もう一つの宴
○横浜海上防災基地・観艦式数日前:
もうすぐ三年に一度の『観艦式』があるそうです。
午後に補給艦の、摩周2等海佐さんが御挨拶に見えていて、お土産もいただきました。チョコチップクッキーだったのですが、敷島さんや鶴見さんも美味しいと絶賛していました。
横浜に寄っていただく度にこうしてお土産をいただくのですが、どうしてこんなに美味しい料理が作れるのか、いつも疑問に思うのです。
疑問と言えばもう一つ。
それは私の視線の先・・・大さん橋に停泊している船、っと、自衛隊さんは“艦”でしたね。
私から見ると、ターミナル建屋の上の方に艦橋が見えているのですが、それだけでも大きいと思えますが、どんな方なのか?というのが疑問なんです。
摩周2等海佐さんのお話では、海上自衛隊で最大の『いずも型』だそうで、敷島さんのようなヘリコプターの運用を主目的に作られたそうです。
ですが、ヘリコプター5機同時離発着可能とか、エレベーターで格納出来るとか、なんとなく米海軍の“あの艦型”が頭に浮かびます。
私はまだ見ていないのですが、敷島さんの話では自衛隊の大隅さんと同じような艦型らしいです。
大隅1等海佐さんで思い出したのですが以前、私が何気なく“あの艦型”を大隅1等海佐さんに言ってしまったところ、
「我々海上自衛隊にそのような艦型は存在しません。私は“輸送艦”で日向は“護衛艦”です。お間違えなきようご理解願います。」
と、口調はいつも通りでしたが、不快感を全開にされてしまいました。大隅1等海佐さん、あの時は本当にごめんなさい。
と、色々と思っていると、私に向かって見慣れない方が近付いてきます。敷島さんたちはパトロールで出ているので、私しかいません。どなたでしょうか?
ちょっと薄暗いので判りにくいですが、制服を着た方ですね。
「申し訳ありませんが、そちらで止まっていただけますか。所属と御名前を確認させて下さい。」
「大変失礼いたしました。
えっ?あの大さん橋の『いずも型』の『いずも』さん!?
どうしよう、いつもだったらこういう時は敷島さんにお願い(まる投げ)してるんですが・・・。と、とりあえず粗相がないようにしないと・・・って私、作業服だった!
「あ、あの、少々お待ちいただけますか?すぐ着替えますので!」
「いえ、お気になさらずに、そのままで大丈夫です。公式の場ではありませんから。」
とは言っても、出雲2等海佐さんは制服なのに・・・って言っても、待たせる訳にもいかないし・・・こういう時、敷島さんどうしてたっけ?
もう、仕方ない!失礼を承知で来てもらおう!で、ちゃんと謝ろう。そうしよう、うん。
「分かりました。ではそちらから乗船して下さい。」
「乗船許可ありがとうございます。」
あっ、お茶菓子とか何もない!チョコとか飴位しかないよ!どうしよう冷や汗出てきちゃった・・・。
○横浜海上防災基地『いず』船内
出雲2等海佐さんに乗っていただいたのですが、先導して部屋に入ってもらおうと振り返ると、紺の作業服姿になっていたんです。
一体、いつの間に?と思いつつ、着替えの手間が省けたと安堵したんです。
「えっと、インスタントのコーヒーしか用意出来ないで、申し訳ありません。普段こういう接遇は、敷島が担当していまして、お茶菓子も用意できず・・・その・・・」
「大丈夫ですよ、私も普段はインスタントのコーヒーですから。いただきます、伊豆さん。」
あれ・・・なんか忘れてる?なんだろ?大切な事だったような?
そう言えば出雲2等海佐さん、私の名前何で知ってるんだろ?自己紹介して・・・自己しょ・・・
「あっ!!」
「どうされたんですか?伊豆さん?」
どうしよう、何で気づかなかったんだろう!私のバカ!何やってるんだろ?敷島さんに怒られちゃう!
「出雲2等海佐さん、も、申し訳ありませんでした!じ、自己紹介遅れました!私はか、か、海上保安庁・第三管区海上保安本部・横浜海上保安部所属の伊豆三等海上保安監です!」
あ~も~何やってるんだろ私・・・出雲2等海佐さんも呆れちゃってるよ、きっと・・・
「伊豆三等海上保安監、少し落ち着きましょう。慌てても良いことはありませんから。まず深呼吸してみては?」
「はい!スー・・・ハー・・・スー・・・ハー・・・」
少し落ち着けてきた・・・かな?
情けないなぁ・・・それに比べて出雲2等海佐さん、落ち着いてるなぁ。私より美人だし、きれいで長い黒髪だし、胸も・・・って私ぺったんこじゃないですよ!カップはし・・・って誰に言い訳してるんだろぉ・・・
でも・・・色々敗北してるなぁ・・・
「伊豆三等海上保安監?大丈夫・・・ですか?具合が悪いなら出直しますが?」
出雲2等海佐さんに心配かけちゃった!えっと・・・
「昨日ちょっと忙しかっただけなので。いつもの事ですし。もう大丈夫ですから。すみませんでした。そ、そう言えば、どうして私の名前、判ったんですか?」
「船首に御名前が書いてあったので、すぐ判りましたよ。」
「そ、そうでしたね?あははは・・・」
うわぁ、私マヌケだ・・・そうだよね・・・あそこから歩いてきてたら見えるよね。そうだよね。
「伊豆三等海上保安監、質問があるのですがよろしいでしょうか?」
「出雲2等海佐さん、私の事は伊豆でかまいませんよ。それでどんな事でしょうか?」
どうしよう?防衛とか安全保障とかの話になったら・・・どうやってごまかそう?
「では私の事も出雲と呼んで下さい。それで基本的な事で申し訳ないのですが、番号の前に『PL』とあったのですが何の略称でしょうか?」
良かったぁ、簡単なことで。
「それは『Patrol Vessel Large』のPとLです。Vesselは船の事です。ちなみに敷島はPLHですが、Largeの後ろに『with Helicopter』がつきます。」
「と言うことは、敷島さんは私と同じ、ヘリコプター搭載型と言うことですか?」
「敷島は全長150mで、ヘリは2機搭載出来ます。出雲さんは5機以上搭載出来ると伺っているので、サイズが違うかと。」
「なるほど、鞍馬海将に似ているのでしょうね。ちなみに鞍馬海将と私は同じ『DDH・ヘリコプター搭載護衛艦』なんです。」
意外に似てるんだなぁ
「鞍馬海将さんなら何度かお見かけしたことがありますが、確かに、うちの敷島と鞍馬海将さんは似てますね。」
「同じヘリコプター搭載型として、明日にでも御挨拶しなければですね。」
「でしたら、敷島に伝えておきます。時間はこの位の時間ですか?緊急でなければいると思いますから。私は代わりにパトロールが入ってますので、明日はお会いできませんね。」
こればっかりは仕方ないです。任務が優先ですから。
「そうですか、伊豆さん助かります。時間は日没後から1900までに伺うと伝えて下さい。」
メモしておかないとね。日没後~1900、出雲2等海佐さんが敷島さんに面会希望っと
「では、伝えておきますね、出雲さん。」
「ありがとうございます、伊豆さん。ではそろそろ私は失礼させていただきます。」
「えっ?もう帰っちゃうんですか?お忙しいなら仕方ないですけど。お時間あるなら、私は大丈夫ですよ?」
やっぱり忙しいのかな?でも、こんな機会あんまりないし、もうちょっと話したいんだけどなぁ。
「いえ、あんまり長居したら失礼だと思いまして。」
「失礼なんて。出雲さんがよろしければ、そちらのお話も聞かせてもらっても良いですか?今、市販のチョコでよかったら用意しますので。」
あそこの2番目の棚にまだ開けてないのがあったはず?と菓子鉢は・・・あっ、あのお皿で代用しよっと!
「では・・・お言葉に甘えさせていただきます。もし緊急とか就寝とかでお時間が、って言うことでしたら言って下さい。」
「それは私もです、出雲さん。遠慮なく言って下さいね。」
○横浜海上防災基地『いず』船内・
「確かに台風は嫌いですよ!近付く予報が出ただけで休み返上ですから・・・」
「私もです。ただでさえ、私は大きいですからね。皆さんにぶつからないかとか、緊張しますね。」
出雲さんて、お話してみるとノリが良いというか、会話しやすいと言うか、卓球のラリーみたいに続いてるんです。就役したてとは思えません。私の方がお姉さんのはずなのになぁ・・・
っと、誰か帰ってきたみたい。誰だろう?
