第107話 スチア家

 午後6時20分頃、小型輸送機はガランベラ諸島に到着した。

 人がなんとか住める程度の島々で構成されたこの諸島。

 スチア一家が管理する、冒険者の安息の地だ。


 諸島で最も大きなガランベラ島、俺たちはそこに降り立つ。

 上空から見た感じ、それなりに大きい空港ぐらいの広さはある島だろう。

 山も丘レベルで、島のほとんどは平野だ。

 これなら町を作れるだろうし、実際に島には町があった。

 

 ガランベラの町は、こじんまりとしながらも活気のある、不思議な空間だ。

 ほとんどの建物は1階建てで、木製の簡素なもの。

 だが手作りの建物に無機質感はなく、人と建物が一体となっている。

 人口もそこそこで、学校と思わしき建造物の周りには、子供の数も多い。

 まさに離島、その魅力がたっぷりである。


 スイルに連れられ向かったのは、そんなガランベラ島の丘の麓だ。

 丘の麓には、他とは違い、2階建てのレンガ作りの建物が居を構えている。

 トミンによると、あの建物がガランベラの役所兼集会所兼スチア一家の家らしい。

 立派なところに住むお嬢さんだったんだな、スチアって。


 集会所では、1人の老婆が俺たちを待っていた。

 まるで置物のような小さな体、しわだらけの顔、長く背中に垂れる白髪。

 起きているんだか寝ているんだかも分からないこの老婆に、スチアが話しかけた。


「おばあちゃん! 久しぶり!」

「今日は仕事の依頼よ! お母さん!」


 いきなり大声で喋りだすスチアとスイル。

 車のクラクションぐらいの音量じゃないか、それ。


「おお、スチアか。よく帰ってきたね。こっちへおいで」

「まだまだ元気そうだね! おばあちゃん!」

「もちろんさ。この私がそう簡単にくたばりはしないさね。それ、良い子良い子」

「ちょっとおばあちゃん! あたしはもうそんな歳じゃない!」

「まだまだ子供だよ、私にとってはね」


 わお、スイルよりも優しそうなおばあちゃん。

 名前は確か、イダさんだったっけ。

 なんでこんなに良い人ばかりの家庭で育ったのに、スチアは鬼になったんだろう。


「お母さん! 仕事の話!」

「そうだったね。ええと、そこにいる若いのが、異世界者のアイサカさん?」


 優しい表情をこちらに向け、そう聞いてくるイダさん。

 俺たちはスチア一家のクライアント。

 ここからは仕事の話である。

 だが彼女のおかげで、俺も緊張することなく、挨拶ができそうだ。

 

「はじめまして、相坂守です。よろしくです」

「アイサカの使い魔、ロミリア=ポートライトです。よろしくお願いします」

「ニャーム!」

「…………」


 いつも通りの挨拶だ。

 おかしな所は特になかったはず。

 でもなぜだろう。

 イダさんからの答えが一向に返ってこない。


「司令、大声じゃないとおばあちゃんには聞こえないよ」


 答えがなく困り果てていた俺たちに、スチアが教えてくれる。

 スチアたちがやたらと大声で話していたのは、やはりそういうことだったのか。

 イダさんは高齢だから、耳が悪いのだろう。


「はじめまして! 相坂守です! よろしくです!」

「アイサカの使い魔! ロミリア=ポートライトです! よろしくお願いします!」

「ニャァァーム!!」


 大声を出すのが苦手な俺は、途中で声が裏返りそうになり、変な声を出してしまった。

 同じく大声を出すのが苦手なロミリアも、一瞬だけ、苦しむ鳥みたいな声になっていた。

 ミードンは問題なし。

 腹からでなく、完全に喉で叫んだ俺は、すでに声帯が疲れはじめている。

 これで聞こえてなかったら、俺たちはイダさんと話ができない。


「こちらこそよろしく。可愛らしいお客さんだね。私の名前はイダだよ」


 良かった! 聞こえてた!

 疲れはするが、話ができればそれで十分だ。

 本題に入ろう。


「今回は! マラモンベルでの案内人を! お願いしに来ました! 目的は――」


 おそらく俺は、人生で一番に声を張り上げ、ここに来た目的をイダさんに説明した。

 長々と大声を出していると、喉は張り裂けそうだし、脳の血管も切れそうである。

 それでもなんとか、冬月の隠れ家や時間制限についての説明をやり遂げた。

 イダさんはこれにどう回答するのか。

 もし断られたら、さすがに辛いぞ。


 俺の説明を聞いて、イダさんは大きく2回、頷いた。

 それと同時に、視線を窓の外に向け、暗闇に染められた空を見つめる。

 彼女が口を開いたのは、そのすぐ後だ。

 

「依頼の内容はよく分かったよ。でも、出発は明日の朝だね」


 落ち着いた様子で、そう言い切ったイダさん。

 依頼は引き受けてくれるらしいが、出発が明日になるのは少し気になる。

 仕事の話だし、気になったところはいちいち聞くべきだ。

 またも大声を出さなきゃならないが、仕方がない。

 

