防人の慟哭 その2
4月5日、ようやく横須賀が見えてきました。
いよいよ、皆と一緒に・・・と思っていたのですが、南極から持ち帰ったりした物資がまだ積んだままの状態で、本来の晴海入港予定の10日まで、降ろせない事がわかったんです。
一度、横須賀で乗員さん達を降ろしてあげて、私も10日まで休憩となります。と言っても、私の点検や補修があるでしょうから、自衛官さん達はどの程度まで、きちんと休んでいてもらえるかわかりませんけど。
それにしても・・・
ここまで近づいてわかりましたが、こんなに淋しい風景が広がっているとは思いませんでした。
普段いる事の多い方々も含めて、こんなにもいないなんて、初めてかも知れません。異様な空気に、息が詰まりそうになります。
でも、ここで不安な顔は出せません。声の人に言われたように、私が不安な顔をすれば、皆に余計な心配をかけてしまいます。
曳舟さんと会う前に、気を引き締めないといけません。
両頬を叩いて、気合いを入れます!
「白瀬さん!お帰りなさい!すぐに準備しますね!よし茅ヶ崎丸!ちゃっちゃと白瀬さんを接岸させるよ!!」
「はい!先輩!!」
民間の曳船さんが2隻、航跡を描きながら私に近付いてきます。いつもの方と、もう一人は見ない顔ですね?新人さんでしょうか?
これで、接岸の準備が整いました。あとは、押してもらうだけになります。
「お二人共、よろしくお願いします!!」
こうして曳船さん達の手助けもあって、南極から横須賀に無事、到着出来ました。
『ようやく着いた』というのと、『これから手伝いに行かなければ』というのが入り混じった、今までに経験したことのない気持ちになっています。
「お帰りなさい、白瀬1尉!ご無事で何よりです!!」
さん橋に集まってくれていたのは、海自の曳船さんを含めて6
普段なら出迎えてくれる橋立2尉も、今回ばかりは出航されたようです。
潜水艦の方も鳴潮2佐さんだけ・・・あとの潜水艦の方はどこかへ行ってしまったのか、ドックにいるのか、全くわかりません。
どうしても湧き上がる寂しさを無理矢理押さえつけて、集まってくれたみんなの前に立ち、挙手の敬礼をしてから話を始めます。
「皆さんお出迎え、ありがとうございます!今、東北の方では、誰も経験したことのない、災害に見舞われ・・・護衛艦などの方々が現地に赴き、救助を中心に活動を行っています。私もすぐに行くことになると思いますので、皆さん、サポートをよろしくお願いします!」
普段ならお願いを言った後は、頭を下げているんです。
でも、今この時は自衛艦、それも、場合によっては『命令』する立場の幹部として、覚悟を決めるために、もう一度挙手の敬礼をします。
鳴潮2佐や曳船さん達は、驚いた顔をしています。多分ですが、普段の私からは想像ができなかったからだと思います。
皆さんも慌てたように、挙手の敬礼を返してくれます。
敬礼をしている私は、ふと、思い出したことがあります。
それは艦長さんが、初めて私に乗ってくれた時、他の幹部の方々を集めて言っていた事です。
「まず我々にとって当たり前だが、自衛官となる時、『私は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身をきたえ、技能をみがき、政治的活動に関与せず、強い責任感をもって専心職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえることを誓います。』と宣誓し署名している。そして、私を含め、諸君
私はこの時、わからないまま聞いていました。
なぜならまだこの時点では、訓練もまだしてませんでしたし、装備もついたばかりでした。だから艦長さんのお話を、どう受け取って良いのかわかっていませんでした。
けれど私は震災当日、横須賀からの最初の情報に触れてから以降、少しずつですが理解したように思います。
本当の意味では理解できていないかも知れません。
でも、あの時の艦長さんの言葉を、今が実行する時なのかも知れません。
私に言い渡される任務に対して、私は重責を自覚し、率先して模範を示し、そして『
逸る気持ちを抑えつつ、10日の荷降ろし以降に意識を集中させていきます。
ですがこの日の夜、思いもしなかった事を聞かされる事になるんです。
私は、曳船さん達と南極の事をお話ししようと、遊びに行ったんです。
曳船さんの中に入ってふと気がついたんですが、何人かの曳船さん達を見かけていないんです。
昼間は、近場で待機とかしていたのかな?って思っていたので、気にもしていなかったんですが、流石に夜にもなって見かけていないのには、違和感を感じたんです。
「あの、曳船さん達?何人かいらっしゃらない気がするんですが、ドックにでも入ってるんでしょうか?」
曳船さん達のスケジュールはわからないのですが、それにしても少ないような気がします。
「あれっ?白瀬1尉はご存じかと思ってましたが、まだ聞いてないんですか?」
艦番号はYT99、みんなからは『くくちゃん』と呼ばれてる曳船さんが、びっくりしたような顔をしています。
「実は、
「任務?・・・外?・・・あの、それはどういう事でしょうか?」
曳船さん達が任務で外に出るなんて、聞いたことがありません。
「詳しい事はわからないんですが、水を運ぶために小名浜っていう所まで行ってるらしいんですよ。もう少ししたら戻るような話も聞いてるんで、その時に色々聞こうかなと。それにしても、私達は聞いたこと無いんですよね、小名浜って。」
小名浜・・・まで・・・?
うろ覚えですが、確か、福島県の辺りだったと思いますが・・・。
も、もし、そうだとしたら・・・か・・・考えられません!曳船さん達の、あの小さな体で外海を進むなんて!行った皆さん、大丈夫なのでしょうか!?
いつの出発かわからないですが、天気が悪かった日もあったと思います。その状態で、行ったのだとしたら・・・
「それで白瀬1尉は御存知かわかりませんが、私達には通常7人の自衛官さん達が乗り組むんですけどね、今回乗り組んだのは、たった4人だけだったんですよ。それも、1隻だけじゃなくて行った曳船の全員の乗員さんがです。そうだったよね、
「そうそう、みんなで不思議がっていたんですよ。で、一度こちらに戻られた橋立2尉から聞いたんですけど、他の護衛艦さん達と一緒に小名浜から別の所に行くって。白瀬1尉はその場所、御存知ですか?」
「えっ!?あ、えっと、小名浜は、確か福島県だったと。ですからそこから・・・別の・・・ま・・・さか・・・曳船さん達!海図持っていませんか!?地図でも構いません、ありませんか!?」
私は
『
すぐに
護衛艦さん達しか気にとめていなかったので、聞き流していたのかもしれません!
小名浜・・・福島県・・・確か、大きな事故があったと思います!
確認・・・早く確認をしないと!
ラッタルを駆け上がり、自分の部屋に飛び込むと、日記をあさり始めます。震災当日から、書くことが急に増えたため、日記帳も数が一気に増えたんです。
「し、白瀬・・・1尉、あの・・・はぁはぁ・・・、きゅ、急に、どう・・・されたんですか?・・・はぁはぁ・・・」
全力で追いかけて来てくれた
「2人共ごめんなさい、先に艦橋に行って、地図で小名浜の場所を確認して下さい!私は調べてからすぐに艦橋に向かいます!散らかしても構いません!私が片付けます!」
その言葉に2人共まだ息が上がったまま、慌てて私の艦橋に向かいます。
2人共ごめんなさい。それと、航海長さん達もごめんなさい。いつも整理整頓して、きれいにしてくれているのに・・・。
そう思いつつ、手は止めないで日記を読み返します。
9日・・・違います!・・・10日・・・次!・・・あった、11日!
書いた文字を読み漏らさないように、人差し指でなぞりながら、進めていきます。
10日までは丁寧に書いていましたが、11日は走り書きに近い字で汚く、聞いたままの略号も多くて、思い出しながら目で追っていきます。
11日も読み終わり、続けて12日も読み進めます。
そして中程で、ある略号を含む一文に目が止まります。
『1536 1Fの1 expl.!! Hが原因らしい。建屋上部破壊で放射線?放射性物質?大気拡散?。何の施設でしょうか?心配です。』
expl.は『explosion』爆発の略、Hは水素の原子記号で自分で書いたのですが、問題は『1Fの1』です。聞いたままを書いたのですが、この当時はわかっていなかったんです。ですが、曳船さん達と話をして、今、日記を読み返して、つながりました。私は、艦橋の曳船さん達の所に急いで向かいます。
艦橋に走って飛び込むと、曳船さん達は地図を広げていてくれて、「小名浜見つけました!福島のここです!」と2人共同じ場所を指で示してくれています。
私は「ありがとうございます!」と言いながら駆け寄ると、小名浜から指で海岸線をなぞっていきます。北に向けて動かしていると、小さな字でしたが、見つけることが出来ました。
「あった・・・福島第一原子力発電所。ここなら・・・放射線もありえますし、『1Fの1』とも・・・合致します。」
「
私は震えそうになるのを抑えながら、2人に話しかけます。
「経験したこと無いようなって、どんな事か聞いても大丈夫・・・ですか?」
「私も、
私は、「あくまでも推測ですから、彼女達が帰ってきたら答え合わせします。」と前置きして、話そうとします。
ですが、この推測を曳船さん達に、言って良いものか・・・迷います。
間違った推測で混乱を引き起こしたら・・・
確実に、
頭の中で、必死に言葉を探して組み立てていきます。
「彼女達の行った先は・・・ここ、『福島第一原子力発電所』・・・だと思います。理由は、ここで起きた爆発事故が関係していると思います。」
地図の1点を2回叩きながら、先に
「あの、白瀬1尉?ここの事故と
「私もそこまでの情報は無いので繋がりはわかりません。ですが、ここは事故後、放射性物質や放射線と言う物が飛び交っているそうです。私達艦魂に影響があるかわかりませんが、自衛官さん達には危険な場所になっているようです。情報が一気に来て、整理している暇がなかったので見落としていましたが、自衛官さんが普段7人の所を4人で行かれた、という事とは繋がると見ています。つまり、
「白瀬1尉?つまり・・・放射線とかっていうのがある危険な場所に
「恐らくは・・・です。それに、津波の影響で漁網等が海中を漂い、DDやDEの方々も、容易に近づけないとも聞いています。彼女達が行った先の状況は、私にはわかりませんが、そういった面でも・・・過酷だと・・・思います。」
2人は今にも泣きそうになっています。私も・・・私も泣きそうです。護衛艦さん達でさえも過酷な状況で災害と戦っているのに、その何分の1も小さい
「
「
困りました。なんて言ったらいいのか・・・。ですが、ここで彼女達を不安がらせる訳にもいきません。
私が話すと決めたことです。きちんと責任をとって、今だけでも安心させないといけません。
彼女達からは見えないと思いますが、しっかりしなきゃと、右手を強く握ります。
「大丈夫です!みんなしっかり訓練を受けた自衛艦艇ですよ?ちゃんと無事に帰ってきます!だから帰ってきたら、みんなで笑顔で『お帰りなさい』って言いましょう!私達が暗い顔をしていたら、みんなが不安がりますから、ね?」
本当に・・・無事に・・・みんな・・・帰ってきますよね?
この後も2人の曳船さん達をなだめて、落ち着いてもらってから、自分の所に帰っていただきました。
さん橋まで降りてお見送りし、戻るためラッタルを登ろうとした時、右手の平にうっすらと血が滲んでいるのに気付きました。
一体・・・私は・・・何を・・・しているんでしょうか・・・
気持ちを落ち着ける事が・・・出来ません。10日以降、どういう予定なのか、まだわからないんです。
多分、話が来ていない以上、
いつ、皆さんのお手伝いに行くことが・・・出来るんでしょうか?
