6 上司に指導料2万円を振り込む社員 その3

 いったいどのくらい時間が過ぎたのだろう。銭我星実は暗闇のなか、床に座り込んでいた。扉を押しても引いても、大声も上げても、どうにもならなかった。もうだめかとあきらめかけたその瞬間、こっこっ、と音が聞こえた。

「足音だ、誰か来たんだ」

 足音は扉の前で止まり、扉を叩く音がする

「俺だ、働木だ」

 働木鯛造! なぜここに来たんだ。銭我はワラにもすがるような気持ちもありながら、働木への嫌悪感に背筋が凍る。

「おい、金庫管理課、開けてやれ」

 そう働木が言うと、しばらくして金庫が開いた。銭我はあたりが明るくなって目がくらんだ。働木課長と金庫管理課の課員が扉の前に並んで立っているのが、なんとか見える。

「この金庫は、武器金庫だ。現金は入っていない。しかし、お前も詰めが甘いな」

 働木は座り込んでしまっている銭我を見下ろした。

「仕事がなくても残業して残業代を稼ぐお前が珍しく定時で帰るから、志似に尾行させたんだ。金庫のなかに閉じ込められたというから、金庫管理課に開けてもらうことになった」

 銭我は消えそうな声で「すみません」と呟く。

「お前、そんなに会計係をやるのが嫌なのか」

 うなづく銭我。

「どうしても嫌です。誰か別の人に代えて下さい」

 働木はしゃがみ込んで、銭我に顔を寄せて言う。

「駄目だ。上司の命令は絶対だ。もし上司の命令に背くのなら、俺を倒してからにしろ」


 もう就業時間はとっくに過ぎたというのに、9階社員専用闘技場には大勢の人が詰めかけていた。今日の対戦カード、働木鯛造vs.銭我星実。第三営業部は屋台を出して、焼き鳥を売っている。もちろん串は鉄製で、鋭く尖っているから、護身用にちょうど良い。

――カン!

 ゴングが鳴った。働木はワイシャツを脱ぎ捨て、上半身裸になる。対する銭我は先ほどの武器金庫からくすねてきた日本刀を鞘から抜きだした。妖しく光る刀剣。

「女だからって、容赦はしねえ!」

 働木は銭我に殴りかかった。銭我は日本刀をぎこちなく振り下ろす。その時であった。

 ぶおおおん!

 日本刀から波動が出て、働木を直撃する。波動を受けた働木は「もったいない、もったいない」と言いながら、リングの床に10円玉が落ちていないか探し始めた。

「こ、これは名刀、度毛知時雨どけちしぐれ!」

 働木と一緒に金庫を開けた金庫管理課の課員が叫んだ。

「すごい妖波だ。ケチな人間が持つと真の力を発揮すると言い伝えられた怪刀。こちゃ、とんでもないケチんぼだな。信じられないパワーになっている!」

 銭我は床に這いつくばっている働木に近づくと、刀を振り下ろした。波動が働木を襲う。

「うわわ! もったいない、服が汗を吸って汚れる。もったいない」

 もう働木は錯乱んしている。服を脱ぎだして全裸になって、「10円落ちてないから」と呟きながら、何も落ちていない床で眼を皿にして、10円玉を探している。

「死ねや! 働木!」

 銭我は働木の脇を刺した。力が弱いからか、深くは刺さらなかったが、それでも働木の横腹からは血が流れる。

「ああ、血が出ている! もったいない、血がもったないない。栄養分が流れ出てしまう。食事代は無駄になる」

 働木は床に落ちた血を指でさすってなめている。

「えい!」

 銭我は働木の腕や脚をぶすりぶすりと刺していく。「もったいなーい! 命がもったいなーい!」と悲鳴を上げながら転げ回る働木。それでも10円玉を探し続ける。

「トドメだ働木課長! わたしは絶対に会費を立て替えない!」

 銭我星実は刀を振り上げると、働木鯛造の首めがけて力いっぱい振り下ろした。

 

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