20区 もう1人のライバル
私達が競技場の前でワイワイやっていると後ろから声がした。
「あら? 澤野聖香じゃない。なんでこんなところにいるのよ」
その声を聞いただけで、私は相手が誰だか分かってしまう。
えいりんが唯一私のことを『さわのん』と呼ぶように、私のことをいつもフルネームで呼ぶ人間が1人だけいる。
「いたら悪いの? 相変わらずな喋り方ね、山崎藍葉」
わざと私もフルネームで相手を呼びながら後ろを振り返る。そこには、私よりもあきらかに長身で、肌が白く、生まれつきの茶髪を短くまとめたその人物が立っていた。
ただ、驚いたのは彼女が着ていた服である。『城華大附属』と左胸に刺繍の入った上下蛍光オレンジのジャージ。つまり私の目の前にいる彼女は、県内で一番強い学校の陸上部ということだ。
確かに彼女の実力なら大いにありえる。
というより、それ以外ありえない。
「澤野聖香、あなたもう走るのを辞めたって聞いたんだけど。だから城華大附属の推薦も断ったんでしょ?」
「まぁ、色々あってね。今は地元の桂水高校よ」
「そう。何はともあれ、あなたがまだ走るのを辞めてなくてよかったわ」
山崎藍葉は本当に嬉しそうに私に語って来る。
その理由が分からずに私は首を傾げる。
「だって、そうでしょ。私達の代は、澤野聖香と市島瑛理、それと私で三強って言われてたのよ。でも、当の本人からしたら迷惑な話よね。3人で一括りなんて。高校になったら誰が一番か分からせてあげようと思ったのに……。市島瑛理は県外に行くし、澤野聖香は走るの辞めたって聞いたし。あやうく、目標がなくなるところだったわよ」
「でも私、中3の時に藍葉に負けたこと一度もないけど?」
ごく自然に言葉が口から洩れていた。
それを聞いた瞬間、山崎藍葉が顔をしかめる。
「さっきプログラム見たけど、あなた今回はレースに出ないみたいね。3000mを見てなさい。言っとくけど、中学までの私とは別人だから」
そのセリフを最後に山崎藍葉は競技場へと歩いて行ってしまった。
「何? 今の人とあなたって仲悪いの?」
麻子が心配そうな顔をして私を見つめている。
いや、むしろ私の中で山崎藍葉は親友の1人なのだが……。
「山崎さんとせいちゃんが一緒にいる所、久々に見たんだよぉ~。中学の時は、三強の3人には近寄りがたかったんだよねぇ。今はせいちゃんに対してなら、まったくそう思わないけど」
「それって喜べば良いの? それとも悲しむべきなの?」
無邪気に笑う紗耶に、私は本気で問いただしてしまう。
「まぁ、うちが今のやり取りをみて思ったのは、ただ一つ。うちら、ユニホームは作ってもらったけど、よく考えたらジャージがないわね。これは綾子先生に訴えるべきね」
葵先輩が握り拳を造りながら、なんとも的外れなことを口に出す。いや、部長としてはしっかりと部のことを考えた立派な意見なのだろうか。
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