257区 思い出は美しく

紘子の表彰式が始まっても誰1人戻らず、荷物から離れられない私は、遠くから紘子に拍手を送るだけだった。


表彰から帰って来た紘子にそれを謝ると、不思議そうな顔をしていた。


「別に、謝ることじゃないですし。まぁ、誰も写真を撮ってくれなかったのは寂しいですけど。あ、聖香さん2人で撮りませんか」

紘子はポケットからデジカメを取り出して、顔の横で振ってみせる。周りに誰もいなかったため、紘子が左手に賞状、右手にカメラを持ち、横に私が並んで自分撮りをする。3枚目でようやく綺麗に撮ることが出来たようだ。


「てか、紘子。なんでわざわざカメラなの? 携帯でもいいじゃない」

「いや、思い出は綺麗な方がいいですし。このカメラすごく綺麗に撮れるんですよ。写真が出来たら聖香さんにもあげますし」

紘子の言葉に、ふと晴美もよくカメラで写真を撮っていたのを思い出す。


「そう言えば、聖香さんと2人で撮るのは初めてですね」

「そうだっけ? あまり深く気にしたことなかったけど。よく覚えてたわね」

私が聞くと紘子は「まぁ、それはそうですし」と笑っていた。


「ところで、今日のレースどうしたの? 珍しく先頭にたったり、横に並んだりしてたけど。何か住吉慶に対して思うところがあった?」

私が聞くと今撮ったばかりの写真をカメラで確認していた紘子が、こっちを向いて驚く。


「え? もしかして分かったんですか?」

「いや、何が分かったのかは知らないけど、あきらかに紘子が何かを試してる感じはしたわよ。永野先生も気付いているみたいだったけど。ただ、その直後に紗耶が倒れてしまったから……」

それを聞いて紘子も「あぁ……」と一瞬、黙ってしまう。


「やっぱり永野先生には、ばれてるし。いえ、インターハイの決勝を走ってて少し思うことがありまして。帰りの飛行機でも先生に少しは相談したんですが。今日、ちょっとそれを試してみました。だから今日は慶に負けても悔しくないですし。むしろ、下手に勝って警戒されると駅伝がやりにくいので。でも駅伝は見ててくださいね」

紘子がいつも以上に自信に満ちた声をだす。


それはそうと、私は気になることがあった。


「ねぇ、永野先生はインターハイの時どうだった? ほら移動の時とか」

なぜそんなことを聞くのですか? 紘子の顔には、はっきりそう書かれている気がした。それでも私がじっと紘子の顔を見ていたからだろう。紘子は質問に答えてくれた。


「別にいたって普通でしたよ。あ、なんか体調悪いみたいで、少し辛そうではありましたけど。でも先生も心配ないからって言ってましたし。それに向こうに着くとすっかり元気になってました。あ、帰りも疲れが出たのか、少し具合悪そうでしたけど」

一緒に飛行機に乗った私なら分かる。どうやら、永野先生は相当頑張ったようだ。


紘子と2人でしばらく雑談をしていると、みんなが次々と帰って来た。

梓も随分と落ち着いており、安心する。


全員がそろったところで、由香里さんの車で旅館へと向かう。

私自身がそうであるように、みんなも紗耶のことを心配しているのだろうか。

誰1人車の中で喋ろうとしなかった。


旅館に到着し、部屋に荷物を置く。

部屋に到着してもみんな黙ったままだった。


「もう! これじゃ何も始まらないし、何も解決しないじゃない!」

この沈黙に耐えられなかったのだろう。

麻子が突然叫び声をあげる。


みんなが麻子に注目するのと同時に、麻子がすっと立つ。


「みんな聞いて! 駅伝部には最近色々なことがあったわ。今日の紗耶のこと。晴美が亡くなったこと。聖香の引きこもりのこと。悲観的になるなって方が無理かもしれない。でも今のこの現状からでも、みんなの力を合わせれば、都大路出場を勝ちとれるとあたしは信じてる。落ち込む暇があったら前へと進むわよ。そのためにも、まずは笑顔を大切にしましょう。そして、常に自分の最高の走りを追及していくの」


麻子の呼びかけに、ずっと黙っていた私達もお互いの顔を見合わせ頷く。

さすが麻子だ。こう言う時には随分と頼りになる。


でも、これだけは言っておかなけばならないと思った。


「ちょっと麻子? 私の引きこもりってどう言うことよ。いや、確かに引きこもってましたけど? 天の岩戸伝説もビックリなくらいに引きこもってましたけど」


「自分のことをそうやってネタに出来れば、もう心配ないわね。まったく……。あなたには入学当初から手を焼かされるわ。忘れないでよ。この部は、確かにあたしがキャプテンで、紘子がエース。これは間違いないわ。でもね、このチームの要はあなたなのよ聖香。あなたがいないと駅伝部が機能しないのよ」


いきなり突拍子もないことを言われ、私は「うん?」と首を傾げるしかなかった。


と、由香里さんがものすごい勢いで部屋に入って来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る