4 上司に指導料2万円を振り込む社員 その1

 銭我星実ぜにがほしみは就職活動のことを思い出すたびイライラする。黒井商事の面接では、いきなり「パンツ何色?」と聞かれ、矢継ぎ早に「何カップ?」「経験人数何人?」とセクハラ質問のオンパレード。戸惑っていると、中年のくせに筋骨隆々な面接官は「これは模擬セクハラです。弊社ではセクハラは『しない』『させない』『問題にしない』が三大方針。あなたのセクハラ処理能力をチェックしました」と言った。結局、内定が出たのがここだけだったから黒井商事に入ったけど、研修が終わって配属された第一事業部事業推進課の課長は、あの変態質問をしてきた面接官だった。働木鯛造、いつか殺す。銭我は入社以来ずっとその言葉を胸に秘めてきたのだ。


「銭我、お前、入社3年目だろう。いい加減、振込額を増やしたらどうだ?」

 働木鯛造は銭我星実の後ろを通り過ぎる時、他の人たちにも聞こえる大きな声で言った。

 昨日は給料日だった。黒井商事に入って驚いたのは、毎月の給料日になると、上司に「指導料」を振り込まないといけない決まりがあったからだ。最低2万円で、さらに「感謝の気持ち」の分だけ上乗せする。お稽古事のお師匠さんじゃあるまいし、上司に指導料を支払うのは未だに納得できない。銭我は入社以来ずっと最低限の2万円を働木課長に振り込んでいる。

 銭我は働木の嫌みを聞き流して、パソコンのモニタに目を戻した。視界の片隅には課内の文房具置き場からもらってきたばかりの新品のボールペンがあって、それをさりげなく机の下の置いた自分の鞄に忍ばせた。

――会社の備品は社員の生活物資だから。

 誰にも言わない銭我星実のマイルール。家で使う文房具類はもちろんのこと、トイレットペーパーにいたるまで、会社にあるものは何でも家にこっそり持ち帰って自分用に使っている。ひとり暮らしで家賃も馬鹿にならないし、月々2万円も支払わないといけないし、このくらいはして当然だろうと彼女は思っていた。

「そう言えば、この制服もつるつるになってきたなあ。やっぱり安いのはすぐに駄目になるのかな」

 節約家の銭我は洋服代もケチっている。黒井商事は服装規定は細かくあるものの、女子社員は基本私服だ。しかし銭我はインターネット通販で一般会社の事務員用に売られている「制服」の安いのを買って、それを着て毎日通勤しているのだ。

「おい、銭我、こんど課内でやる懇親会、会計係をやってくれないか」

 働木は銭我を呼び出した。志似幾雄ら新入社員の歓迎会をやりたいからと、銭我に相談する。

「大丈夫だ、お前が損をすることはないから」

 働木はそう言ったが、銭我は不安そうな顔をしてうなづいた。

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