第136話 3月2日

 幸運なことに、未だ1発のビームも放たれていない。

 トメキアのおかげで、魔界艦隊は戦争終結に動き出した、はずである。

 ところが人間界は、帝国の打破という大仕事が残っている。

 それが成功するかしないかは、正直に言ってセルジュ陛下次第だ。


 一時的にトメキアが占拠した映像魔法の画面。

 美しいエルフ族が映し出されていた画面は、再び気弱な男の画面に変わる。

 この垂れ眉のお父ちゃん顔を見るたびに、俺に不安が生まれるんだよな。

 

《驚きまし――、いや、驚いた。魔王がすでに亡くなっていたなんて、お悔やみを申し上げます。ええと……今は敵同士という関係ではあるが、最期は戦争を終わらせようと、降伏文書に署名したその決断、素晴らしい。私も、決断をしなくては……》


 いつもの癖か、丁寧口調が一瞬だけ出てしまい、権威を示そうと焦るセルジュ陛下。

 だが、やっぱり気弱さは隠しきれない。

 重大な決断を前に緊張しているのが分かる。

 

《その……私は、この戦争を終わらせたいと思っている。この戦争の意義が、私には分からない。私が暗愚だから分からないのかもしれない。でも……しかし、意義の分からない戦争で多くの命が失われるのは、もう見ていられない》


 王様というよりは一人間の、素朴な本音。

 だが彼の言う通りで、人間も魔族も、魔王すらも終わらせようとする戦争に、命を賭ける意味はない。


《だから私は、降伏文書を受け入れ、戦争を終わらせたい。帝国がそれを邪魔したとしても、その……私は元老院の一員だ。恐ろしいことをした皇帝の帝国ではなく、みんなが愛し支え続けた、共和国元老院として戦争を終わらせたい》


 もしかすると、リシャールにセルジュ陛下が抗ったのは、これがはじめてかもしれない。

 それだけ陛下は、勇気を出しているのだろう。

 リシャールのような野望のための勇気ではなく、優しさからの勇気を。


《残念なことに、私は無力だ。皇帝の人形であり、皇帝に歯向かっても、すぐに蹴散らされてしまう。自分の国すら、まだ15歳の娘に任せっきりのような、父親としてもダメな人間だ》


 ある意味これも本音だろうな。

 しかし自分の力量をきちんと理解するのは、大事なことだ。


《だけど――だけど、共和国は、みんなで正しいことをしようと努力してきた! 今だって、正しい選択をしようって気持ちは変わらないはずだ! 無力な私1人じゃ無理だけど、共和国のみんなが力を合わせれば、今すぐにだって戦争を終わらせられる!》


 もはや、セルジュ陛下の言葉が詰まることはない。

 歯切れの悪さも、完璧に払拭されている。

 陛下はすでに、ダイヤモンドのように固く輝かしい決断をしたのだ。

 暗愚で娘に甘いお父さんが、その優しさで、戦争に終止符を打とうとしているのだ。


《共和国は、簡単に滅びはしない。今でも共和国は生き残り、存在し続けている。帝国が戦争を終わらせないなら、私たち共和国が戦争を終わらせよう! だから、元老院や人間界のみなさん、どうか私に協力してほしい》


 形だけ崩そうと、リシャールは共和国を完全に終焉させることはできなかった。

 取るに足らないはずの1人の王の中に、共和国と元老院は存続していた。


《私、マグレーディ王のセルジュ=ペナーリオは、リシャールへの全権委託取り消しと、終戦の動議を元老院に提出する!》


 共和国は正しい選択をしようと努力してきた。

 そう言ったセルジュ陛下は、自らもその努力を尽くした。

 まだ共和国は死んでいないのだ。

 陛下の呼びかけに、共和国に忠誠を誓った者たちも声を上げる。


 映像魔法によって画面に映し出された、弱々しくも誇り高き男。

 これに、ある王様の魔力通信が応える。 


《共和国と元老院。その精神が生き残っているのならば、予も立ち上がり、正しい選択をしなければなるまい。ノルベルン王、イヴァン=ヒューゲルだ。予はセルジュの動議に賛成する》


 共和国と共に蘇りしイヴァンの、反撃の狼煙。

 さらに呼応するのは、酔っぱらいのパーシングだ。

 彼もまた、魔力通信で全世界に宣言した。


《こちらガーディナ王のライアン=パーシングだ。長らくヴィルモン派閥に属してきた我が国だが、帝国に忠誠を誓った記憶はない。俺は元老院の一員として、セルジュの勇気を讃え、彼の動議に賛成しよう》


 イヴァンの登場だけでも衝撃的だというのに、パーシングの宣言はパンチ力が大きい。

 ヴィルモン派閥筆頭であるガーディナが、リシャールの帝国に反旗を翻したのだ。

 帝国からすれば、身内から裏切られたのに等しい。

 同時に、ヴィルモン派閥からすれば、帝国離反の良い機会だ。


《グラジェロフ王のユーリであ~る。リシャールおじさんが悪い人だったなんて、僕はがっかりだ。僕は悪いおじさんより、戦争を終わらせようとする、優しいセルジュおじさんに味方する!》


