2 自殺する新入社員 その2

「すぐに自殺してしまうメンタル最弱のお前をなぜ入社させたか、分かるか?」

 自動販売機が置かれたドリンクコーナーで、働木鯛造は低い声でゆっくり喋り、志似幾雄に尋ねた。

「社員のメンタルヘルス対策だ。我が社にはうつ病になって仕事を休んでしまう社員が少なからずいる。そこで、自殺してしまう系のお前を投入することで『ああはなりたくない』と他の社員の心を安定させるのだ」

 働木はじっと志似の両目を見て話す。志似は納得いかない顔をしている。

「僕は戦力として期待されていないと?」

「いいや、違う。お前の本気さは誰よりもこの俺が認めているよ。これからも自殺する覚悟を持って死ぬ気で働いてくれ」

 志似はぷるぷる震えている。

「嫌だーー! 僕は自殺したい!」

「ならば、勝負だ。お前が俺を倒したら、自殺させてやる!」

 働木は志似の首根っこを引っぱり、9階にある社員専用闘技場に連れて行った。


 リングの周りには、事業推進課の課員はもちろんのこと、他の野次馬社員たちも集まりごった返ししている。第三営業部の連中は屋台を出して、フランクフルトを売っている。フランクフルトの串は鉄製で、もし働木が暴走して場外乱闘になった時、自衛するための武器にもなるのだ。みんな自分の命が惜しいから、鉄串フランクフルトは飛ぶように売れている。働木鯛造はいつものように上半身裸になってリングにあがった。

 胸の筋肉はぶ厚く発達し、腕は丸太のように太い。腹筋はシックスパックに割れていて、必要最低限の脂肪しかまとっていない。上司の責務として、働木鯛造は肉体を鍛えているのだ。

 対する志似幾雄は色白のひょろひょろで、もやしみたいな体はぽきっと折れてしまいそうだ。どう見ても、志似に勝ち目はないように思える。

――カン!

 試合開始のベルが鳴った。働木は軽くファイティング・ポーズをとって、志似の出方を窺う。こいつは弱そうにみえても、きっと極悪な手を使うに違いない。

 志似は指をパチンと鳴らした。するとリングのそばに置かれた彼の鞄から、自殺用のロープがニョキニョキと飛び出してくる。

「じ、自動制御ロープ!」

 志似が働木を指さすと、ロープは働木めがけて飛びかかった。

 働木は必死でロープを振り払おうとするが、ロープは蛇のように宙を舞い、あっという間に働木を縛り上げた。

「さすが自殺系社員。やることが卑怯だな」

 働木は顔に冷や汗を流しながら言う。

「課長、僕をなめてもらっちゃ困ります」

 志似は働木課長を縛っているロープの逆端で輪っかを作り、自殺しようとしている。

「駄目だ! お前は死なせん! お前が自殺したら他の社員が心を病んでしまう!」

 腕は縛られているけれども、まだ手首は動く。働木はなんとかポケットのなかをまさぐった。あった、課長専用ボールペン!

「志似! 課長をなめるよな!」

 働木はボールペンをノックする。するとボールペンが伸びてレイピア状の剣になる。

 ぶはっ! 働木はボールペンレイピアで縄をちりぢりに切り裂いた。

「さすが働木課長。しかし想定内ですよ」

 志似幾雄はそう呟くとにやりとして、ポケットからカプセル錠を取り出して、ごくんと飲み込む。

 うおおお! 志似の筋肉はみるみる膨張し、あっという間に大男に変身した。

「死ねや! 課長!」

 びゅん! 極マッチョになった志似は太い腕で殴りかかる。働木はボールペンレイピアを手にしていても、拳を避けるので精一杯だ。

「志似よ! お前の行動はすべて想定済みだ。もう手は打ってあるんだ」

「うるせい!」

 志似のパンチが働木の顔面にヒットした。働木は壁までぶっ飛ぶ。志似は左手で働木の頭を壁に押さえつけ、右手で腹に拳を何度もねじ込む。

 ぐは! 働木は血を吐いて倒れこんだ。それでも志似は容赦することなく、働木を蹴りつける。

「自殺させろと言っているだろ! 殺すぞコラ!」

 志似の筋肉はますます膨張していって、働木を殴り蹴る力も一層と大きくなる。

「し、志似……、お、お前の行動はそ、想定済み……、も、もう手は打ってある……」

 働木鯛造は血まみれになりがら、うめくように呟いた。


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