47区 私の目標

「さぁ、ラスト1キロでついに城華大附属高校が2位集団に追い付きます。追いつきますが、まったく眼中にないと言った感じで、あっさりと抜いて行く。これで山口県代表・城華大附属高校が単独2位に上がりました。先頭との差はわずかに10秒。この勢いで行くと追い付きそうだ」


アナウンサーの言葉どおり、永野先生はじわじわと先頭との差を詰めて行く。

まさに驚異的としか言いようがない。


その走りに、私は寒気すら感じ始めていた。


「さぁ、先頭がトラックに戻ってきました。そして、それとほぼ同時にトラックに戻って来たのは2位の城華大附属高校永野。ここからトラックを500m走ります。と、ここでついに永野が先頭に追い付く。城華大附属高校永野、鍾愛女子高校井村、両者が一歩も譲るものかと言わんばかりに並走しています」


合宿の時に教えてもらったので結果は知っている。

それでも目が離せない。結果がどうこうではない。

永野先生の走りから目が離せないのだ。


両者の並走はラスト200mまで続き、そこから永野先生がラストスパートを仕掛けた。その走りは、あのペースでここまで走って来て、いったいどこに力が残っていたのかと問いたくなるくらい、ものすごいラストスパートだった。当然、相手もまったく付いていけず、大きく離されることとなる。


「これはすごい。まるで200m走だ。井村まったく付いていけません。これはもう優勝は間違いないでしょう。昨年悔し涙を飲んだ山口県代表・城華大附属高校。順調に思われたレース、まさかの4区アクシデント。しかしそれを帳消しにして、なお余りある永野のこの走り。さぁ、両手を上げて笑顔でゴール。タイムは1時間7分4秒。城華大附属高校初優勝!」


力強いアナウンサーの声が響いた。


それと同時に、弾けるような笑顔で永野先生がゴールテープを切る。笑顔だけではない。高く上げた永野先生の両手は、まるで小さな子供のように、喜びを全身で表現してるかのようだった。


でも、それもほんの一瞬。ゴールテープを切り一歩踏み出すと同時に、永野先生はその場に倒れ込んでしまう。役員が慌てて駆けつけ先生を運んでいく。どうやら力を使い切ったようだ。


それを心配しながらも、アナウンサーは今の永野先生の区間タイムが15分16秒で大幅な区間記録だと興奮気味に伝えていた。向こう20年は破られることのない記録だろうと解説を付け加えて。


「上には上がいる」

ゴールシーンでDVDを一時停止して、久美子先輩がため息交じりに言う。


「いや、久美子。それはせめて一度でも日本一になってから言うセリフじゃないかしら」

そんな久美子先輩に葵先輩は冷静にツッコミを入れる。


「いやぁ、でもすごく感動したんだよぉ。わたしもあんな風に走れるようになりたいなぁ~」


「あたしも思った。明日からの練習に俄然やる気が出たわよ!」

紗耶と麻子は、永野先生の走りを見てやる気を出していた。

その2人の発言に葵先輩と久美子先輩も頷く。


でも、私はちょっと別の感情を抱いていた。確かに永野先生の走りはすごかった。目標にしたいというのは、他の部員と何ら変わりはない。現に先ほど、ランナーとしての永野先生に憧れとも尊敬とも思える感情を抱いていた。


ただ、みんなは当時の永野先生に対して、ランナーとしての憧れを口にしている。

私の憧れはその先へと進んでいた。


私もあんな走りがしたい。その経験を生かして永野先生のように指導者になってみたい。そう感じていた。


それこそ同じ高校教師として、都大路を目指して。


定期テストが返って来た時、晴美に言われた。


将来の目標があれば、勉強も頑張れるのではと……。あの言葉が今は正しいと理解できる。永野先生のようになるためには勉強も必要だ。よし、少しずつで良いから頑張ろう。心の中でそう決心したその時だった。


「いた。お前らいったいこんな所でなにをしてるんだ。部室に行っても誰もいないし、校内放送で呼んでも職員室に来ない。さらには大和や恵那の携帯に電話しても出ないし。学校にいる生徒に聞きまくって、やっと見つけたぞ」


美術準備室のドアを勢いよく開けて永野先生が入って来た。今、永野先生のようになりたいと思った矢先に本人の登場である。私は恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまい、ばれないようにそっと顔を下に向けてしまった。

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