 精悍かつ腹まで響き渡るパーシングの声に続いた、対照的な幼い声。

 声変わりもしていない可愛らしさに、内容も合わさって、先ほどとの落差が激しい。

 とはいえ、これでグラジェロフまでもが帝国を離反した。

 リシャールが人生を賭けて築き上げたものが、ガラガラと崩れていく。


 ユーリが魔力通信を使ったということは、アダモフがうまくやってくれた証拠だ。

 彼はレジスタンスと共にユーリを確保、リシャールの操り糸を切ったのである。

 うまくいってるぞ。


《軍門をくぐったとき、共和国に忠誠を誓った私たちが、共和国の味方をしないわけにはいかないわ。艦隊参謀総長へ、前参謀総長のエリノル=トゥーロンです。帝国から離反し、共和国の味方をしてくれないかしら?》


 軽さのわりに重みのある、エリノルの言葉。

 彼女の要求に、帝国艦隊参謀総長はすぐに答えた。


《皇帝陛下に逆らう反逆者め! 全艦隊よ! 反逆者に耳を貸すな!》


 耳をつんざくような、参謀総長の雄叫び。

 彼がこう答えるのは想定済みだ。

 その場合の段取りぐらい、すでに出来ている。


《そう、残念。じゃあ私が、共和国艦隊参謀総長として命令します。共和国に忠誠を誓った戦士たちは、帝国を離反しなさい》


 さすがに大胆すぎる賭けになるが、ヤンの計画なら、負けはしない。

 なんていったって、あの〝勇者様〟が共和国艦隊に味方するんだから。


《第1艦隊! 司令の俺に従え! 俺たちは共和国艦隊だ! 帝国をぶっ飛ばす! 帝国ぶっ飛ばして、戦争終わらせて、ビッグになるんだ!》


 村上のヤツ、個人的な欲求が表に出ちまってるぞ。

 まあ、異世界者が帝国を離反するだけで、相当なインパクトがある。

 異世界者様の威光は、俺たち地球人が思っているよりも大きい。

 

 異世界者という点だけは、俺も村上と同じだ。

 俺も早速、全艦隊と人間界惑星に、俺の意思を伝えよう。

 ええと、魔力通信の相手を限定せず、全方向に放出。

 あとは喋るだけか。


「こちらローン・フリート司令、異世界者の相坂守だ。俺たちも共和国に味方する」


 なんかカッコいいこと言おうかと思ったけど、結局無難な宣言。

 変なこと口にして滑るよりは、この方がマシだろ。

 俺はそういう人間だ。


 さて、実のところ、ここまではヤンの計画通りの行動だ。

 すでに決められていたことを、ほぼ台本に沿って行っただけである。

 ただ例外として、セルジュ陛下があれだけの意志を示すとは思わなかった。

 おかげで台本に沿ったわけではない人々も、立ち上がる。


《第3艦隊司令のロッドだ。皇帝に正当性がないこと、魔界が終戦を望んでいることは、十分に理解した。そこで我々は、共和国に味方し、終戦に貢献しよう。帝国艦隊に味方するというものは、ここから去れ》

《我々第5艦隊も、共和国へ味方する!》

《ケルロスク王である我も、共和国へ味方しよう。マグレーディの動議、賛成する》

《ダンティール国も、共和国の一員として、セルジュ王の動議に賛成だ》

《共和国も、元老院も、死んではいない! レーゼル国、セルジュ王の動議に賛成!》


 続々と寄せられる、共和国元老院たちの動議への賛成。

 一般国民はどのような反応を示しているのか。

 宇宙からは見えないが、共和国の復活に熱狂する民衆の声が、時折魔力通信に紛れる。

 弱々しい、無力なはずのセルジュ陛下が、多くの人間の心を動かした。

 多くの魔力通信が飛び交い、人間界惑星がひとつになっていく。


 復活を遂げた共和国に、画面に映るセルジェ陛下の表情は、まるで子供のようだ。

 まさか自分の呼びかけにこれだけの人が応じてくれるなんて、夢のようなんだろう。


《みんな、ありがたい! 3月2日は人間界と魔界が手を取り合い、戦争を終わらせようとした記念すべき日になる。平和と共存のために、共和国が再び立ち上がった日になる。今日は、人間界と魔界を飛び越えた、最高の1日になる!》


 思わず口にするセルジュ陛下の言葉は、間違いない。

 後の人間界惑星と魔界惑星では、3月2日が特別な日になる。

 そんな1日の当事者になれるなんて、ちょっと嬉しいぞ。

 

《セルジュ陛下、帝国軍が来たよ》

《そ、そうか。魔力カプセルも、限界のようだ。みなさん、私はもしかしたら、これ以上は何もできないかもしれない。でも、人間界と魔界のために、みんなで戦争を終わらせてくれ。お願いする》


 それを最後に、映像魔法が切れ、画面は真っ暗になった。

 果たしてセルジュ陛下が無事なのか、それはスチアたちに掛かっている。

 

 だがもう心配はない。

 陛下のおかげで、人間界はひとつになった。

 いや、人間界と魔界がひとつになった。

 共和国に存在意義がないだと?

 存在意義がないのは、帝国の方だ、リシャール。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る