1 自殺する新入社員 その1

 志似幾雄しにいくおが就職活動でアピールしたのは、「自殺」だ。

「この面接に命を懸けています。もし不採用なら自殺します」

 この殺し文句は面接官のハートをがっちりキャッチした。志似の真剣さと本気さは高く評価され、次々と内定を獲得、志似幾雄は自信満々のまま第一志望である黒井商事の面接に挑んだ。

「お前、クチだけの人間じゃないのか。本当は自殺する度胸、持ってないだろう」

 黒く日焼けした年の割に顔のしまった面接官にそう突っ込まれると、志似は焦った。「いや、本当に死にます」「じゃあ、死んでみろよ」

 面接は終始、険悪なムードで、結局、不採用になった。「なんで不採用なんだよ! 納得いかねえ!」志似幾雄は不採用通知を手にすると、黒井商事の最寄り駅でホームから電車に飛び込んだ。

「実際に自殺するとは、お前は本物だよ。その本気さに乾杯して採用だ」

 奇跡的に命を取り留めた志似は、入院先でお見舞いに訪れた面接官に内定を伝えられたのだった。この面接官こそ、黒井商事第一事業部事業推進課課長、働木鯛造その人である。


「おい志似、コピー用紙がちゃんと500枚入っているか、数えろ」

 働木課長に命じられた志似幾雄は露骨に嫌そうな顔をして、コピー用紙の包装紙を開け数を数え始める。1枚、2枚、3枚……。100枚くらいまではなんとか数えることができるのだが、そこから先になるとどうしても数が混乱してきて、今何枚なのか分からなくなってしまう。

「もういいや、500枚セットなのだから、500枚に決まっているだろう」

 志似は働木に「500枚ちゃんとありました」と報告した。

「馬鹿やろう! この嘘つきめ、死んでしまえ!」

 働木の鉄拳が志似めがけて突き出された。びゅん! 目の真ん前で寸止め。志似は震え上がる。

「これは俺が昨日数えて、1枚抜いておいたんだよ、だから499枚しか入っていないはずだ」

――働木トラップ。仕事に罠を仕掛けることで、社員の本気度を引き出す、働木鯛造の管理職テクニックだ。

「こんな会社、ブラックだ。クソいなあ」

 志似は自分の席に戻ると、心の中で呟いた。「社会人になったことだし、交渉力を発揮してみるか」

「課長! 異動希望です! 僕をツイッター広報課へ転属させてください!」

 志似の思い詰めた顔をいちべつした働木はうんざりした様子で言い捨てる。

「お前、この部署に来てまだ1ヶ月も経っていないだろう。新入社員に必要なのは忍耐力だよ」

 志似幾雄は想定内の回答に対して、にやりとした。

「もし転属希望が受け入れられないのなら、自殺します。自殺されたくなかったら、異動を認めてください」

 働木鯛造は心配そうな表情で、志似の目を見詰めた。

「それは困ったな。命は社屋よりも重い。よし、転属を認めよう!」

 思わずガッツポーズする志似。

「と言うとでも思ったか。あほだれ。異動は認めん。さっさと席にもどってコピー用紙を数え直せ」

 これまで自殺を武器に世渡りをしてきた志似幾雄である。こんなことでは引き下がらない。

「いいんですか? 要求が通らないなら、本当に死にますよ!」

 志似は鞄からロープを取り出すと、天井から出ているフックに引っかけ、首を通す輪を作った。このフックは、このような事態を想定し、志似があらかじめ設置しておいたものである。

「ツイッター広報課に転属させないのなら、死ぬぞゴラ!」

 半ばキレぎみに志似は叫び、輪に首を通すと、台にした椅子を蹴り飛ばそうとする。

 その時である。働木が持っていたボールペンが突然、長く伸びて、志似が首を通したロープを切り裂いた。

「!! か、課長専用ボールペン!」

 思わずのけ反る志似を働木は大声で怒鳴りつける。 

「馬鹿やろう! 会社で自殺されたら、社屋の資産価値が下がるだろうが!」

 働木は課長専用ボールペンをノックして元の長さに戻した。

「お前の行動は全て想定済みだ。もう手は打ってある」

 働木鯛造は志似幾雄を睨みつけたのである。



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