でも私の能力を考えれば、時間は経ってしまいましたが、今すぐにでも行って、お手伝いするべきなんです。
『思いつめちゃだめだよ、良いかい?』
えっ!?声の・・・人?
『例え行けなくても、何らかの形で手伝えるんだからねぇ。』
あ・・・あの!私は・・・今・・・夢を・・・?
『帰ってきた曳船君達の話を、聞いてあげたり、相談に乗ってあげたり。』
起きてる・・・んでしょうか・・・?
『良いかい?思いつめちゃ、だめだからねぇ。』
教えて下さい、声の人!この後、どうしたら良いんですか!?
教えて下さい!
教えて・・・下さ・・・い・・・
気がつくと、私はベッドで寝ていました。時間は0513。
いつ、ベッドに・・・?ラッタルを登ろうとして・・・手に血が・・・
「えっ!?いつの間に!!」
右手に・・・包帯が・・・!
どういう事ですか!?机に・・・救急箱・・・!?
出した覚えがありません。どなたかが・・・いえ・・・曳船さん達は戻っていったのは見ています。鳴潮2佐さんも昨夜の、いつかはわからないですが、出航されていて姿が見えなかったですし・・・。
それに、何故かわかりませんが、気分が悪いです。熱は無いですから、風邪ではないと思いますし、そもそも私達艦魂が風邪だなんて、考えにくいです。可能性は0ではないですが・・・。
救急箱を片付けようとふらつきながら、机に近付くと、小さなメモが置いてあるのが見えます。何でしょうか?
『まぁ落ち着いて、アデリーのことでも考えて、のんびり構えようじゃないかねぇ?白瀬1尉?』
声の・・・人・・・ですよね?
こんな事・・・初めて・・・です・・・
これも・・・夢・・・ですか?
結局この日は気分が悪いまま、1日を過ごすことになりました。ベッドから起きられず、食欲も朝昼はほぼ無くて、夕飯は食堂には行けましたが、少ししか食べられませんでした。給養員さん達、残して・・・ごめんなさい。
1830頃、ベッドで寝ていると
「
上半身を起こして、
「白瀬1尉?
心配そうな顔をしながら、「失礼します」とベッドのそばの椅子に
「いえ、そういう訳ではないんですが、食欲が出てこないだけですから。深刻な問題ではないですので、そこはご理解下さい。」
本当は、こうして体を起こすのも辛いのですが、心配をかけるわけにも・・・と言っても、もう心配かけてますから、今更なのでしょうけど。
「それなら、良いのですが。所で昨日、白瀬1尉の艦橋にペンを忘れてしまったので、取りに戻ったんですけど、覚えてませんか?」
えっ!?記憶には・・・無いです!?誰かが・・・いえ、声の人がベッドに運んでくれたのでは?
「その時、雰囲気や口調が違った気がしまして、その事もあって1人で来たんです。本当に・・・お加減、大丈夫ですか?」
「口調って・・・その・・・どんな言い方でしたか?」
「最初、戻った時『どうしたん
声の人!!声の人の口調です!!どういう事ですか!?
「
私は
「は、はい!間違いありません!確かにこの耳で聞きましたから。あの、白瀬1尉?何かあったんですか?顔色が悪いですよ?誰か、呼んできましょうか?」
わかりません!私が声の人と同じ事を!?でも
「白瀬1尉?・・・大丈夫・・・ですか?・・・白瀬い・・・あっ!白瀬1尉!しっかりして下さい!白瀬1尉!!!わかりますか!?返事して下さい!!白瀬1尉!白瀬1尉!!ど、どうしよう!す、すぐ誰か呼ばなきゃ!!」
※このお話は、あくまでもフィクションです。
東日本大震災がテーマとなっていますが、実在の人物・団体等とは関係がありませんのでご了承下さい。
※作中の曳船・YT99に関しまして、この当時進水しておりませんでしたが、フィクションということで、お許し下さい。
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