242区 たどりつく場所
メールの返事を返してなかったことを詫びると、「そんなことでわざわざ電話しなくても」と笑われた。
倉安さんとは普通に喋っていたつもりだったのだが、実際はそうでもなかったのだろう。
「聖香ちゃん、何かあったの?」
と、随分と不安そうな声で聞かれてしまった。
私は事情をすべて話す。
すると倉安さんが「今から会える?」と心配そうに聞いて来た。
心配されたことが嬉しかったからなのか? それとも私のことを見抜いてくれたことが嬉しかったのか。私は迷うことなく「はい」と返事を返す。
晴美が亡くなって以来、私は一度も外に出ていなかった。
そのせいか、外に出るという、今まで当たり前にしていたことすら随分と新鮮に感じる。
母親に「ちょっと出て来るね」と言うと、まるぜ幼稚園児が1人で出かけるがごとく心配されてしまったが、今までずっと引き籠っていた娘が何の前触れも無く突然外に出ると言えば、そう思ってしまうのも仕方ないのかもしれない。
外に出ると、夏の日差しが容赦なく私を照らす。
まるで、晴美のいない現実はこんなにも厳しいのだよと言われているような気がした。
よく考えれば明日から学校が始まるはずだ。だが、いきなり明日から学校に行けと言われても……。もう少し落ち着いてから登校しようかなと思案する。
そう言えば、今年のけいすい祭はどうなったのだろうか。
今年も駅伝部で何かやるのだろうか。
それにさっき麻子を怒らせてしまった。
謝らなければ……。
色々なことを考えていたら、あっと言う間に待ち合わせ場所のコンビニへと着く。
私がしばらく外出をしていないことを伝えると、倉安さんが私の家の近所まで迎えに来てくれると言ってくれた。
今回ばかりは素直に甘え、近所のコンビニを待ち合わせ場所に指定したのだ。
私が到着するのと同時に、コンビニから一組の親子が出て来る。倉安さん親子だ。
「聖香ちゃん、おひさしぶり。元気……じゃないわよね」
「せいちゃん。げんき」
倉安さんが苦笑いする横で、椎菜ちゃんが真似をして、元気よく私にあいさつをして来る。それを見て自然と笑みがこぼれる。
よく考えたら、晴美が亡くなってから笑ったのはこれが初めてだ。
「すいません。おまたせしました」
「いえいえ。あたしも今来たところだから。ところで、あたし達2人とも、お昼がまだなんだけど……。ファミレスとかに行っても良いかな?」
私もまだ昼御飯を食べていなかったので二つ返事で頷く。
まぁ、昼御飯どころか食事自体、最近はまともにしていないのだが……。
倉安さんが椎菜ちゃんを後部座席のチャイルドシートに座らせ、私は助手席に座る。
「椎菜の好物があるから、あたしの家の近くにあるファミレスでも良い?」
倉安さんの提案は私にとって願ったりだった。
正直、私の家の近所だと知り合いに出会いそうで落ち着かない。
車で走ること30分。
目的のファミレスに到着する。
「いらっしゃいませ。ロイズフェアリーへようこそ。お客様3名様ですか? ただいまのお時間全席禁煙となっております。ご了承ください。それでは、空いているお席へどうぞ」
ファミレスに入ると受付のお姉さんがてきぱきと接客をしてくれる。
「好きに注文してね。なんでも奢るから」
席に着くと、倉安さんが笑顔でメニューを渡してくれる。
最後にきちんと食事を食べたのはいつだっただろうか。
さすがに何か口に入れた方がよいだろう。
そう思ってオムライスセットを頼む。
倉安さんは唐揚げ定食を、椎菜ちゃんにはお子様うどんセットを注文していた。
「よく考えたら聖香ちゃんと会うのって、あの新幹線以来よね」
私に向かって話かける倉安さんの声は、やはり晴美の声に聞こえてしまう。
先ほどまでは何も思わなかったが、その事実を認識してしまうと、涙が出そうになって来る。
でも、テーブルの下でギュッと拳を握り、どうにか持ちこたえる。
それからしばらく雑談をして料理を待つ。
料理が来ると椎菜ちゃんはものすごく喜び、一生懸命にうどんを食べ始めた。
そのあまりの可愛さに、私は思わず携帯で写真を撮る。
御飯を食べ終わり、一息ついたところで、目の前に座っている倉安さんが急に真面目な顔になった。
「ところで聖香ちゃん。これからどうするつもりなの? ほら、学校とか部活とか」
倉安さんの質問に、私は何とも気まずい気分になる。
だが、決して何も考えていないわけではない。
「学校は……。来週から行こうかなと考えてます。今日一ヶ月ぶりに外に出たばかりだし、なにより今週末に文化祭があるんです。晴美が亡くなった直後でそう言う祭りごとはしたくないと言うか。いや、個人的なわがままだというのは分かってるんですけどね。それと部活は……」
私はここまで喋って言葉に詰まる。
「部活には復帰したいとは思ってます。早く復帰しないと11月の県高校駅伝に間に合わなくなってしまいますし……。でも、晴美のことがあって一ヶ月近くも部活に出てないから……。どう言う顔をして戻れば良いのか分からないんです」
私は自分の言葉に落ち込んでしまう。
このままではいけないのは分かっている。
でも戻り方が分からないのだ。
「別にそれは深く考えなくて良いんじゃない?」
落ち込む私とは対照的に、倉安さんがあっけらかんと答える。
あまりにあっさりと言うので、私はあっけにとられてしまう。
「だって別に聖香ちゃんが悪いことした訳じゃないんでしょ。それにみんなだって事情は知ってるんだし。一言、しばらく部活を休んでごめんなさい。って言えば、それで終わりでしょ?」
「そんなもんですかね?」
「そんなもんでしょ」
「でしょ」
私の質問に倉安さんが笑顔で答え、椎菜ちゃんが真似をする。
それが可愛くて思わず私も笑顔になる。
「聖香ちゃんはしばらく落ち込んでたから、考え方もずいぶんとマイナス思考になっているのよ。それに視野も狭くなっているのかも。私だって中高と剣道部だったから分かるけど、部活の絆ってそんなにもろくないわよ。それに聖香ちゃんがしなきゃいけないことは、部活に戻ることじゃなくて、戻ってからみんなと練習を頑張って全国に行くことなんでしょ?」
倉安さんの言葉に、私は目が覚める思いだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます