昨年よりも4秒程速いタイムとなります。先頭は昨年同様、城華大附属高校の住吉、桂水高校の若宮です」


解説者の言葉どおり、2人が並走していた。


この前の高校選手権でも思ったが、紘子が住吉慶の真後ろではなく、真横に並んで走るのは随分と珍しいと思った。


高校選手権の時に何かを試していたようだったが、勝算があるのだろうか。


1キロを過ぎ、2人は金魚橋に差し掛かる。

全長が300mもある大きな橋だ。この橋が私の時はラスト1キロ付近になる。


その大橋を、紘子と住吉慶はたんたんと走って行く。


昼近くになると橋の上を強風が吹き抜けることもあるらしいが、今の2人を見る限り、今年は大丈夫そうだ。


紗耶にお礼を言って私はアップに戻る。


レースの行方は気になるが、今私がしなければならないのは、体をしっかりと動かせるようにすることだ。


それにこの駅伝は折り返しコース。

私が今いる場所は道路を挟んでいるものの、1区にとってのラスト1キロ地点。

アップをしていれば、そのうち紘子もやって来る。


そう言えば私が一昨年1区を走った時は、麻子が応援をしてくれた。


しかも麻子はわざわざ道路を渡って、より1区のランナーに近い場所まで来ていたのだ。


もう一度体操をして軽めのジョグをしていると、先導車が通過して行く。

駅伝実施のアナウンスをしながら現在の状況を知らせてくれていた。


「沿道のみなさまご声援ありがとうございます。現在先頭は、ゼッケン1番城華大附属高校、ゼッケン2番桂水高校の2チームが並走をしております」


紘子はあのまま頑張って並走をしているようだ。


コースを見ると、遠くにオレンジ色のユニホームと白と青のユニホームが見えた。

人ともさっき紗耶の携帯で見たとおりのまま、一歩も譲ることなく並走を続けていた。


「紘子! 頑張って! ファイト!」

必死に走っている紘子を見ていたら、自分でもビックリするくらい大きな声が出た。


紘子が走っているのは中央車線側。

つまりは私が今立っている側だ。


そのせいか、余計にでも私の声が聞こえたらしい。


顔をこちらに向けることはなかったが、すこしだけ照れ笑いをして右手を軽く上げ、ギュッと握り拳を作ってみせた。


「大丈夫です。まかせてください」

その動作が、私にはそう言っているような気がした。

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