手紙

謹啓 春寒次第に緩み、一雨ごとに春の息吹が立ち込めてまいりました。ご一同様におかれましてはますますご壮健のことと存じます。私事ですが、ここ一ヶ月ほど身体を壊しておりましたが、少しずつ快復の兆しも見えてきたためこの度筆を執らせていただく次第となりました。

 その後お元気にお過ごしでしょうか。あのようなことがあった後ですから、心休まらない日々が続いているのではと慮りますが、せめて穏やかな日々が少しでも訪れますよう願ってなりません。

 思えば三ヶ月前、長男様があのようなことになってしまってから、ご家族の果てない苦しみというのが始まったと存じます。私も一報に触れ、衝撃を受けたことは言うまでもありません。この三ヶ月間、自らの葛藤や、周囲への対応など、眠れぬ日々を過ごしていたのではないでしょうか。私も忸怩たる思いを抑えられなかったというのが本音であります。改めて春の陽気のような穏やかな日々が帰ってくることを願ってやみません。

 改めて思い出すに、今回の事件というのはご家族や私だけでなく、国民の多くに驚きと悲しみ、そして苦しみを与えたものでした。まさか貴方様のご長男様が世間を騒がせていたあの事件の被疑者として逮捕されるとは、青天の霹靂という思いだったかと思います。四ヶ月前、あの事件の一報をニュースで見た時にはご家族も私達と同じように驚きと怒りを覚えたのではないでしょうか。三日前から行方不明になっていた女子小学生が、山中で暴行された上で遺体となって発見されたという、筆舌を尽くし難い陰惨さに多くの人が胸を痛めたものです。幼くしてその未来を奪われた被害者のことを思うと言葉もありません。また、娘を突然奪われた遺族の思いというのは察するに余りあるものです。「娘を返して欲しい」と涙をこらえながらカメラの前で語ったその心痛な姿は脳裏に深く刻み込まれているかと思います。そしてその後、ご長男様が逮捕されて、具体的な犯行の過程や、「友達がほしかった」などの動機についての証言が世に流れることになったわけでした。それを聞いた遺族の思いはいかばかりであったか、考えるだけでも目のうるみと手の震えを禁じえません。

 もちろん、皆様も、事件後の苦労というのはさぞかし大変であったはずです。マスコミは毎日24時間体制で自宅にはりつき、地域住民も皆様と遠ざけ、孤立してることでしょう。警察の人間も何度となく事情を聞きに来たでしょうし、その際に何か言われたのではないかとも想像いたします。長男の他に妹さんがいらっしゃいますが、すでに学校も休まれ、今は親戚の家に預けていて、今後は施設に預けることを検討されていると聞きました。とてもお辛い日々を過ごされているのでしょう。

 何より今回の件が議論と怒りを生んだ理由に、わざわざ書き記すことでもないとは思いますが、犯人であったご長男が17歳の少年であったことも大きいのは言うまでもありません。これも書き記すまでもないことですがこの国には少年法というものがあり、法を犯した未成年者は成人とは違う処遇をされるということになっています。司法や報道において実名が公開されない、凶悪事件を除いて刑事裁判の対象にならない、裁判になったとしても18歳未満であれば死刑になることはないなどです。今回加害者になったご長男は家庭裁判所に逆送致されることになりましたが、法律の専門家によれば10年〜15年の刑になるのではないかとということです。素直に申し上げればこのような法律、そして長男の処遇には疑問を抱いています。それが少年であろうと成人であろうと、殺された被害者、そして遺族、殺人犯の社会復帰に怯える私達には変わりがないのです。いや、むしろ未成年というのは成人より多くの場合で長く生きるから、むしろ私達の抱く恐怖というのはより長いものとなってしまうのです。

 といったような非難が、周囲の友人の発言や、テレビ、インターネットなどでよく散見されます。おそらくはご家族にも届いているのではないでしょうか。たとえ罪を犯していたとしても、ご両親にとっては大切な息子さんであり、妹さんにとってはかけがえのない兄であることでしょう。今頃妹さんも開花したばかりの大きな桜を、青い屋根が特徴の家の窓から見上げつつお兄様のことを思っているのではないでしょうか。お父さんも、退職の準備をしながら悲しみにくれていると存じます。これから、皆様の人生がどれだけの苦悩や弊害にあふれるかを思うといてもたってもいられず、今回手紙と荷物を送らせていただいた次第でございます。皆様が苦しみから逃れられるよう、送らせていただいた荷物が役に立てばと思っております。見ていただければわかると存じますが、瓶を三つと、ロープを三本お送りいたしました。飲んでいただいても、吊っていただいても構いません。殺人鬼の家族とはいいましても、自由というのはあるべきですので、このような形を取らせていただきました。これで、ご家族の皆様が苦しみや恐怖から開放されることを願ってやみません。

 話を一度戻すのですが、少年法の趣旨というのは未成年者というのは保護するべき存在であるということだそうです。であれば、本来保護すべき存在であるご家族にも責任があると考えるのが普通ではないでしょうかと考える人は多いのです。実際私が読んでいたウェブサイトでもご両親は責任を取るべきだという声が大勢でした。彼らの思いも、この瓶とロープで晴らされれば、私としても本望です。こちらの住所も、妹さんの顔や今住んでいる親戚の家もこのサイトで知りました。被害者の復讐として妹さんに性的な危害を加えようという声も散見され、これは早くお伝えし、妹さんもこの危険から抜け出していただかなければならないと感じたのも、今回手紙を送った理由の一つであります。おそらく彼らはご家族がどこに移動しようともその所在をなぜか突き止め、インターネットに改名した本名と顔写真を掲載し続けるでしょう。そして、またマスコミが来て、周囲の住民があなた方に後ろ指を差し、その繰り返しとなるのです。これからご家族がそのような目にあうことがないよう、今回の荷物をお使いいただければと思います。三人分ご用意いたしましたので、ご家族は一緒である方が美しいですからぜひ娘さんも呼んでいただければと思います。ご長男様が置いていかれるとお思いでしょうが、必ず私達がご長男様も釈放後にそちらへ行くように導きますので、ご安心いただければと存じます。

 改めまして、ご一同様に安息の時が訪れますよう、お祈り申し上げます。  敬白






※この作品の中に少年法に関する描写がありますが、実際の少年法ではなく、この法律に関する誤解込みの俗説的な理解をベースとした描写となっております。関心を持たれた方は書籍などでお調べいただければありがたいです。

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