「伊豆さ~ん、たっだいまぁ!大さん橋の“空母”みたいなおっきな自衛隊さんの船、電灯艦飾だっけ?すっごい綺麗だったよ~・・・って、お客様?」
ワアァ~!!や、山百合!何してくれちゃってるのぉ~!!
お、お客様で御本人を前にしてぇ~!!しかも一番言っちゃいけないワードをストレートに言っちゃってるぅ~!!
うわぁ、出雲さん立ち上がっちゃったぁ・・・どうしよう・・・ケンカになっちゃうかもぉ!敷島さぁん!早く帰ってきてぇ~!!
「初めまして、私は海上自衛隊・第一護衛隊群・第一護衛隊・横須加基地所属の護衛艦、出雲2等海佐と言います。よろしくお願いします。」
えっ?10度の敬礼・・・してる・・・
「あ、え?・・・あ!わ、わ、私は海上保安庁・第三管区海上保安本部・横浜海上保安部所属の山百合二等海上保安正です!た、た、た、大変失礼しました!・・・あれ?出雲さんって聞いたことあるような・・・?」
あっ、山百合わかってない!早く言わないと!
「山百合!さっき言ってた、電灯艦飾されてる御本人だよ!聞いたんじゃなくって見たからだよ!それから“空母”じゃなくて“ヘリコプター搭載護衛艦”だから、そこもちゃんと謝って!」
「あ、あの伊豆さん、私はそこまで気にしていないので。山百合二等海上保安正も悪気があっての発言では無いようですし。」
「出雲2等海佐さん、空母って言ってごめんなさい。こちらに来てるの知らないで、大変失礼しました。」
「山百合二等海上保安正、よろしかったら3人でお話しませんか?伊豆さんもよろしいでしょうか?」
出雲さんて・・・良い
「本当ですか?やった!出雲2等海佐さん、隣良いですか?」
「ええ、構いませんよ?あ、それと私の事は出雲と呼んで下さい。」
「じゃぁ、私も山百合って呼んで下さい!それにしてもお綺麗ですね。髪も黒のストレート。お手入れ大変じゃないですか?」
山百合・・・馴染むの早すぎだよ・・・それより・・・
「山百合、ちょっといい?出雲さん、私からも先ほどの山百合の発言、謝らせて下さい。大変申し訳ありませんでした。」
「伊豆さん、大丈夫ですよ。艦艇公開中に何度も言われてましたから。それに就役したてですから、仕事も覚えなきゃですし細かいことは気にしていられません。」
「お気遣いありがとうございます、出雲さん。以前、私が大隅1等海佐さんにうっかり言ってしまった時、機嫌を損ねてしまいまして・・・」
あの後、敷島さんにもこっぴどく叱られたっけ。
「大隅1佐は輸送艦ですからね。あ、一応知ってると思いますが、お二方、大隅1佐を筆頭に下北2佐、
これ、皆にちゃんと伝えとかないとだ。メモしておこう。
「出雲さん、助言ありがとうございます。皆に伝えて、トラブルにならないようにしておきます。」
「伊豆さ~ん、もう良いですか?」
全く、山百合ったら!・・・はぁ・・・
「仕方ないわね。もう大丈夫よ。」
「わーい、やったー!出雲さん、どんなシャンプーとか使ってるの?」
「基地内の売店で売ってるものですね。特にこだわりとかは無いので。」
もう完全に山百合のペースだ。こうなると、口はさめないんだよな。私も話したいんだけどぉ・・・
○横浜海上防災基地『いず』甲板・
あ~あ、結局少ししかおしゃべり出来なかったよ・・・明日はパトロールだし。それにしても良い人だったなぁ。あの凛とした感じなんて、敷島さんに似てて格好良かったし。
私にあの雰囲気は出せないだろうな・・・あ、そろそろ敷島さん帰ってくるみたい。
出雲さんの事、話しとかないと。山百合の件は・・・出雲さんも怒ってなかったし、可哀想だから黙っておこっと。
さて、お出迎えに行かないとだね。
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