203区 聖香の選択

春の心地よさもだんだんと暑さへと変わり始め、気付けば梓が入部してからあっと言う間に二十日あまりが過ぎ、大型連休も目前に迫っていた。


梓自身は否定するものの、やはり梓は葵先輩と姉妹なだけあって、発言や考え方がそっくりな所が多々あり、行動が読みやすい。


おかげで、ずっと以前から部活にいたと感じてしまうくらい、梓は私達と馴染んでいた。


「うちは葵姉とは違います。姉と一緒にされるの嫌なんですよ!」

葵先輩と似ていると梓に言うと、文句しか返って来なかった。

ただし、顔ははめちゃくちゃ照れていたが。


そもそも、部活勧誘の時に葵先輩と間違えられ「髪型を変えようかな」と言いつつも、まったくその気配を見せず、普段から「葵姉がですね~」とよく発言し、アリスに「アリス、大和さんが卒業されてからの方が大和さんに詳しくなった気がします」とぼやかれる始末。


根本的に、葵先輩が果たせなかった夢を、自分が叶えるために桂水高校へ来るくらいだ。


誰がどう見たって、梓は葵先輩のことが相当好きであることに間違いはなかった。


もちろん梓には言わないが……。


そんな梓はさておき、大型連休を前に、私は悩んでいた。


受験生として勉強をしなければならないのは分かっている。それとは別に、昨年、一昨年と二年連続で行っていた恒例の熊本行きをどうするかについてだ。


なにより、えいりんが熊本にいないのだ。試しにメールをしてみたら「大型連休は部活と実家に帰って部屋の片付けかな。いや、決して熊本に行きたくないわけじゃないよ。別に鍾愛女子を喧嘩して辞めたとかじゃないし。


てか、あの学校において私の代わりはいくらでもいるしね(笑)」と返ってきた。


姉に電話をすると、

「ごめん。大型連休は研究室にこもらないといけないくらい忙しい。あ、聖香が来るなら合鍵渡すから好きに部屋を使って。ついでに、少しだけ部屋を片付けてくれると助かる」

と言われる。絶対に少しではない気がした。


熊本に行き、1人でぶらつくのも決して悪くはないのだが……。

悩んだ末、今年は熊本へは行かないことにした。


そう決めた次の日。私はまた別の選択を迫られることになる。


「そうだ澤野。お前に聞きたいことがあった」

部活終了のミーティング直後、永野先生が私に尋ねて来る。


「お前、日本選手権に出る気はあるか?」

「はい?」

あまりに突拍子のない一言に、私は思わず声を出してしまう。


周りにいたみんなも驚きの声を上げる。


「私も元実業団選手だし、色々と知り合いがいてな。日本陸連の関係者から、澤野を3000m障害に出場させてみてはどうかと、話を持ち掛けられてたんだ。ただ、県総体や地区総体との日程調整が難しくてな。総体と日本選手権、どちらも出るとなると毎週試合になるんだ。ひょっとすると3000m障害は良い結果が出るかも知れないが、総体と両立がきついのも事実だ。だから、まずは澤野の意見を聞いてみようと思って」


永野先生の話を聞いて思い出した。

私が高校新を出した時、あのタイムがシーズンランキング2位と言っていた。

そうか……。

つまり、記録の上では、その年の全国2位だったということか。


「まぁ、連休明けでも間に合うからじっくり考えてくれ。総体と日本選手権の二刀流で行くか、総体一本で行くか。個人的には、今年はインターハイの1500mで十分に上位を狙えそうだから、総体一本に絞ってくれるとありがたい。だが、澤野の意思は尊重するぞ」


「永野先生、別の選択肢はダメですか?」

自分で自分の声が震えているのが分かった。なぜなら、次に言おうとしていることが、あまりに突拍子もないことだと、自分でも分かっているからだ。


「なんだ? 他の選択肢って?」


「日本選手権の3000m障害一本に絞らせてください。県総体には出ません。私、社会人や大学生と戦った上で3000m障害で日本一になりたいんです」

私の発言に、永野先生もみんなも唖然としていた。


もちろん、自分でもばかげているとは理解している。

インターハイ予選を回避してまで社会人や大学生と勝負をしようというのだ。


でも、私の中ではチャレンジしてみたい気持ちがあった。記録会としては、3000m障害とナイター陸上で社会人や大学生と走ってるが、陸連の公式試合ではまだ一度もない。


私の中でその気持ちを後押しする理由がもう一つ。


えいりんの存在だ。


えいりんは熊本県選手権で社会人や大学生を相手にしっかりと走り、見事に二連覇をしていた。


私もえいりんのように、年齢などに関係なく真剣勝負をしてみたいと思ったのだ。


「そう来るか。さすがにそれは私も思いつかなかったな。まぁ、澤野がそれを望むのなら、それでもいいぞ。でも、県総体は澤野も応援兼マネージャーで帯同させるからな」


永野先生は私の意見に驚きながらも、最後は快く承諾してくれた。

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