120区 願い事ひとつだけ 叶えてくれるなら

えいりんが着替え終わり、2人で街に繰り出す。


歩き始めて5分もすると、並木坂通りと言う通りに出る。多くの店が立ち並びなんとも賑やかだ。こんな場所まで徒歩5分なのだから、えいりんが住む寮が賃貸アパートだったら、さぞ家賃も高かったことだろう。


「まずはこの店から」

えいりんは、言うと同時に一軒の店に入る。入ってすぐに、この店が何屋か分かる。


Tシャツにジャージ、時計にシューズ、サプリメントにサングラス。走るための道具がところ狭しと並んでいる。そう、ランニング専門店だ。もちろん桂水市にもスポーツ店の一角にランニングコーナーはあるが、お店すべてがランニング関係というのは初めて見た。


「こんにちは」

この店の常連なのだろう。えいりんは元気よくあいさつをして奥へと進んでいく。


ガラス張りの壁と天井からの照明で、外にいるのと変わらないくらい明るいお店だが、それに負けないくらい明るい声だった。


「お、市島さん。どうだった県選」

レジの男性がえいりんを見るなり、声を掛けて来る。


「県高校新記録で優勝しました」

右手を高々と上げて、えいりんが嬉しそうに報告する。レジの男性だけでなく、奥から出て来た店員さんからも祝福の声が上がる。


「じゃぁ、約束どおり写真を撮って飾ろうか。そっちの子は友達? 一緒に写る?」


「うーん……親友だけど、倒したい相手ですかね。彼女、私より走るの速いですよ。現に昨年都大路で1区7位だった選手に県駅伝で勝ってますからね」


えいりんが私のことを説明すると、店員がみんな驚く。「えいりんが大げさに言っているだけです」と、必死で弁解するがライバル同士が一緒というのも面白いだろうと、結局2人で写真に写った。昨日今日と、よく写真を撮られている気がする。


その店でTシャツを買って、上通と言うアーケードに向かって歩き出す。


しばらく歩き、私は自分の眼を疑った。


そこは確かに本屋なのだが、入口前のスペースにカッパの銅像が置いてある。それも大小合わせて3匹も。


真ん中のカッパが一番大きく座禅を組んでおり、そのカッパの周りには小さな池が彫ってあった。よく見ると池の中にはお賽銭がいくつも投げ入れてある。


「ねぇ、これなんでお賽銭が入ってるの?」

不思議に思いえいりんに尋ねてみた。


「そりゃ、願いごとを叶えてもらうためじゃない? でも、カッパだから、泳ぎ関係のお願いしか叶わない気もするけど……。って、さわのん! ストップ! ストップ! なんで財布を投げ入れようとしてるのよ」


一瞬意識が飛んでいたが、えいりんの叫び声で我に返る。


危ない。全財産をつぎ込むところだった。


「もしかして……さわのん泳げない?」

「……」

沈黙が答えとなってしまい、私が泳げないと知ると大笑いされてしまう。


失礼な。そもそも生物は進化によって海から陸に生活の拠点を移したのだ。

だったら、陸のみで生活したって良いじゃないか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る