148区 アイドル朋恵

必死でメニューを消化して行き、気付けば合宿も7日目が過ぎようとしていた。


7日目の夕方、私達と別メニューをこなしている朋恵が1人で部屋に戻って来る。


「本気で暑いです! 海に行きたいし、スイカが食べたい!」

独り言を大声で叫びながら、朋恵が勢いよくTシャツを脱ぎ、床に叩きつける。


その姿に、誰もがあっけにとられた。


普段、大人しいをとおり越して少し消極的な朋恵が、こんなにも大声で叫んだうえにTシャツを叩きつけるとは。


「ともちゃんが壊れたんだよぉ!」

「ちょっと、朋恵? あなたどうしたのよ?」

「あら、朋恵。ずいぶんと可愛いブラをつけてるのね」

いつもとは全く違う態度の朋恵を見て、うろたえる紗耶と麻子。


逆にまったく動じることことなくブラを褒める葵先輩。

葵先輩はなんとも余裕だ。

正直私も朋恵の変わりように戸惑いを隠せないのだが。


「まぁ、朋恵の気持ちも分かりますし。毎日毎日1人でひたすら走り込んでいたら、自分だって絶対に嫌になりますし」

紘子が床に叩き付けられた朋恵のTシャツを拾いながら少しだけ苦笑いをする。


「違うよ、ひろこちゃん! 1人で走るのは別にかまわないんだよ! 問題は、お日様がわたしの魅力に負けて顔を真っ赤にしてるから、いつも以上に暑いってことなんだよ! いや、もちろんわたしが悪いのは分かってるよ。わたしって可愛いから! ここまで可愛いと罪かなって思ったりもするんだよ。それでもね、暑いのは嫌だから、お日様にはわたしの可愛さに負けず、頑張って欲しいんだよ」


朋恵はまるでアイドルのように決めポーズを取りながら、普段は絶対に出さないような可愛らしい声を出す。ただし、上半身はブラ一枚だ。


朋恵のあまりの変貌ぶりに、駅伝部の誰もがあっけに取られる。


「朋恵ちゃん、具合でも悪いのかな」

「こう言う時は、右斜め45度の角度から叩くと直るって相場が決まってるんだよぉ~」

「いや、もうここまで来たら朋恵も買い替えでしょ?」

多分、朋恵の豹変ぶりに気を取られ過ぎで、紗耶も麻子も自分が何を喋っているのか分かっていないのだろう。


「まったく。みんなおかしなことを言ってるわね。家電製品じゃないのよ。ただ単に、走り過ぎでテンションがおかしくなっただけでしょ? こう言う時は、良い方法があるのよ。うちに任せて。朋恵おいで」


葵先輩は朋恵の返答を待つことなく、上半身ブラ一枚の朋恵を連れて、私達全員がいる部屋を出て行く。


それから10分後。


「あの……。わ……わたし、もうお嫁に行けません……。あんな……あんなことされるなんて……。大和さん怖すぎます」


泣きながら朋恵が帰って来た。どうやら元に戻ったらしく、いつもの喋り方だ。


ただ、いつもの大人しいと言うか消極的な感じではなく、何かに怯えているような感じになっているのは気のせいだろうか。


さらに言うなら、朋恵の後から部屋に入って来た葵先輩が、妙にニコニコしてるのも気になるのだが。


何があったのか聞こうとすると、私の肩を誰かが叩く。

振り返ると久美子先輩だった。


「聞かない方が身のため。それに那須川さんのためでもある。まったく葵は……」

久美子先輩の言葉には妙に説得力があり、私も素直に「はい」と頷いてしまった。

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