第162話 容赦なし
時折、ロミリアとルイシコフが対決しているであろう音が聞こえてくる。
あの2人は第4甲板で戦っているはずだ。
俺がいるのは第2甲板。
それでも音が聞こえてくるのだから、お互い激しくぶつかっているのだろう。
あまり派手に魔法を使われると、俺の魔力が減るので困るが、ロミリアはそのくらいのこと計算しているはず。
今の俺は、目の前のことだけを考えれば良い。
俺の目の前にあるのは、食堂への入り口である扉だ。
この扉を開ければ、その向こうに久保田が待っているはず。
強い魔力を感じるのだから、間違いない。
取っ手を掴んだ俺は、一気に扉を押し込む。
特に音も立てず、静かに開いた扉。
俺の目に映ったのは、兵士の交流の場であり、憩いの場である食堂。
賑わいなどは一切なく、1人の眼鏡をかけた男が座るだけの、寂しい食堂。
ようやく、久保田との顔合わせだ。
「待っていましたよ、相坂」
訂正。
これは久保田との顔合わせではなく、魔王との顔合わせだ。
「久保田は友達だって呼び捨てにはしない。演じるならきちんと演じろ、魔王」
「我は魔王であり、久保田でもあります。演じるも何も――」
「その我とかいうのも止めろ。ですますキャラでそれ、すごくダサいぞ」
「……何を言っているんですか?」
確かに、俺は何を言っているのだろう。
キャラがダサいとか、正直どうでもいい。
これはただの魔王に対する不満だ。
「ともかく魔王。さっさと久保田の体から出て行け。久保田は俺と話したがってるだろ。じゃなきゃ、俺1人をこんなところに来させたりしない。そもそも、艦隊を遠ざけたり、スザクの乗組員を脱出させたりなんかしない」
「それは勘違いですよ。魔王艦隊はもう、ローン・フリートに勝てません。でも相坂1人なら、我が直接に倒してしまえば良い。乗組員の脱出も魔王艦隊を遠ざけたのも、相坂の幻想である我を演じることで、相坂をここに呼ぶための罠だったんです」
自分の作戦をべらべらと喋りやがって。
典型的な悪役じゃないか。
……でも待てよ、それは久保田もやりそうだな。
正義の鉄槌をあなたに下す! 的なノリでやりそうだ。
目の前にいるコイツは、正義の鉄槌というより俺凄いだろ的なノリだから、魔王なんだろうけど。
にしても、俺の幻想である久保田を演じるか……。
それっぽいことを言っているが、俺は騙されないぞ。
「お前は、久保田の意思を利用して、それっぽく取り繕ってるだけだ」
「現実を見ましょうよ、相坂」
「それはこっちの台詞だ。魔王、お前は戦争に負けた。人間界も魔族も、これ以上の戦争は望んでない。お前だって指導者なんだから、それくらい分かるだろ。無用な戦争はここまで。だからさっさと久保田を解放しろ」
「我は我の意思で動いています。腐った共和国を完膚なきまでに叩き、滅ぼし、新秩序を打ち立てるという意思で」
「やっぱりお前は魔王だ。我とか言って、正義やリナという台詞がない時点でな」
これ以上に魔王と相手していても、なんの意味もない。
口で言ったってこの魔王様は止まらないんだ。
久保田を解放するためには、武力行使しかない。
「相坂がどれだけ幻想の我を追ったところで、相坂は1人ですよ。あなたを助けてくれる人なんて、どこにもいません。我がここで、あなたを打ち倒します」
ニタリと笑って、そう言った魔王。
精神攻撃のつもりなんだろうか。
残念だが、俺は1人に慣れているので無駄だ。
つうか、1人じゃないし。
「俺は1人じゃない。スチアやリュシエンヌたちが、親衛隊と戦ってる。ロミリアが、ルイシコフを止めている。久保田が、俺の前にいる。それに――」
魔法で空気を作り出し、熱魔法で温度を調節し、光魔法で体を覆った俺。
そして気づかれぬよう魔王にマーキング。
あとは指示を下すだけ。
「俺はローン・フリート司令だ。部下ならいくらでもいるぞ。ローン・フリート、マーキング位置に攻撃!」
「まさか……!」
《了解。ダリオは救出任務の続行。攻撃はモニカに任せる》
