160区 人生で一番最低の一日?
今年も昨年同様、生徒会長のあいさつで文化祭が開幕する。今まであまり気にしていなかったが、今年の生徒会長は男子だった。
「さぁ、みんな準備はいいわね」
葵先輩の掛け声に私以外の全員が頷く。
「やっぱりこの服で呼び込みをやらないとダメですか?」
抵抗は出来ないと悟り、一応セパレートのメイド服を着ているものの、恥ずかしさでいっぱいだ。実際に着てみると、お腹周りが丸見えなのはもちろんのこと、胸やお尻などの見えてはいけない部分も、どうにかギリギリで隠れている感じだ。
ちなみに葵先輩が自作したこのメイド服は、やはり布の面積がかなり少なく、普通の下着を着ていると下着の方が出てしまうので着ることは不可能だった。
仕方ないので、色々と工夫をしているが、その内容がばれた日には……。
それと、以前渡された絆創膏3枚を使おうか、かなり本気で迷ったのは一生みんなには黙っておくことにする。
「もちろん。インパクトは大事よ」
「大丈夫ですし。聖香さん似合ってますし」
屈託のない笑顔を見せる葵先輩と、対照的に顔を赤らめながら恥ずかしそうに言う紘子。
麻子と紗耶にいたっては携帯で私の姿を写真に収めていた。
「まぁ、澤野がどうしても嫌というなら、私は無理に着る必要はないと思うぞ」
永野先生の言葉は、今の私にとって天使の歌声のごとく素晴らしいものに感じた。
「本当ですか? 永野先生!」
「ああ。その服を全部脱いで全裸で宣伝してくると良い。そうすればメイド服を着ている恥ずかしさはないだろう?」
忘れていた。この服を最終的に許可したのは永野先生だ。それも私がお土産を買い忘れたのが発端だ。まさか、ここまでそれが影響をおよぼすとは思わなかった。
「それにしても、普段の練習ではあんなに強気の走りをするのに、こういう時の聖香は別人ね」
「いえ、葵先輩……。誰だってこんな格好をしてたら強気にはなれませんよ。露出狂じゃないんですから」
「てか、せいちゃん。そろそろ呼び込みに行ってくれないと、いつまでたっても店が開けられないんだよぉ~」
紗耶の一言が私にとどめを刺す。もう何があっても逃げれないと悟った私は、しぶしぶながら、この恥ずかしい恰好で呼び込みに回ることにした。
「みなさん、こんにちは。こちらは駅伝部です! 管理棟2階でメイド喫茶をおこなっております。ぜひ一度来てみてください! お願いします」
プラカードを持って、宣伝をしながら校内を歩いているのだが……。
見られてる。ものすごく見られてる。いや、もうあきらかにみんなの視線が私を見ている。これは予想以上に恥ずかしい。
朋恵ほどではないが、それなりに腹筋を鍛えておいて良かった。
「あれ? えっと……澤野さん? でしたっけ?」
名前を呼ばれ振り向くと、恵那ちゃんがいた。出来れば、知り合いには出会いたくないと考えていたが、まさかいきなり出会うとは思わなかった……。しかも、呼び込みを初めてまだ5分と立っていないのに。
「あの…澤野さん。なんでそんなエッチな恰好を?」
「これには複雑な理由があってね」
さすがに永野先生のせいだとは言えなかった。まぁ、永野先生に言わせれば、お土産を忘れた私のせいだと言いそうだが。
「で、恵那ちゃんは何をしてるのかな?」
「お姉ちゃんを探してるの。携帯にも出てくれないんだもん」
困っている恵那ちゃんに、駅伝部の模擬店の場所を教える。
そこからさらに校舎をぐるっと一回りした時だった。
「澤野聖香? あなた何をしているのよ」
聞きなれた声が私の後ろからする。
もしかしたら、今日は人生で一番最低な日なのかもしれない。
後ろを振り向くと、山崎藍葉が立っていた。
かなり驚いた顔をしているが、驚きたいのはこっちの方だ。
さらに悪いことに、城華大附属の住吉慶と貴島祐梨、さらには宮本さんまでいた。みんな私の格好を見て目を輝かせている。
「澤野さんすごい恰好ね」
「素敵です。紘も喜びます」
「澤野の中でその恰好が流行ってんの?」
みんな好き勝手なことを言ってくる。
「なんで藍葉がここにいるのよ!」
山崎藍葉にぐっと近づき、私は叫ぶ。
「仕方ないじゃない。慶が桂水高校まで文化祭を見に行きたいって言いだしたのよ。そしたら、祐梨も会いたい人がいるからって付いて来て。桂水駅まで来たは良いけど、道が分からなくて、宮本さんが地元だったと電話したらこうなったの。それよりあなた……そういう性癖の持ち主なの?」
「これには色々事情があるの!」
私は藍葉をキッと睨む。
「そうだ澤野。この前はありがとうね。小柴に聞いたけど、澤野すごいんだね。3000m障害で高校新とか。それも初出場でしょ?」
宮本さんの言葉を聞いて、城華大附属メンバーの動きが止まる。
「澤野聖香? 一体どういうこと? 意味がわからないんだけど。分かるように説明してくれるかしら」
山崎藍葉が追及してくると、私が説明をする前に宮本さんが全てを語ってくれた。
「信じられない。そんなことって可能なの? だいたいあなた、私と勝負する前にそんなことしてんじゃないわよ!」
藍葉は本当に悔しそうにしていた。相変わらずの負けず嫌いだ。まぁ、その性格は決して嫌いではないのだが。
「でもそれを聞くと、澤野さんの今の格好がますます面白く感じます」
住吉慶にまで笑われてしまう始末。でもこのメイド服を着ている限り、何も言い返せないことを自分が一番理解していた。
と、携帯が鳴る。
右の二の腕に付けている携帯入れから、急いで携帯を取り出す。この格好だと携帯を入れる場所もなかったため、アームバンドを利用して腕に付けていたのだ。
画面を見ると、電話は紗耶からだった。
「せいちゃん、今すぐ戻って来てほしいんだよぉ。大変だよ、お店が回らないんだよぉ~」
電話に出るなり、紗耶が悲痛の叫びをあげる。
「呼び込みは?」
「そんなもの、もういらないんだよぉ。お店はお客さんでいっぱいだから! しかも、せいちゃんを出せって叫んでるんだよぉ~」
なんだかよく分からないが、大変そうなのは伝わった。
「ちょっと私、模擬店に戻るから」
藍葉達を置き去りにし、私はその場から逃げるように立ち去った。
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