5 上司に指導料2万円を振り込む社員 その2

「歓迎会はいつものレストランだ。料金前払いだからよろしくな」

 働木課長にそう命令された銭我星実は、去年の歓迎会の会計係をやった先輩に助言を求めた。すると彼女は「あのレストラン、貸し切り予約だと料金前払いなんだよね、確か17万円わたしが立て替えたかなあ」と言う。

――冗談じゃない!

 銭我はいきどおった。決して17万円が用意できないわけじゃない。でもそれだけの額を立て替えたとして、ちゃんと回収できるかかなり不安だ。働木のやつは、私がお金にうるさいのを知っていて、わざと会計係をやらせたに違いない。銭我はいっそう働木を憎んだ。

 どうしても自分が損をすることはしたくない。立て替えをせずに済む方法。そうだ、と銭我はひらめいた。

 レストランに電話して貸し切り宴会の予約と代金の見積もりを依頼した。折り返しの電話で今年は全部で18万5千円必要になると言われた。これを参加する人数で頭割りして、今から徴収しよう。さっそく働木のところにお金を請求しに行く銭我。

「ふざけるな、飲む前から飲み代を払えるかよ」

 働木鯛造は怒鳴った。あまりにも威圧的だったから、銭我は耳がきーんとしたような気がした。

「だいたい当日、欠席する奴もいる。費用はその日に参加した社員の数で等分だ。歓迎会が終わってから金は集めろ」

 働木は銭我をにらんで言う。銭我は怒りでぷるぷる震えている。

「私が代金を立て替えるなんて嫌です」

 銭我は叫んだ。

「これも業務のうちだ。つべこべ言わずやれ」

 働木の剣幕に押された銭我はあきらめたような素振りをみせて席に戻った。

――そうだ、いいこと思いついた。


 就業時間が過ぎると、銭我は残業をせず、荷物をまとめると「お先に失礼します」と言ってオフィスを後にした。エレベーターに乗ると、出入り口がある1階ではなく、地下3階のボタンを押す。地下3階には社内金庫があるのだ。

 人の背丈ほどある銀色に光った巨大な金庫。銭我はハンドルを回して開けようとした。もちろん鍵がかかっていてハンドルは回らない。

「やっぱりダメかあ……、くしゅん」

 くしゃみがした。銭我はコピー用紙を四つ切りにした紙で鼻をかんだ。彼女はティッシュを使わない。黒井商事ではコピー用紙の裏紙を使うことが推奨されていて、片面が白紙のコピー紙がリサイクル・センターにまとめて置いてある。銭我はそれをもらってきてティッシュ代わりに使っているのだ。

「これは!」

 鼻をかんだコピー紙に目をやると、「極秘機密 地下金庫の開け方について」との文字が飛び込んできた。紙を広げると、地下金庫の鍵を紛失した場合の解錠方法について書かれている。

 銭我はあたりを見回した。誰もいない。物音も聞こえない。銭我星実はマニュアルどおりに金庫を開けることにした。

「右に3、左に9……」

 どうやらハンドルの隣にあるダイヤルを正しく回すと鍵が開くようだ。ただしダイヤルだけで鍵を使わない場合の解錠だと、解錠時間は3分間。それを過ぎると自動的に鍵がかかってしまう。

「がちゃん」

 難なく解錠に成功した。銭我はハンドルを回し、金庫の扉を開ける。開けっ放しのまま金庫の中に入る。

「なんだ、これ」

 金庫に入っていたのは、ガイコツの置物や、鎧や刀などの古い武器などだった。武器は日本のものもあれば、西洋のものもあった。しばしのあいだ、その造形の美しさに見とれていたが、はっと我にかえった銭我は、薄明かりを頼りに現金を探す。ぜんぜんそれらしいものがない。床には封筒が散らばっていて、中身をひとつひとつ確認するけれども、やっぱりお金はなかった。その時である。

「うぃーん、がちゃん」

 金庫の扉が閉まった。3分が経ったのだ。真っ暗なところに閉じ込められる。助けてと声を上げても、何の反応もない。扉を叩いた。しかしびくともしなかった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

Androidでは正しく
設定できないことがあります。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

新規ユーザー登録無料