第110話 隠れ家は伏魔殿

 ケルベロス撃破から約2時間後、俺たちの視線は、ある1本の木に集中した。

 その木は、特に変わった形をしているわけでも、特別大きなわけでもない。

 ただ根元に、蔓に覆われたコテージが建っているのだ。

 こんなジャングルの奥地で、こんなコテージ、隠れ家以外の何ものでもないだろ。


 わりとあっさり見つけてしまった、冬月の隠れ家。

 スチア一家が魔物がいないことを確認すると、俺たちはコテージへ入ろうとする。

 入ろうとしたのだが、蔓に覆われ入り口が見つからない。

 

 コテージへ入るためには、まず蔓を切る必要がある。

 そこですぐさま、俺は剣を手に取り、絡み付く蔓を切る作業に集中した。

 冬月の死は62年前、つまり最低でも62年間は放置されたことになる隠れ家。

 一切の管理をされていない建物は、中に入るだけでも一苦労だ。


「切っても切ってもなくならないぞ、この蔓。めんどくさいし燃やそうか」

「隠れ家ごと燃えちゃいますよ!」

「……そうだけど、もう面倒じゃん」

「ほらアイサカ様、ここまで来たんですから、最後まで頑張りましょ」

「はいはい」


 太く分厚い、もはや壁とも呼べるような蔓を、切って切って切りまくる俺たち。

 ようやく入り口が見えてきたのは、作業を開始してから数十分後であった。

 気温が高いのもあり、隠れ家に入る前から、俺は息を切らしている。


 入り口を発見したことで、俺とロミリア、ミードンはついに隠れ家に足を踏み入れた。

 スチア一家は、外で警備だ。

 この建物に、何か重大な真実が隠されている。

 俺のそんな勘は、果たして正しいのか。

 

 外身は蔓に覆われていたのだから、コテージの中身は少しぐらい綺麗なのだろう。

 バレンタインデーに女性の部屋に入るのもドキドキするし。

 そう思っていたが、コテージにいざ入ってみると、中身もある意味で大変そうな感じだ。

 床には大量の薄い本がバカみたいにバラまかれ、壁には一面、イケメンを描いた絵が貼付けられている。 

 こんなものはこの世界にないはずだから、全て冬月自身が描いたのだろう。

 ……俺たちは、とんでもない伏魔殿にやってきてしまったようだな。


「すごいですね。綺麗な絵がいっぱいあります」

「綺麗……なのか? うまいことは確かだが」

「ええ、今までに見たことのない描き方をされた絵です。アイサカ様のいた世界では、こういう絵がたくさんあるんですか?」

「たくさんあるよ。氾濫してる。ごく一部にだけ」


 はじめて見る〝芸術〟に、ロミリアが興味を示してしまった。

 確かにこちらの世界の絵画は、元の世界でいうルネサンス美術に近い。

 だから人間の裸体を描いた作品も多い。

 しかし壁のポスターや薄い本に描かれた、裸体で絡み合うイケメンは、そういうものじゃない。

 ロミリア、そちら側には行かせない!


「この本なんかは……」

「ダメだロミリア! それは元の世界でも禁書とされている本だ!」

「え、ええ? そうなんですか?」

「ああ。どうやら冬月は、禁断の世界に迷い込んでいたようだ」

「……あの、さっきからずっと気になっているんですけど、なんでアイサカ様はそんなに、焦っているんですか?」


 そうだった、ロミリアは俺の心を読めるんだった。

 でも、それならそれで好都合だ。

 常に愚痴を言い続けることで、ロミリアの意識を禁断の世界から遠ざけよう。


 いかんな、冬月の遺産に惑わされすぎた。

 今やらなければならないのは、俺の勘が正しいかどうかを確かめることだ。

 何か俺の知らないことが書いてあるような、そんな本がないかを探そう。

 薄い本なんかどうでもいい。


 女性の部屋とは思えない程に散らかったコテージ。

 辛うじて足の踏み場ぐらいはあるが、埃も多く鼻がむずがゆい。

 きつい仕事だ。


「うん? これなんだろう?」

「ニャーム?」

「アイサカ様! こっちに何かあります!」


 しばらく家捜しをしていると、ロミリアが遂に何かを発見した。

 どうやら彼女は、1枚のポスターを凝視している。

 眼鏡をかけるイケメンの描かれたポスター。

 なんでそんなものをロミリアは凝視しているのだろうか。

 俺も同じくポスターを凝視すると、彼女が発見したものの正体が分かった。


「なんか、微弱な魔力を纏ってるな」

「そうなんです」

「ちょっと剥がしてみるか」


 気になるものはすぐに確認。

 微弱な魔力を纏ったポスターを剥がしてみる。

 すると、日本語の文字が彫られた壁が出現した。

 

