191区 遅れてやってきた秘密兵器

「あの、隣良いですか?」

遠慮気味に尋ねて来る工藤知恵に、私は笑顔で頷く。


昨年の宮本さんといい、工藤知恵といい、どうして城華大附属の選手は私の隣に座ろうとするのだろうか。


「さぁ、3区もラスト200mを切りました。3区で大きく差を広げた桂水高校の湯川。さらに差を広げようと、懸命にスパートをしています。そして待ち受けるは同じ2年生、昨年も4区を走った藤木」


私の携帯からアナウンサーの声が流れて来る。


「正直、あたしは澤野センパイに完敗でした。ずっと澤野センパイが最初のペースで走り続けてくれてたら、傷も最小限で済んだのかもしれませんが……。途中の揺さぶりが相当なダメージで、後半一気にペースが落ちてしまいました。ああ言う戦法もあるんですね。色々と参考になりました」


「いや、あれはたまたまだから」

苦笑いしながら、工藤知恵に返答をすると同時に、携帯の画面では麻子と紗耶がタスキリレーをする。


私が思っていた以上に、桂水高校と城華大附属の差は広がっていたようで、テレビカメラが走り出した紗耶を一旦追った後、再び中継所の映像に切り替わる。


「さぁ、遅れて中継所に姿をみせたのは2位の城華大附属。3区の貴島から4区西へとタスキリレー。前を行く桂水高校とは31秒差」


「大丈夫です。ここまでは、あたし達の中では十分に許容範囲内です。4区から一気に巻き上げますよ」

工藤知恵は私の携帯を覗き込んだ後で、私に向かって歯を見せながら笑ってみせた。


「でも、お互いの高校で、4・5区の差はそれほどないと思うけど。いや、西さんがどれくらいで走るのかは知らないけど」


「ふふ。真奈美さんは秘密兵器ですからね。多分3000mなら9分15秒で行けますよ。藍葉さんですら歯が立ちませんから。ただ、距離に不安があるのと、阿部監督の作戦からここに入れてあるんです。監督曰く、長い指導生活で初めて奇抜なオーダーを組んだとか」

一瞬、工藤知恵の言うことが信じられなかった。


でも、その言葉に嘘がないことはすぐに分かる。


貴島祐梨からタスキをもらった西さんは、ものすご勢いで中継所を飛び出していった。その勢いはまるで紘子や住吉慶が走っているような勢いだ。


紗耶が1キロを通過したところでバスが動き出す。紗耶の1キロ通過は3分12秒。脚もしっかりと動いているし、紗耶自身には全く問題はない。


問題は後ろを走る西さんだ。なんとこの1キロを3分5秒で通過する。


城華大附属がタスキリレーをした時、桂水との差は31秒あった。

それをこの1キロで7秒も縮めていた。


解説も西さんの走りに驚きを隠せなかった。


「これはあきらかに勢いがあります、城華大附属高校の西。さぁ、先頭を行く桂水高校との差をどこまで縮めることが出来るのか」

解説者が興奮気味に語った後で、画面は先頭を行く紗耶に戻る。


しかし、右下に小さく西さんを映し出した映像も入るようになった。

テレビスタッフも西さんの走りに注目しているのだろう。


「真奈美さん、あたしが入学したころは故障してました。でも6月頃からようやく練習が出来るようになって。なんでも阿部監督が、真奈美さんだけ練習メニューをみんなの半分にしたそうです。そしたら故障せずに継続して走れるようになったみたいで。あたしなんて、ものの2週間で抜かれちゃいましたよ。まぁ、元がすごい人ですからね」


「いや、あなたも十分にすごいと思うけど。前に藍葉があなたのことを褒めてたわよ。現に高校から走り初めてこれだけの走りが出来るなんて、そうそういないと思うわ。あなた、人に付いていくだけじゃなくて、集団を引っ張る練習もしたら? そうすれば、もっと記録が伸びそうな気がするけど?」

私の言葉を聞き、工藤知恵は何度も頷く。

しかもその眼はじっと私を見つめていた。


この時、私の頭の中では「あたしは? あたしも高校から始めて、しっかり走ってるんだけど~!」と麻子が訴えていたが、あえて無視をした。もちろん、麻子がすごいのは嫌と言うほど分かっている。


正直、麻子が城華大附属に行っていた日には、桂水高校は太刀打ち出来なかっただろう。


その前に麻子がいなかったら、きっと私は走っていなかったはずだ。


そう考えると、今の自分と桂水高校女子駅伝部があるのは、麻子のおかげと言っても間違いなさそうだ。


それを面と向かって麻子に言うのは恥ずかしいので、心に秘めておくことにする。


そんなことを思っていると、紗耶が2キロを通過する。2キロの通過は6分29秒。このまま行けば紗耶にとって3000mの自己新を出せるペースだ。



だが……。




「さぁ、間もなく2キロを通過しようとする城華大附属高校の西。この西は3年生にして駅伝初出場となりますが、実は彼女、高校生になっての初レースも、この駅伝と言うことになるそうです。中学生の時に全国でも上位に入り、期待されて城華大附属高校に入学。しかしながら、度重なる故障に見舞われ、ここまで記録会を含め、一度もレースへの出場はありませんでした。『私にとって、これが最初で最後になるかもしれないレース。だったら最高の走りをしたい。それに私も伝統ある城華大附属の3年生。1、2年生が主体のチームですが、それでも3年生の意地はある。後輩達に連れて行ってもらうんじゃない。あくまで私達3年生が、彼女達を都大路へと連れて行くんです』レース前にそう話していた西真奈美。その言葉どおり、力強い走りをしています。とても高校初レースとは思えない走り。そして今2キロを通過。先頭との差をまた縮めて来ました。なんとこの1キロで11秒詰めて来た。中継所では31秒あった両校の差が2キロ地点では13秒差にまで縮まっています」


もう2人の差は70mくらいしかない。でも、けっして紗耶が悪いというわけじゃない。正直、西さんがすごすぎるのだ。さすが城華大附属、選手層の厚さはとんでもない。


「お願い紗耶、頑張って」

私に今出来ることは、ただ祈るのみだった。

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