141区 紘子勘違いをする

世の中は不思議なもので、悪いことがあれば良いことも起きるようになっている。


中国地区総体の四日後から始まった2年生最初の定期テスト。私はついに順位が2ケタになった。96位とギリギリだったが、それでも十分に嬉しい。


もちろん、晴美や紗耶には到底かなわないし、射程圏内にはいるが麻子にも負けている。


でも、理科教師になりたいと思い始めてから、こつこつと勉強を始め、努力が少しずつ実り始めて来た。それが今回の結果だ。


先日行われた模試でも、志望校を桜ヶ渕大の理学部生物学科にしたらB判定が出た。恥ずかしいので誰にも将来の夢を言っておらず、結果を公表出来ないのが残念だ。まぁ、みんなの将来の夢も気になるし、時期が来たら話しても良いかなと最近は思っている。


将来の夢と言えば、昨日の部活終了後、葵先輩の志望校を聞いて誰もが驚いた。


「防衛大学に行きたいんですか?」


「そうよ。中学生の時から自衛官になるのが夢なの。希望としては防衛大を卒業したら陸上自衛隊に行きたいなって。実家の病院は妹が継ぐって言ってるし。そうそう。せっかくの機会だから言っておくと、防衛大に行くと体力も必要なのよね。だから、うちは駅伝が終わっても引退せずに、ずっと部活に出続けるつもりなの。いいですよね? 綾子先生?」


驚く私達とは正反対に淡々と説明をする葵先輩。

どうも永野先生すら知らなかったらしく、私達と一緒に驚いていた。


さらに驚きなのは、模試の結果で防衛大がA判定だったこと。さすが今回の定期テストも、理数科クラス1位だっただけのことはある。


ちなみに同じ理数科クラスでも紘子は34人中15位だった。


「理数科は手段であって目的ではないですし」

そういえば、紘子は桂水高校に入学するために理数科を選んだと言っていた。


まぁ、あれだけ脚が速くて、勉強も普通に出来るし料理も上手いのだから恐れ入る。


「でもひろこちゃん……。走るのもあれだけ努力しているんだから、勉強も頑張ったらもっと成績上がるんじゃない?」

勉強にあまり興味がなさそうな紘子を、一生懸命に説得しようとする朋恵。


予想外だったと言っては朋恵に悪いが、大人しいを少しだけ通り越し、どちらかと言うと消極的な朋恵が、なんと普通科1年で8位と言うのだから世の中分からない。


でも、朋恵がその成績を取れる理由が少しだけ分かる出来事があった。


今日の練習は3000mのタイムトライ。大型連休後に一度行って以来のタイムトライだ。中国地区総体の敗退が原因なのか、みんなタイムがいまいちで永野先生の叱咤激励が飛ぶ。


そんな中、唯一朋恵だけは好走していた。なんと前回の記録を約2分も短縮し13分22秒で走ったのだ。


「ねぇ。最近気付いたけど、朋恵って、走るたびに大きく記録を更新してない?」

「だよねぇ。これはあきらかにすごいんだよぉ~」

「那須川……。お前なにかドーピングしてないか?」

驚きを隠せない麻子と紗耶。疑う永野先生。


って、顧問としてその発言は……。

確かに朋恵は高校から陸上を始め、毎日頑張って走っている。だが、それだけでここまで記録を短縮できるかと言えば、大きな疑問が残る。


その疑問が解けたのは、その日の部活が終わってからだ。


「ちょっと朋恵、あんたなにそれ!」

部活が終わり、部室で制服に着替えている最中に麻子が突然叫ぶ。何ごとかとみんなが朋恵に注目する。


突然名前を呼ばれ注目された朋恵は、Tシャツを脱ぎ上半身はブラ一枚の状態だった。


最初、なぜ麻子が騒いだのか分からなかった。


「あんた、その腹筋どうしたの? 割れるくらいついてるじゃない」

麻子の一言で私達はようやく理解する。


麻子の言葉どおり、朋恵の腹筋はうっすらではあるが6つに割れていた。さらには背筋もしっかりと付いている。どう見ても私よりも……いや部員の誰よりも体幹がしっかりしている。


「あの……わたし、駅伝部なのに足が遅いから。人より努力しなくちゃって考えて。ひろこちゃんに聞いたら、体幹を鍛えると脚が速くなるっていうから頑張ってて……」


朋恵が入部してまだ二ヶ月半。元々がどれくらいあったのかは分からないが、この短期間でここまで体幹を作ろうと思ったら、そうとう努力をしなければならないはずだ。


「だ、そうよ。うちらも前へ進む努力をしましょう。いつまでも中国地区総体の不甲斐ない走りを引きずってる場合じゃないわよね?」


葵先輩の一言に部室の空気が引き締まって行く気がした。誰もが口にしないが、中国地区総体後、部内の空気は暗いものになっていた。県総体の勢いをすべて持って行かれ、さらには自信喪失と言う重い荷物を背負わされた感じだ。


今日の3000mが良い例だ。


でも朋恵を見て気付く。そんなものは気持ちの持ちよう一つなんだと。

現に朋恵はコツコツと努力をし、確実に前へ進んでいる。


「私も一から体幹を鍛え直そうかな」

お腹をさすりながら私が言うと、麻子が「いやいや」とワザとらしく手を振る。


「聖香は腹筋よりも、バストアップ体操をやるべきよ。どうみても朋恵よりも小さいじゃない。紘子は朋恵より大きいから……。残念ながら聖香の最下位は変わらずね」


「その発言は失礼ですし、麻子さん。聖香さんのは慎ましい胸って言うんですよ」

私のことなのに、紘子が反論する。でも……。


「紘子? フォローしてくれたつもりかもしれないけど、フォローになってないから……。携帯で慎ましいって言葉の意味を調べてみなさい」

自分の発言に悲しくなって来る。紘子も「え?」と言う顔になり、携帯を取り出して検索を始める。


「あれ?」

携帯を見て、紘子は愕然としていた。そんな紘子と私を見て笑う晴美。


部員のなかで一番胸の大きな晴美に笑われるとなんだか悔しかった。


そして私は次の日に、とどめを刺される。

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