第112話 捜索

 トミンの操縦する小型輸送機に乗って、俺たちはマラモンベル島を去った。

 本来はガランベラ島に行って、そこでスチア一家とお別れするべきなんだろう。

 しかし今は、ガルーダに早く帰らないとならない。

 だから小型輸送機の針路は、サモドニアに向けられている。


 サモドニアの港には、すぐに到着した。

 負傷者輸送作戦のために、共和国艦隊の軍艦に占領されたサモドニアの港。

 その中でも目立つ、緑色の一本線と緑の片翼を持ったガルーダ。

 民間の船である小型輸送機は、それらから少し離れた位置に着陸する。

 着陸直後、開かれた扉から俺たちは飛び出した。


「ではスイアさん、イダさん、冬月の剣の保管をお願いします」

「私たちが責任を持って、厳重に保管しておきます」

「アイサカさんに、ロミリアさん、ミードンちゃん、それにスチア。今回は楽しかったよ。元気でね」

「ありがとうございました!」

「ありがとうございます!」

「じゃあね、おばあちゃん!」


 魔王が封印された冬月の剣は、スチア一家に預けることにした。

 彼女たちなら信用できるし、何より、あの家族に勝てるヤツがいるとは思えない。

 この選択は間違っていないと思う。


 それにしても、あさっりとした別れの挨拶。

 やっぱりきちんとしたお別れがしたかったもんだ。

 いろいろとお世話になったんだし、剣の保管もお願いしたんだからな。

 仕方ない、全部ヤンのせいにして納得しよう。


 腕を組むスイアと、こちらに手を振るイダさんの見送り。

 般若と能面を隠した優しき冒険者を背に、俺たちはガルーダへと急いだ。

 

 ガルーダは巨大なため、港のどこからでもその姿を見ることができる。

 やたらと目立つ特殊な軍艦に、人々は視線を向け、驚きの声を漏らす程だ。

 熱心な軍事オタクと思わしき人物が、血眼になりながらガルーダを脳に焼き付けようとまでしている。

 この世界にカメラがあれば、みんなガルーダに向けていたことだろう。

 自分が指揮する船が人気だと、なんとも嬉しいものである。


 しかし、ガルーダの昇降口に到着した俺は、嬉しさなど一気に吹き飛んだ。

 代わりにやってきたのは、ストレスである。

 なぜそんなことになったのか。

 それはヤンやフォーベックに尊大な態度を示すヤツのせいだ。


「貴様らの司令はいつやってくるのだ? どこで遊んでいるのだ、異世界者は!」

「まあまあ、パトリス団長、落ち着いてくださいよぉ」

「申し訳ない。うちの大将は気ままだからなあ」

「……チッ、これだから艦隊の連中は!」


 騎士を大勢引き連れ、艦隊への嫌悪感と舌打ちで不機嫌さを露わにする男。

 共和国騎士団団長のパトリスだ。

 なんであんなお偉いがこんなところに。


「ローン・フリート司令の相坂です。パトリス団長、いかがなさいました?」

「あ! アイサカさんやっと来ましたね」

「ようやく来たか、異世界者。これを見ろ」

「なんです? これ」

「見て分からんのか。令状だ。元老院議長リシャール陛下のご意志に従い、これより我々はガルーダへの捜索を開始する」

「は? ちょっと待てよ。そんないきなり――」

「令状をもう1度見ろ! これは元老院承諾済みの正当な捜索だ!」


 なんなんだよいきなり。

 これじゃまるで家宅捜索、俺が何かの犯人みたいじゃないか。

 納得できない。

 もう少し食らいついてみよう。

 

「パトリス団長、今回の負傷者輸送任務では、共和国艦隊と俺たちは味方同士のはず。なのになんでこんな――」

「我々は共和国騎士団だ。共和国艦隊と一緒にするな!」

 

 威圧的な大声により、俺のせめてもの抵抗は砕け散った。

 こんなことをしている間にも、騎士団の連中が続々とガルーダの中に入っていく。

 もはや止められそうにないので、捜索の理由だけでも聞いておこう。


「何を探してるんだ? 俺たちが人間界惑星を侵略しようとする証拠か? なら探しても無駄だぞ」

「バカにするな! 我々はもはや貴様を敵だと思っていない。むしろ、我々の味方になってもらうために、リシャール陛下がこの捜索を指示なさったのだ」

「……つまり、何をお探しで?」

「先日の宇宙での戦闘、あの時に貴様らは、連続で超高速移動を行ったと報告されている。それを可能にしたカラクリを探しにきたのだ。ともかく邪魔をするな、どけ!」


 げえっ! 狙いは魔力カプセルか!

 あれが見つかって、共和国の手に渡ったら、そりゃマズいぞ。

 あの永久機関は、どんな船でも超高速移動を可能にし、小型戦闘機の開発までをも可能にするオーバーテクノロジーだからな。

 共和国艦隊が魔界惑星を、直接攻撃できるようになっちまう!

 つまり人間界と魔界の本格的な大規模戦闘がはじまり、戦争終結が一気に遠のく!

