65区 宿泊所到着

「きつかったよぉ~。レースだと3000mがすごく長く感じたんだよぉ~」

レースを走り終わったばかりの紗耶は、私達の所に帰って来るなり、叫び声に近い声を出す。


「これが精一杯」

久美子先輩は元々静かな方だが、今はいつも以上に静かになっていた。


静かに感想をもらす久美子先輩に、「十分だ」と永野先生はねぎらいの言葉をかける。


紗耶と久美子先輩のダウンが終わると、私達は全員で由香里さんの車に乗り、本日の宿泊所へと移動する。今回は2日間にまたがって試合があるので、宿泊することになっている。


まぁ、考えようによっては県総体が例外だったと言えるのかもしれないが。


由香里さんの車に10分程揺られ、宿泊所の旅館に着く。


「これは……なんて言うのかしら。良い意味で言うなら趣のある旅館ね」

「つまり古い。いや、これはぼろい」

必死に言葉を選ぶ葵先輩に対し、久美子先輩がストレートに感想を言う。


「まぁ、私が高校生の時からある旅館なうえに、外装は当時と何一つ変わってないしな。私達も初めて見た時は言葉に詰まったが……。まさか改築や改装をしてないとは」


永野先生も苦笑いしながら旅館の入り口を眺めていた。


「なるほど。だからこうなるんだ」

麻子が1人で何かを見て納得している。


気になって、麻子の後ろから覗き込んで見ると、「歓迎『桂水高校駅伝部』様」と書かれた看板の2つ横に「歓迎『城華大附属高校陸上部』様」と書かれた看板が立てられていた。


「え? 阿部監督、今でもここを使ってるの?」

真顔で驚く永野先生。どうやら本当に知らなかったようだ。


玄関前でたむろしていても仕方がないので、中へと入る。


永野先生は部屋割りを考えるのが面倒くさかったのだろうか。永野先生と由香里さんで一部屋。私達6人で大きな一部屋という、ものすごく簡単な部屋割りだった。


「わたし、廊下側が良いんだよぉ~」

「ちょっと紗耶! なに勝手に決めてるの」

「じゃぁ、私はテレビの前かな」

「それは先輩に譲るべき」


部屋に入るなり、みんな寝る場所の取り合いを始める。初めての遠征宿泊でテンションが上がっているようだ。全員での宿泊は夏合宿でもしているのだが、あの時はきつすぎてそれどころではなかった。


「ほんとお前ら元気だよな」

いつの間にか、永野先生がやって来ていたらしく、私達の姿を見てため息をつく。


「たのむから、こういう時に怪我だけはしないでくれよ。駅伝は全部で5区間。つまり我が駅伝部は補員がいないんだ。誰かの怪我はそのままチームの棄権を意味するからな。それと食事は1時間後の18時から2階の大広間な。風呂はその後自由に入ってくれ。ミーティングを20時からやるから、それまでには済ますように」


用件だけ使えると、ふすまを閉めて永野先生は部屋から去って行った。私達はその後も寝る場所を決めるのにかなりの時間を要し、気が付けばもう18時になる寸前だった。

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