Daily News.docx

「こんばんは、本日のニュースをお伝えします」

 艶っぽさの中にも抑制が効いていて知性を感じさせ、少しゆっくりとした口調で話す女性の声が電波にのって世界中へ届けられる。

「始まった、始まった」

 男が3人、モニターを見ながら番組の様子を見守っていた。

 午後10時から始まるこのニュース番組は、在外日本人向けにインターネットでも配信されていて好評だ。そしてこのニュース番組が話題になっているもうひとつの理由がこの声である。スタジオには放送局の解説委員、コメンテーターのお笑い芸人が座っている。2人とも男性だ。この番組に女性は出ていない。声は、この局が作った最新の音声合成システムによっ発せられているのだ。げこうを書く必要もない。事件の一次情報を入れて設定をすると、人工知能が自動でニュース原稿を組み立ててくれるのだ。時間も確実に守ってくれるため、スタッフも大幅に減らせるようになったのである。全体を管理するディレクターと、カメラのスイッチャーと雑用をするアルバイトがいるだけだ。

「最初のニュースです。昨日お伝えした変死体発見について、遺体の身元が判明しました。被害者について、家族や知人から取材を行いました」


「ああ、あったなぁ」

「やっぱ殺しなんですかね」

 そんなことを言いながら、スイッチャーはコメンテーターのカメラから人工知能が編集した映像に切り替える。報道の中身については人工知能に任せる部分が多くなっているため昔よりニュースの内容が頭に入らなくなっている。


「男は、日頃は常識的でありつつも粗暴なところがあるといい、学生時代には同級生をいじめることもあったということです。いったい、彼の心の中に、どのような闇が広がっていたのでしょうか。今回の事件に、男の家族は何が起きたのかわからないという感じで、失望と悲しみを抱いていました」


そのアナウンスに、スタジオにいる2人は目を見合わせ、スタッフのいる副調整室は先ほどまでの弛緩した空気が急に締めつけられたように顔をこわばらせた。


「おい、なんだこれ、バグか」

人工知能にデータを入力する担当のアルバイトが慌てて調べ、そして手を止める。



「あ、すいません、被害者用のスクリプトじゃなくて、加害者用のスクリプト走らせちゃいました」

「はあ、てめえ何やってんだよ、殺すぞ」

「す、すいません」

「すぐに直せんだろうな」

「はい、ボタン、押すだけなので」

「じゃあ、とっととやれや、あと手動で謝らせとけ。それから今日はもううぜーから始末書書いてとっとと出てけ。処分は上と話すから」

「あ、あ、はい」



スタジオのコメンテーターにもマイクから指示が入る。間髪入れずに、また先程の美しい声をマイクが拾う。


「失礼しました。バグで別のニュースの原稿を読んでしまいました。被害者の男性は頃常識をわきまえながら活発な人物であり、学生時代には同級生と一緒に一つのことに取り組んでいたということです。いったい、彼に何があったのでしょうか。今回の事件に、男性の家族は何でこんなことにという感じで、悲しみを隠せない表情でした」

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