 ヤバい、これはヤバい。


「パトリス団長って、意地悪な人ですよねぇ。あれじゃモテませんよ」

「おいヤン、どうにかなんないのか!?」

「無理ですよぉ。彼らに大人しく従うかしありません」

「でもそれじゃ、戦争の終結は?」

「それは、アイサカさんがマラモンベルで見つけたものにかかってます」

 

 そう言ってニヤリと笑うヤン。

 確かに、冬月の日記は魔王の正体が佐々木であること教えてくれた。

 うまく使えば、戦争を終わらせられるかもしれない。

 でもどうやって?


「その顔だと、何か見つけましたね?」

「ああ。でもこれだけ騎士団がいる場所じゃ言えない」

「おお! それは期待できますねぇ。じゃ、後で教えてください。ロミーちゃーん!」


 現在が困った事態だというのに、ヤンは余裕の表情。

 彼は満面の笑みで、女の子全開にしながら、ロミリアに抱きつきやがった。

 ホント、ヤンの邪な感情はどうかしてる。

 だいたい、ロミリアもなんで嫌がらない?

 あの女の隠れた脅威、軍師の頭脳も相まって、もはや手がつけられない。


 そういや、ヤンがスチアにセクハラするのを見たことがない。

 今だってロミリアの隣にスチアがいるのに、ノータッチだ。

 もしやヤンは、スチアに邪な感情をぶつけるのはヤバいと感じているのかもしれない。

 さすがは鬼のスチア、ファントム・メナスに不戦勝である。


 余裕のヤンが俺の側を離れると、今度はフォーベックが話しかけてきた。

 彼は眉をひそめ、いきなり溜め息をつく。


「あ~あ、ったく、人の船を荒らすんだから、丁寧に捜索するか、態度良くするか、どっちかにしてほしいぜ」

「ホント、その通りですね。パトリス団長には謙虚さを知ってほしいですよ」

 

 フォーベックの愚痴には、俺も同調する。

 いくらなんでも、パトリスのあの態度は酷い。

 

 このままフォーベックと愚痴を言い合おうとしたが、そこに1人の軍人がやってきた。

 制服を見る限り、共和国艦隊の人間、しかもお偉い。

 今度は艦隊からも何か文句を言われるのだろうかと思ったが、どうやら違うらしい。

 軍人は俺たちに笑顔を向け、丁寧にお辞儀をし、フォーベックが明るく口を開く。

 

「お、ロッドじゃねえか。お前が第3艦隊の司令と聞いた時は、驚いたぜ。アイサカ司令、コイツはガルーダが抜けた後の第3艦隊を指揮する、ロッド司令だ。俺の弟子でもある」

「お初にお目にかかります、ロッド・スプリングです。ガルーダ2艦長としてフォークマス奪還作戦に参加した際は、お世話になりました」

「ああ! あなたですか! お久しぶりです、相坂守です」

「今回の共同作戦、ガルーダとご一緒できて光栄ですよ」


 まさかこんなところで、フォークマス奪還作戦で一緒だった艦長に会えるとは。

 というか第3艦隊司令ということは、俺の後継者か。

 ロッドは俺に対して、拒否感をまったく示していない。

 いやはや、さすがに共和国艦隊には俺の味方もいるんだな。


「それにしても大変ですね、フォーベック艦長。艦隊嫌いのパトリスが相手とは」

「まあな。だけどあの若団長、あんなにえばってはいるが、若くして団長になっただけに、周りからの妬み嫉みがどえらいことになってるらしいぜ。だもんだから、カリカリしてんだろ。下手に挑発しなきゃ大丈夫なはず」

「軍を離れたのに、情報通ですね、フォーベック艦長は」

「いいや、情報通なのはエリノルさんだ」


 フォーベックはロッドを弟子と言うだけあって、親しい様子の2人。

 彼らの話を聞いている限り、共和国艦隊もパトリスについて良い顔をしていないらしい。

 突然、ロッドがかしこまった様子で俺に話しかけてきた。


「アイサカ司令、人間界惑星には、あなたの味方も多い。我々共和国艦隊も、例外ではありません。ここだけの話、元老院が異世界者の追放を取り消す動きも見せています」

「それは嬉しい話ですね」

「ただ、最近はヴィルモン系の人間が、艦隊の主要ポストを握るようになってきています。これによって、艦隊の中立性が損なわれている。実のところ、我々はそちらの方を懸念していまして――」

「おいおいロッド、周りに騎士団の連中がウヨウヨいるんだぜ」

「すみません、フォーベック艦長。ともかく、我々艦隊にはアイサカ司令の味方が多い。これだけは忘れないでいただきたい」

「ええと、分かりました」

 

 要約すると、共和国艦隊はヴィルモンの味方じゃないよ、ということか。

 パトリスが艦隊と一緒にするなと言ったように、艦隊も騎士団と一緒にされたくないのだろう。

 騎士団はヴィルモンにべったりらしいし。

 だが、これは良いことを聞いた。

 艦隊は講和派勢力よりの組織だということがはっきりしたのだ。


 結局そうやって話をしているうちに、魔力カプセルが見つかり、3つほど押収されてしまった。

 それどころか設計図まで押収される始末。

 こうなると、共和国による魔力カプセル大量生産は、時間の問題。

 マズい状態だ。


 共和国艦隊が講和派勢力よりであるのは良かったが、もはや時間がない。

 冬月の日記に書かれた情報を基に、なんとか戦争を終わらせないと。

 早いところ佐々木と面談するべきだな。

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