第12話 入学式
結果から言って、入学式は蜜柑に取ってつまらないものでは無かった。
先ず、メインの祝辞を述べたのはまだ若い卒業生の著名人であり、ネット新聞で読んだ事のある人物だった。蜜柑は、その人物が世間で言われているよりも遥かに明るく、ユーモアのセンスに富む人なのだと知った。
流された学校紹介のショート・ムービーは、昨年度の一年から三年までの生徒が共同自主制作をしたもので、小劇を絡めて学校の全体像や、卒業生の進路まで含めて、ポイントを押さえて紹介されていた。
現役在学生による歌と演奏、ダンスは素晴らしかった。
蜜柑は、一瞬だけ、やはり部活に入って見ようかと考えさせられた。
初めの一度を除いて、新入生が立ったり、礼をさせられることは無く式は進んで行く。
例外は新入生代表が答辞をした時だったが「
思ったより、高校生活というものはいいものなのかもしれない。
というより、高校によっては、いい生活を許してくれるものもあるのかもしれない。
――もしかしたら。
最後に学園長が登壇し、話し出した。
「みなさん、あらためておめでとう。学園長の
胸を張った上等なスーツの女。
〈女学園長〉のイメージ通りの、勝ちキャリの成れの果てだった。
文句のつけようのないお洒落も薄化粧も、プロフィールの生年に似合わぬスタイルも、良く通る声も、聡明さを感じさせずにはいない話し方も、蜜柑をうんざりさせるのに十分だった。
蜜柑に、ここが現実と地続きだと悟らせるのには。
――いや、だめだ。
人間に期待しないと決めたのだ。
ごく少数のやさしい人たちを除いては。
だれだって自分たちの事が一番で、都合の悪い事があれば他をのけ者にして顧みないのに決まっている。
「…世の中は、さだめなきこそ、いみじけれ――良い事にはいつか終わりがあるからこそいとおしく、悪い時もいつかは…」
私もまたそうする。
素通りする人間の一人になる。
救いを求める手を伸ばしもせず、救いの手を差し伸べもしない。
そもそもだれかの救いが必要になるような、困難な課題には挑戦しない。
トラブルも、危険も、不条理も。
私には関係ない。
ほかのだれかのものなんて特に、だ。
私はそうやって生きていく。
私はただ、生きていく。
「…二度とないこの高校生活を、あなた達が、その勇気で悔いなく過ごしてくれることを願い、挨拶に変えさせていただきます」
勇気だってさ。
そんなものがある教師がどこにいるか。
いつだってそうだ。
大人は、現実にないものを子供に描いて見せて、その責任を取らない。
蜜柑は拍手をせずに、代わりに、さもうんざりしたという表情のまま、後ろを振り向いた。
その時だった。
拍手に紛れて、ゆっくりと開けられていた体育館の入口の扉。
そこから、一人のショートカットの女性徒と、一人のロングヘアーの巫女さんが現れる。
「え?」
ショートカットの女生徒は、トラブルにでも巻き込まれたのだろうか、髪はぼさぼさに乱れ、蜜柑同様新品だったであろうブレザーも型が崩れ、皺が寄り、さらに靴下や袖口には、なんでだろう、草花の種や葉っぱや、花弁らしきものがくっついていた。
ショートカットの女子は、蜜柑から丁度真っ直ぐ後ろの、最後尾の席に座らされたが、袴姿の巫女は、何故か男子の方の席へと連れて行かれた。
もう一度舞台を見たときには壇上から既に学園長は降り、そこではフィナーレに向けて、在学生たちがもう一度演奏の準備をしている。
「……」
蜜柑は何故か気になって、最後に来た女の子の方を振り向いた。
(あの子、泣いてた…?)
俯いた頬の腫れた感じ、食いしばった唇。
そして何より、この場に居たくないと、全身の雰囲気が訴えている。
(新入生だよね…なにがあったのかな…。)
蜜柑はそう思いかけたが、すぐにそれを打ち消した。
自分が心配する事ではないではないか。
そして前を向いた。
やがて舞台が整い、上級生たちは前半を上回る演奏を聞かせてくれた。
割れるような拍手が起こった時、蜜柑はどうしてか、もう一度後ろを振り向いていた。
ぼさぼさ髪の少女は笑顔になっていた。
笑顔で思いっきり拍手をしていた。
それはまるで、一日の苦労が報われたといったような、満ち足りた無邪気な笑顔だった。
(よかった…。さいごだけでも間に合って)
蜜柑はこのとき、自分も笑顔になっていることに気づかなかった。
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