8 見たら絶対死ぬ絵文字 その1

「就活していた頃が、一番良かった」

 深田恭介ふかだきょうすけは、それまでの人生を振り返ってみて、間違いなく今が最悪だと思った。社会人2年目。就職活動は色々あったけど、全体としては順調だったし、面接でいちばん印象の良かった黒井商事に入社することにした。新人研修も楽しかった。けれど配属されたのが、第一事業部事業推進課。課長があの働木鯛造だった。こんな酷い人間は見たことがない、深田はずっとそう思っている。社員を人だとは考えてない。モノか道具の類だとみなしている。それが働木という男だ。とにかく最悪であることの原因はぜんぶ働木のせいだ。


「給食当番! まだ準備ができていないのか!」

 働木は怒鳴った。しかしマスクをしているので、その声もじゃっかん丸みを帯びている気がした。いや、油断してはいけない。本当の地獄はここからだ、誰も覚悟を決めている。

「いただきますの前に言っておきたいことがある」

 働木課長は食堂の壁際に並んで配膳が終わるのを待っている課員たちをにらんでいた。

「給食当番もよく聞いておけ。今回の給食から米の納品業者を変えた。もしかしたら米粒の数をごまかしているかもしれない。各自、給食を食べる時は、お米の数を数えておくこと」

 黒井商事では「給食」がある。およそ月に1回、各部署ごとに社員食堂で給食を食べるのだ。今日は事業推進課が給食の日だった。

「いただきます!」

 働木課長の大声に続いて、皆が声を合わせて、いただきますと繰り返す。

「食事は心をひとつにするすることが大切。俺の箸の動きをちゃんとまねろよ」

 自分の好きなように箸を使うことは許されていない。課員は働木課長の箸の動きに合わせて、自分の箸を動かし、皆がマスゲームのように食事をする。

「こら! 深田。箸が遅れているぞ!」

 ち、やってらんねーよ、深田は思わず舌打ちをしそうになったが、なんとか持ちこたえた。

 誰も喋らないまま、全員が同じ挙動をして食事をあっという間に平らげる。働木課長は早食いだ。食が細い女性社員はむりやり口に詰め込み、飲み込む。吐き気を我慢している課員も多い。

「ごちそうさまでした!」

 全員が合掌して叫んだ。働木課長はお茶をひと飲みすると、落ちついた声で話しはじめた。

「最近、見たら絶対死ぬ絵文字が流行っている」

 真剣な話しぶりに、全員が背筋をぞっとさせて不幸の始まりを予感した。

「スマートフォンでメッセージを遣り取りするLINEってあるだろ。あるスタンプを使うと、そのスタンプを読んだ者の全員が必ず24時間以内に死ぬらしい。先週は、FX投資課が全滅している。我が課も、LINEでの業務連絡が盛んだが、くれぐれも見たら死ぬスタンプには気をつけてくれ」

 おそるおそる手を挙げて、質問する深田。

「それはどのスタンプなんですか。もしダウンロードしていれば、すぐ削除しようと思います」

 にやりとする働木課長。

「良い質問だ、深田。でもな、どのスタンプが死ぬスタンプかは分かっていない。なにしろ見たら必ず死ぬんだ。死んでしまうから、死人に口なしで分からないんだ」

「じゃあ、課内グループでのスタンプを禁止したらどうでしょうか?」

「バカヤロウ!」

 働木課長は机を叩いて、怒鳴った。

「LINEのスタンプはコミュニケーションの円滑化のために必要不可欠だ。スタンプはこれまでどおり積極的に使ってくれ。もし既読マークが全員分つかない場合は、すでにスタンプが使われて、死んでいる場合がある。そうなったら、覚悟を決めるように」

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課長働木鯛造、怒りのデス・ロード 矢那川ヤナ @Garakutayama

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今までインターネット上で創作活動をしてきました。そろそろ他のメディアにも進出したいです。もっと見る

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