206区 通知表にはアヒルが踊っています

3000m障害用の障害物が届いた一週間後、県総体のメンバー発表が行われる。


「まず3000m。若宮、ブレロ、藤木」

なんとも意外なメンバー構成だった。


アリスはまだ分からないでもないが、紗耶が3000mというのは、随分珍しい気がした。てっきり麻子が入ると思っていたのに。


麻子自身も意外だったらしく、名前を呼ばれなかったことを不思議がっていた。


逆に紗耶は、妙に落ち着いていた。


梓が入部し、歓迎3000mタイムトライで梓が紗耶とほぼ同タイムで走って以降、紗耶は練習でもかなり追い込むようになっていた。


もともとラストスパートが強い紗耶だが、最近はラストだけでなく中盤辺りから、まるでラストスパートのようにペースを上げて来ることがある。


駅伝メンバーを勝ち取るために、紗耶も必死に頑張っているのだろう。


「次、1500m。湯川、那須川」

名前を呼ばれて、朋恵がおろおろし始める。


「あの……。わ…わたし、1500m初めてなんですけど」


「大丈夫ですよ朋恵センパイ。誰にだって初めてはありますから」

梓が優しく朋恵の肩を叩き、朋恵を落ち着かせようとする。

まったく、どっちが先輩なんだか。


でも、こういう梓の行動は、やはり葵先輩の妹だなと、妙に納得してしまう。


「あと、800mに大和妹」


「まぁ、うちも800mは初めてなんですけどね。中学生で出た公式戦は、1500mでしたから」

梓がちょっとだけ恥ずかしそうに朋恵に言うと、朋恵も梓の顔を見てクスッと笑う。


各自が出場種目を聞き、お互いに感想を述べ始めると同時だった。


「お前ら、まだ発表は終わてないぞ」

永野先生の言葉にみんなの動きが止まる。


「今回は少しスピード練習を入れようと思ってな。2日目のマイルリレーにもエントリーしたから。一応、澤野以外の6人全員の名前でエントリーしてある。こちらからは、誰が何走とは言わない。当日にお前らが決めてよいぞ。スタートとバトンパスの練習も空いた時間にやってくれ」


みんなが騒めきを起こす。

マイルリレーに出場とは予想外だ。


正直、私も出場してみたいと思った。


いや、日本選手権に集中するために総体を辞退したのだ。

ここで走ったら意味がなくなってしまう。ここはグッと我慢だ。


「ねぇ、ところでマイルリレーってどんなリレー?」

麻子が真面目な顔をして聞いてくる。


一瞬目まいがした。


麻子が走り始めて二年と二ヶ月。

まさかマイルリレーを知らないとは……。


「中長距離種目と駅伝はしっかりと理解してるわよ。でも短距離系は知る機会も少ないし」

麻子は必死で言いわけを始める。


「その前にあさこさん。アリス的に言わせてもらうと、1マイルが約1600mってのは一般常識だと思うんです。ちょっとあさこさんには理解が難しいかもしれませんが……」


アリスの一言を聞いて麻子は大きなショックを受ける。


そんな麻子に紗耶が優しく、4×400mで約1600mなのでマイルリレーだと、分かりやすく教えていた。



そんなやり取りから数日。早いものであっと言う間に県総体の日がやって来る。


当日の朝、集合時間前に晴美が美術室へと行きたいと言うので、2人して随分早くに学校へとやって来る。


私達が一番乗りだろうと思っていたら、なんと梓がすでに来ていた。


「うち、時間ぎりぎりで行動するの嫌いなんですよ。だから、夏休みとかの宿題も早くに済ませちゃうタイプです」

何とも耳が痛い言葉だ。


美術室へと向かう前は梓だけだったが、帰って来ると全員が揃っていた。


今年は永野先生、由香里さん、私、麻子、紗耶、晴美、紘子、朋恵、アリス、梓と10人もいる。


由香里さんの車は10人乗りなのだが全員の荷物もあるため、永野先生と由香里さん、2台の車で競技場に向かう。ちなみに永野先生の車には私とアリス、朋恵が乗っていた。


「すごい! 競技場ってこんなに大きいんですね。アリス的にはもっとコンパクトかと思ってました。なんて言うか、せいかさんの胸のように」

競技場が見えてくると、アリスは随分と興奮していた。


「アリスちゃん……。去年のわたしみたいなことを言ってる。いえ、わたしは澤野さんの胸については何も思ってませんよ」

ちなみにその前の年は麻子が言っていた。


どうやら、毎年誰かが競技場を見て驚くというのは、桂水高校駅伝部の伝統となりつつあるようだ。


その前に、朋恵。そのフォローは悲しくなるからやめて……。


駐車場に着くと、さっそく荷物を降ろし始める。

それは、荷物を降ろし始めてすぐのことだった。

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