「魔力を纏っているのはこの文字のようです。きっと何かの印でしょう。でも、私には読めません。アイサカ様は読めますか?」

「当然。故郷の言葉だから」

「なんて書いてあるんです?」

「単に『ここの床下』って書いてある」


 短い言葉だが、わざわざ日本語で文字を彫ったんだ。

 明らかに異世界者向けのメッセージである。

 こうなるとイダさんの言葉通り、冬月は俺が来ることを知っていたのかもしれない。

 期待が膨らむ。


 隠されていた文字に従い、その文字がある壁のすぐ下の床をいじってみる。

 しかし床には特に、変わったことはなかった。

 大掛かりなギミックで裏世界に飛ぶような仕掛けはなさそうである。

 

「何もないな」

「ニャーム、ニャニャ!」

「うん? ミードン、どうした?」

「えっと、床の下に何かがある、ってミードンが言ってます」

「床の下か」

「どうします?」

「床板を取っ払うしかないだろ」


 障壁はぶっ壊す。

 単純明快であるが、この手に限る。

 ただしここは、非力な俺とロミリアではなく、スチアの出番だ。

 俺はスチアをコテージに呼んだ。


「わお、すごいねこの部屋。汚い」

「イケメンだって、多すぎれば汚物だからな」

「……司令、何言ってんの?」

「なんでもない。それより、この床板を剥がしてくれないか?」

「任せて」


 さすがは鬼のスチア、ポスターや薄い本には目もくれない。

 彼女はさっそく床板の破壊に取りかかった。


 スチアは素手のまま、床板の僅かな隙間に指を通す。

 あとは指の力だけでそれをずらし、隙間を広げ、腕力で床板をへし折るだけ。

 数秒、スチアがちょっと腕を動かしただけで、床に大きな穴があいた。

 随分と簡単に床板を壊しやがったぞ、コイツ。


「ん? なんかあるよ」

 

 床板の破片を片手に、床下に視線を向けるスチア。

 おそらくそれが、俺の探していたものであり、冬月が隠したものだ。

 はやる気持ちを隠すことなく、俺は床の穴に駆け寄る。


 床下を覗いてみると、そこには1本の剣、そして1冊のノートが息を潜めていた。

 62年以上もの長きに亘って隠されていた、冬月の遺品。

 ある意味で宝のような剣とノート。

 俺は慎重に、分厚く重いノートを手に取った。


 多少の魔力で強化されているためか、ノートの保存状態は良好。

 とてもじゃないが、62年前のものとは思えない。

 表紙はあっさりとしたもので、日本語で『静ちゃん日記』と書かれているだけ。

 自分で自分の名前をちゃん付けとはな……。

 ともかく、女性の日記を読むのはレアなことだし、早く中身を読んでみよう。


『3441年12月4日、ササくんみたいに日記を書きはじめてみる。長続きすると良いなあ。今日は明日の準備で大忙し。明日の大事な戦い、ちょっと緊張する。』


『3441年12月5日、今日は魔界軍への反撃作戦が成功。これで超大陸への再上陸に大手だと、コウちゃんが喜んでいた。私的には、ブレンダン様とジョエル様が2人きりでいたことの方が、妄想がはかどって楽しかった』


『3442年1月16日、さっそく放きしていた日記を再開。昨日はエルフ族と対戦。イケメンばかりだったせいで興奮して、戦いどころじゃなかったけど』


 こうして日記を読んでいると、冬月がどれだけズボラで、変人で、特殊な趣味の持ち主だったかが理解できる。

 正直なところ、期待はずれ感が半端ない。

 そろそろ読む気も失せてきた。


 もう少し読んだら止めようと思った時、1枚の紙が貼付けられたページに到着する。

 明らかに後から付け足したような紙。

 その紙に書かれた文章を読んで、俺は驚愕せざるを得なくなった。


『19歳のマモルンへ。

 マモルンの性格から考えて、もう私の性格を理解していると思うし、げんなりして日記を読むのも放棄しようとしてるはず。だからここで、本題を教えちゃいます。


 まずなんだこれって思ってるだろうけど、私は未来のマモルンから頼まれて、これからマモルンに必要な情報を、この日記を通して伝えることになっています。指定するページを見てね。


 p39、p108、p325、p327


 では、頑張りたまえ。

 

 追伸、ロンレン様は攻めっぽく見えて、受けだと思う。』


 いよいよ訳が分からない。

 マモルンって俺のことか?

 未来の俺に頼まれて、必要な情報を伝えるだと?

 じゃあ、俺は将来タイムスリップして、冬月と出会うのか?

 いやいや、今はあれこれ考えず、まずは指定されたページに目を通そう。


 え? 追伸?

 なにそれ美味しいの?

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