「24時間以内という制限があります! 今日のうちに! 出発は! 無理ですか!?」

「夜が深くなるのはこれからだからね、無理だよ。目的地までの道のりには魔物が大勢いる。暗闇の中じゃいくら私たちでも、魔物の餌にしかならないさね」

「……どうしても! 無理ですか!?」

「ただでさえ老い先短いのに、余計に短くはしたくないよ」


 どうやら今日のうちに出発するのは、不可能なようだ。

 まあ、イダさんの言っていることには従うべきだろう。

 ならば次の質問は、これしかない。


「明日の朝だと! 期限まで10時間を切ります! 間に合いますか!?」


 正直なところ、スチア一家がいるのだから、魔物に対する心配はない。

 俺にとっては時間制限についてが、唯一の心配だ。

 そんな唯一の心配に関する質問。

 イダさんは小さく笑って、質問に答えた。

 

「そんなに焦らんでも大丈夫さね。フユツキさんの隠れ家の場所は、だいたい分かってる。これでも私は、フユツキさんと会ったことがあるんだよ」


 意外な答えだった。

 年齢的には確かに、イダさんが冬月と顔を合わせていてもおかしくはない。

 しかし隠れ家の場所を知っているとは、思ってもみなかった。

 あっさりと案内人が見つかり、その案内人が隠れ家の場所を知っている。

 今回の俺は、幸運に満ちあふれているな。


 仕事の話はこれで終わり。

 隠れ家に出発するのは明日の朝と決まった。

 だから出発までの間、つまり今夜は、暇になってしまう。


 夕食は、スチア一家と共にすることとなった。

 一応はクライアント待遇なのか、やたらに豪華な食事である。

 集会所の食卓に出てきたのは、強大な焼き魚、山盛りの野菜、見たことのない肉料理などなど。

 

 豪華な食事は嬉しいし、焼き魚や野菜もうまそうだが、この肉料理はなんだ?

 何かの丸焼きっぽいが、こんな形の生物を俺は知らない。

 全体的には鳥みたいな形だが、異様に太い尻尾がついている。

 そして何より、手羽先が6つもあるのが特徴的だ。


「ロミリア、この肉ってなんの肉?」

「ええと……私も分かりません」

「ああ、それはあれだよ。レイカトリスっていう鳥みたいな魔物。おいしいよ」


 肉料理の正体を、スチアが教えてくれた。

 魔物の丸焼きとは、これまたファンタジー世界特有の食べ物だ。

 勇気を出して食べてみると、スチアの言う通り美味しい。

 鶏肉というよりも豚肉に近い味で、そこに香辛料の利いたソースがよく合う。

 ちょっと癖になる味だ。


 美味しいのは肉料理だけじゃない。

 焼き魚や野菜も、超大陸のどんな食べ物よりも美味しい。

 なんというか、日本でいう激ウマB級グルメ的な味がするのだ。


「この料理、美味しいな」

「私もはじめて食べる味です。超大陸と違って、味が濃いですね」

「その味の濃さが良いんだろ」


 反応から見て、ロミリアには味が濃すぎるのだろうか。

 まあ、超大陸の料理は香辛料が少ないせいか、総じて味が薄いからな。

 薄味に慣れた人にとっては、この料理は濃すぎるかもしれん。

 文明にどっぷり浸かり、ジャンクフードやカリー、ソースに慣れた俺にとっては、最高なんだけど。


「若いもんが料理を美味しく食べてくれるのは、何よりも嬉しいことだね」


 穏やかな表情に、柔らかい口調。

 そしてこの優しい言葉。

 イダさんはそのまま、過去を懐かしみはじめた。


「歳を取ると、昔のことばかり思い出すよ。今も、フユツキさんがはじめてこの家にやってきて、今と同じような食事をして、アイサカさんと同じような反応を示したのを思い出したよ」

 

 このB級グルメ的な食事には、冬月も満足していたのか。

 さすがは同じ日本人、味覚が一緒だ。

 

 というか、冬月のことをイダさんはそこまで知っているのかよ。

 これは詳しい話を聞きたい。

 その思いはロミリアやスチアも同じだったのだろう。

 俺が質問するより一足早く、少女2人が口を開いていた。

 

「イダさんは! フユツキさんのことを! どれだけご存知なんですか!?」

「それ! あたしも聞きたい!」

「悪いね。小さい頃だったから、詳しくは分からないんだ。でも、眼鏡をかけた、とても可愛らしくて、変わったお姉さんだった記憶がある」


 残念。

 さすがに70年近く前のことを、詳しくまでは覚えていないようだ。

 ただし、最後にイダさんは、なんとも気になることを口にした。


「60年以上先に、次の異世界者が訪れてくる。まさかフユツキさんのこの言葉が、現実になるとはね。長生きはするもんだ」


 果たしてイダさんの言ったことは事実なのか。

 事実だとしたら、冬月は未来を予言したことになる。

 異世界者とはいえ、未来予知の力までは持っていないはず。

 なぜだか分からないが、俺の心は嫌な予感に占領されていった。

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