《分かりました》
《よっしゃ! 撃ちまくってやるよ!》
これから何が起こるか理解した魔王は、即座に防御魔法を使って身を包んだ。
それでいい。
そうやって魔力を使いまくれ。
指示から数秒後、食堂は閃光に包まれ、壁が吹き飛んだ。
明かりは赤く点滅し、艦内重力装置は強力になり、食堂は冷たくなる。
ローン・フリートからの攻撃が壁を突き破ったのだ。
だが当然、攻撃はそれだけではない。
宇宙空間に野ざらしにされた食堂。
その中心に立ち尽くす魔王。
壁に開いた穴の向こうには、さらなる熱魔法ビームを放つモルヴァノの姿が。
標的は魔王だ。
モルヴァノの放った熱魔法攻撃が束になり、魔王を包み込む。
弾き飛ぶ鉄の破片。
目を開けることも困難な強い光。
両立する宇宙の冷たさと熱魔法ビームの熱さ。
見た目とは裏腹に、壁や床を伝わってわずかにしか聞こえない音。
たった1人の人間に対し、軍艦の攻撃が集中する、あまりにも凄まじい光景。
だが魔王は、防御魔法によって耐え続けた。
耐えるだけでなく、攻撃を少しでも避けようと、少しずつ動きはじめた。
極限の状況に、俺が耐えられない。
生身で宇宙空間なんて、すぐに死んじまう。
食堂を出るため、俺は背後の扉を開けた。
開けた瞬間、廊下の空気が勢い良くぶつかってきたが、知らん。
重力魔法のおかげで吹き飛ばされることもなく、急いで廊下に戻る。
廊下に出て、扉を閉めると、自動的に空気が廊下を満たしはじめた。
ガルーダの緊急事態訓練で得た知識だが、人間界の軍艦は穴があくと、三重の隔壁が起動するらしい。
隔壁に囲まれた場所は、自動的に空気の調節が行われ、穴があいた場所への救助や修理をしやすくするとか。
実際、俺は今、この機能のおかげで生きている。
すぐ後ろ、壁1枚を挟んだ先には、モルヴァノの集中攻撃が着弾しまくっている。
この場所だって安全じゃないだろうから、隔壁の外に出よう。
万が一を考えて、ロミリアたちのところに向かえる方へ行くかな。
障壁を超え、壁に寄りかかると、着弾の衝撃が伝わってきた。
あんな攻撃を与えれば、魔王に防御魔法を使わせ、魔力の消費を強要できる。
でも、久保田の体は無事だろうか。
今さらになって心配になってきたぞ。
数十秒、数分が経った頃だろうか。
スザクを震わす小刻みな揺れが収まった。
揺れが収まったということは、モルヴァノの攻撃が止まったということに他ならない。
「モニカ艦長、どうしました?」
《魔王が逃げちまったよ。マーキングも取られちまって……。悪いね》
「そうですか……」
よくあんな状態から逃げられたもんだ。
さすがに魔王ともなると、そのくらいはなんとかなっちゃうのね。
だけど、かなりの量の魔力は消費させたはず。
もう一度攻撃できれば……。
《こちらフォーベック。これからどうする? またマーキングか?》
「ええ、それしか手はありません」
《分かった。次の指示を待ってるぜ》
やることはさっきと同じだ。
久保田を見つけ、マーキングし、ローン・フリートに攻撃させる。
問題は、その久保田がどこにいるのかである。
モニカは久保田を見失ったと言った。
つまり彼が食堂にいる可能性は、ゼロだ。
しかし食堂から出たとすると、隔壁は必ず超えなければならない。
俺のいる場所には、誰も来なかった。
となると、久保田は艦首の方向に向かったはず。
こういうとき、俺が魔王ならどうする?
まずは人質を取って、軍艦からの攻撃を行えないようにする。
では誰を人質にする?
スチアやリュシエンヌのような強い人間はダメだし、ロミリアも使い魔だから却下。
戦闘力が低くて、人質の価値があるのは……オドネルだ!
オドネルを人質にするため、艦橋へと向かう!
きっと久保田は艦橋に向かっている。
なら俺も、艦橋へ行くべきだ。
急ごう。
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