192区 5区へと繋がるタスキ

4区のラスト1キロは、昨年私が走った1区のラスト1キロを逆走する形になる。

つまり、4区もラスト1キロは小刻みなアップダウンが続く。


そのアップダウンをものともせず、城華大附属の西さんは確実に差を詰めて来ていた。


すでに右下に別映像はなくなり、一つの画面で紗耶も西さんも映るまで、差は縮まっている。


ラスト500mの地点で紗耶の表情に焦りが見え始めた。

沿道の応援で、後ろが迫って来ているのに気付いたのかもしれない。


紗耶と西さんの差は現在3秒。

下手をすると、もう2秒差辺りにまで縮まっている。


テレビ画面の左端に表示された距離が2・8キロになった辺りで、紗耶はタスキを取り、一瞬後ろを振り返る。


後ろを振り向き終わると同時に、必死でスパートをかける。トラックレースで何度も見せたそのラストスパートは、「1秒でも1mでも良いから後ろとの差を広げたい」と、必死に願う紗耶の気持ちが滲みでているのか、いつも以上に速い気がした。


ただ、顔は焦りと恐怖が入り混じり、まるでホラー映画の主人公が、我を忘れて逃げ惑う姿のようだった。


そんな紗耶を見ていると涙が出そうになって来る。

それでも、紗耶は頑張った。


大きく差を詰められてしまったが、先頭を守り抜いたのだ。


「さぁ、これは歴史が変わるのか。昨年まで23年連続優勝をしている城華大附属高校ですが、4区終了時点で先頭を明け渡していたことは一度もありません。つまり城華大附属高校以外の高校が5区に先頭でやってくるのは、実に24年ぶりと言うことです。創部2年目の桂水高校。待ち受けるのは唯一の3年生、キャプテンの大和葵。今、笑顔でタスキを受け取り、桂水高校が先頭で第4中継所を出て行きます」


笑顔で出迎えた葵先輩とは対照的に、紗耶は泣きながらタスキを渡し、渡し終わるとその場に泣き崩れてしまった。そんな紗耶を係員が抱きかかえ、中継所の外へと運ぶ。


それと同時に、城華大附属の西さんも中継所に入って来る。


「先頭から5秒遅れ。城華大附属高校3年生西から、昨年も5区を走った2年生山崎にタスキリレー。後輩に連れて行ってもらうのではない。自分達が連れて行くんだ。そう話していた西真奈美。なんと初出場の高校駅伝で区間新記録。9分19秒という好タイム。この4区で一気に26秒も詰めて来た城華大附属。さぁ、レースの行方は5区に託されます」


私の携帯を覗き込む工藤知恵が、安堵のため息を漏らす。

いや、今現在リードしているのは桂水高校なのだが……。


よくよく考えると、ライバル同士である桂水高校と城華大附属が、一緒に中継を見てるというのも妙な話だ。


5区のレースはまったく動きが見られなかった。葵先輩は後ろに山崎藍葉がいるにもかかわらず、最初から落ち着いたペースで走る。山崎藍葉もそのペースに付いて行くかのように決して差を詰めようとせず、1キロを通過しも、両校の差は5秒のままだった。


中継を見る限り、葵先輩は本当に落ち着いた走りをしていた。

あきらかに余裕を残して走っている。


もしかすると、「山崎藍葉に追い付かれてからが本当の勝負」と、思っているのだろうか。


ただ、藍葉も随分と慎重だ。決して焦って追いつこうとはしない。1キロ通過の時点で5秒差。2キロ通過時が3秒差と、ゆっくり差を詰めて来ているに過ぎない。


2キロの通過タイムからして、葵先輩がペースを抑えているのは確かだ。それなのに藍葉が早々に追い付かないところを見ると、どこかで一気に仕掛けるつもりなのかもしれない。


「この勝負、どっちが勝つと思います?」

工藤知恵の質問に、私はバスの中だというのを忘れ、声を出して笑ってしまう。


私達を包み込んでいた静寂が、シャボン玉を割るくらい簡単に消え去ってしまった。


「失礼な。私は自分の学校が勝つことを信じて疑わないわよ!」

それを聞いて、自分がした質問が、どれだけ場違いなものだったか気付いたのだろう。工藤知恵は顔を真っ赤にしながら、「確かにそうですね。失礼しました」と恥ずかしそうにつぶやいていた。


と、ここで画面が切り替わる。どうやら、競技場にある監督ルームのようだ。


「先ほど、5区に城華大附属高校以外が先頭で入って来るのは24年ぶりと申しましたが、その24年前から現在までチームを率いているのが、今映像に出ております阿部監督です。現在64歳。実業団を引退され、城華大附属高校の監督となったのが、31年前。その間に全国優勝4回。準優勝3回、3位が4回、6位入賞7回という素晴らしい成績を残しております。その豊富な経験があるからなのか、城華大附属高校にとっては予想外の展開となった今も、どっしりと椅子に座り、監督ルームに設置された大型モニターで静かにレースを見守っています」


解説者が話し終わると、なんと次に映ったのは永野先生だった。

永野先生は阿部監督とは違い、部屋の壁にすがり、腕組みをしてモニターを見ていた。


「そして、先頭を走る桂水高校を率いるのはこの人。昔からの高校駅伝ファンなら、誰もが一度は名前を聞いたことがあるでしょう。城華大附属高校が初の全国制覇をした時、キャプテンとしてアンカーを走った永野綾子です。今はこうして、指導者として再び都大路を目指しております」


今度は画面が分割され、阿部監督と永野先生が映しだされる。


「みなさんお気づきでしょう。今先頭争いをしている2校。実は監督同士が師弟となっております。これまで多くの生徒を教え、数々の名ランナーを育ててきた阿部監督ですが、先ほどお話を伺ったところ、指導者として戻って来たのは永野綾子ただ1人だそうです。その嬉しさを『桂水高校の活躍は、まるで孫が活躍しているようです』と嬉しそうに話していた阿部監督。この師弟対決の結果も気になります」


なぜだかテレビに映っている永野先生が、顔を赤くして俯いてしまう。


そうか。今の映像と解説は監督ルームのモニターにも映っているはずだ。

それは確かに恥ずかしい気がする。


ここで画面は再びレースへと戻る。まもなく3キロだ。

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