3 自殺する新入社員 その3

「働木課長~、あんたさっきから『想定済み』って繰り返しているけど、一方的に俺にやられてばっかじゃないですか~」

 志似は仰向けになった働木に馬乗りになって、働木の顔面を右腕、左腕と交互に突き出して殴っている。その間にも志似の筋肉は膨張し、もはや体全体が肉の塊のようになった。

「し、志似……、お前、息苦しくないか?」

 働木に言われて志似は殴る手を止めた。

「そう言われれば……」

 働木はぶっと口から血を吐き出して言う。

「お前が飲んだ筋肉増強剤は無制限タイプのものだ。際限なく筋肉が膨張し、やがて内臓を圧迫して死にいたる……」

 志似は息をハアハアさせている。

「胸が苦しい、圧迫感を感じる」志似は働木から体をどけると、うずくまって胸を押さえた。

「志似、お前、自殺未遂で入院した病院で筋肉増強剤を盗んだだろ。俺はそれを見越して、病院に置いてある薬を、あらかじめ無制限タイプのものにすり替えておいたんだ」

 働木は今まで殴られていたのがウソのように、しっかりとした足取りで立ち上がった。志似は床を転げ回っている。

「苦しい……。苦しい……。息が出来ない。病室の隣が薬品庫だったから、棚の一番手前に置いてあった筋肉増強剤を盗んだ……」

 働木はポケットから錠剤を取り出した。

「中和剤だ。これを飲めば元の体に戻る」

 もがき苦しむ志似の口に、働木は錠剤を押し込む。とたんに志似の筋肉は収縮をはじめ、異常な肉の塊から、ややマッチョな成人男性の体型に変わった。

「はぁはぁ、なんとか助かった……」

 志似が安堵の表情を浮かべてよろよろと立ち上がると、すかさず働木は課長専用ボールペンを拾い上げた。

「志似、お前の負けだ!」

 ぶす! 働木の左手に握られたボールペンは志似の胸に突き刺さった。

 うっ! 志似は血を流しながら倒れ、そのまま気を失う。

――カン、カン、カン!

 試合終了を告げるゴングが鳴る。勝者、働木鯛造。

「総務課救護係、早く志似を手当してあげてくれ。急所は外してある。命に別状はないはずだ」

 働木はリングの外に放り出された志似のジャケットを拾い上げると、胸ポケットから財布を抜き出した。

「今夜も旨い酒が飲めるぜ」

 志似幾雄は、総務課救護係によって担架に乗せられて産業医のもとへと運ばれていった。


×××


「志似、コピー用紙がちゃんと500枚入っているか数えろ」

 働木が志似にそう指示すると、志似はひそめ眉をしてコピー用紙を数え始める。

「499枚しかありません!」

 志似は働木に報告した。

「馬鹿やろう! 嘘つきは死んでしまえ!」

 びゅん。働木の寸止め鉄拳。

「これは昨日、俺が数えて500枚ぴったりだったんだ」

 志似は働木に叱られて席に戻ると、小声で呟いた。

「こんな会社、ブラックだなあ。でも僕が辞めたら、他の社員が自殺してしまうし」

 志似はこれからも働木課長のもとで一生懸命働こうと思った。以前はもやしのようにひょろひょろだった彼も、筋肉増強剤を使った影響か、今では立派な細マッチョで、どこか頼りがいのある風貌に変わっていたのだった。

「働木課長、僕、あなたについていきます!」

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