204区 快晴の空のように美しく
大型連休の最終日。
校舎から見える青空は、気持ちが良いくらいに綺麗だった。
「それにしても、休みの日に校舎に入るなんて滅多に出来ない体験ね」
「そっか。聖香はそうなるかな。部活があっても部室とグランドだもんね」
最終日の朝、晴美から電話が掛かって来た。
「見せたい物があるから、学校へ行かないかな。休日に私とデート出来るなんて、幸せなことだよ」
なんとも強引な誘い方だった。
だが、特に反対する理由もなく、誘われるままにデー……いや学校へと出かける。
文化部も部活をやっている様子はなく、校舎の中は静まりかえっていた。
聞く所によると、晴美はどうしても大型連休中に全国高校駅伝のイメージポスターコンクールに送る作品を完成させたくて、顧問の先生に鍵を借り、毎日美術室に通っていたらしい。聞けば、今回は半年前からコツコツと頑張っていたそうだ。
「それにしても見事に今日は快晴ね」
晴美が絵を取り出している最中に、私は空を見上げ、何気なくつぶやく。
雲ひとつない真っ青な空が、遥か彼方まで続いていた。
青色に透きとおる空を見ていると、心の中まで澄んで来る気がする。
「快晴の空のように美しく。それが私の名前の由来」
戻って来た晴美が明るい声を出す。
「晴美のそのセリフ久々に聞いた。何年振りだろう」
「えへへ。私も自分で言って妙に懐かしかったかな」
晴美が初めてそのセリフを口にしたのは、小学生の低学年だった。
なんでも、両親が「晴美」と名付けたのは「快晴の空のように、美しく綺麗な子供に育って欲しい」と言う願いを込めているらしい。
ある晴れた日に、それを教えてくれた晴美の笑顔を、私は今でもはっきりと覚えている。
「それはそうと、これが完成した作品。締め切りは6月末だけど、私は聖香に見せたら提出しようと思ってるかな」
晴美は持っていたキャンバスボードを恥ずかしそうにひっくり返し、私に絵を見せてくれる。
そういえば、私がキャンバスボードと言う言葉を覚えたのは、中学生の時に晴美がいる美術部に遊びに行った時だった。
そんなことを思い出しながら晴美の絵を見た瞬間、私は言葉を失う。
絵の中に風が吹いていると思った。
ピンクのタスキを掛けた女性ランナーを、斜め後ろから見た視点で晴美は絵を書いていた。その女性の黄色いランシャツと青いランパンのシワ、揺れる髪の毛、脚の筋肉、後ろに蹴った左足、そのすべてが前と進む彼女の力強さを感じさせると同時に、風を生み出している。
それだけではない。一番手前に書かれた彼女と競いながら走る3人の女性ランナー。彼女達の勢いを表すためにわざとぼかして書かれた後ろの景色。それらすべてが合わさって、この躍動感と風が生まれているのだ。
「あの……聖香。黙ってないで何か感想を言って欲しいかな」
晴美の声で私は我に返る。
いったい、どれくらい晴美の絵に見とれていたのだろうか。
「心の底から感動した。風のごとく駆け抜けている感じが伝わってくるよ」
多分私は、あまりの感動に気持ちが舞い上がっていたのだろう。目の前にいる晴美が顔を真っ赤にするまで、自分がどれだけ恥ずかしいことを言ったのか、気付くことが出来なかった。
「聖香……。嬉しいけど、さすがに恥ずかしいかな」
晴美は顔を赤くしながら、返事を返してくる。
ちなみに、どんな反応をするか分からないので、絶対に駅伝部のみんなには秘密にしてほしいと念を押されてしまう。
「これだけ素晴らしい作品なんだし、みんな褒めてくれるよ」
「もしも全員が聖香みたいなことを口にしたら、あまりの恥ずかしさで、私は瀬戸内海に全力ダッシュで飛び込むかな」
私は笑顔でフォローするが、晴美の顔を見ると目がまったく笑っていなかった。
その顔を見て、さすがにみんなには黙っていようと心の中で誓う。
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