17区 晴美の思い

大型連休が終わってしばらくたったある日。私は晴美に連れられ、美術室へとやって来た。


駅伝部のマネージャーと美術部を兼任している晴美は、慣れた足取りで中へと入って行く。私は晴美とは正反対で恐る恐るだ。実は美術室に来たのはこれが初めてなのだ。


というのも、桂水高校では「美術・音楽・書道」の中から一科目を選択すれば良いようになっている。つまり美術を選ばなければ、根本的に来る機会がないのだ。


中学の時は、陸上部の部活が早く終わると晴美に会いに行っていたが、高校に入学してからは美術室が管理棟最上階の一番奥にあることも影響し、一度も行っていなかった。


そもそも晴美が美術部に顔を出すのは週に1、2回だけだ。


「聖香。こっちこっち」

先に入った晴美が奥で手招きをしている。


私達以外誰もいない美術室の中を歩くと、ほのかに絵の具の独特な匂いが漂ってきた。中学も高校も美術室の匂いは変わらないらしい。


「どうかな。まだ下書きの段階なんだけど」

晴美が両手で抱えながら、大きなキャンバスを見せてくる。


そこには、まだ丸や楕円を組み合わせただけの状態ではあったが、ランナーが描かれていた。


「へぇ。さっそく取りかかってたんだ」

私はその絵を見ながら感心したようにつぶやく。


ことの始まりは大型連休が終わった次の日だった。その日の晴美は、なにか悩んだような顔で部室に入って来た。よく見ると手元には一枚のプリント。不思議に思った麻子が訪ねると、晴美はプリントを私達に見せてくれた。


それは全国高校駅伝のイメージポスターコンクール募集の案内だった。


「マネージャーとしてみんなを支えるという形で私も共に都大路を目指してるけど……。自分の力で都大路を目指してみるのもありかなって」


その時の晴美はすごく照れくさそうにしていた。

それでも、みんなに頑張ってみたらと進められ、今にいたるというわけである。


「とはいっても、まだまだかな。そもそもイメージもいまいち固まってないし。なんだか毎日頑張って走っているみんなに置いていかれている気分かな」


私に見せてくれたキャンバスを眺めながら晴美はため息をつく。


「いやいや、駅伝部だってようやく始動し始めたばかりだし、あせらなくても。もしかしたら私達が都大路に行くより先に、晴美のポスターが採用されるかもよ」


私の一言に晴美はちょっとムッとする。


「それはダメかな。私は三年連続で採用されるってことはまずないだろうけど……。聖香には三年連続で都大路を走ってもらいたいかな」


晴美の一言に「まぁ、そうなるようにしっかり頑張るよ」と私は返事を返す。その答えに晴美が頷ぎながらキャンバスをしまう。


 その後、2人で美術室を後にして帰路へとついた。

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